リーメンシュナイダーを歩く 

ドイツ後期ゴシックの彫刻家リーメンシュナイダーたちの作品を訪ねて歩いた記録をドイツの友人との交流を交えて書いていく。

33. 日本人は来たことがありません

2016年09月11日 | 旅行

続編への旅 No.3 2010年初夏の旅

 まばゆい日差しの中のセバスチアン像

 ガボルツハウゼンという小さな村にその木彫はありました。けれどもここまでどのように列車やバスで行けるのか皆目見当がつかず、メールで尋ねてみると、アンドレアス・ブラッハルツさんという主任司祭さんがご親切にメールをくださいました。

 「バスで終点まで来てもその先まだ5kmあるので、タクシーかルーフバス(あらかじめ電話で頼んでおくと来てくれる小型バス)でないと来られないのですよ。ですから私が迎えに行きます。」

と。私は感激して、

「それでは赤い帽子を被って黒いリュックサックをしょってバス停でお待ちしています。」

と返信したところ、再度こんなメールが届きました。

「いえいえ、ご心配なく。この村に日本人はまだ来たことがありませんから見たらすぐあなただとわかりますよ。」

そうなのか、私は日本人として初めてこの村の教会を訪ねることになるんだなと深い感慨を覚えたものです。


 当日、キッツィンゲンから列車に乗ってバート・ノイシュタットまで行き、バスで終点のKönigshofen i.G.で降りると、恰幅の良い司祭さんが私に手を挙げて近づいてきました。この方がブラッハルツさんだとすぐにわかり、優しそうなお顔にホッとしました。やはり「文は体を表す」ですね。メールが優しい方はやはりお人柄も優しいと、リーメンシュナイダーの追いかけの旅を通じて思うようになりました。車で出向いた先は聖ローレンティウス教会なのですが、そこにはアーノルド・ヴェルナーさんという方が待っていてくださって、ようやくブラッハルツさんが地域の取りまとめ役なのだとわかりました。教会の責任者はこのヴェルナーさんだったのです。

 どうぞどうぞと中に導かれて入っていくと、ガラス戸をあけて目的の聖セバスチアン像を持ち上げます。写真を撮りやすいように出してくださったのだなとありがたく思っていると、「こっちの方が明るくて良く写せるでしょう」と、さっさと外に向かっていくではありませんか。教会の脇にある出口を出たところにセバスチアン像を置き、さあ、どこからでもどうぞ、回転させて欲しかったら言ってくださいねと言うのです。まぁ、絵画ではないので多少日光に当たっても傷むものではないからなのかなと思ったのですが、あとから聞いたところによれば、以前は年に一度大きな行事があって、聖セバスチアン像を外に出し、街中を引いて歩いたとのこと。それで、外に持ち出すことに抵抗がないようでした。お二人がなにやらおしゃべりしている間に撮影させていただいた写真を載せておきます。


                     <作品写真36 聖セバスチアン像 正面>               <作品写真37 聖セバスチアン像 背面>     

                       

                                     Heiliger Sebastian    1515-1520  Tilman Riemenschneider Werkstatt

                                                                                                Katholische Filialkirchenstiftung St. Laurentius, Gabolshausen


                                    <ガボルツハウゼンの聖ローレンティウス教会> 

                          

 ※ このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015 Midori FUKUDA

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32. ゲーテ校がつないでくれたご縁

2016年09月11日 | 自己紹介

続編への旅 No.2 2010年初夏の旅

 人脈を使わせていただきました

 私は早期退職をして、2006年の5月から10月までシュヴェービッシュ・ハルにあるゲーテ・インスティテュートでドイツ語を学びました。そのときにも様々な人と人との繋がりから先生のお宅に住まわせていただくことになったり、上の階に住む認知症の女性に宿題を見ていただけたりというラッキーな展開がありました。その中の一つのお話しです。当時書いていた留学日記からコピーします。情況をわかりやすいように多少加筆してあります。


    ***   ***   ***   ***   ***   ***   ***      

  2006年9月22日(金)

  
突然の仕事

 水曜日の中休みにゲーテ・インスティテュート受付のレギーナさんがやってきて、「今夜通訳をやって欲しいという依頼が来ているのだけれどできませんか。日本人のお客さんが来て食事を一緒にとるのだけれど、ドイツ語も英語も話せないということで日本語とドイツ語の通訳ができる人を探している」というのです。「あまり専門的なことは無理ですが、もし日常会話の程度なら何とか手助けできると思います」といって引き受けました。夕食はごちそうになれるということでしたし。
 夕方6時半に家のブザーが鳴り、ヴァンケさんという方が迎えに来てくださいました。この辺では大きなヴュルツという会社のアシスタントです。車の中で色々伺ったところでは、この辺一帯の通訳紹介所をあたったけれど、たまたま日本語ができる人が出張していて見つからず、ゲーテに頼んだということでした。 報酬も用意したというので「まだ学生だし、どの程度お手伝いできるかわからないのでお金は受け取れません。」と断りました。すると、ヴュルツが持っている美術館に入場していいこと、自分の好きな本をもらって行っていいということ、何か気に入ったおみやげがあったらくださるということでした。名詞を持って行って見せれば大丈夫なようにしておくからというのでありがたくこの特典はお受けすることにしました。
 こじんまりした古城ホテルに若い日本人男性が二人いて、ヴァンケさんと名詞を交換。どうも企業の関係者のようです。もう一人ヴュルツから人が来るというのでしばらく古城の中を見学させてもらいました。その間にヴァンケさんも私がどの程度のドイツ語ならわかるのかつかんだようです。
 食事が始まるとヴュルツの副社長というバウアーさんが見え、難しい顔でいきなり質問が始まりました。若い日本人に今日1日何をしたか、同行したドイツ人の仕事ぶりはどうだったか、何に感銘を受けたか、日本での業績はどうか、トレーニングはどのようにしているのか、毎月の売上高はいくらか…。何のことやらわけがわからず途中で少しずつ聞いてみたところ、ビュルツは自動車の部品(ネジなど)を扱っていて、日本でも売り出しているそうなのです。その販売員が彼らで、日本の業績が思わしくない、もっと意識を高め、売り上げを上げなさいという指導だったようでした。こんなはずではなかったのに。若者たちは「え? 売り上げ? こんなことまで言っちゃって大丈夫なの?」と目を白黒。でも嘘をついてもいずればれるから正直に言った方がいいわよ…なんて。私、何をしに来たんだろう? 

 まぁ、この年だから何とか間を取り持ちながら彼らの伝えたいメッセージも伝えられたし、若者たちにも意見を言わせられたかなと思います。美味しいステーキをごちそうになり、帰りの車の中でヴァンケさんから「あなたの通訳はとってもよかった。雰囲気をほぐしてもらえたので満足している。」というようなほめかたをされました。まぁ、お役に立てたようなのでいいことにしましょう。 

    ***   ***   ***   ***   ***   ***   ***                   

 このときのヴァンケさんの名刺が役立ちました。ヴュルツというのは当時ドイツでもトップ10に入るお金持ちの会社だそうです。そして帰国してからわかってきたのですが、シュヴェービッシュ・ハルにあるヨハニターハレという教会跡を美術館にしたのはこのヴュルツでした。その中にリーメンシュナイダーの素晴らしい作品が3点あることはすでに見て知っていたのですが、撮影禁止となっています。このとき私はヴァンケさんのことを思いだしたのでした。それまでにも『祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く』を贈っていますし、季節の挨拶を交わす程度の繋がりを保っていたので、旅を計画した折に、このヨハニターハレでの撮影を許可していただけないだろうかというお願いをしてみました。すると幸運なことにヴァンケさんを通じて美術館の方に連絡が回り、撮影許可が下りたのです。あの通訳の話があったとき、私には荷が重いなんて遠慮して断っていたらこんな展開にはなり得ませんでした。図々しいことも大事なんだなぁと痛感しました。

 さらに、撮影した写真が素晴らしいできで(自分でいうのもなんですが)、是非この写真を続編に載せたいと思うようになりました。再度ヴァンケさんへのお願いで、ドイツではだめだけれど日本での出版なら認めるとのこと、リストには地名は載せないことという条件で許可をいただきました。従って続編のリストのシュヴェービッシュ・ハルの頁にはその作品は入れずに個人蔵の項目にヴュルツ財団という名前で入れました。この本はヴュルツ財団にもヴァンケさんにもお送りしてあります。


 <ヨハニターハレの前で 私の鞄を持ってくれているのはマリアンヌ>

※ このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015 Midori FUKUDA

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