2月24日、法華道の登り口まで行くも雪はなかった。乾いた枯れ葉の埋まった山道を、スノーシューズを背負い登る気が萎えた。確信はないまま、オオダオ(芝平峠)からさらに上まで、車で強行することに予定を変えた。
「枯れ木橋」の先からは前々日の雪が積もっていたが、そこまで先導してくれた轍は諦めたのか引き返していた。上ではかなり降ったと聞いていた雪も、日中には雨に変わって水分をたっぷりと含み、さらに昨夜一晩でその表面が凍ったせいだろう、お蔭で、タイヤは薄いベニヤ板の上を走るような塩梅となり、車体が完全に沈まないため”カメ”にはならずにすみそうだった。
峠に出ると、あとは運を天に任せて危うい走行を続けるしかなかった。猟期も終わり、猟師の車や、その乱雑な轍に手を焼くことはなかったが、途中何度か冷や汗を流し、何とか1時間足らずで牧場内に着いた。そして、入笠山の登山口と長谷に下る分岐点まで来て、車は雪に隠れた窪みに前輪を落として止まった。
積雪は予想以上にあった。一望、白い世界が広がり、上空にはゾクッとするような青空があった。
その夜、炬燵の中でただ呆けていたら、酒が寒さに耐えて外に出ろと唆(そそのか)した。重い腰を上げて、冬の星座を眺めてみろと。
中天より南西に下がってオリオン座、そして冬の大三角形を構成するベテルギウス、小犬座のプロキオン、大犬座のシリウスと、これらはすぐ目に飛び込んできた親しい星たちであり、星座である。そこから双子座、ぎょしゃ座・・・、プレアデス星団を眺めながら双眼鏡を忘れたことを悔いた。しかし、それでも十分だった。広大な夜空にはヒソヒソと星々の饒舌がいつまでも続いた。何を語っているかまでは分からなかったが、もしも、艶福家ゼウス神にまつわる、最新の噂話でもしていたのだったら聞いてみたかったのだが、サテ。
管理棟に帰り、ラジオを点けた。うまい具合にバロックが流れてきた。冬の星座と宗教音楽。かつて音楽は10段階の1という評価に甘んじた者が、音楽を聞き、宇宙を眺めているという不思議。チェンバロの音が感情の深みへと誘う。そのまま落ちていく・・・。
この小屋で、こういう夜を一体幾度過ごしたことか。冬の夜の山の中、時がゆっくりと流れていく快感を、誰でもが、そうそう味えない贅沢だと分かっていた。
明るい光、そして残雪、3月の入笠・・・、知ってる?
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