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論文)MYB転写因子によるイネ草丈・収量の制御

2024-05-12 10:41:43 | 読んだ論文備忘録

The transcription factor MYB110 regulates plant height, lodging resistance, and grain yield in rice
Wang et al.  Plant Cell (2024) 36:298-323.

doi:10.1093/plcell/koad268

リン(P)は植物の生長と発達に不可欠な主要必須栄養素のひとつであり、イネの草丈はリン酸(Pi)の供給量によって厳密に制御されている。しかしながら、その制御機構については明らかではない。南京農業大学のXuらは、イネを5段階のPi量(1、10、100、200、1000 μM)で育成し、出穂期の草丈を調査した。その結果、草丈は200 μMまでは添加したPi量の増加とともに上昇したが、1000 μM Piはイネにとって過剰/毒性レベルに相当し、細胞増殖を阻害することによって稈の伸長を抑制することが判った。著者らの以前の研究において、Pi供給に応答するMYB転写因子遺伝子をいくつか同定しており、その中の1つであるMYB110 は、根とシュートの両方でPi飢餓により強く誘導され、Pi再供給により急速に抑制されることが確認された。そこで、MYB110 過剰発現系統(MYB110-Ox)およびmyb110 変異体を用いてリン恒常性維持におけるMYB110 の役割を調査した。その結果、MYB110-Ox 系統、myb110 変異体ともに、P/Pi蓄積やPi輸送/シグナル伝達に関与する遺伝子の発現量や植物体のPi含量に変化は見られないことが判った。しかし、予想外なことに、myb110 変異体の草丈は野生型植物よりも顕著に高くなった。これらの結果から、MYB110は草丈の負の調節因子であり、Pi飢餓が誘導する草丈の抑制に関与していることが推測される。そこで、myb110 変異体、MYB110-Ox 系統を低Piもしくは高Pi条件で栽培して草丈を比較した。その結果、myb110 変異体の草丈はPi濃度に関係なく有意に野生型植物よりも増加しており、myb110 変異体の草丈は低Piストレス感受性が低下していることが示唆された。一方で、MYB110-Ox 系統は、両Pi条件下で生長遅延を示した。これらの結果から、MYB110はイネ草丈のPi供給依存的な負の制御因子であると考えられる。OsPHR2はPi飢餓のシグナル伝達において中心的な制御因子として知られており、phr2 変異体ではMYB110 発現量が減少し、OsPHR2 過剰発現系統(OsPHR2-Ox)では増加していた。また、OsPHR2-Ox 系統はPi供給量に関係なく生長が阻害されていた。解析の結果、OsPHR2はMYB110 遺伝子プロモーター領域に直接結合することが確認された。myb110 phr2 二重変異体やOsPHR2 を過剰発現させたmyb110 変異体の草丈は、myb110 変異体と同等にまで伸長すること、phr2 変異体でMYB110 を過剰発現させても成長遅延はMYB110-Ox 系統と同等であることから、MYB110 は草丈制御においてPHR2 の下流で機能していることが示唆される。MYB110-Ox 系統は、野生型植物と比較して花柄や第三節間の細胞が短く、PHR2-Ox 系統も類似した傾向を示した。一方で、PHR2-Ox 系統は穂長も短くなったが、MYB110-Ox 系統の穂長は野生型植物と同等であった。したがって、OsPHR2による草丈の抑制は、MYB110による抑制と一部重複していることが示唆される。MYB110による草丈制御の分子機構を解明するためにトランスクリプトーム解析を行なったところ、野生型植物とmyb110 変異体の間では植物ホルモンの生合成やシグナル伝達に関与する遺伝子(OsGA2ox1OsGA2ox6OsAP2-39OsEATBOsSG1)や草丈の調節に関与する遺伝子(OsPIL13)の発現に差異があることが判った。また、それらの遺伝子の発現は、myb110 変異体とMYB110-Ox 系統で逆の傾向を示した。さらに、OsAP2-39OsPIL13 遺伝子のプロモーター領域にはR2R3-type MYB転写因子の結合部位と推定される配列があり、解析の結果、MYB110が結合することが確認された。植物ホルモンの生合成やシグナル伝達、草丈制御に関与し、myb110 変異体で発現量が変化した遺伝子の多くは、OsPHR2-Ox 系統において逆の発現パターンを示しており、PHR2とMYB110は共通の下流遺伝子を(直接および間接的に)共有している可能性がある。作物は草丈が高くなると倒伏しやすくなり収量に影響する。驚いたことに、myb110 変異体とMYB110-Ox 系統は、ともに倒伏抵抗性が高くなっていた。MYB110-Ox 系統の倒伏抵抗性の向上は、草丈の低下にも起因していると考えられる。低Pi条件下ではどの遺伝子型も倒伏性を示さなかったが、これはおそらく低Piストレスに応答して草丈が低下した結果であると思われる。節間の横断面を見たところ、節間の半径、外半径と内半径の間の厚さおよび厚壁細胞層の厚さは、myb110 変異体で有意に増加し、MYB110-Ox 系統で減少していた。さらに、myb110 変異体では横方向の細胞数と細胞面積が野生型植物に比べて有意に増加し、MYB110-Ox 系統では有意に減少していた。一方、節間のリグニン沈着は、myb110 変異体で減少、MYB110-Ox 系統で増加し、myb110 変異体ではリグニン生合成遺伝子の発現が減少していた。よって、myb110 変異体の倒伏抵抗性は稈の厚さの増加によるものであると考えられる。そして、MYB110は稈の厚壁細胞層の厚さを負に制御し、リグニン生合成を正に制御している。圃場試験において、低Piストレスは高Pi処理に比べて野生型植物とMYB110-Ox 系統の収量低下をもたらしたが、myb110 変異体の収量は、2つのPi条件下で同程度であり、低Piおよび高Pi条件下で野生型植物よりもそれぞれ91 %および62 %収量が高かった。低Pi条件下でのMYB110-Ox 系統の収量減少は、主に株あたりの穂数の減少によるものであった。一方、両Pi条件下でのmyb110 変異体の収量増加は、主に一穂あたりの穀粒数と穀粒重の増加によるものであった。よって、myb110 変異は倒伏抵抗性と収量を高める可能性があり、緑の革命遺伝子のような矮化によって引き起こされる光エネルギー利用の制約を打破する可能性がある。イネ遺伝資源におけるMYB110 の自然変異を調査してハプロタイプ解析を行ったところ、推定プロモーター領域において4つのSNP、ORFにおいて1つのSNPが同定され、これら5つのSNPに基づき、2つの主要なハプロタイプ(Hap1: GGATG、Hap2: GCGCT)が同定された。興味深いことに、ジャポニカ品種がHap2を持つのに対し、インディカ品種はHap1に富んでいた。そして、Hap1を持つ遺伝子型は、Hap2を持つ遺伝子型よりも草丈が高くなる傾向があった。解析の結果、プロモーター領域のSNPがMYB110 遺伝子の転写に影響していることが判明し、Hap2遺伝子型は、高Piおよび低Piの両条件下で、Hap1遺伝子型に比べて高いMYB110 転写を示したが、低Piストレスに対する発現上昇はいずれのハプロタイプでも維持されてた。よって、MYB110 プロモーター領域におけるSNPが転写活性を変化させ、草丈の差異をもたらしているものと思われる。以上の結果から、OsMYB110は草丈と穀物収量の負の調節因子であり、OsMYB110 の変異は倒伏抵抗性を高める可能性がある。したがって、MYB110 の発現を微調整することは、収量を増加させるための有力な戦略である可能性がある。

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