Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(05)判例資料(038~045)

2020-10-26 | 日記
038強盗罪の要件たる暴行・脅迫(1)(最判昭和23・11・18刑集2巻12号1614頁)
【事実の概要】
 被告人Xは、YおよびZと共謀の上、某日午前1時頃に時計商A方勝手口から屋内に侵入し、YとZはそれぞれ草刈機を、XはナイフをAに突きつけ、「静かにしろ」、「金を出せ」などと言って脅迫し、同人を畏怖させ、同人から所有する現金3170円、時計、ライターなど40点を強取した。
 弁護人は、強盗罪が成立するには、被害者の精神および身体の自由を絶対に制圧することが必要であるが、本件ではまだそこまで至っていないので、恐喝罪が成立するにとどまると主張した。最高裁は、以下のように判示して、強盗罪の成立を認めた原判決を是認して、上告を棄却した。

【争点】
 暴行を行えば、暴行罪(刑法208)が成立する。脅迫を行えば、脅迫罪(刑法222)が成立する。他人の物を奪えば、窃盗罪(刑法235)が成立する。

 強盗罪(刑法236)は、暴行または脅迫を用いて、被害者が占有する財物を奪う行為である。暴行・脅迫が、財物奪取という目的を実現するための手段となっていることが必要である。手段も目的も、それ自体として犯罪にあたる行為であるが、それが手段・目的関係において結びついている犯罪を「結合犯」という。強制わいせつ罪・強制性交等罪は、暴行・脅迫を手段として行われるが、目的であるわいせつ行為・性交等それ自体は犯罪にあたらない行為なので、それらは結合犯ではない(結合犯類似の罪)。

 暴行・脅迫は、財物を奪取する手段であるので、それを行う時点で、行為者に財物を奪取する意思がなければならない。暴行・脅迫は財物奪取の手段として行われるので、その行為が開始されたことで、強盗罪の実行の着手が認められる。

 強盗罪の手段行為である暴行・脅迫は、暴行罪の暴行・脅迫罪の暴行と同一の内容・程度の行為で足りるか、それとも一定の特徴を備えているか。強盗罪の暴行・脅迫は、財物を奪取するための手段であるので、その目的を実現するだけの程度と強度が必要である。判例・学説では、被害者の反抗を抑圧するに足りる強度な暴行・脅迫であることが必要であると解されている。

 そのような強度に至っていない暴行・脅迫を加え、被害者が金員を差し出した場合、成立するのは恐喝罪である。また、そのような強度に至っている暴行・脅迫を加え、被害者が金員を差し出した場合、たとえ被害者が財物を「交付」していても、それは被害者の交付という行為を強いて行わせて、財物を「強取」した強盗罪として扱われる。

【裁判所の判断】
 強盗罪の成立には被告人が社会通念上被害者の反抗を抑圧するに足る暴行又は脅迫を加え、それに因って被害者から財物を強取した事実があれば足りるのであって、所論のごとく被害者が被告人の暴行脅迫によってその精神及び身体の自由を完全に制圧されることを必要としない。

【解説】
 強盗罪の手段行為である暴行・脅迫は、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものであることが必要である。暴行・脅迫がその程度に達しているかどうかは、「社会通念」に基づいて判断される。従って、被害者が実際に反抗を抑圧されていなくても、社会通念に照らして、一般に反抗を抑圧する程度であれば、強盗罪の手段としての暴行・脅迫にあたると判断することができる。また、実際に被害者が反抗を抑圧されていても、それに加えられた暴行・脅迫が社会通念に照らして、一般に反抗を抑圧する程度に至っていなければ、強盗罪の手段行為としての暴行・脅迫にはあたらない。そのような場合は、恐喝罪の手段行為にあたると解される。

 結合犯類似の形態として強制わいせつ罪・強制性交等罪がある。これらの犯罪の場合も、手段行為として暴行・脅迫が成立要件とされいる。これらの犯罪の場合、その手段行為としての暴行・脅迫は、被害者の反抗を抑圧する程度に至っていなくても、それを著しく困難にしていれば、手段行為としての暴行・脅迫にあたると判断され、その要件が緩和されている。例えば、強姦罪の場合、一般には力の強い男性が行為者であるため、被害者の女性が反抗したくても、心理的恐怖から反抗できないことが多い。つまり、強姦の目的を達成するためには、被害者の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫は必要ではなく、それを著しく困難にする程度で足りる。このような事情から、強制わいせつ罪・強制性交等罪の手段行為の暴行・脅迫の要件は、強盗罪のそれに比べると緩和されていると考えられる。


039強盗罪の要件たる暴行・脅迫(2)(最判昭和61・11・18刑集40巻7号523頁)
【事実の概要】
 XとYは、覚せい剤の仲介を偽装して、Aから覚せい剤を奪うことを計画した。YがAをホテル303号室に呼び出し、YがXに合図をし、309号室に待機しているXが303号室に入り、Aに発砲し、その間にYが覚せい剤を持って逃走する計画を立てた。
 Yは、Aをホテルの303号室に呼び出し、覚せい剤の値段交渉などをして、「客と話してくる」といって309号室に行き、戻ってくると、「客が覚せい剤を見るまでは、金は渡せない」と言っていると告げた。すると、Aは「こっちも金を見なければ、覚せい剤を渡せない」と言っていたが、譲歩し、Yに覚せい剤を渡した。受け取ったYは309号室に行き、Xに少し時間をおいてから303号室に行き、Aをけん銃で殺害するよう指示した。Yは覚せい剤をカバンに詰めて、ホテルから出て、タクシーで逃走した。
 少ししてからXが303号室に行き、至近距離からAにけん銃を発砲した。Aは防弾チョッキを着用していたため、重傷を負うにとどまった。
 第1審は、覚せい剤について(財物)強盗殺人未遂罪の成立を認めた(窃盗後、覚せい剤の返還を免れる目的から殺人未遂を行ったので、事後強盗殺人未遂罪)。
 これに対して弁護人が控訴した(Yは覚せい剤を客に見せるとAを欺いて、覚せい剤を「交付」させたので、窃盗罪ではなく、財物詐欺罪が成立すると主張した。また、財物詐欺後に行われた殺人未遂は、財物の返還の請求を防ぐために行われたものであるが、財物詐欺と殺人未遂との間には時間的・場所的な緊密性はなく、財物詐欺罪と殺人未遂の2罪が成立するだけだと主張した)。
 第2審は、AがYに欺かれたとはいえ、それによってYに覚せい剤を預けただけであるので、錯誤に基づいて覚せい剤の占有を移転したわけではないとして、財物詐欺罪の成立を否定した。しかし、YはAから覚せい剤を預かった直後に、Xがその場においてAを拳銃を発砲したので、覚せい剤の預かり行為と発砲が時間的・場所的に密接な関係において行われていたことを理由に強盗殺人未遂罪が成立すると判断した。これに被告人が上告した。

【争点】
 刑法236条の強盗罪には2種類ある。一つは、暴行・脅迫を用いて「財物」を強取する財物強盗罪(1項)。もう一つは、暴行・脅迫を用いて「財産上の利益」を取得する利益強盗罪(2項)。暴行を加えて債務の履行を免れたり、財物の返還義務を免れれば、利益強盗罪が成立する。

 財物・利益のいずれの強盗罪についても、その手段である暴行から被害者の致傷・致死の結果が発生し、致傷・致死につき故意がない場合、(財物または利益)強盗致死傷罪が成立する。致傷・致死につき故意がある場合、(財物または利益)強盗傷害罪・強盗殺人罪が成立する。致死につき故意があったが、被害者が死亡しなかった場合には、(財物または利益)強盗殺人未遂罪(刑法240)が成立する。

 第1審は、本件の事案について強盗殺人未遂罪の成立を認めた。これは、財物強盗殺人未遂罪を指しているのか。YがAから覚せい剤を預かった後にXがAに発砲しているので、暴行を用いて財物を奪取したわけではない。そうすると、財物強盗殺人未遂罪にはあたらないと思われる。かりに、YがAを欺いて覚せい剤を交付させたと認定するならば、財物詐欺罪(刑法246)が成立する。XがAに発砲した殺人未遂は、覚せい剤の返還を免れるために(返還義務を免れる利益のために)行ったので、利益強盗殺人未遂罪が成立する(両罪は包括一罪)。この点に関して、第2審は、AはYは欺かれたが、Yに覚せい剤を交付したわけではないので、財物詐欺罪は成立しないが、Yによる覚せい剤の取得とXによる発砲が時間的・場所的に近接して行われたことを理由に、強盗殺人未遂罪の成立を認めた。これは財物強盗殺人未遂罪か、それとも利益強盗殺人未遂罪か。Xが覚せい剤の返還を免れるために行ったというなら、利益強盗殺人未遂罪が成立する。

 しかし、第2審の判断が認定したように、本件の行為が「暴行・脅迫による財物の奪取」(被害者の反抗を困難にする程度の暴行・脅迫を行って財物を奪う)の要件を満たしているかというと、少し疑問が残る。AはYに欺かれて、覚せい剤を預け、そのあと返してもらえる、その権利があると思っていたのに、Xの発砲によって返還の請求を阻まれたと事実認定する方が実態に即しているように思われる。そうすると、XはAに発砲して覚せい剤の返還義務を免れた「利益強盗殺人未遂罪」が成立する。

【裁判所の判断】
 本件においては、被告人が第303号室に赴き拳銃発射に及んだ時点では、Yらは本件覚せい剤を手中にして何ら追跡を受けることなく逃走しており、すでにタクシーに乗車して遠ざかりつつあったかもしれないというのであるから、その占有をすでに確保していたというべきであり、拳銃発射が本件覚せい剤の占有奪取の手段となっていると見ることは困難であり、被告人らが本件覚せい剤を強取したと評価することはできないというべきである。しかし、前記の本件事実関係自体から、被告人による拳銃発射行為は、Aを殺害して同人に対する本件覚せい剤の返還ないし買主が支払うべきものとされていた代金の支払いを免れるという財産上不法の利益を得るためになされたことが明らかであるから、右行為はいわゆる2項強盗罪による強盗殺人未遂罪に当たるというべきであり、……先行する本件覚せい剤取得行為がそれ自体としては、窃盗罪又は詐欺罪のいずれに当たるにせよ、前記事実関係にかんがみ、本件は、その罪と(2項)強盗殺人未遂罪のいわゆる包括一罪として重い後者の刑で処断すべきものと解するのが相当である。

【解説】
 この事案の事実関係を、「覚せい剤を返してもらう権利」を暴行・脅迫によって阻み、それによって「覚せい剤を返す義務」または「支払うべき代金の支払い義務」を免れたと認定できるならば、利益強盗の問題として捉え直すことができる。なお、この利益強盗殺人未遂罪に先立ってYがAから覚せい剤をとった行為が財物詐欺罪であるとすると、それと利益強盗殺人未遂罪とは包括一罪になる。Aから覚せい剤をとった行為が窃盗罪であるならば、時間的・場所的な近接性が認められる場合には事後(財物)強盗殺人未遂罪の1罪が成立するが、その近接性がなければ、窃盗罪と利益強盗殺人未遂罪の包括一罪になる。


040利益強盗(2項強盗)における不法の利益(最判昭和32・9・13刑集11巻9号2263頁)

【事実の概要】
 被告人は、Aから11万円借り受けるとともに、Aから委任されて取り立てた金員をAの手許まで返済すべきところを、返済しなかったため、不信を抱いたAから返済を督促されていた。被告人は、Aから強く返済を迫られ、その場を言いつくろったものに、返済手段がなかったので、被告人はAから金銭を借りていることの詳細を他の人が知らないことをいいことに、Aを殺害して債務の履行を免れようと際立て、強打したが、殺害の目的を遂げなかった。

 第1審と原審は、利益強盗殺人未遂罪の成立を認めた。強盗殺人罪は、暴行を用いて、他人の財物を強取する行為または財産上不法の利益を得る行為を行い、暴行の際に被害者を殺害する認識があったが、殺害するに至らなかった場合に成立する。殺人の部分が未遂に終わっていれば、強盗殺人未遂が成立し(殺人未遂説)、財物が強取されているかどうか、利益が得られたかどうかは、強盗殺人未遂の成立には影響しない。殺人が既遂であるならば、強盗の部分が未遂であっても、成立するのは強盗殺人(既遂)罪である。

 これに被告人が上告した(おそらく、利益強盗殺人未遂が成立するのではなく、殺人未遂罪が成立するだけだと考えていたと思われる。利益強盗殺人罪は、債務者が債権者の債権放棄の意思表示をさせて、債務をの履行を免れるために故意に債権者を死亡させた場合に成立するが、本件では債権者の債権放棄の意思表示をさせる目的はなかった。債権者を殺害して、事実上債務の履行を免れただけであった。そうすると殺人未遂罪が成立するだけである)。

【争点】
 刑法236条の強盗罪には財物強盗罪と利益強盗罪の2種類がある。

 前者の財物強盗罪は、財物を占有する被害者に対して暴行・脅迫を用いて、その意思に反して、財物を強取する行為である。被害者の反抗を困難にする程度の暴行・脅迫が用いられていることから、被害者の意思に反した財物の奪取である。それが既遂に達したかどうかは、財物が被害者から行為者の支配領域内に移転したかどうかを認定することによって判断することができる。その際、被害者が行為者に財物を交付するとか、一定の処分行為をすることを要しない。

 後者の利益強盗罪は、債権や財物の返還請求権などを有する被害者に対して暴行・脅迫を用いて、その意思に反して、債権の実現や返還請求を阻み、それによって債務の履行や返還義務を免れ、利益を取得する行為である。被害者の反抗を困難にする程度の暴行・脅迫が用いられている点は財物強盗罪の場合と同じであるが、債権の実現を阻み、債務の履行を免れることで利益を取得したかどうかは、財物の移転のように認定することはできない。なぜならば、「利益」は目で見えるものではないので、それが被害者から行為者に移転したかどうかを判断にするのは、財物強盗罪の場合とは異なる判断方法が求められる。

 かりに、暴行を受けた債権者が「債権を主張しません。債務の履行を免除します」と明確に意思表示すれば、債権者の債権も、債務者の債務も消滅したといえるので、行為者は債務の免除というが利益を取得したと認定することができる。しかし、そのような意思表示がなされないまま、債権者が殺害された場合、債務者=被告人が利益を得たことを確認することはできないことになる。

【裁判所の判断】
 236条2項の罪は1項の罪と同じく処罰すべきものと規定され1項の罪とは不法利得と財物強取を異にする外、その構成要素に何ら差異がなく、1項の罪におけると同じく相手方の反抗を抑圧すべき暴行、脅迫の手段を用いて財産上不法利得するをもって足り、必ずしも相手方の意思による処分行為を強制することを要するものではない。犯人が債務の支払を免れる目的をもって債権者に対してその反抗を抑圧すべき暴行、脅迫を加え、債権者をして支払の請求をしない旨を表示せしめて支払を免れた場合であると、右の手段により債権者をして事実上支払を免れた場合であるとを問わず、ひとしく右236条2項の不法利得罪を構成するものと解すべきである。この意味において……(大審院)明治43年判例は変更されるべきである。

【解説】
 かつて大審院時代の判例では、利益強盗の既遂の要件として、利益が被害者から行為者に移転するためには、暴行の被害を受けた被害者が、「利益の処分行為」を行うことが必要であると解してきた。つまり、利益強盗罪は、行為者が被害者の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫を用いて、被害者に債権の放棄などの財産的処分行為を行わせて、それによって債務免除という利益を取得する行為であると理解されてきた。暴行・脅迫は、被害者に債権の放棄をさせる目的から行われていなければならない。

 その判例を本件の事案に適用すると、行為者には債務を免れるためにAを殺害することを目的としていたが、Aに債権を放棄させる目的があったわけではない。そうすると、その暴行は利益強盗殺人罪の手段行為としての暴行ではない。債務を事実上免れるために、殺意をもってAに暴行を加えただけでなので、その行為は通常の殺人未遂罪が成立するだけである。

 これに対して、最高裁が判断したように、財物強盗罪と利益強盗罪は行為客体が異なるだけで、それ以外の成立要件は同じであるから、債権放棄の意思表示をさせる目的がなく、債務を事実上免れるために、殺意をもってAに暴行を加えた場合であっても、利益強盗殺人未遂罪にあたる。


041暴行後の領得意思(東京高判平成20・3・19高刑集61巻1号1頁)
【事実の概要】
 被告人は、A宅に押し入って、Aに対して強制わいせつ行為を行っている間に、Aの携帯電話の呼び出しベルが鳴ったので、それをポケットに入れた。また、わいせつ行為終了後に(Aはすでに負傷していた)、Aの足を縛り上げた後、A宅から立ち去る際に、思い立ってAの下着を持ち帰った。この間、Aは意識を喪失していなかった。

 第1審は、被告人に対して、住居侵入罪、強制わいせつた致傷罪に加え、携帯電話と下着について(窃盗罪ではなく)強盗罪の成立を認めた。

 被告人は控訴した。その主張は、次のようなものであった。本件において、携帯電話と下着について強盗罪が成立するためには、それらを奪う目的に基づいて暴行・脅迫を加えていなければならない。本件の暴行・脅迫は、わいせつ行為を行う目的で行われたものであり、それは強制わいせつ罪の手段行為として法的に評価されるべきものである。携帯電話と下着について強盗罪が成立するためには、この強制わいせつ罪の手段行為とは別の「新たな暴行・脅迫」を用いて、それらを奪っていなければならない。しかし、第1審ではその認定が不明瞭である。

  控訴審は、量刑事情の変更を理由に、第1審判決を破棄し、自判し、被告人の主張を斥けて、以下のとおり判示した。

【争点】
 強制わいせつ罪は、暴行・脅迫を用いて、13才以上の男女にわいせつな行為を行うことである。
 強盗罪は、暴行・脅迫を用いて、他人の財物を奪うこと(財物の占有侵害とその自己への移転)である。
 二つの犯罪は、暴行・脅迫を手段としている点で共通している。それは外形的に見ると同種の身体的動作であるが、前者は性的自由を侵害する目的に基づいて行われ、後者は財物の占有を侵害する目的に基づいて行われる。外形的な身体的動作が同種であり、被害者の反抗を困難に、あるいは著しく困難にするという点では共通していても、その目的が異なるため、その全体を見ればそれらの法的な意味(何罪の構成要件要素を充足しているのか)はそれぞれ異なる。

 本件で問題になっているのは、強制わいせつ目的に基づく暴行・脅迫が終了した後(強制わいせつ罪としては既遂)、被害者が行為者に反撃・犯行して、逮捕するなどできない身体的・心理的な作用が継続している間に、「新たに財物奪取の意思」が生じて、それを行った場合、その財物奪取はたんなる「窃盗罪」にとどまるのか、それとも、恐怖心から反抗できない被害者から財物を奪ったとして「強盗罪」にあたるのか。

 「新たな財物の奪取の意思」に基づく財物奪取が「強盗罪」にあたるには、強制わいせつ罪の手段行為である暴行・脅迫とは別の、財物奪取という目的に基づいた「新たな暴行・脅迫」が行われ、それに基づいて財物奪取が行われていることが必要である。被告人はこのように主張したのであるが、ここには強制わいせつ罪の手段行為である暴行・脅迫が終了した後にも、被害者が畏怖し反抗が困難になっているという身体的・心理的な状態(手足が縛られ、恐怖に陥っている状態)についての言及はない。それを踏まえて検討すると、どのように判断されるか。東京高裁の判断は、その点にまで踏み込んでいる。

【裁判所の判断】
 強制わいせつ目的による暴行・脅迫が終了し(わいせつ行為を行っ)た後に、新たに財物取得の意思を生じ、前記暴行・脅迫により反抗が著しく抑圧されている状態に乗じて財物を取得した場合において、強盗罪が成立するには、新たな暴行・脅迫と評価できる行為が必要であると解されるが、本件のように被害者が緊縛された状態にあり、実質的には暴行・脅迫が継続していると認められる場合には、新たな暴行・脅迫がなくとも、これに乗じて財物を取得すれば、強盗罪が成立すると解すべきである。すなわち、緊縛状態の継続は、それ自体は、厳密には暴行・脅迫には当たらないとしても、逮捕監禁行為には当たりうるものであって、被告人において、この緊縛状態を解消しえない限り、違法な自由侵害状態に乗じた財物の取得は、強盗罪に当たるというべきなのである。

【解説】
 強制わいせつ罪の手段行為として行われた暴行・脅迫が終了し、強制わいせつ罪が既遂に達した後、それとは別個の新たな財物奪取の意思が生じて、被害者から財物を奪った場合、その財物奪取の手段として暴行・脅迫は行われていない。そうすると、財物奪取は窃盗罪にとどまる。
 しかし、強制わいせつ罪の手段行為としての暴行・脅迫が終了したという形式的な事実があっても、被害者の反抗が困難にされている状態が実質的に継続していると認められる場合には、たとえ新たな暴行・脅迫がなくとも、被害者が反抗困難な状態にあることを知りながら、その状態を利用して財物を奪取しているならば、強盗罪が成立すると解すべきである。
 本件では、被害者は強制わいせつ罪の手段行為として暴行を受け、緊縛された状態にあるので、その状態は財物奪取のために行われた暴行・脅迫には当たらないとしても、逮捕・監禁には当たりうるものであって、この緊縛による違法な自由侵害の状態に乗じて財物を奪う行為は、強盗罪にあたるというべきである。
 なお、現行刑法には「強制性交等強盗罪」の処罰規定が設けられている。これによって、本件のように強盗以外の目的(例えば強制性交の目的)に基づいて暴行・脅迫し、強制性交終了後に、なおも被害者が畏怖している途中から財物奪取の意図が生じて、財物を奪取した場合、強制性交罪と強盗罪ではなく、強制性交強盗罪が成立することになった。


042事後強盗罪の成否(最判平成16・12・10刑集58巻9号1047頁)

【事実の概要】
 被告人は、金員窃取の目的で、某日の午後0時50分頃に、A方に侵入し、現金の入った財布と封筒を窃取し、数分後に玄関ドアの鍵を外して、誰にも発見されず、1キロメートル離れた公園に自転車で逃走した。
 被告人は、公園で盗んだ現金が3万円余りしかなかったため、少ないと思い、再度A方に盗みに入ることにして、3万円をポケットに入れたまま、自転車で引き返し、午後1時20分頃、同人の玄関ドアを開けたところ、室内に家人がいることに気づき、ドアを閉めて、門扉の外の駐車場に出た。家人Bは、泥棒に入られたことに気づき、それが逃げて行ったとして追跡し、被告人を発見した。被告人はBに逮捕されることを免れるために、ポケットからナイフを出して、Bに向けて左右に振り、Bがひるんで後退した隙に逃走した。

 第1審は、事後強盗罪の成立を認めた。ただし、ナイフを左右に振り回して脅迫した行為が、「窃盗の機会継続中」に行われたか否かの点には触れなかった。

 第2審は、その点を踏まえて、事後強盗罪の成立を認めた。被告人が盗んだ現金が3万円であり、少ないとして、それをポケットに入れたまま、さらに金員を窃取するために30分後に同じ家に引き返したのは、「当初の窃盗の目的を達成するため」であったと見ることができる(A宅での窃盗とは別個の窃盗を達成するためではなかった)。また、家人Bは、被告人が引き返して玄関のドアを開けて、すぐ閉めた時点で、泥棒に入られたことに気づき、逃げた泥棒を追跡した。以上から、被告人がナイフで脅した脅迫は、窃盗の機会継続中に行われたものであることが認められた。これに対して、被告人が上告した。

【争点】
強盗罪は、暴行・脅迫を用いて財物を奪取する行為である(刑法236)。しかし、実際の犯行現場では、行為者が手段として暴行を用いて財物を奪取する場合だけでなく、先に財物を奪取して(窃盗を行って)、それを発見された被害者から取り返されるのを防ぐために暴行を用いる場合もある。刑法238条の「事後強盗罪」は、後者の場合も含めて強盗罪として扱うことを定めている。

 暴行・脅迫を手段とする強盗の場合(刑法236)、暴行・脅迫と財物奪取とは手段・目的の関係によって有機的に結合され、それは不可分で一体の行為として扱われる(結合犯)。しかし、盗品の奪い返しを防ぐ場合の暴行・脅迫は、窃盗が行われた時点においては予定されていない。犯行を発見した被害者による盗品の奪還を阻止する必要から行われたものである。そうすると、窃盗と暴行には有機的な結合関係はないので、窃盗罪と暴行罪の併合罪で処理することもできる。しかし、併合罪として処理すると、処断刑は重い方の窃盗罪の法定刑を基準にして、その長期の10年の懲役に2分の1を加えた「15年以下の懲役または50万円以下の罰金の懲役」にしかならず、強盗罪の法定刑の「5年以上(20年以下)の有期懲役」に比べると軽くなってしまう。暴行・脅迫を手段とした財物の奪取も、財物窃取後に盗品の奪い返しを防ぐための暴行・脅迫も、実質的に見て同じ非難が向けられ、刑事政策的にも等しい罪として扱われるべきであるにもかかわらず、手段・目的の有機的な関係がないために、併合罪処理すると、不合理な結果を引き起こすと言わざるを得ない。

 238条の事後強盗罪は、このような不合理を回避するために設けられた規定である。窃盗後に(窃盗既遂および窃盗未遂)、盗品の奪い返しを防ぎ(窃盗既遂の場合)、現行犯逮捕(窃盗既遂と未遂の場合)を免れるために、または罪責を隠滅するためには被害者などに暴行・脅迫を加えた場合に、その暴行・脅迫が窃盗罪と併せて強盗罪として扱われる。ただし、窃盗後に238条所定の目的に基づいて暴行・脅迫が行われれば、それだけで事後強盗になるというのではない。窃盗と暴行・脅迫の間に時間的・場所的な近接性が必要であることが判例で求められている。暴行・脅迫は窃盗に近接して行われたこと、すなわち「窃盗の機会継続中」に行われていなければ、事後強盗罪の成立は認められない。

【裁判所の判断】
 しかしながら、上記事実によれば、被告人は、財布等を摂取した後、だれからも発見、追跡されることなく、いった犯行現場を離れ、ある程度の時間を過ごしており、その間に、被告人が被害者等から容易に発見されて、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況はなくなったものというべきである。そうすると、再度窃盗をする目的で犯行現場に戻ったとしても、その際に行われた上記脅迫が、窃盗の機会継続中に行われたものということはできない。

【解説】
 本件では、被告人がA宅への住居侵入と窃盗を行った後、1キロメートル移動し、再び戻り、最初の犯行から30分後に再び同じA宅への侵入しようとしたところを発見され、家人Bに脅迫を加えた。この脅迫は窃盗の機会継続中に行われたのか、それとも窃盗が終了してから行われたのか。被告人は、窃盗後1キロメートル移動し、30分経過しているので、窃盗は終了し、その後A宅に侵入しようとして、Bに脅迫を加えたと評価することもできるので、この脅迫は、先行する窃盗の機会継続中に行われたものとはいえないと考えられる。
 しかし、被告人がA宅に戻ってきたのは「当初の窃盗の目的を達成するため」であったので、被告人の認識では窃盗はまだ終了していなかった。また、Bが被告人を追跡したのは、被告人が住居に入ろうとした「住居侵入罪の未遂」で現行犯逮捕するためではなく、被告人が家に入り物を盗んだ窃盗罪で現行犯逮捕しようとしたからである。そうすると、被告人は、窃盗の機会継続中において、Bによる逮捕を免れる目的から行われたものと解することもできるように思われる。




043事後強盗罪の予備(最決昭和54・11・19刑集33巻7号710頁)

【事実の概要】
 被告人は、某日の午前1時頃、警察官の職務質問を受け、登山ナイフなどを携帯していたため、現行犯逮捕された。被告人は、事務所に侵入して、窃盗を行い、もし誰かに発見された場合には、ナイフなどを使って脅迫し、盗んだ物の取り返しを防ぎ、逮捕を免れることを計画していた。

 第1審は、被告人が、事務所に侵入して、窃盗を行い、もし誰かに発見された場合には、ナイフなどを使って脅迫し、盗んだ物の取り返しを防ぎ、逮捕を免れることを計画しながら、侵入すべき事務所を物色しながら徘徊していたと認定して、事後強盗罪の予備罪の成立を認めた(懲役6月、執行猶予2年)。

 第2審もまた、第1審と同様に、被告人には盗んだ物の取り返しを防ぎ、逮捕を免れる目的(刑法238条所定の目的)があったとして、強盗予備罪は事後強盗罪についても認められるとして、第1審の判断を維持し、控訴を棄却した。これに対して、被告人が上告した。


【争点】
 強盗予備罪(237条)は、「強盗の罪を犯す目的で、その予備をした者」を処罰する。事後強盗罪も「強盗罪」の一形態であるので、強盗予備罪の「強盗の罪」に含まれる。では、事後強盗罪についても予備を想定できるか。

 暴行・脅迫を用いて財物を奪取する強盗の目的をもって、その準備をすれば、強盗予備が成立する。それは言うまでもない。例えば、ナイフで脅して金員を奪う計画を立てて、ナイフを携帯し、侵入可能な人家を物色しながら徘徊していれば(A)、そのナイフは侵入予定の人家の家人に向けられ、財物が奪われる危険性が発生しているといえる。それは、強盗の実行に着手によって発生する「法益侵害の具体的な危険性」ではないが、予防の観点から予備罪として処罰に値する法益への危険性が発生しているといえる。

 被告人は、事務所に侵入後、窃盗を行い、人に発見された場合、盗品の奪い返しを防ぎ、逮捕を免れるたえに暴行・脅迫を加える計画で、ナイフ等を携帯し、侵入可能な事務所を物色していた(B)。そこで逮捕された。

 前者(A)のナイフを携帯し、侵入可能な人家を物色しながら徘徊するのも、後者(B)の事務所を物色しながら徘徊するのも、外形的な行為としては同じであるが、前者の場合は、家人に対してナイフを用いて脅迫する目的がすでにある。これに対して、後者の場合は、まずは窃盗を行うことが意思決定されているだけで、ナイフを用いて脅迫するのは、事務所の誰かに発見されたならばという仮定に条件にづけられている。つまり、事務所の人にナイフを用いて脅迫する決意と危険性は、前者の場合と同じ程度ではない。このように考えると、事後強盗罪の予備を、前者の強盗罪の予備と同じように処罰することはできないように思われる。


【裁判所の判断】
 刑法237条にいう「強盗ノ目的」には、同法238条に規定する準強盗(事後強盗)を目的とする場合を含むと解すべきであって、これを同旨の原判断は正当である。

【解説】
 判例は、刑法238条の事後強盗罪も強盗罪である以上、その予備罪を観念することができると判断した。その結論は非常に明解であるが、その根拠については明らかではない。

 条文の配列を見ると、まず236条の強盗罪があり、次いで237条の強盗予備罪が規定されている。この配列関係から見ると、強盗予備は236条の強盗の予備、すなわち「暴行・脅迫を用いた財物の強取」という実行行為の準備行為であり、その後に配列されている238条の事後強盗罪、239条の昏睡強盗罪には適用されないと理解することもできる。ただし、238条・239条ともに「強盗として論ずる」と規定していることから、それを236条の「強盗」として論じ、237条の「強盗」に含ませることもできる。

 しかし、それは239条の昏睡強盗罪について妥当しても、238条の事後強盗罪には必ずしも当てはまらない。というのは、事後強盗罪は窃盗既遂・未遂を行った者が同条所定の目的に基づいて被害者などに暴行・脅迫を行う行為であり、その実行行為は「暴行または脅迫」である。強盗として論ぜられるのは、窃盗を行った者による暴行・脅迫であり、事後強盗罪の準備は、暴行・脅迫の準備になるからである。

 このように解すると、事後強盗罪の予備は、窃盗既遂・窃盗未遂を行った者が同条所定の目的に基づいて被害者などに暴行・脅迫を行うための準備行為となるので、事後強盗罪の予備が問題になるのは、窃盗既遂・窃盗未遂の以後の段階においてであり、その以前においては問題にならないはずである。

 また、先に述べたように、本件では暴行・脅迫が行われることは必ずしも確実ではなく、それは「事務所にいる人に発見された場合」という条件にかかっているので、そのためにナイフを携帯する行為が、236条の強盗罪の暴行・脅迫のためにナイフを携帯するのと同程度の危険性を有しているかも疑問である。


044逃走中の暴行と強盗致死傷(最2判昭和24・5・28刑集3巻6号873頁)

 【事実の概要】
 被告人は、他の4名と強盗の実行を共謀し、某日の午前1時半頃、Aに侵入し、Aの長男Bと次男Cを他の共犯者1名とともに、日本刀を用いて脅迫し、他の共犯者3名は匕首(あいくち)などを用いて他の部屋にいるAを脅迫し、金員を奪おうとした。しかし、Aが救助を求めて屋外に脱出し、妻Dも騒ぎ立てたために、金員奪取の目的を遂げることができなかった。

 被告人は、他の被告人ら逃走したので、ともに逃走しようとしたところ、逮捕される危険を感じて、A宅の表入口付近で、被告人を追跡してきたBとCの下腹部を日本刀で刺して、両名を死亡させた。

 原審大阪高裁は、被告人の行為について。強盗殺人罪の成立を認めた。弁護人は、被告人がBとCを死に至らしめた行為は、強盗の機会継続中に行われたものではなく、また被告人には殺意はなかったので、金員を奪えなかった行為については強盗未遂罪が、B・Cを死に至らしめた行為については傷害致死が成立すると判断されるべきであるとして上告した。


【争点】
 刑法240条は「強盗致死傷罪」の規定である。これには、4種類の犯罪が規定されている。財物を奪取する目的から被害者に暴行・脅迫を加えて負傷させた場合で、負傷させる認識がなかった①「強盗致傷罪」とその認識があった②「強盗傷害罪ないし強盗傷人罪」。同じく財物を奪取する目的から被害者に暴行・脅迫を加えて死亡させた場合で、死亡させる認識がなかった③「強盗致死罪」とその認識があった「強盗殺人罪」である。①と③は、基本犯である強盗罪を故意に行い、そこから致死傷(加重結果)が発生することを認識していなかった「結果的加重犯」であるが、②と④は加重結果の発生を認識していたので、結果的加重犯ではない。

 以上は、強盗罪の手段行為である暴行・脅迫から致死傷の結果が発生した場合についての説明であるが、それ以外の行為から致死傷が発生した場合でも、240条の「強盗致死傷罪」が成立すると解されている。強盗の手段行為である暴行・脅迫からだけでなく、強盗の機会継続中に行われた暴行・脅迫から致死傷が発生した場合(機会説)、強盗と密接な関連性のある行為から致傷が発生した場合でも(密接関連性説)、強盗致死傷罪の成立が認められている。学説の中には、強盗の手段行為である暴行・脅迫から致死傷が発生した場合に限るべきであると主張するものもある(手段説)。

 本件では強盗未遂の被害者が死亡したが、その原因が強盗の手段行為としての暴行・脅迫ではなく、逮捕を免れる目的から行った暴行・脅迫であった。その暴行が強盗の機会継続中に行われたといえる場合には、強盗致死罪が成立する。では、強盗の機会継続性の有無はどのようにして判断するのか。何を基準にして判断するのか。


【裁判所の判断】 
 刑法第240条後段の強盗殺人罪は強盗犯人が強盗をなす機会において他人を殺害することによりて成立する犯罪である。原判決の摘示した事実によれば、家人が騒ぎ立てたために他の共犯者が逃走したので被告人も逃走しようとしたところ同家表入口附近で被告人に追跡して来た被害者両名の下腹部を日本刀で突刺し死に至らしめたというのである。即ち殺害の場所は同家表入口といって屋内か屋外か判文上明ではないが、強盗行為が終了して別の機会に被害者両名を殺害したものではなく、本件強盗の機会に殺害したことは明白である。然らば原判決が刑法第240条に問擬したのは正当であって 所論のような違法はない。


【解説】
 裁判所によると、強盗未遂のた直後に(時間的近接性)、他の共犯者が逃走したので、被告人も逃走しようとして、A宅の表入口付近で(場所的近接性)、追跡してきたB・Cを刺殺したという事実関係に基づいてに、強盗(未遂)の機会継続中における刺殺であった(しかも故意があった)と認定している。強盗未遂と故意の刺殺の時間的・場所的な近接性を踏まえると、刺殺は強盗未遂の機会に行われたものといえる。

 もしも240条が、「暴行または脅迫を用いて、他人の財物を強取し、よって人を負傷させたときは、……に処し、よって死亡させたときは、……に処する」という条文であれば、死傷の結果は、財物奪取の手段行為の暴行・脅迫に限定されることになる。ただし、240条の条文は「強盗が」という規定(身分犯の規定形式)になっているため、強盗既遂・未遂の終了後に、その機会継続中に人を死傷させた場合も含むと解されている。


045強盗殺人罪の未遂(大審院昭和4・5・16刑集8巻251頁)
【事実の概要】
 被告人は、①大正15年11月5日午前0時過ぎ、A方に侵入し、金員を物色していたところ、Bが目を覚ました気配があったため、Bらに発見されることをおそれ、Bらを殺害して金員を奪取することを決意し、B・Aの頭部を順次殴打した。被告人は、A所有の現金を奪ったが、両名を殺害するには至らなかった(強盗の部分は既遂。殺人の部分は未遂))。

 被告人は、②昭和2年7月6日午後11時ころ、C方に侵入し、寝室内で金員を物色しようとした際に、Cに気づかれたと思い、Cを殺害して金員を奪取することを決意し、Cの頭部を乱打し、さらにCの頸部を絞めて殺害した。しかし、その部屋では現金など金員を発見することはできなかった(強盗の部分は未遂。殺人の部分は既遂)。

 被告人が行った2つの犯罪は、犯意が継続していると認定された。

 原審は、①につき強盗殺人未遂罪、②につき強盗殺人既遂罪の成立を認め、両罪を「連続犯」(刑法旧55条)として、強盗殺人既遂罪1罪であるとした(①と②を、重い方の②を基準に強盗殺人既遂罪1罪として扱った)。そして、住居侵入罪はこの連続犯の関係にある犯罪と牽連犯(刑法54条1項後段)の関係にあるとした。そして、被告人を死刑に処した。

 弁護人は、②について、被告人が被害者を殺害しても、財物の奪取が未遂に終わっている場合には、強盗殺人の未遂として243条を適用すべきであると主張した(そうすると、①と②は同じ罪であり、被害者を殺害した②を基準にしても、強盗殺人未遂罪1罪になる。強盗殺人罪の法定刑は240条では死刑または無期懲役である。その未遂は刑法43条により任意的に減軽され、死刑→無期懲役、無期懲役→20年以下の有期懲役に減軽されるので、裁判官は死刑を言い渡すのが困難になる)。 

【争点】
 刑法240条の「強盗致死傷罪」は、負傷の発生につき認識のない①「強盗致傷罪」、その認識のある②「強盗傷害罪」、そして死亡の発生につき認識のない③「強盗致死罪」、その認識のある④「強盗殺人罪」の4種類の犯罪を規定している。そして、243条には240条の罪の未遂を処罰することを定めている。では、240条の「強盗致死傷罪」の未遂とは、どのような行為をいうのか。

 財物を奪取する目的から被害者に暴行を用いて、負傷させる認識がなく、負傷させるに至らなかった場合、それは「暴行」にとどまるので、強盗罪として扱えば足りる。負傷させる認識があった場合でも、そのような「傷害未遂」は「暴行」にとどまるので、強盗罪として扱えば足りる。財物を奪取する目的から被害者に暴行を用いて、死亡させる認識はなく、負傷させたが死亡させるに至らなかった場合、それは「傷害致死の未遂」、つまり「致傷」なので、強盗致傷罪として扱えば足りる。死亡させる認識があり、負傷させた場合、それは「殺人未遂」なので、強盗殺人未遂罪が成立する。

 このように分類すると、刑法240条の罪の未遂とは、強盗殺人未遂だけである。すなわち、財物を奪取する目的から被害者を殺害しようとして、殺害すれば「強盗殺人既遂罪」、殺害するに至らなかったならば「強盗殺人未遂罪」である。ただし、その場合、財物を奪取するに至っていないケースが考えられる。つまり、「強盗未遂+殺人既遂」の場合である。それは「強盗殺人の既遂」か、それとも「強盗殺人の未遂」か。

【裁判所の判断】
 財物強取の手段として人を殺害したときは、刑法第240条後段の犯罪が成立するのであって、財物を得たか否かは、その犯罪の成立に関係しない。というのも、同条後段は、強盗の要件である暴行・脅迫が原因となって、相手方の生命侵害が生じたことを規定しているからである。強盗犯人が、故意に、または故意によらずに人を死亡させた場合を予想して、このような処罰規定を設けたの である。同条後段の罪の未遂は、強盗犯人が故意に人を殺害しようとして、これを遂げなかった場合において認めることができ、財物を取得したか否かは、同条の構成要件に属しないと解するのが相当である。従って、原判決が被告人の判示第2の行為について、刑法第240条後段の罪が成立すると判断したのは正当であって、所論のような違法性はない。

【解説】
 裁判所は、強盗殺人罪の未遂は殺人が未遂の場合だけであって(殺人未遂説)、殺人が既遂に達しているならば、強盗が未遂であっても「強盗殺人既遂」が成立すると判断している。これに対して、弁護人は、殺人が既遂に達していても、強盗が未遂であれば「強盗殺人未遂」とすべきであると主張した(強盗未遂説)。このような見解の違いは、何に由来するのか。

 強盗罪は、暴行・脅迫という「人身に対する罪」と財物の奪取という「財産に対する罪」が結合して成り立っている。財物を奪取するために被害者に暴行・脅迫を加え、財物を奪取した場合には5年以上20年以下の懲役が科され、故意に殺害した場合には死刑または無期懲役に処せられる。殺害した場合に、このように重く処罰されるのは、被害の重大性と行為者の犯情の悪質性を重視しているからである。つまり、強盗殺人罪は財産に対する罪の章に規定されているが、生命に対する罪としての側面の方が本質的であり、そのため殺人が既遂に達している以上、強盗が未遂に終わっていても、強盗殺人罪としては既遂として扱われるのである。したがって、刑法240条の「強盗が」の 規定の解釈としては、強盗既遂だけでなく、強盗未遂の場合も含まれることになる。