第05回
以下の事例に基づき、甲、乙、丙及び丁の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
(1)甲は、建設業等を営むA株式会社(以下「A者」という。)の社員であり、同社の総務部長として同部を統括していた。また、甲は、総務部長として、用度品購入に充てるための現金(以下「用度品購入用現金」という。)を手提げ金庫に入れて管理しており、甲は、用度品を購入する場合に限って、その権限において、用度品購入用現金を支出することが求められていた。
乙は、A社の社員であり、同社の営業部長として同部を統括していた。また、乙は、甲の職場の先輩であり、以前営業部の部員であった頃、同じく同部員であった甲の営業成績を向上させるために、甲に客を紹介するなどして甲を助けたことがあった。甲はそのことに恩義を感じていたし、乙においても、甲が自己の恩義を感じていることを認識していた。
丙は、B市職員であり、公共工事に関して業者を選定し、B市として契約を締結する職務に従事していた。なお、甲は丙と同じ高校の同級生であり、それ以外の付き合いをしていた。
丁は、丙の妻であった。
(2)乙は、1年前に営業部長に就任したが、その就任頃からA社の売上げが下降していった。乙は、某年5月28日、A社の社長室に呼び出され、社長から、「6月の営業成績が向上しなかった場合、君を降格する。」と言い渡された。
(3)乙は、甲に対して、社長から言われた内容を話した上、「お前はB市職員の丙と同級生なんだろう。丙に、お礼を渡すからA社と公共事業の契約をしてほしいと頼んでくれ。お礼として渡す金は、お前が総務部長として用度品を買うために管理している現金から、用度品を購入したことにして流用してくれないか。昔は、お前を随分助けたじゃないか。」などと言った。甲は、乙に対して恩義を感じていたことから、専ら乙を助けることを目的として、自己が管理する用度品購入用現金から50万円を謝礼として丙に渡すことで、A社との間で公共事業の契約をしてもらえるよう丙に頼もうと決意し、乙にその旨を告げた。
(4)甲は、同年6月3日、丙と会って、「今度発注予定の公共工事についてA社と契約してほしい。もし、契約を取ることができたら、そのお礼として50万円を渡したい。」などと言った。丙は、甲の頼みを受け入れ、甲に対して、「分かった。何とかしてあげよう。」などと言った。
丙は、公共工事の受注業者としてA社を選定し、同月21日、B市としてA社との間で契約を締結した。なお、その契約の内容や締結手続については、法令上も内規上も何ら問題がなかった。
(5)乙は、B市と契約することができたことによって降格を免れた。
甲は、丙に対して謝礼として50万円を渡すために、同月27日、手提げ金庫の用度品購入用現金の中から50万円を取り出して封筒に入れ、これを持って丙方を訪問した。しかし、丙は外出しており不在であったため、甲は、応対に出た丁に対し、これまでの敬意を話した上、「御主人と約束していたお礼のお金を持参しましたので、御主人にお渡しください。」と頼んだ。丁は、外出中の丙に電話で連絡を取り、丙に対して、甲が来訪したことや契約締結の謝礼を渡そうとしていることを伝えたところ、丙は、丁に対して、「私の変わりにもらっておいてくれ。」と言った。
そこで、丁は、甲から封筒に入った50万円を受領し、これを帰宅した丙に封筒のまま渡した。
(1)甲の罪責
1)業務上横領罪について
1甲は、手提げ金庫から50万円を取り出し、封筒に入れた。この行為は業務上横領罪にあたるか。
2業務上横領罪とは、
業務として、他人から委託を受けて物を占有する者が、それを横領することである。
横領の意義をめぐっては、対立がある。
領得行為説
委託の任務に背いて、所有者でなければできない使用・収益・処分する意思の発現行為
越権行為説
委託に伴い権限を越えた使用・収益・処分する行為
3甲は、手提げ金庫から50万円を取り出し、封筒に入れた。
甲は、会社の総務部長として用度品購入用現金の管理する業務に従事している
用度品を購入する場合に限り、手提げ金庫から現金を取り出す権限が与えられている
甲は手提げ金庫から50万円を取り出し、封筒に入れた。
この行為は、所有者でなければできない使用・収益・処分の行為(領得行為説)
この行為は、管理のために付与された権限を越えた行為(越権行為説)
4設問では、現金の保管業務者として与えられている「権限」について言及されているが、
領得行為説から展開する。
横領は、どの時点において認定できるか?
・甲が手提げ金庫から50万円を取り出し行為?
・さらに、それを封筒に入れた行為?
・また、50万円の入った封筒を持って、会社の外に出る行為?
5甲には業務上横領罪(刑253)が成立する
2)贈賄罪
1甲は丙の妻・丁に事情を話して、50万円を渡している。これが贈賄罪にあたるか。
2贈賄罪とは、公務員に対して、その職務に関連して金銭などの利益を供与する行為である。
3甲は、B市の職員の丙に対して、A社と公共工事の契約をするよう請託し、それに関して謝礼として50万円渡したが、丙が不在であったため、それを丙の妻・丁に渡した。丁は市の職員ではない。公務員でない者に現金を渡した場合でも、贈賄罪が成立するのか。
甲は丙宅を訪問したが、丙は偶然不在であった。丁は、甲から事情を聞き、現金50万円が賄賂であることを認識した上で、丙に連絡をとった上で、丙の代わりにそれを受け取り、その後、丙に渡している。この丁の行為は、賄賂の授受に関して重要な役割を果たしているが、丁が自ら収受したのではなく、あくまでも丙の代わりに預かっただけであり、実際にも丁はそれを丙に渡しているので、甲は50万円の現金を丁を介して丙に供与したものと認定することができる。
4ただし、甲は乙に依頼されて丙に現金を渡したのである。乙の営業成績の向上に協力するために、乙に協力して贈賄しただけであって、甲自身が贈賄したといえないようにも思われる。確かに、甲は乙に依頼されて丁を介して丙に現金を渡したのは事実であるが、甲は丙に交渉するなどして積極的に関与し、重要な役割を果たしている。また、乙に恩義を感じ、積極的に協力する意思で行っている。このような点を踏まえるならば、丙への贈賄は甲自身の行為として行われたということができる。
5甲には贈賄罪(刑198)が成立する。なお、甲が丙に対して行った贈賄の申込みと約束は、賄賂の供与に吸収されて、賄賂の供与、すなわち贈賄罪の1罪になる。
業務上横領罪と贈賄罪は併合罪(刑45前)である。
(2)乙の罪責について
1乙には横領罪の教唆犯が成立するか。それとも横領罪の共同正犯が成立するか。
2教唆とは、人を唆して、犯罪を実行させることをいう。その犯罪は、被教唆者の犯罪であって、教唆者の犯罪ではない。
共同正犯とは、2人以上の者が共同して犯罪を実行することをいう。
3乙は、降格を免れるために、業績を向上させるために、甲に対して、B市の担当者の丙に働き掛け、A社と公共工事の契約を結んでもらい、その謝礼として用度品購入用現金の入った手提げ金庫から50万円を取り出し、丙に渡すこと共謀している。乙は、自分のために犯罪を主導しているので、教唆ではなく、共同正犯にあたると思われる。
しかし、乙は業務上横領と贈賄を甲と共謀したが、それを実行したのは甲であっても、乙ではなかった。このような場合、共同正犯にはあたらないようにも思われる。刑法60条は、実行共同正犯の形態を規定しているだけで、共謀にのみ関与した者を共同正犯として扱うことはできない。
確かに、刑法60条は実行共同正犯のみを規定しているかに見えるが、「犯罪を共同して実行した」とは規定せず、「共同して犯罪を実行した」と規定しているのである。この「共同」に「共謀」も含まれるのではないか。つまり、2人以上の者が犯罪を共謀し、そのうちの一部の者がその犯罪を実行した場合、共謀にのみ関与した者にも共同正犯が成立するのではないか。共謀によって、犯罪の実行へと向かう物理的・心理的な影響力が生じている限り、共謀にのみ関与した者にも共同正犯の成立を認めるべきである。乙には業務上横領罪の共同正犯が成立すると思われる。
しかし、業務上横領罪は、用度品購入用現金の管理責任者である甲のような業務者が行う横領であって、そのような立場にない乙には業務用横領罪は行い得ない。このような場合、乙には刑法65条2項を適用して、「通常の刑」が科される。つまり、業務者の身分によって加重される前の単純横領罪の共同正犯が成立する。
4乙には甲の贈賄罪の共同正犯が成立するか。乙は、上記の通り、甲に対して、丙に公共工事の契約締結の謝礼として50万円を渡すことを共謀し、甲に実行させた。乙には、贈賄罪の共同正犯が成立する
5以上から、乙には単純横領罪(刑252、刑65②)および贈賄罪の共同正犯が成立する(刑198、刑60)。2個の罪は、併合罪である。
(3)丙の罪責について
1丙は、甲から依頼を受けて、公共工事の受注業者としてA社を選定し、B市としてA社との間で契約を締結した。そして、その謝礼として丁を介して50万円を甲から受け取った。この行為に受託収賄罪が成立するか。
2受託収賄罪とは、公務員がその職務に関し賄賂を収受するなどし、その際に請託を受けた場合に成立する。
3丙は甲から担当する市の公共工事の契約企業を選定する職務に従事する公務員であり、その職務に関して甲から現金50万円を受けた。その際、A社と公共工事の契約をするよう要請を受けた。この行為は、受託収賄罪にあたる。
4A社と公共工事の契約を締結したことは、内容的にも内規上も問題なかった。公務員の職務に関して金銭などの利益を受け取る行為は、収賄罪として処罰されるのは、そのような行為によって公務に対する国民の信頼が損なわれるからである。たとえ、A社との契約が内容上も内規上も問題なくても、丙の行為が公務の信頼性を損なう行為である以上、受託収賄罪の成立を否定するものではない。
5丙には受託収賄罪(刑197条第2文)が成立する。なお、丙が行った受託収賄の約束は、賄賂の収受に吸収されて、受託収賄罪の1罪が成立する。
(4)丁の罪責について
1丁は、甲から50万円の入った封筒を受け取り、それを丙に渡した。この行為に受託収賄罪の幇助犯が成立するか。
2幇助とは、正犯の実行を容易にすることである。その方法は、物理的なものだけでなく、心理的なものでもよい。
3丁は甲から事情を聞き、丙の代わりに現金50万円の入った封筒を受け取った。外形的に見れば、丁は賄賂にあたる50万円を受け取っているので、賄賂の収受を行っているように見える。
4しかし、丁は、現金50万円を自分のものにするために受け取ったのではなく、あくまで丙に渡すために受け取っただけである。それは実質的に見て賄賂の収受にはあたらず、丙の収受を容易にしたにすぎない。
5丁には丙の受託収賄罪の幇助(刑65条①、197条第2文)が成立する。
以下の事例に基づき、甲、乙、丙及び丁の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
(1)甲は、建設業等を営むA株式会社(以下「A者」という。)の社員であり、同社の総務部長として同部を統括していた。また、甲は、総務部長として、用度品購入に充てるための現金(以下「用度品購入用現金」という。)を手提げ金庫に入れて管理しており、甲は、用度品を購入する場合に限って、その権限において、用度品購入用現金を支出することが求められていた。
乙は、A社の社員であり、同社の営業部長として同部を統括していた。また、乙は、甲の職場の先輩であり、以前営業部の部員であった頃、同じく同部員であった甲の営業成績を向上させるために、甲に客を紹介するなどして甲を助けたことがあった。甲はそのことに恩義を感じていたし、乙においても、甲が自己の恩義を感じていることを認識していた。
丙は、B市職員であり、公共工事に関して業者を選定し、B市として契約を締結する職務に従事していた。なお、甲は丙と同じ高校の同級生であり、それ以外の付き合いをしていた。
丁は、丙の妻であった。
(2)乙は、1年前に営業部長に就任したが、その就任頃からA社の売上げが下降していった。乙は、某年5月28日、A社の社長室に呼び出され、社長から、「6月の営業成績が向上しなかった場合、君を降格する。」と言い渡された。
(3)乙は、甲に対して、社長から言われた内容を話した上、「お前はB市職員の丙と同級生なんだろう。丙に、お礼を渡すからA社と公共事業の契約をしてほしいと頼んでくれ。お礼として渡す金は、お前が総務部長として用度品を買うために管理している現金から、用度品を購入したことにして流用してくれないか。昔は、お前を随分助けたじゃないか。」などと言った。甲は、乙に対して恩義を感じていたことから、専ら乙を助けることを目的として、自己が管理する用度品購入用現金から50万円を謝礼として丙に渡すことで、A社との間で公共事業の契約をしてもらえるよう丙に頼もうと決意し、乙にその旨を告げた。
(4)甲は、同年6月3日、丙と会って、「今度発注予定の公共工事についてA社と契約してほしい。もし、契約を取ることができたら、そのお礼として50万円を渡したい。」などと言った。丙は、甲の頼みを受け入れ、甲に対して、「分かった。何とかしてあげよう。」などと言った。
丙は、公共工事の受注業者としてA社を選定し、同月21日、B市としてA社との間で契約を締結した。なお、その契約の内容や締結手続については、法令上も内規上も何ら問題がなかった。
(5)乙は、B市と契約することができたことによって降格を免れた。
甲は、丙に対して謝礼として50万円を渡すために、同月27日、手提げ金庫の用度品購入用現金の中から50万円を取り出して封筒に入れ、これを持って丙方を訪問した。しかし、丙は外出しており不在であったため、甲は、応対に出た丁に対し、これまでの敬意を話した上、「御主人と約束していたお礼のお金を持参しましたので、御主人にお渡しください。」と頼んだ。丁は、外出中の丙に電話で連絡を取り、丙に対して、甲が来訪したことや契約締結の謝礼を渡そうとしていることを伝えたところ、丙は、丁に対して、「私の変わりにもらっておいてくれ。」と言った。
そこで、丁は、甲から封筒に入った50万円を受領し、これを帰宅した丙に封筒のまま渡した。
(1)甲の罪責
1)業務上横領罪について
1甲は、手提げ金庫から50万円を取り出し、封筒に入れた。この行為は業務上横領罪にあたるか。
2業務上横領罪とは、
業務として、他人から委託を受けて物を占有する者が、それを横領することである。
横領の意義をめぐっては、対立がある。
領得行為説
委託の任務に背いて、所有者でなければできない使用・収益・処分する意思の発現行為
越権行為説
委託に伴い権限を越えた使用・収益・処分する行為
3甲は、手提げ金庫から50万円を取り出し、封筒に入れた。
甲は、会社の総務部長として用度品購入用現金の管理する業務に従事している
用度品を購入する場合に限り、手提げ金庫から現金を取り出す権限が与えられている
甲は手提げ金庫から50万円を取り出し、封筒に入れた。
この行為は、所有者でなければできない使用・収益・処分の行為(領得行為説)
この行為は、管理のために付与された権限を越えた行為(越権行為説)
4設問では、現金の保管業務者として与えられている「権限」について言及されているが、
領得行為説から展開する。
横領は、どの時点において認定できるか?
・甲が手提げ金庫から50万円を取り出し行為?
・さらに、それを封筒に入れた行為?
・また、50万円の入った封筒を持って、会社の外に出る行為?
5甲には業務上横領罪(刑253)が成立する
2)贈賄罪
1甲は丙の妻・丁に事情を話して、50万円を渡している。これが贈賄罪にあたるか。
2贈賄罪とは、公務員に対して、その職務に関連して金銭などの利益を供与する行為である。
3甲は、B市の職員の丙に対して、A社と公共工事の契約をするよう請託し、それに関して謝礼として50万円渡したが、丙が不在であったため、それを丙の妻・丁に渡した。丁は市の職員ではない。公務員でない者に現金を渡した場合でも、贈賄罪が成立するのか。
甲は丙宅を訪問したが、丙は偶然不在であった。丁は、甲から事情を聞き、現金50万円が賄賂であることを認識した上で、丙に連絡をとった上で、丙の代わりにそれを受け取り、その後、丙に渡している。この丁の行為は、賄賂の授受に関して重要な役割を果たしているが、丁が自ら収受したのではなく、あくまでも丙の代わりに預かっただけであり、実際にも丁はそれを丙に渡しているので、甲は50万円の現金を丁を介して丙に供与したものと認定することができる。
4ただし、甲は乙に依頼されて丙に現金を渡したのである。乙の営業成績の向上に協力するために、乙に協力して贈賄しただけであって、甲自身が贈賄したといえないようにも思われる。確かに、甲は乙に依頼されて丁を介して丙に現金を渡したのは事実であるが、甲は丙に交渉するなどして積極的に関与し、重要な役割を果たしている。また、乙に恩義を感じ、積極的に協力する意思で行っている。このような点を踏まえるならば、丙への贈賄は甲自身の行為として行われたということができる。
5甲には贈賄罪(刑198)が成立する。なお、甲が丙に対して行った贈賄の申込みと約束は、賄賂の供与に吸収されて、賄賂の供与、すなわち贈賄罪の1罪になる。
業務上横領罪と贈賄罪は併合罪(刑45前)である。
(2)乙の罪責について
1乙には横領罪の教唆犯が成立するか。それとも横領罪の共同正犯が成立するか。
2教唆とは、人を唆して、犯罪を実行させることをいう。その犯罪は、被教唆者の犯罪であって、教唆者の犯罪ではない。
共同正犯とは、2人以上の者が共同して犯罪を実行することをいう。
3乙は、降格を免れるために、業績を向上させるために、甲に対して、B市の担当者の丙に働き掛け、A社と公共工事の契約を結んでもらい、その謝礼として用度品購入用現金の入った手提げ金庫から50万円を取り出し、丙に渡すこと共謀している。乙は、自分のために犯罪を主導しているので、教唆ではなく、共同正犯にあたると思われる。
しかし、乙は業務上横領と贈賄を甲と共謀したが、それを実行したのは甲であっても、乙ではなかった。このような場合、共同正犯にはあたらないようにも思われる。刑法60条は、実行共同正犯の形態を規定しているだけで、共謀にのみ関与した者を共同正犯として扱うことはできない。
確かに、刑法60条は実行共同正犯のみを規定しているかに見えるが、「犯罪を共同して実行した」とは規定せず、「共同して犯罪を実行した」と規定しているのである。この「共同」に「共謀」も含まれるのではないか。つまり、2人以上の者が犯罪を共謀し、そのうちの一部の者がその犯罪を実行した場合、共謀にのみ関与した者にも共同正犯が成立するのではないか。共謀によって、犯罪の実行へと向かう物理的・心理的な影響力が生じている限り、共謀にのみ関与した者にも共同正犯の成立を認めるべきである。乙には業務上横領罪の共同正犯が成立すると思われる。
しかし、業務上横領罪は、用度品購入用現金の管理責任者である甲のような業務者が行う横領であって、そのような立場にない乙には業務用横領罪は行い得ない。このような場合、乙には刑法65条2項を適用して、「通常の刑」が科される。つまり、業務者の身分によって加重される前の単純横領罪の共同正犯が成立する。
4乙には甲の贈賄罪の共同正犯が成立するか。乙は、上記の通り、甲に対して、丙に公共工事の契約締結の謝礼として50万円を渡すことを共謀し、甲に実行させた。乙には、贈賄罪の共同正犯が成立する
5以上から、乙には単純横領罪(刑252、刑65②)および贈賄罪の共同正犯が成立する(刑198、刑60)。2個の罪は、併合罪である。
(3)丙の罪責について
1丙は、甲から依頼を受けて、公共工事の受注業者としてA社を選定し、B市としてA社との間で契約を締結した。そして、その謝礼として丁を介して50万円を甲から受け取った。この行為に受託収賄罪が成立するか。
2受託収賄罪とは、公務員がその職務に関し賄賂を収受するなどし、その際に請託を受けた場合に成立する。
3丙は甲から担当する市の公共工事の契約企業を選定する職務に従事する公務員であり、その職務に関して甲から現金50万円を受けた。その際、A社と公共工事の契約をするよう要請を受けた。この行為は、受託収賄罪にあたる。
4A社と公共工事の契約を締結したことは、内容的にも内規上も問題なかった。公務員の職務に関して金銭などの利益を受け取る行為は、収賄罪として処罰されるのは、そのような行為によって公務に対する国民の信頼が損なわれるからである。たとえ、A社との契約が内容上も内規上も問題なくても、丙の行為が公務の信頼性を損なう行為である以上、受託収賄罪の成立を否定するものではない。
5丙には受託収賄罪(刑197条第2文)が成立する。なお、丙が行った受託収賄の約束は、賄賂の収受に吸収されて、受託収賄罪の1罪が成立する。
(4)丁の罪責について
1丁は、甲から50万円の入った封筒を受け取り、それを丙に渡した。この行為に受託収賄罪の幇助犯が成立するか。
2幇助とは、正犯の実行を容易にすることである。その方法は、物理的なものだけでなく、心理的なものでもよい。
3丁は甲から事情を聞き、丙の代わりに現金50万円の入った封筒を受け取った。外形的に見れば、丁は賄賂にあたる50万円を受け取っているので、賄賂の収受を行っているように見える。
4しかし、丁は、現金50万円を自分のものにするために受け取ったのではなく、あくまで丙に渡すために受け取っただけである。それは実質的に見て賄賂の収受にはあたらず、丙の収受を容易にしたにすぎない。
5丁には丙の受託収賄罪の幇助(刑65条①、197条第2文)が成立する。