その真ん中で立っている

ひとの美しさと

ひとの無力さを

いちどに知った春


その真ん中で立っている


ひとのこころと

ひとのからだが

一本の樹のように


その真ん中で立っている

おんなじ春

つやつや光る緑いろ

たっぷりとした青い海

お日さま見上げる花の群れ

この世をつつむ風の透明

大昔　春　という言葉がなかった頃も

おんなじように感じた春だ

人間でさえなかったときも

おんなじように感じた春だ

物語をください

物語をひとつ

ください


どこの国でもなく

いつの時代でもない

物語をひとつ

ください


旅のあいだの

命綱にしますから

子守唄

右のからだは海を見る

左のからだは山を見る

わたしのからだはぐらぐらと

振り子のように揺れながら

子守唄を唄います

暴れる地下の生きものと

泣いてる地上の生きものと

痛みがひととき和らいで

すやすや眠りにつけるよう

雨は降る

雨は　降る


乾いたパンのような　

小さな野心が

ぽきりと折れて

粉々になる前に


雨は　降る


満開の花が

落とした花びら

もう少しだけ

産まれたところにいたいと

空に祈った後に


雨は　降る


たくさんの道が

ひび割れ　陥没していても

人は道を歩く

ほこり舞う道で

涙流して出会うために

水仙

水仙の香りで

たちどまりました


花は　強い生きものです


自力で

大きな生きものを

動かします

桜いろ

硬い樹皮を着たからだの

隅々をめぐる血の色が

どうしても

溢れてしまう

桜いろ　

命がけの　春

生活

小さな石の鳥居

散歩中の犬

雀にパン粉をあげてる肉屋さん

ひときわ色濃いピンクの桜

縄張りを主張するヒヨドリ

ランドセル揺らして帰る子どもたち


生活という美しいものが

この世のすべてのひとのなかで

あたりまえのものとして

生き続けますように


電車が小さな駅に停まる

雲の輪郭は　朱鷺いろ

空は　鈍い　金いろ

明日 漕ぎだすかもしれぬ

明日　

漕ぎ出すかもしれぬ

だって

桜が咲いたから

飛ぶ生きもの

羽をひろげた


ばさばさと

動かしてみた


ほんのすこし

浮いたので


もすこし


ばさばさ

ばさばさばさ　


すこし　浮いて

もっと　浮いて

飛ぶ　

飛ぶ

飛んだ


ああ

そうか


自分がどんな生きものか

今まで　知らなかった

桜

春がきて　

目が覚めて

いつのまにか

ひとをしあわせにしてた

散るのもこわくない

なぜか生きてる

なぜか　生きてる

理由はないの

だから　生きてる

止めたくないの

そして　生きてる

ただ　見てみたくて

四月の街で

あたらしくやってきた人々が

どきどきしている四月の街


数えきれない人が横断歩道を渡る

早足で目的地にたどりつこうと

靴音が響く

その靴音が多いから

それぞれの区別がつかないのだ　


たくさん動いているけれど

自分がほんとうにどこへ行きたいのか

知っている人はどれくらいいるだろう


こころが震えているのなら

道を探しているのなら

ひとひらの蝶のように

飛びはじめるのは　　もうじき

涙を止めてはいけません

涙を止めてはいけません

涙を流しきることで

見える景色があるのです

誰かのために泣くときも

自分のために泣くときも

ひとのために泣いています

白木蓮

空に向かって高く

華やかな　祈り

のびやかな　賛歌

青空に　白木蓮

乳白色の　ほのお