脚本 安倍徹郎 監督 三村晴彦
火付盗賊改は、盗賊・駒止の喜太郎(汐路章)一味の捕縛に成功しますが、ただ一人、磯部の万吉(速水亮)を取り逃がしてしまう。万吉を追った木村忠吾(尾美としのり)でしたが、万吉は忠吾の腕に深手を負わせ、うずくまって動けぬ忠吾を尻目に、悠々と逃げ去ってしまう。
それから3年ー。
磯部の万吉を見かけたという情報が入り、長谷川平蔵(中村吉右衛門)は忠吾に探索を任せることにします。平蔵は、密偵・大滝の五郎蔵(綿引勝彦)とおまさ(梶芽衣子)を忠吾につけてやります。
張り切る忠吾。一方、どこか浮かない顔の五郎蔵。
おまさが五郎蔵にわけを訪ねます。
万吉のことを平蔵に伝えたのは五郎蔵でした。五郎蔵はこの情報を、かつての自分の子分で、現在は足を洗って居酒屋の主人をしながら、五郎蔵に協力している、桑原の喜十(金内喜久夫)から聞いたのでした。
五郎蔵はこの喜十の存在を平蔵にも漏らしてはいません。平蔵もまた訊こうとはしません。
人にはそれぞれ、やむにやまれぬしがらみやら、事情やらがあって、他人には話せぬこと、守りたいこと、守りたい奴があるのだ。
いかに密偵、犬と堕ちた身であっても、元盗賊にもそれなりの矜持というものがある。
五郎蔵は言います。長谷川様は分かって下さるが、木村様はそういうことがちっともわからねえお方だ。
どうやら五郎蔵は忠吾のそうした、人の心の機微を解しない唐変木(失礼)なところが、心配な様子です。
さて、その喜十ですが、居酒屋の二階に誰かを匿っている様子。もしや万吉か!?さっそく探りを入れるおまさ。
二階に匿われていたのは万吉ではなく、今里の源蔵(長門裕之)という、喜十とは昔なじみの老盗賊でした。
喜十は源蔵のことを、五郎蔵には話していない。ここにもまた、元盗賊のやむにやまれぬしがらみというのがあるのでしょう。
ところで、源蔵と万吉との間には深い怨恨がありました。5年ほど前に、源蔵は万吉ら数人の盗賊たちを集め、お勤め(盗み)をしました。この時、万吉はそのお勤めで得た金子を、他の盗賊たちを殺害して持ち逃げしてしまったのです。
万吉を追う源蔵。しかし源蔵は病持ちで、その病状がいまいち思わしくない。そんな源蔵を万吉は、喜十の居酒屋のすぐ隣にある旅籠に身を寄せて、監視していました。
万吉は用心棒の浪人・杉井鎌之助(清水紘治)と酒を酌み交わしながら、源蔵を殺して欲しいと、杉井に50両で話を持ち掛けます。杉井はこれを受け、相手はどんな奴か訪ねます。
万吉は「弟の仇」と告げますが、「お前に弟がいるなど初めて聞いた」と、杉井は信じません。
お互い笑いあう二人ですが目は笑っていない。このお互いを信用していない様子がなんとも凄まじい。
杉井を演じる清水紘治さんは、特徴的なギョロッとした目で睨みつけ、対する万吉を演じる速水亮さんは、すっと目を細めながら、静かに睨み返す。
この役者同士の演技対決ね‼そっちがそう来るなら、こっちはこう返す、みたいなやり取りがなんともスリリングで面白いんです。お二方とも楽しんで演じているのがよくわかるんですね。こういうのって、見ているこっちまで楽しくなっちゃう。
素晴らしいシーンです。
特に速水亮さんは、第1シリーズでは狐火の勇五郎という、義に篤く盗賊三ヶ条をしっかりと守る、一本筋の通った盗賊を演じており、それが今回はまったく真逆の、凶悪な盗賊を演じているわけで、鬼平に2度も出演できて、まったく違う役柄を演じられる幸せを嚙み締めていたのではないでしょうか。
役者冥利に尽きるってもんで。
話を続けましょう。或る時木村忠吾は、筆頭同心・酒井祐助(勝野洋)の不用意な一言から、万吉の情報が五郎蔵から齎されていたことを知り、「聞いてない!」とへそを曲げてしまいます。五郎蔵とおまさを呼び出しプリプリと怒りながら、詳細を全部教えろと詰め寄ります。
この時の尾美さんの演技が、本当にプリプリという怒り方で、妙に滑稽で可愛らしいんです(笑)全然怖くない。ああ、これが忠吾というキャラだよなあと、納得してしまいます。で、これに対する綿引さんの演技がまた良い!泰然として座り、特に威圧している風もないのに、なにやら凄まじい圧力を感じるんですね。そして静かに「木村様、あっしは長谷川様にも、言えねえことは言いません」
静かに抑えた風でありながらも毅然とした態度に、忠吾は二の句が継げなくなってしまいます。
いかにも元盗賊の頭といった風情。いやあ綿引さん、素晴らしかった!
そんな経緯があって、数日たった雨の晩のこと、源蔵はこれ以上喜十に迷惑はかけられないと、出ていくことを決心します。病のために万吉に一矢報いることのできない悔しさを噛み締めながらも、さりげなく二両の金子を置いて去っていく源蔵。
そのころ隣の旅籠では、杉井は酒に酔いつぶれて眠ってしまい、万吉は雨が嫌いだからと部屋の中に籠り、源蔵の監視を怠っていました。その隙をついて源蔵はまんまと逃げおおせたのです。
源蔵が去り、これで源蔵が火付盗賊改に捕まる心配がなくなったことを確かめた喜十は、五郎蔵の元へ走り、万吉が隣の旅籠にいることを告げるのです。
旅籠の家族と他の宿泊客を先に逃がし、旅籠に打ち込む火付盗賊改。忠吾は酒井の手助けを受けながらも見事万吉を捕縛します。
一方、用心棒の杉井は平蔵に果敢に挑戦しますが、平蔵の太刀筋を見て、「世の中は広いものだな、負けた」と刀を棄て、あっさりと縛につきます。これにて一件落着。
後日、いまだ納得できない忠吾が、なにもかも詳細を報告しろとしつこくいってくるのに辟易した五郎蔵が平蔵に直訴します。平蔵は忠吾を呼び出すと、美味いと評判の塩羊羹を忠吾に差し出し、みんなには内緒だぞと告げます。
喜ぶ忠吾に平蔵は、「言わなくてもよいこと、聞かなくてもよいことというのはあるものだな、ええ、おい」と、平蔵は忠吾の肩をポンポンと叩くと去っていきます。
愛想笑いを浮かべながらも、ポカンとした表情の忠吾。「おかしらは一体なにが言いたかったのだ?」
そこに名調子で被さる、中西龍氏のナレーション。「この男、実はまだなにも分かってはいない……」
忠吾のポカンとした阿保面(失礼)のアップで、大爆笑の内に本編は終了します。
波乱の人生を歩んできた人間たちの、抜けるに抜けられない様々なしがらみ、因縁。
そんな人間たちを、物悲しくもどこか温かい視点で見つめたストーリーの素晴らしさと、そのストーリーの中で無理なくそれぞれのキャラクターの特徴を立たせている見事さ。
このよくできた脚本の面白さに、役者さんたちが大いに「乗って」演じている感じが、見ていて実に心地よい名編だと思いますね。もちろんその名演技を引き出した三村監督の手腕もお見事。
三村監督と云えば、私は映画『天城越え』を思い出します。いずれ機会があれば、紹介したいですね。
観終わった後、心から楽しかったと云える名編。これは良いです。
おススメ。
もう20年くらい前、
元夫が鬼平のビデオを大人買いして、
当時は海外生活だったのでセリフを暗記するくらい観ました。
盗人にも職人としてのこだわりがある。
玄人と素人がいるんだなあ・・・と、
しみじみ思わせてくれるのが鬼平シリーズですね。
これも最後の中西龍さんのナレーションと、
うさ忠のぽかんとした顔とがすぐよみがえるくらい印象的な話でした。
申し訳ないけど、今だ尾見としのりさんはうさ忠を超える役に出会っていないのかなあとも。
鬼平は・・・、名作ですね。
でも元々力のある方ですから、なんとかしていくでしょう。いずれ良い役に巡り合えればいいですね。
なるほどうさ忠のはまり役から抜け出せないでいらっしゃるのかぁ…。今大河で、家康公の家臣の役でいい味出してますよね〜。頑張れ尾美くん!!『怨恨』、見る機会があれば観てみますね〜☆