One Man's Wildernes(邦訳:「独りだけのウイルダーネス」東京創元社)は、ある冬の日に、高遠の山奥で隠遁生活始めたK氏(「山奥いつもいる」氏とは別人)を訪ねた折に紹介され、即入手した。アラスカの森の中に丸太小屋を自作し、そこで一人暮らしを始めた50代の男が日常を綴った本だ。
小屋のすぐ前には「ツインレイクス」と呼ばれる美しい大きな湖があって、トウヒの森の背後に広がる極北の広大な草原は、上にゆくにしたがい勾配を強め、その頂は雪に覆われ青い空に消えている。本に紹介されている何枚かの写真が、記憶にあるアラスカの典型的な風景と一致して、蠱惑する。
彼のクラフトマン魂は丸太小屋にとどまらず、当然とは言え一人の生活を支える家具や道具類にいたるまで、日常生活の全域に及んだ。しかし、ここでその内容に深く立ち入ることはしない。話題にしてみたかったことは、彼の生活にはその記述がなく、しかしそれがなければ自分にはとても耐えられない三つのことについての疑問だ。まず酒、次に本、そして最後が風呂。
主人公は酒よりも小川を流れる水を好んだ。ムービーも撮っていたようだが、日記を記す以外に読書に関する記述は記憶にない。そして夏は沐浴ぐらいはしただろうが、入浴についても語っていない。タイトル通り自然の中での一人暮らしで、丸太小屋が完成した後もジャガイモやニンジンなどを栽培し、ブルーベリーを摘んできたり狩猟に出かけたりと、生活することに忙しい。文明への批判も忘れていないが、そんなかれが夜一息ついたとき、煙草をくゆらしたりウイスキーでも飲むといったような場面や、椅子にもたれながら読書するなどといった光景は描かれていない。しかし、そんなふうな時間の過ごし方は、この男にはなかったのだろうか。彼がアラスカの森の中で一人暮らしを始めたのは1968年、今から半世紀近くも昔のことである。
遅い春、白夜の夏、そして短い秋は、周囲の自然や動物たちによって一人暮らしは癒され、慰められたようだが、太陽の昇らない極寒の夜、酒も飲まず、本も読まず、何が彼の孤独を救い、支えたのだろう。時間はふんだんにある、この冬の間に再読してみよう。
さて、多少は変人・奇人の部類に入るだろうことは認識している。しかし、入笠の冬の夜は、凡人らしく酒を飲み、美味い物を食べ本も読み、冬山の孤独の甘味も同時に味わいたいと願っている。音のない、雪に埋もれた管理棟にいて。
山小屋「農協ハウス」の冬季営業に関しましては、11月17日のブログをご覧ください。