入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’22年「夏」(45)

2022年07月30日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 午前7時、雲ひとつない青空が拡がっている。その中をたくさんのトンボが舞い、まるでもうここには、次の季節である秋が来たような気さえする。気温22度、昨日は27度くらいまで上がった。きょうもそのくらいにはなるだろう。
 都会でどういう気象分析が行われたのか、また一つ撮影予定が延期された。こっちとしては意外な判断だった。大雨だ落雷だ、それはこんな小さい島国でもどこかでそういう災害の危険はある。起こる。ただそればっかりがやたら強調されるから、都会の猛暑の中では悲観的になるばかりだろう。

 われわれは夏の夜空を眺めて、やれ天の川だ夏の大三角だなどと言て、知っている星座を指さし、それで満足する。しかしかんとさんのような星の狩人ともなればそうはいかない。観察機器を準備し終えるまでには3時間くらいをかけ、幾本ものケーブルを繋ぎ、CPの調子を調べ・・・、見ているだけで疲れてしまう。
 そして待望の好条件を待つわけだが、大体は心憎い雲に邪魔される。それでも耐える。今は夏だから寒さはそれほど気にしなくてよいが、レンズがベットリと夜露に濡れる。冬季は気温が零下20度近くまで下がる中、それでもカメラを長時間露光の状態にして、目的の星や星雲を追い続けさせる。
 それに加え、僚友TBI氏はそうでもないが、かんと氏には公表を憚る弱点がある。雨男なのである。それもかなりひどいと言わざるを得ない。
 だから唯一氏にだけは予約不要の特権を進呈して、いつでも予約をせずに来るようにとお願いしてある。そうであれば、天もかんとさんの接近、来牧に気付かず、雨雲の用意が間に合わないかも知れないという窮余の策なのだ。
 冗談はともかく、観測はその条件が非常に限られている。月を対象にした場合でも満月は光が強過ぎる。観測に適した新月の前後は、1ヶ月に幾日もあるわけではない。それに天候の善し悪しが絶対的、必須的条件として加わる。
 もちろん観測場所は重要である。美しい夜空を売りにしている観光地もあるが、たとえそこへ行ったからといって、今呟いたような理由で、いつでも必ず星の世界を旅することができるわけではない。
 天体写真に興味のある人はカテゴリー別の「入笠牧場からの星空」をご覧ください。もちろん、かんとさんの渾身の作品もあります。
 
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 本日はこの辺で。明日は沈黙します。 
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     ’22年「夏」(44)

2022年07月28日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

    Photo by Ume氏

 午前6時、気温18度、朝日が部屋の中に入ってくる。太陽の光が、まとわりついていた雲の塊を押しのけるかのように、段々と青空の領域を拡げ始めた。まだ熱帯低気圧がどうだとか、台風がああだとか、いろいろと後付けの言い訳を天気図は残しているが、もう我慢ができない、梅雨が明けたことにしたい。
 今後どれほどの嵐が来ようが、豪雨が襲おうが、当牧場は僭越ながら本日7月28日をもって、気象庁よりか約1ヶ月遅れて、梅雨明け宣言を発して、その旨を作業日誌に記すことにした。

 都会ではカルガモの親子が道路を横切ろうとすれば、警官が出て鳥の親子の列を守る様子が報道される。微笑ましさ、猛暑の都会に一服の清涼感がある。
 昨日、林道を走っていると、車の前にヤマドリの親が3、4羽の子を連れて歩いているのに出くわした。先日も同じ光景を目にしたばかりだ。
 親子は一瞬明らかに動揺し、必死で逃げようと前をバラバラになって走る。そのうち逃げきれないと思った親がわずか数メートルばかり空を飛び道路脇の草叢に逃げ込んだ。すると1羽の子もようやく自分の飛翔という能力に気付いたらしく、親とは反対の5㍍くらい先のクマササの茂みに向かって飛んだ。続いて、やはりその後を追うように他の2羽も同じ方向に羽をバタつかせて空中を飛び、まるで落下するようにして草陰に姿を消した。
 
 ヤマドリやキジの活動域は、トビとかワシのように大空だとばかりずっと思っていた。ところがここで仕事をするようになって、あの種の鳥たちはあまりニワトリと変わらず、危険な地上が主たる活動の場であることを知った。空を飛ぶのは余程の場合で、しかもその飛翔能力は極めて限定的である。
 あれでは簡単にキツネや他の動物の餌食になってしまいそうだが、いまだ種が絶えてしまったわけではないのだから、それなりに生き続ける方法があるのだろう。やがてまたヤマドリの親子は合流でき、より安全な場所に落ち着き安堵しているとよいのだが。
 
 弱肉強食、野生動物にすれば、その頂点に人間がいると思っているに違いない。つまり、われわれがライオンやグリズリーのような猛獣を怖れるように、彼らはわれわれをそれ以上に怖れているというわけだ。
 確かに、孫を抱いて目を細めている同じ目がライフルのスコープから、囲いの中を狂ったように逃げ回る鹿を狙い、外さない。見ている側は整理の付かない気持ちを、偽善者の苦い思いを、毎度のことながら飲みこむ。

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 本日はこの辺で。 
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     ’22年「夏」(43)

2022年07月27日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 夜来の雨が止んで辛うじて太陽の位置が分かる程度の曇天の朝。午前6時、鳥の声が聞こえてくる。この天気も、しかしあまり長く続きそうもなく、午後を待たずにまた雨になるだろう。いつの間にか大分低い所まで霧が降りてきている。

 昨日、第1牧区の塩場へ行ったら、その西の斜面に乳牛の群れがいた。そして、遠くの御所平に和牛の群れが見えた。いい展開だと、取り敢えず和牛に気付かれないように、下から見上げているホルスやジャージーに塩をやることにし、まず声による誘引を始めた。ところが、牛たちはいったん近付くふりをしたがそれだけで、斜面を上がってくる様子がない。そのうち白樺などの生えている雑木林の方へ移動を始める始末。折角、和牛に邪魔されないうちに、優先して塩を与えようとしていた牛守の気持ちが通じないらしい。
 ならば仕方ないと、クラクションを鳴らし、御所平の和牛を呼ぶことにした。それでも、この群れが来るまでには時間がかかると、それまでの間に態度のはっきりとしない乳牛を呼ぼうとするのだが、先日の撮影の時のように素直な態度を見せない。逡巡している。
 気が付くと、御所平にいた和牛の姿が消えていた。ということは、少し時間はかかるがこちらの誘導に反応していることは間違いないようだ。彼女たちが向かっている作業道にその姿が現れるのを待ちながら、同時に優柔不断な乳牛の群れにも注視していた。すると、牛の吠える声が下から聞こえてきた。



 なんと驚いたことに、和牛の群れは作業道を通らず、もっと厄介な林や沢を抜けて、最短距離を選びこっちに向かっていた。先程耳にした咆哮はその中の1頭が上げたものだった。
 以前に、雄牛のマッキー(正式名:雪豊)がいたころは、やはり誘引に応じ、群を率いて森の中の最短距離を地面に落ちた枯れ枝をバキバキと踏み鳴らしながらやってきたものだったが、同じような光景を見て嬉しくなった。昨日呟いた「気紛れ」はあの牛たちのためにも訂正したい。犬並みの調教が、やはりできていたのだ。大満足。

 今朝、囚われの鹿の他に、一昨日捕獲した6頭の鹿を殺処分をした。雄だと思っていた囚われの鹿は、雌だった。見送ってやれなかったイギリス人のAからは、礼の電話があった。

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     ’22年「夏」(42)

2022年07月26日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 高い空をトンボが1匹飛んでいる。あんなところで何をしているのだろう。人も大空をあんなふうに飛べたらどんなに愉快だろうか。そうなればもう、わざわざ苦労して高い山に登って眺望を楽しむ必要もなくなるかも知れない。
 ただ、カラスや椋鳥のように、多くの人が空の一隅に鳥の群れのようになって浮いていたら、それはそれでどんなものだろう。不気味なだけでは済まないかも知れない。生活形態は激変し、陸上競技は競技数を減らすことになるだろう。人が空を飛べないのは、もしかすれば天の配慮、人類に対する深遠な理由が隠されているのかも知れない。

 予約をしていた外国人が来た。「どうやってここを知ったのか」と聞いたら顔をしかめて手を振った。話すのが早過ぎたと思いもう一度聞いた。そしたら「ゴンドラに乗って・・・、」どうも通じない。電話では「わたくしは日本に長く暮らしているので日本語が分かります」と言ったのに、どうした。
 それで昨年の夏に、フランス人が来た時以来の英語を使った。54歳、イギリス人。旅が好き。だが、二日家を空けると泣きだす幼い一女の父。壁に貼ってあったジョン・クラカワー原作の映画「Into the wild」の主人公の写真を見て、この映画を見たと嬉しそうに言った。それがきっかけで、映画の舞台であるアラスカの話題になり、グリズリーの話にまで発展した。
 彼はいま入笠山に行ってるが、キャンプ場も牧場もかなり気に入ってくれた。友人にも教え、本人もまた来ると言って牧守を喜ばせた。

 大雨の予報が出ていたから牛への給塩を控えていた。午後3時、まだ降りそうにない。昨日は2群になっていた牛たちがきょうは一緒になって御所平にいた。声を掛ければ群れはついてくるが、そうしなかったから動かなかった。まるで犬並みの調教ができているのか、偶々動こうとしなかったのか。多分牛たちの気紛れもあるだろう。これから上に行って、空模様を見て、そこで塩を与えるかどうかを決める。
 そういえば、春に刈ったススキがまた徒長してきた。刈ればかるほど増えるような気がする。頭数を減らさない鹿や、当たらない天気予報と同じく、忌々しい。

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     ’22年「夏」(41)

2022年07月25日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 穏やかな夕暮れがまた牧に戻ってきた。気温20度、薄く引き伸ばした真綿のような雲と、青空、そしてその下方に灰色の重たげな雲の塊が幾つか浮かんで見えている(この呟きときょうのPHは関係ない)。
 梅雨という病からまだすっかり回復は出来てはいないような空模様だが、それでも短い夏の到来を感じさせてくれている。左手後方、後立山の辺りから手前に広がる広い雲海の上に穂高の峰の一部が見える。
 正面には東の車山から霧ヶ峰の平原が、そしてさらにその向こうにも平板な美ケ原が北方の空間に広がっている。
 毎夏、二つの高原には都会の夏とでも言いたくなる華やかな雰囲気が誕生し、十代の田舎者の目を眩しくさせてくれたものだったが、しかしそれもすでに半世紀以上も前の記憶で、今のことは知らない。

 囲いから第1牧区へ移した牛たちは、和牛とF-1が同じ畜主の群れに加わり、他は囲いの中で出来た仲間、2頭のジャージーを含む乳牛の群れに1頭だけ和牛が入ってもう一つの群れを形成している。こういうふうに2群に別れた方が牛たちにとっても気が楽で、特にホルスやジャージーは横暴な和牛に気兼ねなく過ごすことができるだろう。
 囲いの中の囚われの鹿は脱出の機会を逃し残留した。その鹿が、再度仕掛けに触れる可能性を想定の上で、一昨日に罠を仕掛けた。そしたら、今朝罠のゲートが落ちていた。やはり、囚われの鹿に邪魔されたのかと思ったらそうではなかった。まだ頭数は確認していないが、少なくとも罠の中に5頭は鹿の姿を数えた。そのうちには落ち着くだろうが、今は脱出できそうな場所を必死になって探っている。警戒心も強い。このまま週末まで置いておくには、いつもながらのことだけれども少々逃亡の不安を感じる。
 
 牧の朝はその冷涼な大気が人を清新な気持ちにさせ、そして夕暮れの牧は、一日の終わる安らぎに満ちた深い平安に誘ってくれる。どちらに軍配を上げたらよいかと迷うところだが、それでも夕暮れの牧の、あのえも言えない寂しさの混ざる空白感の方を、わずかな差だが推す。
「満点!」と叫んで昨日、最後に2名の女性が帰っていった。きょう旧知の一組の夫婦が帰れば、またここには誰もいなくなる。いや、と思っていたら、きょうからまた1名の外国人の予約が入っていたことを思い出した。
 撮影、キャンプ、牧場と忙しい対応がしばらく続いた。そして朝夕の甲乙つけがたい爽快感をようやく味わえる短命な季節を迎える。昨夜も夜中に夏の星座を眺めた。

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