Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

コロナ禍における経済支援金の給付の公約は公選法の事前買収罪にあたるか?

2021-01-03 | 旅行
 コロナ禍における経済的支援金の給付は公選法の事前買収罪にあたるか?

 〇〇新聞△△支局 ☆☆様
 ご連絡をいただきまして、ありがとうございます。
 さて、お問い合わせの件についてお答えします。
 昨年(2019年)11月15日投開票の兵庫県丹波市長選挙で新人候補の林氏が、選挙公約として「市民全体に5万円を給付する。その財源として新庁舎建設のための基金を充当する」と訴えて、当選しました。この公約が公職選挙法上の投票人事前買収罪にあたるか否か。
 以下、私の認識を説明します。
1 公職選挙法は、選挙の公正を実現し、民主主義の政治を実現するために、様々な行為を禁止し、その一部に刑事罰を科しています。その中でも、買収行為は厳しく処罰されています。
2 2019年7月に実施された参議院広島選挙区における河井杏里氏の当選に関して、衆議院議員で夫の河井克行氏と杏里氏が選挙の告示前後において地元政治家に現金を配布した行為が、選挙人・選挙運動者買収罪(事前買収罪)にあたるかが問われています。この問題は、連日のようにメディアにおいて報道され、国民の関心の高さが表れています。丹波市長選挙における林候補の公約が、同じく選挙人・選挙運動者の事前買収にあたるならば、同じように国民の関心事になるに違いありません。
3 公職選挙法上の選挙人・選挙運動者の事前買収罪は、当選を得る、もしくは当選を得させる目的をもって、または当選を得させない目的をもって、選挙人または選挙運動者に対して、金銭、物品その他の財産上の利益、もしくは公私の職務、または供応接待を、供与し、その供与を申込み、もしくは供与することを約束する行為です(公選法221条1項1号:3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金)。その行為を公職の候補者が行った場合、刑が加重されます(同法221条3項1号)。
4 本罪が成立するためには、まず客観的要件としては、行為者が、選挙人などに対して、金銭などの供与を申込み、2人の間でその約束が成立し、実際に金銭などを供与し、選挙人がそれを受けた事実が必要です。そして、主観的には、行為者に当選を得る目的があり、選挙人に供与しているのが金銭などであることの認識が必要です。
5 丹波市長選挙の選挙戦において、新人候補の林氏は、どのような公約を掲げて、それを訴えたかというと、おそらくコロナウイルスの感染拡大によって経済的なしわ寄せを受けている市民に対して経済的な支援策の一環として、5万円の給付を公約に掲げて、訴えたのではないかと思います。そのような公約を掲げたのは、自らが市長に当選する目的があったからであることは明らかです。そうすると、候補者が当選を得る目的をもって、有権者に金銭を供与することを申し込んだように見えるので、選挙人事前買収罪に該当する可能性もないとはいえません。
 しかし、私は林氏の行為は選挙人事前買収罪には該当しないと認識しています。選挙人事前買収罪(申込罪)の成立要件としては、行為者が、個別的な選挙人・選挙運動者(Aさん、Bさんなどの特定された選挙人・選挙運動者)に対して金銭などの供与を申し込むなどの行為を行っていることが必要です。林氏の場合、個別的な選挙人に対して金銭などの供与を申し込んだというのではなく、広く有権者に対して経済対策の一環として5万円の給付を訴えました。その行為が、小規模の集会において、選挙人の顔や姿が目の前で見られる場所で行われたとしても、その行為の性質は、有権者に対する公約の訴えであって、金銭などの供与の申込ではないと思います。
6 かりに林氏の行為が、公選法の選挙人事前買収罪にあたるとするならば、今後の選挙において、児童手当の増額や高齢者の医療負担の減額などの経済的な支援策を訴えた候補者は、刑事責任を問われることになりかねません。そうしてはならないと思います。むしろすべきことは、選挙の自由が最大限確保できるようにするために、公選法の事前買収罪の成立要件を厳格に解釈・適用することです。
 以上です。
付記 過去の事案や外国の利立法例については、調べ次第、お知らせします。
(2020年12月14日)