村に拘束されて約1週間。
どうするつもりだろうか――そう、新田良平は思った。
元ニートで駄目リーマン、現在OO。
人付き合いが得意でないなかったので、村人達の意図が読めなかった。
勤めていた傭兵会社の基地を襲撃して唯で済むはずがない。
現に拘束されている間に明らかにアメリカの爆撃と思われる音が何度も響いた。
「…まさか玉砕するつもりか?」
やや偏見に満ちたイスラム的視点なら有り得なくも無い。
しかし、それでもこれまで面従服従状態だったとはいえ、今更何故なのか理由が思いつかない。
それに解せないのは何故自分を殺さないかだ。
族長は自分を基地から離すため、と言ったから基地襲撃の際に脅威となる自分への対策なのは理解できる。
しかし、だったら村でオマルごと殺害すればよく今更を取っても、利用価値がないのは分かるはずだ。
なにぜ会社は軍隊と違い営利団体だ、人質の救助に金が掛かると分かれば救助など行わないはずだ。
と、ここまで思考を纏めていた時。
扉が開く、ノックする文化がここではないのでノックはなかった。
「アラタ、食事を持ってきました」
ジブリールだった。
「あ、ああ。ありがとう」
姿勢を正しジブリールを迎え入れる。
今日も羊と玉ねぎ人参を炒めた物に、そしてナンのようなパンであった。
「そういえば何で食事を運ぶ役はジブリールなんだい?」
ジブリールはアメリカに売られた子供の1人で、新田の指揮下にある人間だ。
監禁している人間と不用意に接触させるべきではないのは常識だ。
態々ジブリールに食事を運ばせる事に何かしら作為的なものを感じる。
「父が将来の婿の相手をするのは私だけ、と言っていました…」
あの祭りの際に彼女の父親が言った「娘を嫁にしないか?」という言葉は本気なのか?
頬を赤らめるジブリールに新田は冷や汗を掻いた。
しばらく2人の間に沈黙が支配する。
ジブリールは恥ずかしいのか下に俯き、被り物を目元まで下ろす。
新田も耐え切れず、助けを求めるように視線を左右に揺らす。
こ、子供相手に何をドキドキしているんだっ…!?
「と、ところで。みんなは無事か?」
「みんな監禁されています、見張りに銃を持った大人が2人」
「そうか……」
ここで会話が止まってしまう。
何か話題がないか必死で考えるが、
少し前はニートであった新田にそうしたスキルは持ち合わせていなかった。
「ソフィの方も無事だといいけど…」
何気なく新田が呟く。
ランソンと共に基地から脱出させるまでは何とか誘導できたが、
それ以降は自身の才知で潜り抜けて貰うしかなく、お世辞にも頭が良いとは言いがたい彼女に本気で心配する。
「……やはり悪いジンの方が良いのですか?」
「え?」
ジブリールの言葉に新田が間抜けな言葉を漏らす。
悪いジンとはエルフ耳の同僚のことであるが、どうしてここでその名が出るか意味が分からなかった。
「髪はぼさぼさで、肌は日に焼けて手足も貧相で…やはりこんな私では駄目ですか…?」
潤んだ瞳でジブリールがじっと新田を見つめる。
「あ、いや、その。
ジブリールが嫌いとかそんなんじゃないよ、誓って。
日本では男は18、女は16からじゃないと結婚できないから、
ジブリールは、ほら、たしかまだ13だから僕と結婚なんて無理だよ」
涙を浮かべるジブリールに新田が動揺しながら釈明する。
年の差カップルのシチュエーションはラノベで散々読んだし、
昔は羨ましがったけど、30代になった今なら分かる、色々不味い。
世間の目が怖いことも有るけど、子供と大人という超えてはならない垣根という物を理解してしまったのだから。
「この地域では私とアラタ程度の年の差は問題ありません、子供も若いから沢山生めます」
涙を拭いながらジブリールが言う。
続けて50代と10代の結婚も珍しくない、
と言うジブリールの発言に新田は現実逃避気味に窓の外に見える遠くの山々を見た。
「これが文化の差かぁ…」
「アラタはもっと私たちの文化を知るべきです」
遠くより自分を見ろ、
と言わんばかりにジブリールが新田の袖を引っ張る。
「難しいなぁ、それに僕は異教徒だよジブリール?」
「貴方は誰よりも神の教えに忠実ではありませんか、現に私達を助けてくれた」
尊敬と感謝交じりの視線を送るジブリールに新田を目線を避け、呟く。
「そんな大層な人間じゃないよ、ジブリール。
僕はOOだ、ただ最善の指揮を執るだけの人間で、
君達子供を戦争に駆り立てる最低な人間でそれだけしか能がない人間さ」
「そんな事はありません!!」
自虐する新田にジブリールが叫ぶ。
「アラタはそんな人間ではありません!
だったら私達に犠牲が出るけどもっと効率的で、
高い戦果を得られる指揮を執るはずです!
貴方の指揮下にあった私たちは、いいえ、私は知っています!」
「じ、ジブリール!?」
大声で叫んだジブリールに新田は驚き、仰け反る。
何故なら今までこんな彼女の姿を見たことがなかったので新田にとって奇襲攻撃となった。
「~~~~~~くぅ!!」
感情が爆発したジブリールが地を蹴り新田に体当たりする。
二人はもつれあったまま、勢いを殺さずに床に倒れた。
「………っっ!!?」
「あ……」
気づけば2人の距離は劇的に縮んでいた。
というよりもジブリールが新田を押し倒す形で接触していた。
具体的には吐息が掛かりあう距離で、鼻先などすでくっついている。
押し倒したジブリールはまさかの接触に頬だけでなく顔全体が真っ赤に染まっている。
新田もまた全身に感じるジブリールの体重と 体温、そして少女の香りに赤面する。
ジブリールの肩を掴んで引き剥がそうとするが、逆に圧し掛かる彼女が離さぬとばかりに新田の首に手を回す。
「ど、どうして僕の後ろ首に手を伸ばすんだい?」
「アラタから離れたくないからです」
新田の問いかけにジブリールが明白に回答する。
「離れるんだ、ジブリール!」
「いやです!」
新田はジブリールを引き剥がそうと押すが、
逆にジブリールは離れぬとばかりに手だけでなく足も新田に絡め抵抗する。
しばらくそんな押し問答をする。
始めはジブリールが優位であったが体力は大人である新田が勝っており、
ジブリールは徐々に引き剥がされそうになる。
そして、ジブリールが抵抗するように体を捻った時。
新田共々地べたを転がり、新田がジブリールを押し倒す形と形勢が逆転したが。
「――――っ!!?」
「~~~~~~っっっ!!」
口に感じる湿った感触。
否、訂正すれば口でなく唇であった。
新田の唇に触れているのはジブリールの小さな唇だった。
まさか自分がこんなラノベみたいな偶然のキスをするとは思っておらず、驚愕に眼を見開く。
対するジブリールもまさかの展開に心臓が跳ね上がり、翡翠色の瞳が同じく驚愕に浸される。
「うわぁ!?」
「ひゃあ!?」
正気に戻ったのは直ぐであった。
お互い飛び上がり離れる。
「じ、ジブリール、その、えっと。
そう、間違いだから、偶然、そう偶然だから!!」
「う、うう」
新田がジブリールに呼びかけるが、
彼女は瞳に涙を浮かべて新田を睨みつける。
やがて乱れた衣服を整えると、ジブリールは部屋から跳び出て行った。
「嫌われてしまっただろうなぁ…」
ジブリールがいなくなってから自己嫌悪や罪悪感。
といった負の感情で満たされている新田がうな垂れ1人呟く。
何せ大人が子供を押し倒してキスなんて犯罪以外何者でもない。
もし日本でやらかしたらもれなくお巡りさんが飛んできて手錠を嵌めるだろう。
女性にキスをしたのは売春宿でしてしまったので初めてではないし、
そうした行為、女性を抱きしめるような事も英語教室として利用した売春宿で経験はしている。
その時は混乱しているばかりだったが、
先ほど零距離で触れたジブリールの体温や匂いはよく覚えて―――。
「な、何を考えているんだ僕は!!
妹よりも年下のあんな子供に欲情するなんて!!」
頭を抱え床を転がる。
己は現在30台、対して相手は13。
穴が有れば入りたいし、拳銃がこの場にあれば頭を打ち抜きたい!!
そう本気で考え、新田は床で長らく悶えた。