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想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

奈良旅の途中

2014-04-18 02:45:53 | Weblog

奈良県立文化会館で開催中の前登志夫展へ行った後、吉野へ。
桜は下は散り始め、中千本が満開でした。
樹上山人 前登志夫展は日曜日まで開催、行ってよかったの一言。
展覧会の模様も撮りましたがカメラからダウンロードできていない
ので後ほど。

まだ途中なのでとりあえずスマホで撮った写真を。



吉野山の奥千本のあたりです。
バスを降りて金峯神社へ詣で、さらに奥へ行くと西行庵があります。
そこへ行ってはみたいが、激しいアップダウンの険しい山道をさて
歩けるかしらと不安でもありました。
考える間もなく足が歩きだすので、もう引き返す気もなくなり、
一年余り長い距離など全く歩いていなかった足なのに、あれよあれよと
廻ってきました。
不思議な気持ちでした、よくもまあ歩けたものだと。
当然、悪かった右脚は腫れているのがわかりましたが、痛みがなくて
歩き続けることができたのでした。

西行庵はちょっとした広場のようになっていて、歩き疲れた人たちが
弁当を広げてくつろいでいます。
西行庵などどうでもいい感じであります。
桜さくら、桜、と浮かれています。
それでいい、と庵に座る西行さんが笑っておられるような気がしました。
奈良市内で吉野の山人、前さんの歌と写真を見て来た後に西行さんに
会いにきたわけでした。

「落人の家とこそ言へ風荒らき山の斜面の谷間に臨む」(前登志夫)
展覧会場で分けていただいたヤママユ23号にあった歌です。

来ました、来ました、とそんな言葉しか出てこない挨拶を庵の前で
繰り返し、胸がいっぱいになったので、また上り始めました。
杉や槙が頂きを作り幾重にも連なる緑の山を見晴らせる場所へ出ました。
そこからさきほどの皆さんが座っている場所を見下ろす格好でスマホ
で撮りました。
桜は弱り、植えられた若木がまだ十分に育っていないのでぜんたいに
寂しい景色でした。山肌のところどころ荒れているのが侘しい。

人々はさくらに浮かれて喜んでいる、桜を目で見ているのではなく、
吉野の山の精に魅せられているのか化かされているか、どちらかは
知らないけれど、そんな風なのでした。
この場所に俗世を持ち込んでしまった現代人ですが、そうはいかぬ
と足下をすくわれているような、惚けた顔ばかり。



金峯神社、遥か昔、この山の金鉱が大和の支配者たちを潤した証。
修験者とはそもそも何者か。神道と仏教に股かけたにはそれなりの
理由、地政学的にも資源の山としても吉野が重要な場所だったことが
わかります。
後の世に風雅を歌われた「吉野」だけ一人歩きしているけれど、
古代へと思いを馳せるとまったく違う姿が浮かんできます。

ではまた。
コメント
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