フラメンコ超緩色系

月刊パセオフラメンコの社長ブログ

しゃちょ日記バックナンバー/2009年9月②

2010年09月09日 | しゃちょ日記

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 2009年09月08日/その70◇俳句の時間

 「古池や 蛙飛び込む 水の音」

 これはあの有名な松尾芭蕉の句ですね。
 わずか17文字の短いコンパスの中に、
 万人が共有できる具体的な情景を浮かび上がらせる
 ところに凄みがありますね。
 おなじみのラフカディオ・ハーンがこんな英訳を付けています。
 蛙は複数なんですね。

 Old pond ― frogs jumped in ― sound of water


 ところで、こんな現代句をご存知でしたか。

 「パセフラや 買わず飛び込む 水野のおとう」

 これは、パセオフラメンコも読まずに
 いきなりフラメンコギターの世界に飛び込んでしまった
 水野君のお父さんを描写した句で、実わほとんど実話です。
 季語はパセフラで「年がら年中」を示します。

 ちなみに、水野君のお父さん(53歳・男性)は、
 現在パセオフラメンコを定期購読に切り替えて
 めでたし、めでたし、なのだそーです。
 それでは、またお目にかかります。
                     (俳句の時間/永久に完)
       
 とほほ1.jpg

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 2009年09月09日/その71◇昔も今も

浅草雷門.jpg
[安藤広重/名所江戸百景より『浅草金龍山』(1856年)]

昔も今も.jpg
[その約150年後のほぼ同じ浅草・雷門あたり]
          
 時代を超える、こんな好ましいコントラストもある。
 昔も今も、それぞれに味わい深い風情。

 それを私的に云うなら、
 マノロ・カラコール(昔の人気フラメンコ歌手)と
 ミゲル・ポベーダ(今の人気フラメンコ歌手)くらいの
 コントラストかな。
          
 「無所属」フラメンコの大家たち(7)マノロ・カラコール.jpg
 [フラメンコの大家たち/マノロ・カラコール]
  LE CHANT DU MONDE

 miguel_poveda2.jpg
 [ミゲル・ポベーダ/フラメンコがきこえる]
  HARMONIA MUNDI/1998年

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 2009年09月10日/その72◇鍵田取材とデスヌードとツバメンコ

 きのうは夕方から池の上のアルテ・イ・ソレラで、
 “FLAMENCO曽根崎心中”やサントリーのテレビCM
 なんかでもおなじみのバイラオーラ鍵田真由美を取材。
 パセオ本誌新年号から私が受け持つ
 インタビュー連載(本文カラー9頁)の、
 その第一回目のゲストを彼女に引き受けてもらったのだ。
 
 スタジオのど真ん中にインタビュー会場を設営し、
 大盛り上がりのツッコミ&ボケ合戦を繰り広げた。
 「ステージなら素っ裸で踊るのもへっちゃら」
 みたいな発言もぴょんぴょん飛び出し、
 そのエキセントリックな会話を、
 どのようにまともな大人の会話にまとめ上げるか、
 前途は真っ暗である。

 途中、先日のデスヌードで、大きな期待をさらに上回る
 ドツボなクオリティを炸裂させた佐藤浩希が、
 新聞片手に顔を出す。
 見れば、読売の夕刊にデスヌードの記事がデカく載ってる。
 そう云えば、前の日の朝日夕刊にも載ってたっけ。
 ラスト数分の小島章司のあの素踊りは、
 どうやら伝説となりそうな勢いだな。
 冒頭の第九のアイデアは小島師、
 ラストの無伴奏舞いは佐藤の演出だったことを知る。

 ツバメンコの近況を佐藤に尋ねると、
 先ほどまで、ここでみっちりレッスンをやってたのだと云う。
 おおっ、しっかり続いているんだなあ、とひと安心。
 結局は一年も続かなかったタレントさんもたくさん見てきた。
 過酷な芸能活動の合い間に、
 ハードなフラメンコのレッスンを続けるのは
 本当に大変なことなのだ。

 サービス精神も旺盛な佐藤浩希が、
 ちらっとこの先のツバメンコ展開を話してくれた。
 うおっ、実現してくれよっ!と、瞬間祈った。

 
 犬棒.jpg

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 2009年09月11日/その73◇慢心と鰻心

 まれに午前中から、
 ファンタスティックな営業成果をあげた時など、
 そのご褒美の昼食に美味しいうなぎを喰うことは、
 わたし的には大きな喜びのひとつだ。

うなぎ1.jpg

 一方で、うなぎ的には、
 それが「美味しくも喜ばしくもない」であろうことに、
 慢心する心は引き締まる思いだ。

うなsぎ2.jpg

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 2009年09月12日/その74◇一家離散とシンフォニーの季節

 わが家は現在、一家離散中である。

 ほぼ年に一度のペースで連れ合いはスペインに行く。
 毎日帰りの遅い私は、
 ジェーの面倒をみることができないので、
 その間ジェーは、彼の祖父母を自負する
 杉並の福島さん夫婦んちで暮らすことになる。
 かくしてわが家は一年の二週間ばかりを、
 スペイン、渋谷区、杉並区にそれぞれ散らばり、
 一家離散の憂き目の中を、
 それぞれ嬉々として自由気ままに暮らすのであった。

 あしたのジェー2.jpg

 連れ合いも私も家事は好きな方なので、
 どちらもひとりで不自由するということはない。
 若い頃に知り合いのほうぼうを泊まり歩いた私は、
 仕事のできる人たちのほとんどが、
 同時に「炊事・洗濯・掃除の達人」であることを知り、
 それだけはきちんと出来る人になろうと、
 一時期その習得に身を入れた時期がある。

 そのおかげをもって私は、
 家事全般はそこそここなせる人にはなったが、
 肝心の仕事の方はさっぱりと来たもんで、
 まったく例外というのは、どこにでもあるものだと思う。
 こーゆー珍人に対しては、百年かけて褒めて育てる
 辛抱が必要なのは、云うまでもないことだろう。

 さて、今回の一家離散期間にじっくり聴きたいCDが、
 この夏発売となったサー・サイモン・ラトル指揮
 ベルリン・フィルによるブラームスの交響曲全集。

ラトル.jpg

 普段はあまりフル・オーケストラを聴かない私だが、
 それでも年に何度かは無性にそれが聴きたくなる。
 シンフォニーだけは、
 ヘッドフォンではなくステレオのクリアな大音響で
 聴きたいので(ライブが一番に決まっているが)、
 同居人たちの不在はもっけの幸いとなる。

 ロマンティックの極致とも云うべきブラ3の第三楽章は、
 大きな声では云えないが、
 あらゆる交響曲の中でいちばん好きな楽章。
 今晩あたりから、どっぷり浸かってみっかいと、
 朝(未明)もはよから、せっせと仕事にとりかかる。

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 2009年09月13日/その75◇ブラームスはお好き

 「好きなシンフォニーをひとつだけ選べ」

 この設問には大いに悩むと思う。
 それがチャイコフスキーの『悲愴』であった時期も
 かなり長かったし、モーツァルト(40番、41番)や、
 ベートーヴェン(5番、6番、7番)や、
 ドヴォルザーク、プロコフィエフ、マーラーなどにもよろめいた。
 だが、ここ数年の心境からするなら、意外とあっさり、
 ブラームスの交響曲第3番を選べるのかもしれない。

 一家離散の次の晩から、
 サー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルによる
 ブラームスの交響曲の最新録音(全4曲)を聴く。
 すべてDVDがついているので、CDを聴いたあと、
 それにもカブりつく。
 ラトルは大好きな指揮者なので、
 ブラームスに対するアプローチは
 ある程度は予想できたはずなのだが、
 実際の彼のブラームスは、私の想像を絶していた。
 高校時代からの愛聴盤であるフルトヴェングラーのそれに
 優るとも劣らぬ出来映えだったのだ。

 ひと通り音源と映像を堪能したあと、
 再び手が伸びるのは、やはり大好きな3番である。
 かのアントニオ・ガデスは第4番が
 かなりのお気に入りのようだったが、
 私はまだそこまで大人になりきれない。
 映画『さよならをもう一度』(原作はフランソワーズ・
 サガンの『ブラームスはお好き』)でも使われた
 3番の第3楽章は、さまざまな演奏で
 すでに千回以上は聴いているかもしれない。
 作曲した50歳当時、若い声楽家に恋していた
 ブラームスの心境が反映されているとの説が有力で、
 同時に創作活動全般にも、
 エネルギ―が漲っていた時期の作品である。

 人間はひとりでは生きられないこと。
 互いに寄り添い助け合いながらも、
 けれども、互いに自立する気持ちが必要であること。
 安らぎとチャレンジは、いつでも対になっていること。
 そんなヴィジョンを、極めて美しいイメージをもって
 心に焼きつけてくれる名曲中の名曲だと思う。

ラトル/ブラームス.jpg

 ところで、その大指揮者ラトルと私には、
 大きな共通項がいくつかある。
 恐縮ながらも光栄なことである。
 ブラームス交響曲全集の発売を記念して、
 その類似点を以下に記しておきたい。

 (1)ともに男性であること。
 (2)同じ歳(1955年生まれ)であること。
 (3)人間は顔ではないこと。

 これらによって、才能や人間性などを除けば、
 ラトルと私は、
 ほとんどそっくりであることが
 おわかりいただけるかもしれない。
 とほほ3.jpg

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 2009年09月14日/その76◇理路整然

 掃除・洗濯・料理日和のきのう日曜は、
 家にこもってのんびり仕事。

 先週やったインタビューのテープ起こしが
 たまっていたので、イッキに片づける。
 90分インタビューなら90分かかる。
 相手の発言のポイントとニュアンスを
 PCに打ち込むだけなので、
 再生をそのまま流しながらでも充分間に合う。
 久々の編集現場はやはり楽しい。

 本誌をフィニッシュするのは自分だから、
 後で困らないようにと、
 さすがに話題の筋道は理路整然としている。
 ただし、5分おきぐらいに、アホなツッコミと
 互いの爆笑がドカンと入り込んでいる。
 お笑いベースだと、
 いい感じの本音話を引き出しやすいのだ。

 その志は悪くないと思うが、
 会話の再生音源がワイワイ騒がしすぎるのには、
 我ながら閉口する。
 自画自賛の理路整然は云い過ぎで、
 正しくは「理路騒然」だと、お詫びして訂正したい。

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 2009年09月15日/その77◇だからフラメンコ
   
 技術の飛躍的進歩によって
 人類は経済的に豊かとなり、
 個人は生存のために
 集団に帰属する必要がなくなったのである。

 個人が勝手に行動しても生きていけるようになり、
 集団の存在理由が薄れてきた。
 家族も学校も会社も大きく変質し、
 個人は集団の束縛から解き放たれて、ついに、
 不本意ではない生活を送ることができるようになった。

 だが、このときになって初めて人類は、
 「不本意ではない生活」がどんな生活なのかが
 分からないことに気がついた。
 集団に向いていないだけでなく、
 個人として生きていくことにも
 向いていないことが分かったのだ。
 これが幸い中の不幸だった。

 自由には代償がある。
 自由な人間はすなわち孤独であり、
 人間は孤独が嫌いなのだ。
 現在、集団の秩序は回復不可能なまでに瓦解し、
 個人は何をしたらいいのか分からないまま
 自立を求められている。
 こうしてみると、
 人類も私と似たような運命をたどっているように思う。

 汝みずからを笑え280.JPEG
 [土屋賢二/汝みずからを笑え]文春文庫より

 これは、私が仏と仰ぐ、
 お茶の水女子大学の土屋賢二教授(哲学科)の
 ありがたい教えである。
 特にラスト1行などは怖いぐらいに鋭い。

 これは『この五百万年をふりかえって』という
 エッセイからの抜粋なのだが、
 ずいぶん前に初めてこれを読んだとき、
 青春まっ盛り(1970年代)の自分が、
 なぜフラメンコに惹かれたのか、
 その理由の一端が、ポロリわかったような気がした。

 1980年~90年代の日本において、
 フラメンコのファン人口は急増し、
 またそのステータスは急速に高まった。
 教授の指摘するようなプレッシャーを解決する鍵として、
 そのほとんどが無意識的だったにせよ、
 多くの人々がフラメンコに注目し始めたからだ。
 現代日本におけるフラメンコの普及浸透は
 その意味で必然だった……。

 現代を生きる不安と緊張のストレスにあえぎながら、
 それをいかに克服して心の安らぎに達するか?
 「自立と協調」をどうバランスするか?
 こうしたテーマに対しフラメンコは、
 強いヴィジョンと忍耐を示しており、
 同時に、生きる勇気を高揚させる機能を持っている。
 
 と、まあ、こんな風に、自分の使命(←単なる思い込み)を、
 思い切り無理やり正当化したい日も、ないことはない。

 「神と仏②」わが家の神棚と仏壇.JPG
 [わが家の神棚と仏壇]

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