主人公、井口清兵衛の生き方をどう捉えるかによって、まったく違った印象を持ってしまう映画ではありますね。
東北、出羽庄内地方の小藩、海坂藩に仕える井口清兵衛(真田広之)は、奥方に先立たれ、幼い娘二人と認知症気味の老いた母を抱え、少ない俸禄で汲々としながら日々慎ましく暮らしています。
同僚の誘いも断り、遊びにも行かずお城と家の間を行き来する毎日。同僚たちはそんな清兵衛を密かに「たそがれ清兵衛」と呼び、嗤っていました。
この清兵衛、実は戸田流小太刀の達人で、その腕前を買われて藩に反抗した男、余吾善右衛門(田中泯)を討つように命じられてしまうのです。
本当はそんなことはしたくない。しかし藩より俸禄を頂戴している以上、逆らうわけにはいかない……。
「サラリーマンの悲哀」、「不運な男」、表面的にはそのように見えるし、そのような評価をされたオジサン方は多かったような気もします。
しかし当の清兵衛本人は、自身の暮らしをそれほど不運だとも惨めだとも思っていない。娘たちの成長していく姿や、作物が育っていく姿に楽しさを覚え、日々のつつましやかな暮らしの中に生きる甲斐を感じているわけです。他人がいうほどには、今の暮らしを悪いとは思っていなんです。
もちろん清兵衛も人間ですから、不平不満がないわけではないし、嫌いな奴だっている。幼馴染の朋江(宮沢りえ)の元夫で、酒に酔っては元妻の実家に押し掛ける酒乱男、甲田(大杉漣)と果し合いをして、木刀一本で見事打ち負かし、その甲田のことを静かに、しかし吐き捨てるように「負け犬」と言い捨てる激しさを内に秘めている。
また、世間体ばかりを気にして、清兵衛のところへ気の進まぬ縁談話を持ってくる大叔父(丹波哲郎)を嫌っており、娘たちの前ではっきりと「嫌いだ」と言ってのける。決して人として完璧なわけではないんですね。
それでも、この清兵衛という人は、己の暮らしの中に、本人も気づかない内に、この宇宙の「真理」の片鱗を掴むことの出来た、心の深さを持っていた人なのだろうな、と思いますねえ。だから、「サラリーマンの悲哀」だけで終わらせちゃう評価は、余りに底が浅い評価だな、と思わずにはいられませんね。
山田洋次監督は、人の心の細やかな機微というものを、実に丁寧に描いて見せる。流石です。ここを読み取れないでどうするよ!
みんな完璧じゃない。完璧じゃないから、色々過ちも犯すし、それが時には取り返しのつかない事態に発展することもある。清兵衛さんはその苦労の多い人生の中で、そうしたことを学びながら、己に与えられた状況のなかで懸命に生きた。
清兵衛さんは、他人が何と言おうと、己の生を全うした、生き切った。
それは決して、ただ「哀しい」人生なわけがなく、「不運」でも「不幸」でもない。
それはある意味とても充実した、とても「幸せ」な人生だったのではないだろうか。
少なくとも本人はそう思っていたに違いなく、ならば他人が勝手なことをほざこうとも関係ない。
本人がよければ、それでいいのです。
それで、いい。
一度観ていただきたい映画ですね。その上でなにを感じるかは、
あなた次第。
『たそがれ清兵衛』
原作 藤沢周平(「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」)
脚本 朝間義隆
山田洋次
監督 山田洋次
出演
真田広之
宮沢りえ
小林稔侍
大杉漣
吹越満
赤塚真人
佐藤正宏
中村梅雀
尾美としのり
伊藤未希
橋口恵莉奈
深浦加奈子
草村礼子
田中泯
丹波哲郎
岸恵子
平成14年 松竹配給
誰がなんと言おうと、己の生を生き切った。なんて素晴らしいですね。
人は完璧じゃない…。
私も私なりに生き切ってみたいな…。