Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(総論)2019年度第04回 練習問題(第10問A・第11問A)

2019-04-30 | 日記
 第10問A 緊急行為②
 XとA女は婚姻し、同居していたが、夫婦げんかをした際に、A女がマンション3階の自室内からベランダへ出ていこうとしていた。これは、A女がXの気を引くために飛び降り自殺のそぶりを見せたものであって、事実自殺する意思はなかった。しかし、Xは、過去にもA女が自殺を図ったことがあったことから、A女が本気で自殺を図っているものと誤信し、これを制止しようと、A女の両肩を両手で強く突いてその場に転倒させる暴行を加えた。その結果、A女は、床面に強打したことによる頭部打撲の傷害を負い、その後死亡した。
 Xの罪責を論ぜよ。

 伊藤塾による論証
 論点 誤想過剰避難


 答案の構成
1 甲はA女の両肩を両手で強く突いてその場に転倒させる暴行を行い、A女の頭部を床面に強打して頭部打撲の傷害を負わせ、その後死亡させた。この行為は傷害致死罪にあたるが、誤想過剰避難として刑法37条1項但書を準用し、その刑を任意的に減軽または免除することは可能か。


2 誤想過剰避難とは、自己または他人の権利に対する現在の危難が存在しないにもかかわらず、それがあると誤信して避難のための行為を行い、かつ現在の危難があったとしても、避難の程度を超え、過剰であった場合をいう。過剰性につき認識がなければ、故意は成立しないが(暴行の故意はないので、傷害致死罪は成立しないが)、過失が認められ、過失犯の処罰規定がある場合には過失犯(過失致死罪)が成立する余地がある。また、過剰性につき認識があった場合には、故意が成立する(暴行の故意はあるので、傷害致死罪が成立する)。

 いずれも現在の危難を誤想していたことから、過失責任または故意責任が減少するが、責任の減少という点に関して過剰避難との共通性がある場合には、刑法37条1項但書を準用して、その刑の任意的減免することができる(過剰避難との共通性がなく、但書が準用できない場合、刑の減免を求める実定法上の規定がないので、それを強く主張できなくなる。危難の現在性を誤想していたので、故意・過失の責任の減少は主張できても、それを主張するための実定法上の根拠規定がなければ、刑の減免はその分だけ難しくなる)。


3 A女は自殺する意思はなかったにもかかわらず、甲はA女が過去に自殺を図ったことがあり、今回も同様に自殺を図ろうとしているものと誤信したので、A女の生命に対する現在の危難を誤想していた。甲はA女の両肩を両手で強く突いてその場に転倒させる暴行を行い、A女の頭部を床面に強打して頭部打撲の傷害を負わせ、その後死亡させたのであるが、かりにA女の生命に対する現在の危難があたっとしても、A女の生命を助けるために行った行為であるので、過剰とはいえないように思われる。

 しかし、A女が自殺を図ろうと誤信していたとしても、背後から抱きかかえるなどして制止することもできたので、A女の両肩を両手で突いて転倒させたのは、やむを得ずにした行為とはいえないのではないか。そうすると、過剰避難の規定を準用することはできない。なぜなら、過剰防衛とは、やむを得ずにした行為から害の均衡を超えた結果が発生した場合であって、やむを得ずにした行為とはいえなければ、過剰避難の規程を準用することはできないからである。

 A女の両肩を強く突いて転倒させる行為はやむを得ずにした行為とはいえず、それゆえ避難行為の補充性の要件を満たさない場合には、緊急避難が成立しないのはもちろん、過剰避難にもあたらない。従って、刑法37条1項但書を準用することはできない。


4 しかし、過剰避難を定めた刑法37条1項但書の「その手度」とは、害の均衡を超えた場合だけでなく、補充性の要件の程度を超える場合にも認められるのではないか。そのように解することができるならば、補充性の要件を超えた場合もまた過剰避難にあたると解することができる。その際、甲は過剰性につき認識があったか否かであるが、甲はA女の両肩を突いているが、これは制止するための行為としては過剰であることを認識していたと認定することができる。従って、甲には過剰性の認識があるので、暴行の故意を認めることができる。


5以上から、甲には傷害致死罪(刑205)が成立し、それに過剰避難の刑の任意的減免規定(刑37条①但書)を準用することができる。









 第11問A 緊急行為③
 甲と乙は道路で話し込んでいたが、そのうち議論が白熱し、興奮した甲はポケットからピストルを取り出し、乙にねらいを定めた。そこで、乙はそばにいた丙を突き飛ばして逃げようとしたが、これに対し、丙は自分の身を守ろうとして、乙を逆に突き飛ばし、その結果、乙は甲に撃たれて死亡した。また、甲の撃った弾は乙を貫通して、通りがかりのAにあたり、Aも死亡した。
 甲および丙の罪責を論ぜよ。

 伊藤塾による論証
 論点 1方法の錯誤――偶発事例  2緊急避難の法的性質

(1)甲の罪責
1 甲はピストルを発射し、乙を殺害し、通りがかりのAをも殺害した。乙に対して殺人罪が成立するが、Aに対しても殺人罪が成立するか。

2 殺人罪が成立するには、人を殺害した事実だけでなく、その認識・予見、すなわち故意が必要である。甲は乙を殺害する認識はあったが、Aにはそれがなかった。このような錯誤がある場合、Aに対して殺人の故意が認められるか。

3 このように乙を殺そうとして、乙だけでなくAをも殺した場合を具体的事実の錯誤における方法の錯誤という。甲には乙を殺害するという事実の認識はあったが、Aを殺害するという事実の認識はなく、従ってA殺害につき故意が認められないと解することもできるが、乙を殺害する事実の認識は人を殺す認識であり、そのような認識に基づいて、Aという人を殺している以上、Aに対しても殺人の故意があたっと認定することができる。

4 ただし、甲にはすでに乙殺害の事実につき故意が認めれるので、さらにA殺害につき故意を認めることはできないのではないか。つまり、1回の意思決定に基づいて、故意の犯罪が成立するのは1個であって、2個の故意犯の成立は認められないのではないか。確かに1回の意思決定に基づく行為は1個であるが、認識していなかった別の客体に結果を発生させた場合には、その客体に対する故意の非難は可能である。刑法は、「狙いを定めた乙を殺すことなかれ」と命じているのではなく、「およそ人を殺すことなかれ」と求めているのであるから、人を殺す意思から行為に出て、他の人をもまきぞいにした場合、その全員に対して故意の非難が可能である。従って、乙だけでなく、Aに対しても殺人の故意を認めることができる。

5 以上から、甲の行為は乙とAに対する殺人罪(駅199)にあたり、1個の行為により2つの殺人罪が成立するので、観念的競合の関係に立つ(刑54前段)。



(2)丙の罪責
1 丙は乙を突き飛ばした行為は暴行にあたるか、それによって甲にピストルで撃ち殺された乙の死亡との間に因果関係があり、傷害致死罪が成立するか。

2 丙が乙を突き飛ばした行為は暴行にあたる。ただし、乙が死亡したのは、その後甲がピストルを発射した行為による。甲がピストルで乙を射殺することは丙自身にも、また一般人にも予見することができない事情であり、またそのような甲の行為は丙の暴行から誘発されたものでもない。従って、丙の暴行と乙の死亡との間に因果関係はなく、暴行罪にとどまる。

3 しかし、丙が乙を突き飛ばしたのは、乙が丙を突き飛ばそうとしたので、自分の身を守るためであった。これは正当防衛にあたり、違法性が阻却されるのではないか。正当防衛にあたるには、乙が丙を突き飛ばそうとした行為が急迫不正の侵害でなければならないが、乙は甲がピストルを取りだし狙いを定めたので、その危難を避けるために、やむを得ずに丙を突き飛ばそうとしたのであるから、緊急避難にあたり違法性が阻却される。従って、乙の行為は丙にとって不正の侵害とはいえない。従って、丙の暴行に正当防衛を認めることはできない。

4 しかし、丙が乙を突き飛ばしたのは、乙が襲ってきたからであり、その乙の行為が緊急避難にあたるため、不正とはいえなくても、丙にとっては現在の危難にあたるといる限り、緊急避難が成立する余地がある。丙は突然乙に突き飛ばされ、負傷するなどの危難に見舞われたため、その危難を避けるために行ったのであり、それは危難を避けるためのやむを得ない行為であったといえる。また、それによって死亡したわけではないので、乙のところで生じた害は丙が避けようとした害を超えていないといえる。従って、緊急避難にあたるといえる。

5 以上から、丙の行為は暴行罪(刑208)にあたるが、緊急避難(刑37)の要件を満たしているので、処罰されない。



(3)結論
 甲には乙・Aに対して殺人罪が成立する。丙は無罪である。