毎日、午後5時を知らせるオルゴールの音が聞こえてくると、安堵する。仕事をしているわけではないから、時間のことなどどうでもいいわけだが、それでもやっとこの後は酒を飲みながら、大袈裟かも知れないがきょうも大過なく一日を来られたと言って、それを寿ぎたくなる。それまでにも時には昼日中ビールを飲んだり、時には暴走して熱燗を飲むこともないわけではないが、しかし、この時間からはどうぞお好きなようにお過ごしくださいと誰かに言われているような気になるのだ。
昨夜は牡蠣鍋を作った。こういう料理を、明るい店の中で気の合う友人たちと談笑しながら飲んだり、食べたりしたことは、もう思い出せないほど遠い時間の向こうへ行ってしまった。今はcovid-19のせいもあるが、そもそもそういう機会を失せてしまった。こちらから声を掛けることもないし、掛けられることもまずない。
栄養の塊だと言われるカキだが、それを食べつつ楽しみにしていた1合の酒など、味わうというような間もなく、瞬く間に身体の中に吸い込まれてしまう。ビールも口中で一緒になろうと追いかけてくる。思えば一日の団居など、実に呆気ない。別段誰に遠慮することもないから、物足りないと思えばさらに燗を付けるし、ビールを追加しないわけでもないが、大体こんなもので一応済ませる。
しかし一日いちにちは、この時を頂点にしようとして暮らしているのだからささやかではあるが、おろそかにはしない。もっとも実際は、一日の半日程度が過ぎたぐらいで、その後も夜間の散歩や何かどうかあって、この頃は寝るのは大体12時を過ぎ、寝酒にウイスキーをダブルで2杯ぐらい飲む、こともある。
そうそう、この夜間の散歩も捨てられない。その途中では林の中を歩き、山裾の墓地を訪れたりもするが、そんな話をすると口の悪い者からは「呼ばれているゾ」と脅される。墓と言っても、二代か三代もすれば忘れられてしまう人たちの、一時の目印のようなものだと思っているから、不気味だとか、子供のころに感じた恐怖心はない。ただ、もし誰かに見られでもしたら、きっと腰を抜かすだろうと、その辺は気を付けて灯りは消す。
昨夜も谷間の長い陸橋を渡り、その先の高台から眼下の天竜川を中心にした盆地の夜景を眺めた。そして隣の集落を抜け、さらに天竜川の土手に出て川音を聞きながら帰ってきた。北斗七星は北東の空に柄の一部を隠したまま立ち上がろうとしているところだった。その柄の先には牛飼座の主星も出番を待っていただろう。
本日はこの辺で。