有作未庵  烏兎怱怱 有作憂さ話 

有作(うさ)=煩悩の生ずること。
憂さ話=つらさや苦しさを語ってなぐさめ合うこと。
月日の経つのは早いですね。

新しい1年

2015年07月24日 00時02分34秒 | モブログ
子どもの頃、繰り返し見た苦しい夢。
押し潰されて息が出来なくなる夢。
大人になって、母から色々聞くうちに、あれは生まれた時の記憶なのだと思うようになった。

母は予定日の1ヶ月前に破水して、遠い産院までタクシーを乗り継いで向かい、全身麻酔の吸引分娩で私を産んだ。
産院に着いた時には既にほとんど羊水が残っておらず、お腹の皮が赤ん坊の形になってたとか。
そりゃ、押し潰されるわ(笑)
手術室の眩しいライトを仰向けに見上げるシーンもよく夢に見た。
生まれたての赤ん坊はほんの少しの間だけ視界がクリアだという説があるから、それもその時の記憶が見せたのかも。

カウンターがゼロにセットされた日の記憶。

来年、50の誕生日を迎えるまでに、生まれたH県T市を歩いてみたい。

母は退院して少しの間、H県N市で過ごしたはずだ。
滞在先のお屋敷は今はもう無い。
T市の産院ももう無いんだろうな。

床上げ後、他界するまでの40数年を母はここで我慢に我慢を重ねて暮らしたんだ。

母が亡くなり、父が亡くなり、私が帰って来た。

母にとっては辛い土地だったろうし、私にとってもそうなんだけど、色々な刷り込みと情念で、そのまま残っていて欲しいとは思わずにいられないここに、居る。

居るためにまた積む思い。

Kではなく、Mとして。