Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第14回① 2016年01月07日)

2016-01-04 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 国家的法益に対する罪――国家の作用に対する罪
 第14回 犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪

(1)犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪
 犯人蔵匿罪および証拠隠滅罪もまた、逃走罪と同様に、国家の刑事司法上の作用を害するという性格を持っています。

1犯人蔵匿罪
 刑法103条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

保護法益
 犯人蔵匿罪は、犯人の発見や身柄の拘束を妨げる行為です。国の刑事司法の作用の迅速かつ確実な執行を保護するために設けられた規定です。

客体
 本罪の行為客体は、「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」です。罰金(1万円以上)以上と規定されているので、それ以下の刑である拘留(1日以上30日未満の刑事施設への収容)や科料(千円以上1万円未満の財産刑)の刑にあたる罪は、本罪の対象から除外されます。例えば、侮辱罪(231条)や軽犯罪法違反の行為は除外されます。
 「罪を犯した者」の要件については、争いがあります。判例によれば、本罪の保護法益を刑事司法の作用、特に犯罪捜査の迅速かつ確実な執行にあり、その立法目的を達成するためには、犯罪の真犯人だけでなく、被疑者として捜査の対象とされている者を含む(被疑者説)と解さなければならないといいます(最判昭24・8・9刑集3・9・1440)。しかし、刑事司法の作用は、「事実の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すること」(刑訴法1条)を目的としているので、真犯人に限定すべきと思われます(真犯人説)。

行為
 本罪の行為は、蔵匿または隠避です。
 「蔵匿する」とは、逃避者(罪を犯して逃げている者)に捜査機関による発見を免れるために場所を提供することです。隠れ家としての住居を提供するのがその典型です。本罪の成立には、蔵匿にあたる行為が行われていることで足り、実際に発見を免れたことを要しないと解されています(抽象的危険犯)。
 「隠避させる」とは、蔵匿以外の方法によって捜査機関による発見や逮捕を免れさせることをいいます。「隠避」するのは、逃避者であるので、本罪の行為は「隠避をさせる」こと、つまり逃避者が捜査機関に発見・逮捕されないよう、逃避の便益を与えるです。蔵匿と同様に、隠避にあたる行為が行われることで足り、捜査機関による発見や逮捕から免れさせることは必要ではないと解されています(抽象的危険犯)。 逃避者に対して、その留守宅の状況、家族の安否、捜査の状況などを知らせる行為(大判昭5・9・18刑集9・668)、犯人の発見・逮捕を免れさせるために参考人が捜査官に虚偽の供述をすることなどは(和歌山地判昭36・8・21下刑3・7=8・783)、逃避の便益を与える効果を持つとして、隠避罪の成立が認められています。被疑者の逮捕・勾留中に、身代わり犯人として警察へ出頭するよう仕向けた行為につき、現に行われている身柄拘束から免れさせる性質を持っているとして、身代わりとして出頭した者には、犯人隠避罪が成立し、それを仕向けた者には、隠避の教唆が成立します(最決平元・5・1刑集43・5・405)。捜査機関に誰が犯人かが分かっていない段階で、捜査機関に対して自らが犯人である旨の虚偽の申告をすることは、たとえ犯人が死亡していても、捜査を妨害することになるから、隠避にあたると判断されている(札幌高判平17・8・18判時1923・160)。つまり、真犯人が逮捕・勾留されていても、また死亡していても、刑事司法の作用を妨害する「抽象的危険」があれば、犯人隠避罪の成立が認められるということです。

故意
 本罪の故意は、「罰金刑以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者」の蔵匿・隠避の認識です。その成立には、罪を犯した者または拘禁中に逃走した者であることの認識で足り、その罪の法定刑が罰金刑以上であることまで認識していなくてもよいとされています(最決昭29・9・30刑集8・9・1575)。窃盗犯を収賄犯と錯誤しても、本罪の故意は阻却されません(大判大4・3・4刑録21・231)。争いがあるのは、真犯人ではないと誤信して蔵匿・隠避した場合、故意が否定されるかである。本罪の行為客体を真犯人に限らべきであると解するならば(真犯人説)、故意の成立には真犯人であることの認識が必要だということになります。従って、真犯人でないと誤信した錯誤は、事実の錯誤であり、故意の成立を否定します。判例の立場からは、真犯人でないと確信していても、被疑者であることを認識していれば、故意が成立します。

共犯
 本罪は、罪を犯した者を第三者が蔵匿し、隠避させる行為であるので、本人が自ら隠れても、本罪にはあたりません(自己蔵匿・自己隠避)。被疑者の場合、捜査機関に出頭する義務はなく、それを期待することもできないので、隠れて逃亡しても、それを非難することはできません。
 では、被疑者Aが他人Bに依頼して蔵匿・隠避させた場合、どのように解すべきでしょうか。Bには、犯人蔵匿罪または隠避罪が成立しますが(正犯)、Aはその教唆犯にあたるでしょうか。判例は、自ら逃亡することは防禦権の行使として許されても、他人を巻ぞいにするのは、「防禦権の濫用」であることを理由に、犯人蔵匿罪・隠避罪の教唆の成立を認めています(最決昭40・2・26刑集19・1・59)。被疑者には国家の刑罰権から自己の権利を防御することが認められているが、それは自己負罪拒否権=黙秘権や弁護人選任権など憲法・刑事訴訟法で保障された権利を行使することによって行なうべきです。他人に犯人蔵匿などの違法な行為をさせてまで、自分を防禦することまで認められてはません。
 判例が、犯人蔵匿罪や犯人隠避罪の教唆の成立を認めるのは、「共犯の処罰根拠論」における不法共犯説ないし責任共犯論の考えがあるからではないかと思います。しかし、因果的共犯論(惹起説)の立場からは、必ずしも犯人の本人には犯人蔵匿罪の教唆犯は成立しません。共犯の処罰根拠は、一般に共犯が正犯の結果をの「間接的」に惹起したということにありますが、その結果は、共犯者がそれを直接行なった場合にも処罰されるものでなければなりません。Bが行った犯人蔵匿・隠避は、Aから見れば、「自己蔵匿・自己隠避」なので、その教唆犯は成立しないと思われます。

2証拠隠滅罪
 刑法104条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、または偽造若しくは偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

行為客体
 本罪の行為客体は、他人の刑事事件に関する証拠です。証拠とは、犯罪の成否、犯罪の態様、刑の軽重に関係を及ぼす情状を決定しうる一切のものです(大判昭7・12・10刑集11・1817)。証拠の典型は、犯行を目撃した証人、被疑者の供述内容が記載された供述調書です。これらを「証拠方法」といい、証人の証言内容や被疑者の供述内容そのものを「証拠資料」といいます。供述物証だけでなく、証人や参考人の人証も含まれます(最決昭36・8・17刑集15・7・1293)。本罪の行為客である証拠は、隠滅・偽造・変造の行為客体であるので、「証拠方法」に限られます。
 自己の刑事事件に関する証拠については、本罪は成立しません。判例は、AとBが共同正犯の関係にあり、Aが事件の証拠を隠滅した場合、自分のためにする意思で行った場合、それは自己の刑事事件に関する証拠であるため、本罪にあたらないと判断しています(大判大8・3・31刑録25・403)。しかし、同じ行為が他人のためにする意思によって行なわれた場合には処罰されるというのは問題です。共犯の事件の場合、意思や動機のいかんにかかわらず、自己の刑事事件の証拠と解すべきでしょう。

行為
 本罪の行為は、証拠の隠滅と偽造・変造です。
 隠滅とは、証拠の顕出を妨げ、またはその効力を滅失させる行為をいい、証拠の蔵匿(大判明43・3・25刑録16・470)のほか、証人・参考人を隠避させる行為を含みます。
 偽造とは、実在しない証拠を新たに作り出すことであり、変造とは、既存の証拠に変更を加えることをいいます。
 宣誓していない証人や参考人が、捜査官に虚偽の供述を行い、虚偽内容の供述書を作成させたとします。宣誓していない証人が、虚偽の供述をしても、偽証罪にはあたりませんが、このような場合、証拠偽造罪が成立するでしょうか。判例は、本罪の行為客体が「証拠方法」に限定されていることを理由に、「虚偽の供述を行うこと」それ自体は、証拠偽造罪にはあたらないと判断していました(大判昭9・8・4刑集13・1059)。最近でも、参考人が虚偽の供述をすること自体は、証拠偽造にはあたらないと認定されています(千葉地判平7・6・2判時1535・144)。従って、証人や参考人がたんなる虚偽の供述を行うだけは、証拠偽造にはあたりません。ただし、虚偽内容の上申書を作成して捜査官に提出したような場合、証拠偽造罪にあたると判断されています(東京高判昭40・3・29高刑集18・2・126)。その理由は、参考人が「虚偽内容の上申書」という証拠書類を作成し(証拠偽造)、それを捜査官に提出した(偽造証拠使用)ことが重視されているからでしょう。ただし、宣誓していない証人や参考人が上申書を作成するときでも、そこに真実を記載する義務がないなら、そのような行為は一般に証拠偽造罪にはあたらないと解することもできます。

3親族による犯罪に関する特例
 刑法105条 前2条の罪については、犯人又は逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる。

親族の特例
 犯人蔵匿・犯人隠避または証拠隠滅・偽造・変造が、親族間で行なわれた場合、その刑が裁量的に免除されます(任意的免除)。犯罪としては成立しますが、刑が免除されるだけだと考えることができます(一身的刑罰阻却事由説)。これに対して、適法行為の期待可能性が減少するので、責任(非難可能性)が減少・阻却されると解することもできます(可罰的責任阻却事由説)。犯罪を犯した者をその身内の者がかくまうというのは、違法であっても、非難できないという主旨です。

共犯
①親(犯人)が子を教唆して隠避させた
 犯罪を行なった父親Aが教唆して、子どもBに隠れ家を提供させた場合、Bの犯人隠避罪は、刑を任意的に免除されます。Aの自己隠避は犯罪にはあたりませんが、判例によれば、「防禦権の濫用」を理由に、犯人隠避罪の教唆にあたります。ただし、惹起説からは自己隠避を理由に非難可能性が否定され、犯人隠避罪の教唆の成立は否定されます。

②子が教唆して親(犯人)を隠避させた
 子どもBが教唆して、犯罪を行なった父親Aに隠れるよう説得した場合、Aの自己隠避(正犯)が不処罰である以上、Bがそれを教唆しても罪にはなりません(教唆は「犯罪の教唆」だけが処罰されます)。

③子が第三者に依頼して親(犯人)を隠避させた
 子どもBが、第三者Cに依頼して、犯罪を行なった父親Aに隠れ家と提供させた場合、Cの立場からは、Aは自分の親族ではないので、犯人隠避罪(の正犯)が成立します。Bの立場からは、Aは自分の親族であるが、第三者を巻き込んで行うのは「庇護の濫用」であるので、判例によれば、犯人隠避罪の教唆の成立が認められます(大判昭8・10・18刑集12・1820)。ここには不法共犯論ないし責任共犯論の考えが伺われますが、因果的共犯論からは、Bの立場からはAは自分の親族であるので、犯人隠避罪の教唆の刑が任意的に免除されます。

④第三者が子に依頼して親(犯人)を隠避させた
子どもBによる犯罪を行なった父親Aの隠避については、刑を任意的に免除されます。Cの立場からは、Aは自分の親族ではないので、犯人隠避罪の教唆が成立します。その刑は任意的に免除されません。

4証人等威迫罪
 刑法105条の2 自己若しくは他人の刑事事件の捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族に対し、当該事件に関して、正当な理由がないのに面会を強請し、又は強談威迫の行為をした者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

基本的性格
 本罪は、昭和33年(1958年)の刑法改正で取り入れられた規定です。暴力団による「お礼参り」を防止し、処罰する規定である。刑事司法の作用を円滑かつ適正に遂行すると同時に、証人などの安全と私生活の平穏を守るという個人的法益の保護の側面も兼ね備えています。暴行・脅迫を用いて面会を強要した場合、強要罪にあたると思われます。

Ⅱ行為客体
 自分の刑事事件についても成立し、親族に関する特例は適用されません。「捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族」とは、刑事事件の被害者、証人、参考人、鑑定人およびその親族です。捜査・審判前およびその途中において、不当な圧力から被害者や証人を守るだけでなく、捜査・審判後の報復的な行為の予防のための運用が求められています。
 面会の強請とは、相手の意思に反して面会を要求することです。強談威迫とは、相手に対して自己の要求に応ずるよう言動をもって強く求めることをいいます。



 刑法Ⅱ(各論) 国家的法益に対する罪――国家の作用に対する罪
 第14回 偽証罪

(1)偽証の罪
1偽証の罪の総説
基本類型
 偽証の罪は、法律により宣誓した証人による偽証罪と宣誓した鑑定人、通訳人・翻訳人による虚偽鑑定罪からなりたっている。宣誓証人による偽証については、自白した場合に任意的に刑を減軽または免除することができる。

保護法益
 現行刑法は、偽証の罪を通貨偽造罪や文書偽造罪に並んで配列している。宣誓証人が偽証しても、何ら罪に問われないならば、裁判において行われている証言や鑑定に対する一般国民の信用は大きく損なわれることは間違いない。このように考えるならば、偽証罪の保護法益は証言や鑑定の公的信用であり、通貨や文書に対する公的信用を保護法的としている通貨偽造罪や文書偽造罪と同様に(社会的法益に対する犯罪として)扱ことができる。

 しかし、宣誓証人の証言や鑑定に対する公的信用性を保護する必要があるのは、通貨偽造罪のような経済的取引の安全性・確実性を担保する保障するためではない。それは、司法の作用の適正さ、例えば刑事裁判において無実の人が裁かれないように、また有罪であっても不必要な刑罰が科されないようにする必要性があるからである。その意味で、偽証の罪と虚偽申告の罪は国家の司法作用に対する罪として位置付けられるべきであるといえる。改正刑法草案もまたは、「偽証および証拠隠滅の罪」という形で犯罪の分類を行っている。

2偽証罪
 刑法169条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、3月以上10年以下の懲役に処する。

主体
 本罪の主体は、法律により宣誓した証人です。それ以外の者は、本罪の行為主体にはなりえません(構成的身分犯)。Aが宣誓証人Bに対して偽証するよう働きかけた場合、Aには刑法65条1項を適用して、偽証罪の教唆が成立します。

①事前の宣誓と事後の宣誓
 「法律による宣誓」とは、法律または法律により委任された命令において定められている場合の宣誓をいいます(刑訴法154条、民訴法201条、少年法14条、国交法16条・91条に基づく人事院規則13条・52条など)。法律に宣誓の根拠がない場合、偽証罪は成立しません。
 虚偽の陳述は、「法律により宣誓した証人」によって行なわれるので、宣誓は、陳述の前に、つまり尋問の前に行なわれていなければなりません。ただし、宣誓が陳述の後に宣誓が行なわれる場合もあります(民訴規則112条①)。それゆえ、陳述の後に宣誓した場合、遡って偽証罪が成立するか否かをめぐって争いがあります。
 条文の文理をそのまま解釈すれば、事後の宣誓の場合、偽証罪の成立を否定するのが素直な解釈といえますが、事後の宣誓は陳述の内容の正確さや適正さを確認し、それを保証する性質を持っていると考えるならば、偽証罪の成立を肯定することもできます(「私が先ほど述べた事柄には、偽りはありません。それを改めて宣誓します」)。通説・判例も、肯定的な立場に立っています。

②刑事被告人による「偽証」
 刑事被告人には、自己に不利益な供述をする義務はなく(憲38①)、法廷で終始無言のまま供述を拒否する権利があります(刑訴311①)。ただし、任意に供述することはできます(刑訴311②)。しかし、その供述は被告人としての供述であって、「証人」としてのものではありません。被告人には自己の刑事事件に対する証人としての適格性がないので、任意に行った供述がたとえ虚偽であっても、偽証に問われることはないと解されています。

行為
①偽証罪と証言拒否罪の違い
 本罪の行為は、虚偽の陳述を行うことです。それは作為による陳述に限られます。黙秘して証言を行わない場合については、「証言拒否罪」(刑訴161)が問題になるだけです。刑事訴訟法は、証言の拒否によって刑事司法の審判作用の適正さが害されるのを防ぐために、証言拒否罪を設けています。しかし、刑法が処罰するのは、審判作用の適正さを害する全ての行為ではなく、虚偽の陳述を行って審判作用の適正さを害した偽証の場合だけです。従って、証言拒否を偽証罪で処罰することはできないと解すべきです。

②虚偽性の意味
1)主観説と客観説
 証人は、自己の記憶に基づいて、それに忠実に陳述します。証言とはそういうものです。法律により宣誓したことによって、証人はその記憶に忠実に陳述することが義務づけられていると解するならば、陳述が虚偽であるか否かは、証人が自己の記憶に反して陳述を行ったか否かによって決定されることになります(主観説)。宣誓したにもかかわらず、記憶に反する事柄を証言するならば、司法の審判作用の適正さを害する危険性があると解されるからです(抽象的危険犯)。
 これに対して、司法の審判作用の適正さを害する危険が発生するのは、たんに記憶に反する陳述が行われたからではなく、客観的な事実に反する供述が行われたからではないでしょうか(具体的危険犯)。このように考えると、陳述の虚偽性の判断基準は、陳述が客観的な事実に反したか否かにあることになります(客観説)。

2)記憶に反した陳述が客観的事実に合致した場合
 この対立は、宣誓証人の記憶に反して行った陳述が、客観的な事実に合致していた場合において、偽証罪の成立を認めるか否かをめぐって明らかになります。
 主観説からは、偽証罪の成立が認められます。偽証罪は、「記憶に反した陳述を行なう」という証人の心理過程が「陳述」という外部的な行為において表現される犯罪、すなわち「表現犯」です。この犯罪の場合、記憶に反した事柄を述べているという主観的認識が偽証罪の構成要件該当性を肯定する決定的な要素になります(主観的違法要素)。従って、証人が自己の記憶に即した陳述を行っている限り、それが客観的事実に反し、司法の審判作用に悪影響が出ようとも、偽証罪の構成要件該当性は否定されることになります(その故意が否定されるのはもちろんです)。
 客観説からは、証人の陳述が客観的事実に合致している以上、偽証罪の構成要件該当性は否定されます。偽証を行っているという認識(故意)だけでは、処罰することはできません。従って、客観的事実に反した陳述を行えば、その主観的認識にかかわりなく、偽証罪の構成要件該当性が認めらます。その場合、「客観的事実に合致した事柄を述べている」という認識があるので、偽証罪の故意は否定されることになります。

故意の内容
偽証罪の故意は、主観説からは「自己の記憶に反した事柄を陳述している」という認識です。従って、「自己の記憶に合致した事柄を陳述している」という認識がある場合には、主観説からは、偽証罪の構成要件該当性とその故意が認められることになります。これに対して、客観説からは、偽証罪の故意は、「客観的事実に反した事柄を陳述している」という認識になります。従って、「客観的事実に合致した事柄を陳述している」という認識がある場合には、陳述した事柄が客観的事実に合致していない場合、偽証罪の構成要件に該当し、それが客観的事実に合致していると認識していれば、偽証罪の故意は否定されることになります。
 故意を構成要件要素と捉えるならば、故意が否定される場合、偽証罪の構成要件該当性が否定されます。

共犯
先に述べたように、刑事被告人は自己の刑事事件の証人になることはできません。では、刑事被告人Aが、自己の刑事事件の証人Bに対して、虚偽の陳述を行うよう依頼した場合、偽証罪の教唆にあたるでしょうか。学説には、被告人が自己の刑事事件で虚偽の供述をしても罪に問われないのは、真実を述べることの期待可能性がないからです。従って、第三者に虚偽の陳述をさせても、同様に期待可能性がないことを理由に教唆の成立を否定すべきであると主張するものがあります。
 これに対して、被告人が自己の刑事事件において虚偽の供述をしても期待可能性の欠如を理由に無罪になるからといって、他人に偽証させることまで待可能性が欠如するとはいえないのではないでしょうか。このように考えて、教唆の成立を認める説もあります。判例は、偽証罪の教唆の成立を認めています(最決昭27・2・14大判集(刑)60・851)。
 さらに、被告人Aが、審判が分離された共同正犯者Bの事件の証人として、虚偽の供述を行った場合、偽証罪に問われるでしょうか。審判が分離されている以上、AはBの刑事事件の証人になりえます。従って、Aが正当な理由がなく宣誓や証言を拒めば、証言拒否罪にあたり(刑訴161)、宣誓のうえ虚偽の陳述をすれば偽証罪にあたります。

3自白による刑の減免
 刑法170条 前条の罪を犯した者が、その証言をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 本条は、宣誓証人が偽証を行い、誤った裁判や懲戒処分が現実のものになることを防ぐための政策的な規定です。「自白」とは、虚偽の陳述を行った事実を自ら認めることであり、それを裁判所、捜査機関、懲戒権者に対して行うことが必要です。「自白」は、追及を受けて容認するような場合も含まれ、自発的なものである必要はありません。裁判所などが虚偽であることを知っていた場合でも、自白があれば本条が適用されます。

4虚偽鑑定罪
 刑法171条 法律により宣誓した鑑定人、通訳又は翻訳人が虚偽の鑑定、通訳又は翻訳をしたときは、前2条の例による。

 宣誓した鑑定人、通訳人、翻訳人が虚偽の鑑定、通訳、翻訳を行った場合、偽証罪と同様に扱われます。自白による刑の減免の規定も適用されます。

5虚偽告訴罪
 刑法172条 人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役に処する。

虚偽の告訴
 虚偽告訴の罪とは、人に対して誤った刑事の処分または懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴などを行うことをいいます。虚偽の告訴によって、国の刑事司法または懲戒の適正な作用が害され、その作用を受けた人の権利が侵害されることは明らかです。
 保護法益として、いずれの側面を重視するかについては見解が分かれています。国の刑事司法の適正な作用を保護法益と解するならば、自分が真犯人でないにもかかわらず、警察に出頭した「自己告訴」の場合も、刑事司法の作用が誤る危険性があるので、虚偽告訴罪の成立を認めることも可能です。また、他人告訴の場合、被告訴人が承諾していても、虚偽告訴罪が成立する可能性があります。さらに、存在しない人に関する告訴の場合、誤った司法作用や処分は不能であっても、その危険性があることを理由に虚偽告訴罪の成立が認められる可能性があります。
 これに対して、誤った作用や処分を受ける人の権利を保護法益と解するならば、自己告訴や被告発人が承諾している場合には、基本的に本罪の成立は否定されます。また、存在しない人の場合でも同様に解することができます。

行為
 本罪の行為は、虚偽の告訴、告発、その他の申告です。告訴とは、犯罪の被害者が処罰を求める意思表示です。告発とは、それ以外に者が処罰を求める意思表示です。その他の申告とは、外国政府による処罰請求や懲戒処分を求める申立です。
 これらの行為が、捜査機関に対して行なわれ、また懲戒権者またはその権限の発動を促しうる機関に対してなされることが必要です。方法は口頭でも書面でもよく、他人名義(匿名)を用いた場合でもかまわいません。ただし、根も葉もない内容では捜査機関や懲戒権者の権限の発動を促すことはできないので、犯罪または懲戒の成否に影響を及ぼすような内容でなければなりません(大判大13・7・29刑集3・721)。具体的なものであることが必要です(大判大4・3・9刑録21・273)。

虚偽性
 虚偽性については、学説・判例は、客観的事実に反することをいうと解する点において共通しています(客観説)(最決昭33・7・31刑集12・12・2805)。虚偽であると認識しながら告訴したが、それが客観的事実に合致している場合、それによって国の刑事司法や懲戒に悪影響は及ばないので、虚偽告訴罪の構成要件該当性は否定されます。
 偽証罪との関係では、偽証の虚偽性に関して主観説を採用する論者でも、虚偽告訴罪では「客観説」の立場に立っています。偽証罪の場合は、「自己の良心に反する発言をしない」と宣誓したにもかかわらず、その良心に背いて記憶に反して偽証することが、虚偽性の本質になります。つまり、虚偽性が主観的に判断されるからです。これに対して、虚偽告訴罪の場合は、告訴が客観的事実に合致しているならば、国の司法作用の適正さは害されず、また被告訴者が受ける利益侵害が「不当」なものにはならないからです。

故意
 本罪の故意は、告訴内容が虚偽であることの認識です。客観的に虚偽であっても、真実であると認識していた場合、故意は否定されます。虚偽性については、未必的なもので足ります(最判昭28・1・23刑集7・1・46)。
 主観的要件としては、故意のほかに、「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」が必要です(目的犯)。この「目的」は、刑事の処分などが課されることの未必的な認識(「処分を受けるだろうなぁ」)で足りると解するならば、それを意欲していることは必要ではありません(大判大6・2・8刑録23・41)。本罪は「目的犯」ですが、その目的を実現するのは虚偽告訴を行った者ではなく、刑事裁判官や懲戒者なので、通貨偽造罪のように偽造者自身が「行使の目的」を実現する典型的な目的犯と同じように解することはできないと考えられているからでしょう。確かに、そのような違いはありますが、本罪が刑事処分を受けさせる目的に基づいて虚偽の告訴を行う行為である以上、目的の要件を緩和するのは妥当ではありません。

6自白による刑の減免
 刑法173条 前条の罪を犯した者が、その申告をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 本条は、虚偽の告訴を行った者が、誤った刑事処分が確定する前に自白すれば、刑を任意的に減免する政策的な規定です。
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