No.037 違法性の意識
次の【事例】について、後記【事情】ア、イと後記【見解】Ⅰ、Ⅱ、Ⅲを組み合わせたうえで甲の故意の肯定・否定および犯罪の成立・不成立について検討した場合、正しいものは後記1から5までのうちどれか。
【事例】
甲は、マンション3階の自室で昼寝中に大きな悲鳴を聞いたため、その方向に目をやると、隣家の庭において、乙が丙に対し銃のようなものを向けて今にも発砲しそうであるので、甲は丙を救うため、ベランダから乙に対して家具を投げつけ、同人に傷害を与えた。ところが、実は乙も丙も役者見習いであり、演技の稽古をしているところであった。
甲は、マンション3階の自室で昼寝中に大きな悲鳴を聞いたため、その方向に目をやると、隣家の庭において、乙が丙に対し銃のようなものを向けて今にも発砲しそうであるので、甲は丙を救うため、ベランダから乙に対して家具を投げつけ、同人に傷害を与えた。ところが、実は乙も丙も役者見習いであり、演技の稽古をしているところであった。
【事情】
ア 乙の所持していたのは精工なモデルガンであり、乙丙の演技は真に迫っていたため、稽古であることを見抜くのは不可能であった。
イ 乙が所持していた銃は一見してモデルガンと分かるものであったうえ、両人の演技は稚拙であり、一般人が少し注意して見れば稽古であることが一目瞭然であった。
ア 乙の所持していたのは精工なモデルガンであり、乙丙の演技は真に迫っていたため、稽古であることを見抜くのは不可能であった。
イ 乙が所持していた銃は一見してモデルガンと分かるものであったうえ、両人の演技は稚拙であり、一般人が少し注意して見れば稽古であることが一目瞭然であった。
【見解】
Ⅰ行為者が正当防衛にあたる事実があると誤信した場合には故意が阻却され、過失犯が成立しうるにとどまる。違法性の意識の有無は、故意の成立とは無関係であるが、違法性の意識の可能性がなければ、責任(故意?)を肯定することはできない。
Ⅰ行為者が正当防衛にあたる事実があると誤信した場合には故意が阻却され、過失犯が成立しうるにとどまる。違法性の意識の有無は、故意の成立とは無関係であるが、違法性の意識の可能性がなければ、責任(故意?)を肯定することはできない。
Ⅱ行為者が正当防衛にあたる事実があると誤信した場合には、故意が否定され、過失犯が成立しうるにとどまる。違法性の意識は故意の要件であり、違法性の意識が認められない場合には故意が阻却される。
Ⅲ行為者が正当防衛にあたる事実があると誤信した場合であっても、故意は否定されないが、誤信についてやむをえない事情があった場合には責任が阻却される。違法性の意識の有無は、故意とは無関係であるが、違法性の意識の可能性がなけえば、責任を肯定することはできない。
(1)【事情】アと【見解】Ⅰを組み合わせた場合、傷害罪の故意が肯定され、甲には過失致傷罪が成立する。
(2)【事情】イと【見解】Ⅰを組み合わせた場合、傷害罪の故意が肯定され、甲には傷害罪が成立する。
(3)【事情】イと【見解】Ⅱを組み合わせた場合、傷害罪の故意が否定され、甲には過失致傷罪も成立しない。
(4)【事情】アと【見解】Ⅲを組み合わせた場合、傷害罪の故意が肯定されるが、甲には傷害罪は成立しない。
(5)【事情】イと【見解】Ⅲを組み合わせた場合、傷害罪の故意が肯定されるが、甲には傷害罪は成立しない。
【事例】の内容は、甲が、乙が丙に銃のようなものを向けて発砲しそうだと誤信して、丙を救うために、乙に家具を投げて負傷させたという誤想過剰防衛の事案です。
【事情】のアは、
乙が所持していたのは精巧なモデルガンであったので、役者の稽古であるとは見抜けなかったというものです。かりに丙に対する急迫不正の侵害があったとしても、けん銃による射殺を阻止するために、家具を投げるのは過剰ではなく、過剰性につき認識が否定され、傷害罪の故意が否定され、過失犯が成立します。
乙が所持していたのは精巧なモデルガンであったので、役者の稽古であるとは見抜けなかったというものです。かりに丙に対する急迫不正の侵害があったとしても、けん銃による射殺を阻止するために、家具を投げるのは過剰ではなく、過剰性につき認識が否定され、傷害罪の故意が否定され、過失犯が成立します。
【事情】のイは、
乙が所持していたのは一見してモデルガンと分かるようなものであり、また乙の演技も稚拙であり、一般人が見れば役者の稽古であると分かるものです。そうすると、乙を救うために家具を投げたというのは過剰であり、また甲には過剰性の認識が肯定され、傷害罪の故意が成立します。
乙が所持していたのは一見してモデルガンと分かるようなものであり、また乙の演技も稚拙であり、一般人が見れば役者の稽古であると分かるものです。そうすると、乙を救うために家具を投げたというのは過剰であり、また甲には過剰性の認識が肯定され、傷害罪の故意が成立します。
見解(1)は、制限故意説の説明です(故意の成立には、犯罪事実の認識と違法性の意識の可能性が必要)。
見解(2)は、厳格故意説の説明です(故意の成立には、犯罪事実の認識と違法性の意識が必要)。
見解(3)は、責任説の説明です(故意の成立には、犯罪事実の認識で足り、違法性の意識は責任の問題)。
見解(2)は、厳格故意説の説明です(故意の成立には、犯罪事実の認識と違法性の意識が必要)。
見解(3)は、責任説の説明です(故意の成立には、犯罪事実の認識で足り、違法性の意識は責任の問題)。
選択肢1は、傷害罪の故意が肯定されるのに、過失傷害罪が成立すると書かれているので、間違い。
選択肢2は、正当防衛と誤信しているので、傷害罪の故意は否定されるのに、それが肯定されると書かれているので、間違い。
選択肢3は、傷害罪の故意が否定されても、過失傷害罪の成立は認められるので、それも成立しないと書かれているので、間違い。
選択肢4は、(3)責任説からは傷害罪の故意が肯定されますが、精巧なモデルガンであったことなどから、違法性を錯誤したことに相当の理由があるので、傷害罪の責任が阻却されます。傷害罪が成立しないと書かれているので、正解。
選択肢5は、上記4の場合と同じく(3)責任説からは傷害罪の故意が肯定されます。モデルガンであることは一見して明らかで、演技も稚拙なので、違法性を錯誤したことに相当の理由があるとはいえません。傷害罪の責任は阻却されません。傷害罪は成立しないと書かれているので、間違い。
選択肢2は、正当防衛と誤信しているので、傷害罪の故意は否定されるのに、それが肯定されると書かれているので、間違い。
選択肢3は、傷害罪の故意が否定されても、過失傷害罪の成立は認められるので、それも成立しないと書かれているので、間違い。
選択肢4は、(3)責任説からは傷害罪の故意が肯定されますが、精巧なモデルガンであったことなどから、違法性を錯誤したことに相当の理由があるので、傷害罪の責任が阻却されます。傷害罪が成立しないと書かれているので、正解。
選択肢5は、上記4の場合と同じく(3)責任説からは傷害罪の故意が肯定されます。モデルガンであることは一見して明らかで、演技も稚拙なので、違法性を錯誤したことに相当の理由があるとはいえません。傷害罪の責任は阻却されません。傷害罪は成立しないと書かれているので、間違い。
No.038 違法性の意識の可能性
学生AおよびBが、違法性の意識に関する次の【見解】を採って、議論をしている。後記【発言】アからオまでのうち、学生Aの発言として正しいものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。
【見解】
学生A 故意の要件としては違法性の意識は不要であるが、その可能性は必要であるとする見解
学生B 故意の要件としては違法性の意識は不要であるが、故意とは別の責任ようとして違法性の意識の可能性が必要であるとする見解
学生A 故意の要件としては違法性の意識は不要であるが、その可能性は必要であるとする見解
学生B 故意の要件としては違法性の意識は不要であるが、故意とは別の責任ようとして違法性の意識の可能性が必要であるとする見解
【発言】
ア 故意とは犯罪事実の認識をいうのであって、違法性の意識の可能性は故意とは区別して考えるべきだよ。
イ 君の見解からは、違法性の意識の可能性がない場合でも過失犯の成立が認められうることになるが、違法性の意識がなければそもそも非難できないのであるから、過失犯としての責任も問うべきではないよ。
ウ 君は、刑法第38条第3項の解釈について、同条項は違法性の錯誤は故意の存在とは関係がないことを明らかにしたものであると解するようだが、僕は、同条項は法律の規定を知らないことは故意の成立を妨げない旨を規定したものと解するよ。
エ 君の見解のように、「可能性」を故意の要件とすることは困難であって、あえてこれを認めようとするのであれば、違法性の意識については過失を故意に準じてしまうという構成を採ることになるが、そうすると、故意と過失を混同することになってしまうよ。
オ 君の見解からは、違法性の意識の可能性が欠けた場合も、犯罪事実の認識さえあれば、故意は認められることにあんるが。そうすると、違法性の意識の可能性の不存在は超法規的責任阻却事由ということになるね。
(1)アイ (2)アオ (3)イウ (4)ウエ (5)ウオ
【見解】
学生A 故意の要件としては、違法性の意識は不要であるが、違法性の意識の可能性が必要である→制限故意説
学生B 故意の要件としては、違法性の意識は不要であるが、(構成要件的)故意とは別の責任要素としての違法性の意識の可能性がなければ、責任が阻却される。つまり、違法性を錯誤したことに相当の理由がなければ、違法性の意識の可能性があったので、責任は阻却されない→責任説
学生A 故意の要件としては、違法性の意識は不要であるが、違法性の意識の可能性が必要である→制限故意説
学生B 故意の要件としては、違法性の意識は不要であるが、(構成要件的)故意とは別の責任要素としての違法性の意識の可能性がなければ、責任が阻却される。つまり、違法性を錯誤したことに相当の理由がなければ、違法性の意識の可能性があったので、責任は阻却されない→責任説
発言ア 故意は犯罪事実の認識です。この点は故意説も責任説も同じです。違法性の意識の可能性は故意とは区別するということは、それは責任の問題だということです。発言アは、責任説の立場からのものです。学生Aは、制限故意説の立場に立っているので、この発言は学生Aのものではありません。
→選択肢にアが入っているもの(1)(2)は除外されます。
→選択肢にアが入っているもの(1)(2)は除外されます。
発言イ 故意は犯罪事実の認識です。事実の認識があっても、違法性の意識の可能性がなければ、制限故意説からは故意は成立しません。ただし、故意が成立しなくても、過失が成立する余地はあります。発言イは、制限故意説を批判しています。つまり、学生Bの責任説からのものです。責任説からは、過失犯はどのように説明されるかというと、犯罪事実の認識=故意であり、違法性の意識の可能性は責任の問題です。違法性の意識可能性がなければ、故意犯の責任が阻却されます。過失は犯罪事実の認識の可能性です。犯罪事実の認識の可能性があっても、違法性の意識の可能性がなければ、過失犯の責任が阻却されます。
→選択肢にイが入っているもの(3)は除外されます。
→選択肢にイが入っているもの(3)は除外されます。
発言ウ 刑法38条3項は、違法性の錯誤は故意の成立とは関係ないと解釈するというのはどのような立場からでしょうか。制限故意説からは、故意の成立には違法性の意識の可能性が必要なので、違法性を錯誤したことは故意の成立に関係します。責任説からは、故意の成立には違法性の意識は関係ありません。それは構成要件的故意とは異なる責任要素です。つまり、この発言は責任説を批判したものです。学生Aの発言です。
の可能性が必要なので、違法性を錯誤したことは故意の成立に関係します。責任説するので、
→選択肢にウが入っているものが正解。(4)と(5)のいずれかです。
の可能性が必要なので、違法性を錯誤したことは故意の成立に関係します。責任説するので、
→選択肢にウが入っているものが正解。(4)と(5)のいずれかです。
発言エ 「可能性」を故意の要件とするというのは、「違法性の意識がなくても、違法性の意識の可能性」があれば故意が成立するという制限故意説の主張です。これを批判するのは学生Bの責任説です。したがって。この発言は学生Bの発言です。
→選択肢にエが入っているもの(4)は除外されます。残るのは(5)です。
→選択肢にエが入っているもの(4)は除外されます。残るのは(5)です。
発言オ 故意は犯罪事実の認識であって、違法性の意識やその可能性は責任の問題だと主張するのは、責任説です。違法性の意識を欠いたことに相当の理由があれば責任が阻却されるといいます。それを根拠づける条文は刑法にはありません。したがってこの責任阻却事由は超法規的責任阻却事由ということになります。この責任説を批判するのは、学生Aの制限故意説です。
これを批判
→選択肢にオが入っている(5)は正解です。
これを批判
→選択肢にオが入っている(5)は正解です。