「雁夜よ、前にも言ったが所詮捨て駒に過ぎぬおぬしには媒体など用意する意味などない」
ジメジメとした地下で人でない怪物が半死人に語りかける。
怪物は嬉々とした表情で、半死人は無表情で対峙する。
「よってこのたびの召喚において自らをもって英霊を召喚せよ」
「ふん、そのくらい理解している」
改めて言われた言葉に雁夜は拳を握りしめ怪物を睨む。
分っていたはずだった、理解していたはずだった、所詮この四回目の戦いは眼前の怪物にとって余興にすぎないのを。
だが、媒体なしに英霊を召喚するのは端的にいえばギャンブルのようなもの。
自分と性質が似た英霊が召喚されるはずだが、半死人の召喚に応じてくれる英霊などいないほうが多いかもしれない。
例え応じたとしても自分とよく似た性質、つまり最弱の英霊が呼ばれるに違いない。
「カカカ、そう睨むでない。
とはいえ、さすがにおぬしの実力で召喚されたサーヴァントでは勝ちぬくことはできぬ。
子のために一つ提案しよう――――雁夜よ、バーサーカ―のクラスでサーヴァントを召喚するのだ」
雁夜にはこの外道の思考などとうに理解している。
明らかに自分が破滅する様を期待し、そう仕向けようとする悪魔の言葉だと。
だが、それでも
「ああ、いいだろう」
それでも、自分は桜を救う。
もはや余命は一か月持つのみ、いまさら恐怖などない。
間桐雁夜は既に死中に活を得る以外の選択肢は消滅しているのだから。
「覚悟はよいようだ――――ではこの二節を詠唱に差し込むとよい」
※ ※ ※ ※ ※
その時、あらぬ方角からの魔力の流れに居並ぶ人間全てが注目する。
エーテルの嵐が吹き溢れ、砂塵が舞い、エーテルはやがて眼に映るまで凝縮されてその姿を現す。
「・・・・・・・・・」
全身を覆う黒い甲冑、と表現すべきなのだろうか?
それにしてはセイバーの清涼さ、ライダーの野性的、アーチャーの優美らしさがない。
神秘の塊であるはずのサーヴァントに神秘らしさというものがまったく感じられない装束であった。
むしろ未来的、科学的という言葉が似合いそうな空気を纏っている。
ロマンあふれるファンタジーよりも光線銃の光線が飛び交うSFに出た方が似合っており、甚だしく場違いであった。
さらに場違いであったのは、そのサーヴァントが纏う魔力の波動はセイバー達がプラスとするならばマイナス。
理不尽な運命を覆し人々の賞賛を得る英雄でなく人々に恐怖を振りまき、絶望させる立場の人間しか持ちえぬ雰囲気を纏っていた。
「なぁ、征服王。アイツには誘いをかけんのか?」
ランサーは困惑と警戒心を抱きつつ征服王に言う。
「誘おうにもなぁ。
ありゃ、のっけから交渉の・・・『提案がある、そこの金ぴかを一緒に倒さないか』おう!?」
バーサーカーの言葉に周囲に動揺が走る。
通常、狂わされたバーサーカーに言葉を交わす能力はないと言われた常識が崩された瞬間だった。
「そんな、馬鹿な!!
バーサーカーに言語能力があるはずがない」
ウェイバーの言葉はマスターとサーヴァントの心情を代表した。
「なに、生前から狂った環境に放り込まれていたから今さら理性が奪われることなどない」
何ともなさそうに語るバーサーカーの言葉に周囲は言葉を失う。
バーサーカーでありながらバーサーカーでなく、狂わされるどころか打ち破った事実にこのサーヴァントの実力に緊張が走った。
まったくのイレギュラー、さらにサーヴァントがこ夜に姿を隠すアサシンも加えると計六騎。
バーサーカーの提案も各陣営が警戒し合っているため、誰も名乗りを上げずこのまま時間が過ぎてゆくと思われたが、
「おい、そこの狗。
貴様は誰の許しを得て我を倒すと決めた」
警戒という『待ち』を選択せず殺意を込めて黄金の王がバーサーカーを睨む。
背後から十あまりの宝具が出現し、他のマスター、サーヴァントが息を飲む気配を無視し、
矛先をバーサーカーに向けて黄金の王は勅命を下した。
「王の命令だ――――疾くと消え去れ」
弓兵の使い間でありながら、
鍛えられた弓術による精密射撃でなくただ宝具を射出するだけの乱暴な攻撃。
しかし、一撃一撃はただの矢以上の威力を発揮して着弾と同時に破壊をもたらし粉塵があたりを覆い尽くした。
視界は夜であることも加え、視界不良のため気配以外の探知は不可能となった。
「やられたのか・・・?」
空中に飛び散った粉じんのせいで盛んに咳をしつつウェイバー・ベルベットは呟く。
彼の見立てではあのバーサーカーは確実にアーチャー仕留められたと考えた。
なぜなら、あのような規格外の攻撃に生きているはずが――――。
「なッ・・・!!」
セイバーの驚く声。
瞬間、粉塵の中心地から勢いよく何かが飛び出てアーチャーに向かう。
淡い青い光に包まれた何か――――アーチャーが射出したはずの宝具で、真っすぐ主人を殺そうとした。
だが、狙いが曖昧だったためかアーチャーの足場にしていた街灯のみを破壊した。
「痴れ者が・・・・・・この我を同じ大地に立たせるとは」
何事もなかったかのように大地に降り立つアーチャー。
他のサーヴァントなど眼中になく、ただ黒いサーヴァントを見る。
「我が財を以て歯向かうなど、もはや肉片の一片たりとも残さぬ。」
さらにアーチャーの背後から宝具が三十程出現して周囲は絶句する。
規格外、そんな単語が彼らの心情を支配した。
「精々あがくがよ・・・貴様、我の財を!!」
アーチャーが言葉を綴る前にバーサーカーが地面に突き刺さった宝具を引き寄せる。
右手を宙につきだし、磁石で引き寄せられるようにアーチャーの宝具がバーサーカーの元に入る。
「死ね」
自らの財を汚されたアーチャーの判断はそれだけだった。
30あまりのあらゆる武器がバーサーカー、真名アイザック・クラークに突撃する。
剣の英霊セイバーの直感はあの一撃必殺の弾幕を回避するのは自分でも難しいと考え、
今度こそあの正体不明のサーヴァントは終わり、次の標的は自分であることに見を固くしたがまたもや常識を覆される。
まず、バーサーカーが再度宝具を投擲。
これにやられるほどアーチャーは慢心しておらず、射出した宝具の一部で相殺して残りの宝具はバーサーカ―に向かう。
対するバーサーカーの対応は、
宙に伸ばした腕から青い人魂のようなものを連続して発射し、自分に直接あたる宝具に当てて移動を停滞させる。
時間操作の宝具――――<ステイシス>
それも神秘の塊である宝具に干渉するほどの奇跡。
観戦していた魔術師たちはその異常さに戦慄が走り、ただ茫然とバーサーカーを見る。
そして、バーサーカ―は時間が戻る前に決着を付けるべくアーチャーへと突貫を開始した。
「雑種ぅぅぅぅううううう!!!」
三度も己の財を汚されたアーチャーの憤怒はここに来て臨界に達する。
迫りくる不届き者を懲罰すべくさらなる宝具、計五十を展開して塵も残さぬつもりで射出しようとしたが、バーサーカーが先手を打つ。
バーサーカ―が手に持つライフルのようなものから、丸い球がアーチャーに飛ぶ。
宝具が周りに落ちる衝撃でアスファルトは砕け、塵が宙に舞う。
それが煙幕の代わりとなったため、丸い球―――グレネードを避ける機会をアーチャーは逃した。
「がぁああああ!!?」
直撃、神秘の欠片もないので鎧ごしへの損傷はない。
しかし、むき出しの顔に爆風が直に曝され顔面に傷を負う。
視界が奪われ、自然治癒によって回復するまでの僅かな時間。
この間はアーチャーは霊感にしかサーヴァントを認識することができず、接近するバーサーカーを目視で射撃できない。
だが、それでもアーチャーは直感を頼りで五十の宝具をバーサーカーに発射する。
古今東西のあらゆる武器。不死者殺し、竜殺し、必ず当たる槍、聖剣、魔剣、がアーチャーの感により正確にバーサーカ―の未来位置に襲いかかる。
アーチャーとバーサーカ―の距離はおろか二十メートル以内。
英霊の身ではたった一秒にも満たぬ内に辿りつける距離だが、同時に音速で飛来するアーチャーの宝具も一秒にも満たぬ内に届く。
そして速さでは宝具が先で、バーサーカ―にアーチャーの攻撃が当たる方が先である。
バーサーカ―が黄金の王に肉薄するよりも先に未来のエンジニアが死ぬのは確定された未来だろう。
そう、バーサーカ―が『移動速度を上げないかぎりは』
「Fuuuuuummmmm!!!!」
背中に装備された推進装置が起動、
制限速度を無視し、限界以上の推進力で移動速度を底上げして、宝具の着弾地点よりも先へ、先へと進む。
急激な加速のせいでバーサーカ―の首が後ろに引っ張られ、体に負荷がかかる。
常識人たちならこれだけで首の骨が折れてしまうが、アイザック・クラークはかつてタイタンの衛星都市に自由落下しても生き残った最強のエンジニア。
その時と比較すれば彼にとって、今のは首周りの肩こりを直すにちょうどよい運動に過ぎず、耐えきる。
宝具の着弾音
再度アスファルトにコンクリートとベニヤ板張りの倉庫が破壊される。
アイザックが『かつて居た地点のみ』を宝具は破壊してアイザック自身は破壊から免れ。
「Fuck!」
一声と共に、幾多のネクロモーフを葬った黄金の右腕を慢心王の横っ面に叩きつける!
たった一撃されど一撃、首をもぎ取る威力を秘めた殴打は正確に顔面に当たり。
グシャッッ!!と骨と肉がつぶれる音と共に王の美貌が歪み、アーチャーの体が横に飛ばされた。
「あっ!」
アイリスフィールの驚きの声。
完全にやられ、後はバーサーカ―の追撃で最初の脱落者になるはずだったが、突如として姿を消した。
「フムン、どうやら令呪で逃げたのだな」
ライダーは手を顎に当てて、この行動の意味を推測する。
が、それよりもあの規格外を退けた、常識外れに対する警戒を怠らない。
ライダーの内心では既に唯我独尊のアーチャー並みにバーサーカ―を脅威と認定した。
「おまえ、何者なんだよ」
ウェイバーは先の現実とは思えぬ光景を思い出しつつ、半ば無意識にアイザックに問う。
「何――――ただのエンジニアさ」
この答えに貴様のようなエンジニアが居てたまるかという常識人と、
成程、エンジニアという人種はこういうものなのか、と感違いをしてしまい、
「シロウなら、きっとサーヴァントと渡り合えるはずです」
と、後の戦争でマスターの趣味、
すなわち『機械いじりが好き=エンジニア』の図式を脳内に描いた騎士王が、正義の味方見習いに地獄の特訓を課す事になる。
おわり
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