フラメンコ超緩色系

月刊パセオフラメンコの社長ブログ

しゃちょ日記バックナンバー/2018年07月

2018年08月01日 | しゃちょ日記

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2018年7月31日(火)その3297◆フラメンコロイド

「自分たちの無意味な執着やこだわりを捨てる、ということ」
         
それが、フラメンコという垣根を吹っ飛ばし、ライヴを沸かせるフラメンコロイドの原点にあるもの。どこまでも観客と一緒に全力で楽しめるライヴを共有したいという強い想いで、年間100本ものライヴに力を注ぐ。全都道府県はとうに制覇し、活動は海外にまで及ぶ。MCにパルマやハレオレッスンを親しみやすく取り入れ、声を交わし、一体となるライヴは最高に楽しい。
              
パセオフラメンコライヴVol.098
フラメンコロイドライヴ
2018年8月22日(木)20時 高円寺エスペランサ
http://www.paseo-flamenco.com/daily/2018/08/2018822.php#006065
               
松村哲志(ギター)
高橋愛夜(カンテ)
阿部真(カンテ)

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「僕たちのやっていることは積み上げの効かないもの。まったく見知らない人たちが僕たちのライヴに足を止めてくれる。その時の彼らの表情をもっといいものにすることがすべて」という彼らの音楽はワクワクするエンターテインメント性と同時に、エッジの効いたコンパス感と重量感を持つ直球フラメンコであり、それは音楽に留まらず在り方そのものにも云える。
 松村哲志、高橋愛夜、阿部真。突き抜けたセンスの実力派3人が、挑戦を重ねる途上で結び付き、フラメンコの旅は生き方の旅となる。

 昨秋、松村のギター初ソロアルバム『I'M MELONCITO』がリリース、「フラメンコアルバム最高峰の傑作」との絶賛も記憶に新しいが、当人はそこに留まることなく、仲間と次を目指し、フラメンコロイドのアルバム制作に取り掛かっているという。
「ツアーで回る日々、本当に旅から得る刺激はとても強烈。同じ日は二度とないことを旅から学んでいます」。
 さあ、独りで足踏みしてないで、果てなくも心躍る一夜の旅に加わろう。

(月刊パセオフラメンコ2018年8月号より~井口 由美子)
 
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2018年7月30日(月)その3296◆夢の位置づけ

第一に、そのエロさゆえに高校時代熟読したフロイトの『夢判断』。
第二に、アートの真髄をえぐる運慶(第六夜)を含む漱石の『夢十夜』。
第三に、夢がリアルを凌駕(改善?)する筒井康隆の幾つかの夢物語。

これら影響から抜けきれず、印象的な夢は
すべて目覚めてすぐ自宅PCにメモする習慣。
死病に直面した若き日の吉行淳之介は、ベッドで眠る時間の長さに着目し、
夢を人生の重要な一部として位置づけたという。
余命を意識する年頃だけに、その気分は少しだけ分かる。
もっとも吉行は、以降の作品にも色濃く残すように、
どんな悪夢も冷静に分析し大歓迎で味わい尽くしたわけだから、
そこらへんの覚悟の厳密性には遠く及ばない。

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2018年7月29日(日)その3295◆第六感

ほんわかドラマなのに、生で触れたマヌエル・アグヘータの激深カンテプーロに、
それまでの儒教的価値観を一撃で粉砕された若き日を想い出した。
          
「人生の目的は笑いである」
NHKドラマの赤塚不二夫伝はシンプルで普遍的な共感を残した。
日本人の10人中9人が無意識に信奉する日本式朱子学から
確信犯的に脱却しながら、争い好きな人類全体の重要テーマに迫っていた。

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動物は笑わない。
人間だけが笑う。
何故か?
細分化された文化・宗教・美学は衝突を生み、
また多くの社会的孤立は狂気凶暴を生むから。

それが目的とは云い切れないが、
たしかに人間には、よく笑う必要がある。
中でも自分を笑うのがイチバン効く。
ガン細胞を消滅させるし、拓いた心を優しくさせるしね。

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2018年7月28日(土)その3294◆高級料亭の味

「高級料亭の味だね、行ったことないけど」
台風の中、昨日作った冷製おでんを一口食って連れ合いは云った。
ま、そりゃそーだ、高級料亭風に仕上げたからな、、行ったことねーけど


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2018年7月27日(金)その3293◆時代は時代

執筆者やカメラマン、そして本誌登場者、さらには社員や助っ人パート。
それら出会いの八割強がSNS経由であるという事実に時代を感じる。

かつては本人からの売り込み、あるいは知人を通しての紹介や
求人誌による募集などが主流だったが、SNS経由の場合は
事前に対象者の志向・能力・人となりなどを
ある程度知ることができるし、即座にスカウトも可能だ。
また同時に私のヘボさ加減も等身大で知ってもらうことができるので、
互いに現実とのギャップにガックリくることも少ない。
とは云え、実際会って話してみないことには、
互いにまるで分からんことは昔も今もいっしょだ。

ネットの隆盛によって新聞・テレビ・出版などは構造不況に拍車が掛かる一方だが、
その一方では人と人との直接交流のチャンスは拡大し続ける。
古典派タイプなので時代に逆行したくなる衝動もなくはないが、
少なくとも出版は〝人〟なので、トータル的にはやり易い時代のように想える。

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変化というのは、当然ながらそれまでのプラス部分とマイナス部分を変質させる。
その見極めと試行錯誤、あるいは試行錯誤と見極めは、
それ自体に未知のロマンやファンタジーを内包していて、
骨太な手応えを感じることもある。
それが錯覚だったとしても、独りしゃがんで動かぬよりは数段楽しい。

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2018年7月27日(金)その3292◆井上圭子ソロライヴ

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2018年8月9日(木)
パセオフラメンコライヴVol.97
井上圭子ソロライヴ

井上圭子(バイレ)
川島桂子(カンテ)
鈴木淳弘(ギター)
三木重人(ヴァイオリン)
             
 井上圭子といえば、女性らしいしなやかな踊りに定評があるが、昨年のパセオライヴで驚いたことがある。2009年のラ・ウニオンの決勝で踊ったタラントが始まるとき、まるで映画のキューのように一瞬で別人になったのだ。炭鉱の生活の苦悩を背負った、心の芯まで凍ってしまったかのような女性がそこにいた。そこまでヌメロの世界に心を放り投げてしまう人が、体のほうはパーツ一つ一つまで緻密に制御して、「ここしかない」というラインを描いて動かしていく。目をそらせるわけがない。
 一転、アレグリアスになれば、見事なバタ・デ・コーラさばきを見せながら、華やかに舞う。そのオープンマインドはゴージャスなレビューの舞台のようで、会場全体に幸福感が充満する。
 以前のインタビューで彼女は、「私を通してアレグリアスが見えたり、私を通してタラントが見えたりしたら素敵だと思います。私自身を見てもらいたい、というのではないんです」と話している。それはまさにこういうことかとわかったライヴだった。
 さて今回のパセオライヴでは、どんなヌメロが登場するだろうか。昨年と別なヌメロ、別な振付ならば、きっと全く別の顔を見せてくれることだろう。楽しみで仕方がない。井上にどんなライヴにしたいかを尋ねたところ、「おそらく長年したためてきたヌメロの中から」と、「先入観を裏切りたいですね」とのコメントが返ってきた。井上圭子の踊りは、「百聞は一見にしかず」だ。見たらわかる。エスペランサへGo!
                   
 (月刊パセオフラメンコ2018年8月号より~若林 作絵)

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2018年7月26日(木)その3291◆夢のツッコミ

「おゐおゐ、そこはそうじゃねえだろががが」

夢の展開に対し、近ごろは脇からツッコミを入れる
自分を微かに感じることがある。
全体に夢は短めで、怖いのもハッピーエンドもない。
淡々と大らかで、夏目漱石やら過去の体験の断片やら筒井康隆やらが
ほどよくミックスされたバランスのいい夢が多いのだが、
ツッコミどころも満載であるところに、
晩年ならではのささやかな余裕を感じる。

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2018年7月25日(水)その3290◆杏梨ピアノソロライヴ

敏捷でありつつ透明度は深い。
クリスタルな音像はスタイリッシュにして求心性を秘めている。
古典においてはプロコフィエフあたりに、
そのしなやかな感性を発揮するに違いないと踏んだ。

数年前、ディエゴ・ゴメスを伴奏した一曲(カラコールのサンブラ)によって
彼女にパセオライヴ出演を依頼したのは、
近い将来ピアノフラメンコにまったく新しい地平を
切り拓けるミュージシャンだと直観したから。

このとき100%の確信があったわけではなかったが、
その後の劇場フラメンコ公演でピアノフラメンコを弾く杏梨を聴いて、
すでに彼女がこの領域に豊かなオリジナリティを発揮し始めていることを知り、
不安な要素はイッキに解消したものだ。
この木曜は、持ち前の度胸と美貌と底力で真っ向勝負を懸けて来ることだろう。
パセオ公演忘備録は白井盛雄が執筆。

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2018年7月26日(木)20時
パセオフラメンコライヴ vol.96
杏梨ピアノソロライヴ    

杏梨(ピアノ)
容昌(パーカッション)
松島かすみ(パルマ)
小松美保(パルマ)

会場◆高円寺エスペランサ
開演◆20時ジャスト開演(19時半開場 ※終演は21時10分頃)
料金◆4,500円1ドリンク付(税込)
電話予約:
昼(セルバ)☎03-3383-0246
夜(エスペランサ)☎03-3316-9493
メール予約:selva@tablaoesperanza.com
http://www.paseo-flamenco.com/daily/2018/07/2018726.php#006044

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2018年7月23日(月)その3289◆ゴンッ!

暑い。
庭に面した昭和な縁側に腰かけ、
きりりと冷えたパイナポーを喰いながら涼んでいる。
長い板敷きの左手には小猫がノビている。
寝顔をよくよく見ればジェーである。
この暑さでは犬も猫になるのだろう。

そこそこ広い庭の竹の垣根の手前を、静かに都電が横切る。
小さめのボディの旧型で、乗客はまばらだ。
飛び乗りたいのは山々だが夏休みの宿題をやらなきゃと、
自分の部屋に戻ろうと長い廊下を奥へと進むが、
山のように薪を積んだ台所あたりで迷子になる。
交番はないが、丸く鄙びた赤いポストが佇んでいる。
かなり古くて大きな日本家屋のようだが、私の生家ではない。
                 
よく磨かれた横広な木造の階段を登ると、
そこはあまり流行らない銭湯のようである。
番台の菊池寛もしくは加藤茶的おっさんに湯銭を払い、
でかい湯船の脇のガラス戸の先にある露天風呂へと向かう。
ひと気がないので、水すましのように泳ぐ。
身体が楽天性を帯びてくる。
人に出される宿題よりも、気ままに自分の仕事がしたいと想う。
ゴンッという鈍い衝撃音で目覚める。
タンスではなく枕元のCDデッキに頭をぶつけたらしい。

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2018年7月22日(日)その3288◆荒行

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来年新年号には、本誌ライター関範子の『森田志保論』、
四月号には、同じく井口由美子の『小島章司論』。

それぞれ本文カラー4Pの大作で、巻頭近くに持ってくる。   
ご両人はこの猛暑の中おそらく、滝に打たれながら心頭滅却・
臥薪嘗胆・焼肉定食にて熱筆に取り組んでおられることだろう。
頼もしいお二人のご健闘を、冷房のきいた書斎で
アイス珈琲を飲みながら一身腐乱にお祈りしている。

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2018年7月22日(日)その3287◆なんで僕?

「なんで僕?」
編集者の直感だよ、おもろいから書いてみ。
時おりFBにアップされる彼の文章には、
気負いのない淡々とする善き味わいがあって、
こういうアイレをパセオに欲しいと思い、すかさずスカウト・メッセを送った。
尾藤大介『日々ギタリスト』
10月号(9/20発売)から始まる隔月連載エッセイ。
タイトルはびーちゃんと編集部理子と私の合作。
デザイン(大宮直人さん)の上がりが待ち遠しい。

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同じく10月号から新連載『編すたグラム』(写真と文/吉野理子)がスタート。
江戸っ子以上の反射神経を持つ理子との雑談中に10秒で決まった企画で、
タイトルも3秒で決まった。

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2018年7月21日(土)その3286◆似顔写真

あまりの暑さに、徒歩100メーターご近所魚河岸寿司で
連れ合いと臨時ヘコタレお疲れ会。
忘れちゃならねえ留守番犬ジェーへの定番土産はこれだす

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2018年7月20日(金)その3285◆だからスペインで暮らす

「だからスペインで暮らす」

困難覚悟で異国に永住する心境の、その本音を垣間見たい。
二十年ほど前にパセオで試行したシリーズ企画だが、
時は流れ、同じタイトルで内容を一新し復活させる。
本文カラー4頁の大河モノローグ。
スペインのフラメンココンクールに優勝し、
現地の国際的写真家と結婚した邦人バイラオーラに、
そのシリーズ初回を依頼し快諾を得た。
秋には上がってくるその原稿が待ち遠しい。

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2018年7月19日(木)その3284◆サンドバッグ人生

「神さまだっていつまでご無事かわからんし、早いうちにサシでやっとけや」
         
一昨年の今枝ライヴの折、ブラックプロデューサーの企てで、
今枝友加とエンリケ坂井の夢の協演
(この秋10/17の今枝友加パセオライヴ)が決まった。
冒頭暴言はハリツケの刑に値するが、
結果として協演が実現されるなら百叩きの刑程度で勘弁してほしい。

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で、さらに番組は続く。
エンリケ坂井VS今枝友加の本音対談(パセオ2019年3月号の巻頭記事)が
おとつい決まり、パセオライヴ本番翌日あたりに収録予定だ。
この暑さからか、近ごろは危険すぎる企画が面白いように決まる。

スペイン人もびっくりのプーロフラメンコの大守護神と、
プーロを極めつつエンタにも羽ばたける若き天才が、
フラメンコの未来を見据えながらガチンコで語り合う。
民間人の私はレフェリーとまとめ文責を担当。
生ぬるい対談を避けるためには、双方気兼ねなく
芸風同様のハンマーパンチを繰り出せる状況が必須となろう。
かくなる非常時こそこの私の、
ボコボコ打たれまくりのサンドバッグ人生経験が活きるかもしれない。

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ちなみに、あす金曜はそのエンリケ坂井師のパセオ講座
『カンテフラメンコ奥の細道』。空席有り。ものは試し、
フラメンコな心を覚醒させる、そのディープな世界を一度はご覧じよ!
http://www.paseo-flamenco.com/daily/2018/07/626_1.php#005931

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2018年7月17日(火)その3283◆明るい葛藤

ともにヘレスのフラメンコを心底愛しながらも、
やってることはまったく違うという強烈なコントラストの超大物同士。
月刊パセオフラメンコ、来春に向ける目玉連載がまたひとつ動き出した。
大沼由紀さんと佐藤浩希さんによる月替わり交換エッセイである。

両雄超多忙につき物理的に難しいことは分かっちゃいたが、
ダメ元で喰い下がったところ、この連休中にスコンと道は拓けた。
躍進を続けるそれぞれの心模様が、
共感しながら反発し、反発しながら共感するシーンが、
この交換エッセイ最大の魅力となるだろう。
その前進する葛藤はきっとフラメンコ界全体をあっためる。
対抗ページにはこれも新連載となる大和田いずみ画伯の誌上個展
(題材はフラメンコとスペイン)を配置し、本誌全体の化学反応的活性化に期待する。

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2018年7月17日(火)その3282◆正路あすかソロライヴ

2018年7月18日(水)20時
パセオフラメンコライヴVol.95
正路あすかソロライヴ
http://www.paseo-flamenco.com/daily/2018/07/2018718.php#006043
正路あすか(バイレ)
モイ・デ・モロン(カンテ)
パコ・イグレシアス(ギター)

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「一番影響を受けた人はエル・グイト。私の永遠のマエストロ」

 フラメンコを踊る上での核心となっているものについて、正路あすかは迷わずそう答えた。プロの道を目指すと決心した最初のスペイン留学で、巨匠エル・グイトの踊るファルーカに雷に打たれたような衝撃を受けた。"静の動き"に魂を鷲掴みにされ、椅子から立ち上がれなかった、という。

 正路は、中学生時代から習っていたバイレを大学卒業後も薬剤師として働きながら続けていたが、ある時、患者さんの命に係わる仕事とフラメンコの両立は無理だと自覚し、フラメンコ一筋に生きることに大きく舵を切った。最終的に自分が死ぬ時に後悔しない生き方はどちらかを考え抜いた末の、葛藤を乗り越えた潔い決断だった。敬愛して止まないエル・グイト、彼への想いは単なる憧れではない。その偉大な存在が、正路自らの生き方のセンスに共鳴した。

 2010年に新人公演奨励賞を取った骨太のファルーカは忘れ難い。そして昨年、奨励賞受賞者枠で踊った熱いソレアも記憶に鮮明に残る。常に"いま"の自分自身を惜しみなくさらけ出す挑戦を繰り返している。そんな正路あすかのダイナミックなフラメンコは、歯を食いしばりながらも笑って生活していく人々の背中を明るく押してくれる。

「パセオライヴでは自分の大事にするものをすべて出し切ります」。
 彼女のとびっきり朗らかな笑顔の内側には、聡明な確信がある。

     (月刊パセオフラメンコ2018年7月号より~井口 由美子)

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2018年7月16日(月)その3281◆ヤスと叔父

これを持って出来るだけ遠くに逃げてくれと、
やつれ果てた安松が云う。
無精ヒゲを生やした高二同級のヤスは40くらいに見えるから、
私もそんな歳なのだろう。
将棋のプロテストに落ちたころには、
よく葛飾の奴の家に泊まりに行ったものだが、
二十代半ばで善人ヤスは失踪した。
『相棒』に出てくるような大窓のカフェで、
茶色い紙包みを手渡す彼の顔は深く蒼褪めているが、
ラグビー部イケメン俊足の人懐こい笑顔は昔のまんまだ。
ヤスには借りもあるし、自分の職業も住まいもはっきりしない私は、
理由も聴かずそれを引き受ける。

すでに逃避行は始まってるようで、列車は海岸沿いを走っている。
修学旅行で初めて観た穏やかな瀬戸内の景色かもしれない。
だが到着した巨大な駅は明らかにヨーロッパのどこかだ。
追っ手がやって来ないので、駅中の安そうなレストランに入り、
無難そうな肉料理とパンとスープを注文する。
そのときケータイが鳴る。
駒込に暮らす叔父からで、順天堂に入院したから将棋盤持って見舞いに来いと云う。
用事がすんだら行くよと電話を切ると、
頼んでもないレモンのカキ氷が運ばれてきて、
その鮮やかなイエローに目を覚ます月曜祝日。
定時出社しバッハや落語をおかずに単調な事務を片づけ、宵から焼き鳥大吉。

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2018年7月15日(日)その3280◆ヤケクソ

パセオ創刊からおよそ一年、隣家からのもらい火で私の生家は全焼した。
トイレまで丸焼けで、これがほんとのヤケクソだよと、
駆けつけてくれた見舞客に感謝のギャグを飛ばしたあたりで
その後の私のキャラは定まったような気がする。

十代半ばから働きまくりで収集したレコード数千枚も焼失したが、
それを契機に家やモノにまったく執着しなくなったことは、
その後のフラメンコ人生においては吉と出た。
そのぶん人やコトに思う存分集中できるようになったから。

相次ぐ天災・人災は人間の宿命であり、
トータルな運不運は「人間万事塞翁が馬」的平等であることの見極めには
さらに十年ほどかかったが、
唯一「明るい開き直り」という頼りになる世渡り術が我が身に残った。

境遇に対する捉え方は人それぞれであり、その捉え方そのものが、
良くも悪くもその人の決める人生ということになるのだろう。
サパテアードの起源は、地団駄(じだんだ)踏んだことにあると云う。
出発点からヤケクソだったことに、フラメンコとの相性の良さを感じる。

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2018年7月13日(金)その3279◆指圧のこころ

「孔子? 人気無いですねェ。中国は儒教でだめになった歴史があるから」
ご近所の指圧の中国人先生はそう云う。
ちなみに国民的ダントツ人気は三国志の関羽だそうだ。

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先生は相当なインテリで、
治療中は私のツッコミに楽しそうに明快に答えてくれる。
中国人に抱いていた疑問や偏見が、肩や腰やの凝りとともに、
少しずつほぐれてくる。
今宵は餃子だな。

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2018年7月10日(火)その3278◆マイ・コンパス

毎週日曜は17時には家に戻り、湯船に飛び込みキリッと冷えたビール。
17時半からウイスキーソーダで、きかんしゃトーマス、
次いで笑点・大喜利にかぶりつく半時間。
こんな一時間で安息日のリズムをキープする防衛本能。

そして翌月曜は17時5分よりパセオおとなり大吉で焼き鳥タイム。
切り貯めてくれる新聞将棋欄を、旨い安酒とともに味わい尽くす小一時間。
私のヘボさ加減を相殺する一流プロの指し手は、ほどよい闘争本能を発生させる。

理由はよう分からんが、これら日月曜の癒しと刺激のルーティンが
近頃の私の一週間のリズムの要であり、
やりたい放題を保証するコンパスの源となっている。
いい歳こいた我が身のお目出たさに苦笑しつつも、
しばらくはこのささやかなマイブームに身を任せる。

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2018年7月11日(水)その3277◆留守番犬

あす木曜20時スタートの鈴木敬子バイレソロライヴ、
例によってプログラムのフライング・アップ・

1.Martinete(マルティネーテ)バイレ/鈴木敬子
2.Musical(音楽"Retama")
  ギター/ペペ・マジャ ヴァイオリン/三木重人
3.Alegrías(アレグリアス)バイレ/鈴木敬子
4.Solo de Cante(カンテソロ)カンテ/エル・プラテアオ
5.Soleá(ソレア)バイレ/鈴木敬子

パセオ忘備録執筆は石井拓人、
フロントは編集部理子とわたし、
家の留守番は体長2メートル超、
スターウォーズなどでもお馴染みの
獰猛な土佐犬ジェーでごわす。

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2018年7月10日(火)その3276◆歌丸一代

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アントニオ・マイレーナのような役割を果たした。

桂歌丸師匠の最期は最良だった。
録音では力を出せなかったが、ライヴの舞台では特に中終盤、
鍛え抜いた底力で客席を圧倒した。見事にハラは括られていた。
笑点の司会も歴代トップだった。
初代談志師匠の天才的切れ味を、
あったかい苦労人総合力で切り返した至芸は唯一無二であり、後継は難しい。

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2018年7月9日(月)その3275◆前者も後者も素晴らしい

羽生善治竜王の将棋は好奇心に充ち溢れていて、
あらゆる戦型に新たな踏み込みを挑む。
真理を追求するプロセスには実にしばしば、
惚れぼれするような美しい指し手が現われ、
結果として上質なエンタテイメントを産むことも多い。
だが、その実態はアートである。

一方で藤井聡太七段の将棋は、純粋に最短距離の勝利を目指している。
ケタ違いの終盤力を裏付けに、そこからの緻密な逆算で
中盤のみならず序盤においても、
伝統に囚われないストイックな推進力で一手一手を構成する。
見た目はかなりごっついが、これこそが美と評される日はそう遠くない。

無理くりフラメンコに例えるなら、
前者はパコ・デ・ルシアおよびマリア・パヘスであり、
ほとんどこじつけで云うなら後者はイスラエル・ガルバンである。

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2018年7月8日(日)その3274◆紙一重

ろくすっぽ挨拶もしないし返事もしない。
何か云われれば逆ギレする粗悪な美学。
世渡りに慣れ働きずれした二十歳のころには、
自分にも社会の善意に依存するタチの悪い寄生虫のような一時期があった。

だが、ボチボチとやりたいことが明確になってくると、
そういう脆弱なモラトリアム症は自然と治癒する。
そうは甘かない世渡りにあって本望を遂げようとするなら、
社会とうまくやってゆく適正距離を発見する必要に迫られるからだ。

想い起こせば、運命の分かれ道的な局面は幾十もあった。
巧くやれた記憶、やり損なった記憶が洪水のように押し寄せる。
圧倒的に後者でありながらぎりぎりセーフだったことは幸いだったが、
いまこの瞬間だって、
そうした延長線上にあるんだという紙一重の現実にハッとする。

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2018年7月7日(土)その3273◆身の丈

金なしコネなし根性なしでは、敷かれたレールに載ることさえ難しい。
だから今でも鉄道に憧れるのかもしれない。
特にローカルな単線とか廃線が好きなのは、
自分の身の丈をよく知ってるとゆーか、
その慎ましさに涙ちょちょ切れそうになる。
夏だというのに、クロード・モネ『雪の中の蒸気機関車』を眺めていると、
程よい調和がもたらされる。
中央おっさんのうしろ姿はかなりイケてる。

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2018年7月6日(金)その3272◆靴が履けない

2018年7月12日(木)20時
パセオフラメンコライヴVol.094
鈴木敬子ソロライヴ

鈴木敬子(バイレ)
エル・プラテアオ(カンテ)
ぺぺ・マジャ(ギター)
三木重人(ヴァイオリン)

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はじめて鈴木敬子の声を聞いたとき、その凛とした佇まいに、友と顔を見合わせた。
邦画の名作に登場する、マドンナ女優のような美しさ。
さほど歳はかわらないはずなのに、落ち着いた色香を放っていた。
でも私は知っている。彼女のブラソがひとたび虚空を切ると、
とてつもなく熱いものがほとばしることを。
足を踏み鳴らせば大地を揺るがす振動を、大舞台から響き渡らせることを。
昨年の協会新人公演で、彼女の指導した群舞に釘付になった。
なんと踊る楽しさに溢れているのだろう。
はつらつとして伸びやかで、どこか懐かしいフラメンコ。
そうそう、こんなふうにベテランの方も年数が浅かろう方も、
みな気持ちをひとつにして踊りを積み上げていったっけ。
そんなプロセスを想像させ、その行く先を柔らかな笑顔で
鈴木敬子が照らしているようだった。
スペインでの華々しい成功や、錚々たるスペイン人たちとの大舞台を
何度も経験しながら、踊れない苦境をいやというほど味わってきた。
昨年も突然の病に倒れ、靴を履くことすらできなかったという。
踊る歓びと引き換えに与えられた苦しみ――その辛さはいかばかりだったことだろう。
そういった生々しい生のすべてを昇華させ、彼女独自のフラメンコが切り拓かれた。
幸いにもすっかり回復されて艶を増し、恒例となった
巨匠アントニオ・カナーレスとの息のあった舞台は多くのファンを魅了している。
ゆるぎない体幹から紡ぎ出されるムイ・フラメンコ。
彼女の息遣いをライヴという間近で体験したいと思う。       
       
      (月刊パセオフラメンコ2018年7月号より~さとう みちこ)

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2018年7月5日(木)その3271◆潔い女性

「君が好きなので、どうか付き合ってほしい」
「いえ、私はそうではないのでごめんなさい」

潔い女性の対応で、フラれた男も潔く沈没できるのがいい。
こうした経験の限りない積み上げによって、
私の潔い性格は形成された。
潔い女性は善である。

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2018年7月4日(水)その3270◆じゃがいも大王

フルートを吹くフリードリヒ大王。
文武両道、仰天エピソードの豊富さで、西欧史ベストテンに入る人気者である。

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①次期国王なのに家出、すぐにバレて手助けをした親友は目の前で死刑。
 その時フリードリヒはどうしたか?、失神したという。
②自由とアートを愛する大王さまで、即位後すぐに拷問の廃止、
 貧民への種籾貸与、宗教寛容令、オペラ劇場の建設、検閲の廃止、新聞発刊、
 著名な学者を集めアカデミー設立など、抜群の行動力で実現。
③軍隊は縮小、当然そう来ると皆思ってたが、
 まさかの軍拡でドンチャカ戦争を始める。
 「フリードリヒは持久戦の名人」と日本最強の天才プロ軍人・石原莞爾は評した。
④自ら旗ふって〝ジャガイモ〟を普及、ドイツ民族の食生活を変えた。
⑤自作のテーマをバッハに与え、
 バッハの『音楽の捧げもの』(=ジャケ写)作曲を導いた。

大王の波乱万丈の生涯はフィクションを軽々超えるが、
今でも世界中の音楽ファンは⑤『音楽の捧げもの』によって恩恵を受けている。
中でもトリオソナタは室内アンサンブルの最高傑作だと私は想う。
大王の機転がなければ存在しなかった稀代の名曲であり、
これを聴く時には大王に敬意を表しつつポテチやトルテージャ等、
できるだけジャガイモ系を食うようにしている。

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2018年7月3日(火)その3269◆夏夢

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松任谷由美『春よ、来い』のような景色が広がっているが、
ここは確かに生まれ育った故郷・小松川だ。
都電が横断するスモッグとドブ川の街だったはずなのに、
その情景は春のときめきに溢れ、
家々の小庭や点在する原っぱはどこも花盛りである。

ご近所の仲間たちと遊び転げた懐かしい路地裏を
ひとつひとつ確認するようにゆっくり歩く。
街の風情は昭和四十年あたりを示しているが、
徘徊する私の年齢や職業や住まいは不明である。
それにしても妙だ。生家があるはずの路地だけが見当たらない。

「あの、もしかして小山さんの息子さん?」
突如うしろから、見知らぬ婦人が声を掛けてくる。
「ええ、そうです。ええと、ごめんなさい、どなたでしたっけ?」
両親の知り合いなのだろうが、よく観れば
白いワンピースの似合う美人さんでおそらくは三十半ば頃。

そこでエピソードは途切れ、草と土と石段の荒川の土手に私はいる。
帆舟と屋形船が水面を走る広重の世界が広がる。
傍らにはみえことりえがツクシンボウを摘んでいる。
喉の渇きで目覚めるが、もう少し佇んでいたい夢だった。
書斎からユーミンベストを引っぱり出し、二度寝の子守唄とする。

 春よ遠き春よ まぶた閉じればそこに
 愛をくれし君の なつかしき声がする

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2018年7月1日(日)その3268◆半休ベリーマッチ

よーし、NHK将棋観たらパセオに行こう、
今日は四時間だけ番犬勤務やってくれ。
カンテ教本の増刷手配、原稿一本、決算準備でおしまい。
きのうは指圧と遠足とおつかれ会が効いて9時間爆睡。
ジェーもそこそこ好調だから、夕暮れの緑道を少しだけ散策。
晩めしは枝豆の炊き込みご飯、タイムサービスの刺身と干物、
具だくさん豚汁、かぶ茄子きゅうりの一夜漬け。

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