お気楽忍者のブログ 弐の巻

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甲賀売薬の歴史(1)

2023年02月16日 16時00分00秒 | 忍の里 甲賀2

2月12日

滋賀県甲賀市甲賀町にある入館無料の『甲賀市くすり学習館』

甲賀売薬の製造・販売用具が国の有形民俗文化財に登録されたのを記念した企画展を見に行ってきました。

足踏み式製丸器は丸薬を製造するための装置

企画展示室

甲賀地域は古くから薬草の宝庫で、その薬草に注目したのが甲賀の飯道山(はんどうさん)周辺に居住していた山伏たちと云われています。甲賀の三霊山の山伏たちの術は甲賀忍術の起源とも言われてますね。

医薬にも通じていた山伏たちは江戸時代になると各地の神社に仕え、祈祷やお札を配る仕事をしていましたが、お札と一緒に秘伝の傷薬などを渡していたとする記録が残っています。

片手切は薬草を刻む道具

明治3年に「売薬取締規則」によって家伝秘法などと称した薬の売り方が禁止され、明治5年には修験道が廃止されたことで、お札配りでは生計が立てられなくなった山伏たちはそれまでお札を配っていた檀家に薬を売り始めて得意先を増やし、これが甲賀売薬の始まりとなりました。

薬草や薬剤をすり潰す薬研(やげん)

丸薬用薬匙

こちらは時代が進んで、ガラス製の実験道具や化学天秤、上皿天秤なども展示されてました。

明治の半ばから売薬業が本格化し、近江製剤(株)、湖東売薬(株)、新農売薬(株)などの会社が設立され、昭和18年には戦時統制令で滋賀県製薬(株)と大昭製薬(株)に集約されていきました。現在はジェネリック準大手の大原薬品工業など地元発祥の製薬会社8社、バイエル薬品やキョーリン製薬グループなどの進出企業もあります。

地元の高校にはかつて全国でも珍しい薬業科もありました(現在はバイオと化学コース)。

つづく

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