入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’21年「秋」(42)

2021年10月25日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 今朝9時の気温4度、今にも雪でも降ってきそうな曇り空だった。今は雨が降っている。少し気が早いかも知れないが、きょうの天気からは初冬を思わせるような侘しさを感じている。

 紅葉に関しては昨日もUme氏と、いつもの年とは大分様子が違いはしないかと話したばかりで、初の沢の大曲がりの紅葉や、オトトイタ氏が鹿の観察にしている場所から見える7,8本のカエデだかモミジも赤茶けてしまい、今年はいつもの紅葉を諦めることになるのだろうか。
 きょうの写真はつい最近撮ったもので、この木は例年と変わらず期待通りの紅葉を見せてくれている。しかし、幾つか指標にしている牧場の内外のモミジやカエデは、艶やかな色合いを見せられぬまま落葉を迎えそうで気になる。
 
 花札ではないが、モミジとくれば鹿のことも呟いておきたい。まず誘引を続けている囲い罠については、牛が下牧してからほぼ1ヶ月近くになるのに、鹿が中に進入している形跡はない。やはり、牛と一緒に罠の中に迷い込んだあの5頭の鹿のせいだろうか。注目している。
 牛の放牧を控えた第3牧区は、常に100頭から時には200頭を超える鹿によって牧草は食べ尽くされてしまった。その他の牧区にも多数の鹿が里に下らずにいまだに繁殖を兼ねて居残っている。あの数の雌鹿が来春に子を出産すると考えれば、空恐ろしくなる。
 先日テレビで南米のどこかの国で、外来種のカバがたくさん住み着くようになってしまって、取り敢えずは個体数をそれ以上増やさないための対策として、何と「ゴナコン」という避妊薬がカバの身体に撃ち込まれている映像を見た。大いに驚いた。
 カバに使う避妊薬があるなら、鹿にも使える薬がありそうなものだが、ないというのだから不思議だ。あの避妊薬は液体で、注射器のような形状の物が腿の辺りに刺さっていた。液体の薬を粉末状にすることはそれほど難しいのだろうか。あるいは鹿に応用することが。
 粉末の避妊薬についてはその使用方法案をすでに呟いてあるが、とにかく入笠牧場についてはもう、鹿対策として銃や罠で駆除する段階はとっくに過ぎている。国にも県にも獣害対策室はある。行政はどこまで実態をつかみ、その対策に努めているのか、いろいろなややこしい事情もあるのだろうが、是非とも聞いてみたい。

 M田さん久しぶり、元気にしてますか。本日はこの辺で。
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     ’21年「秋」(41)

2021年10月23日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など
 いつもより早く起きて、ゆっくりと山道を上ってきた。実は昨日も里に下った。重要な連絡が入ることになっていたのに携帯を忘れてしまい、止む無く午後の5時前に家に戻ることによって何とか事なきを得た。



 牧場の北門の少し手前で林道は大きく迂回する。その時に振り返ったら、遠く台形をした美が原の上部が白くなっているのが見え少し驚いた。標高では入笠とそれほど違いはないが、位置的にはここより3,40㌔北にあるから雪の訪れも早いのだろうと考え、その時はさほど気にしなかった。ところが、入笠山の山頂が見える場所まで来ると、雲で判然としないまでもどうも雪が降ったような白い物が目に付いた。
 もしかすれば雪ではなく、白く見えたのは霜のせいかも知れないと思いつつ気になって、わざわざ大沢山まで行ってみた。しかし、そこからでもはっきりとしない。今も権兵衛山の北の斜面はまだ白い粉をまぶしたように見えているが、霜と思えば霜のようだし、雪と言えば雪のようにも見える。
 用事があってマナスル山荘の本館に出掛けた際、昼時の忙しさでてんてこ舞いしていたS子さんに聞いたら「霜」、だと答えが返ってきた。雪か霜かの判定を彼女に委ねるのも面目ない話だが、雪なら日陰に少しぐらいは残っていそうなものだし、きょうはそういうことにした。



 周囲の森や林が色付き出すと、新緑のころと同じように樹種によってその違いが分かるようになる。黄色でも、赤でも、その色合いは微妙に違う、いや、大きく違うこともある。例えば今見えている白樺の葉は黄緑色が黄色に変わりつつある段階のようだし、落葉松の葉はまだ金色に輝く一歩手前と言えばいいのか焦げ茶色に近い。コナシの葉は1ヶ月以上も前から落葉しているがこの葉は黄緑、黄色、茶色と、1本の木に乱雑、強引に夥しい数の枝を伸ばした結果、その始末をつけかねているように見えたりして嗤う。
 いち早く赤く色付いた山桜の葉はすでに散った木が多く、芽吹きのころ、白い清楚な花を咲かせる時、そして渋い朱色の葉に代わる時も加えて、山桜は3回も変化する。そしてどれも美しく、それでいて一歩控えて派手さはない。このごろになって、鮮やかな黄色の葉を見せつける細身の木も気になるが、名前は知らないままだ。
 この牧の周辺に樹木の数がどのくらいあるのか想像もつかないが、その中で知っているのはあまりにも少ない。樹種により木々の葉の色合いが違うなどとウソブクのは僭越至極、赤面の至りだ。野鳥もそうだが、野花に樹木、図鑑を拡げては恋しい相手を探しあぐねて時は過ぎていく。
 本日はこの辺で。
 

 

 
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     ’21年「秋」(40)

2021年10月22日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 昨日用事が出来て里に帰った。今朝来る時に見たら、西山には冬が近付きつつあった。経ヶ岳には雪はまだだったが、その山肌は一段と赤味を増して、紅葉が日に日に山を下りてくる様子が伺われた。また、それより標高の高い西駒や空木岳は薄っすらと冠雪し、恐らくあれが根雪になるのだろう。
 この天竜川の西に連なる山脈は、中央アルプスと呼ぶよりかも、小さいころからずっと呼び慣れた「西山」の方が馴染み深く、耳に心地よい。同様に西山の主峰「駒が岳」は木曾でなく「西駒が岳」である。「ふたつのアルプスに挟まれた」が伊那市の枕詞としても使われるように、両駒ケ岳は、南アルプスの方を「東駒」、中央アルプスにあるのは「西駒」と古老から教えられ慣れ親しんできた。であれば、軽々にそれらの名前を片仮名語などでは呼びたくない。
 
 牧のことを措けば、気になっているのは家の柿の実と赤坂狭の紅葉だが、柿の実にはまだ椋鳥は来ていなかった。まだしばらくは大丈夫だろう。何でも種平小屋の奥方が、熟した柿の実を利用して酢だか何だかを作りたいという申し出を承っている。その彼女と今朝来る時、赤坂狭で偶然に出会い、柿の実については状況を伝えておくことができた。
 種平小屋はここでも時々紹介しているが、赤坂狭から山室川を右に渡り、そこに流れ込む「栗立ち川」に沿って上って行けば最奥にある。古道・法華道の赤坂口でもある。
 因みに法華道はこの荊口の赤坂口と、さらに山室川の上流にある芝平の諏訪神社からも登り口があり、二つの古道は、御所平近くで合流している。どちらであれ一度でも訪れたらその静まった古道の趣に魅了されるはずだが、あまり訪れる人はいない。喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
 
 もう一つの気掛かりなのが荊口の赤坂狭から始まる紅葉で、これは毎年見逃したことがない。今のように、上でばかり暮らしていると気が気ではないが、今日見た限りではまだもう少し先のようだ。この山室川に沿った紅葉は、赤坂狭ばかりか人気の絶えた芝平の廃村に至る辺りでも見掛けることができ、それらを燃えるような激しい、秘められた姫君の恋になぞらえたらよいのか、はたまたあの集落を捨てた人々が故郷へ寄せる熱い思いの象徴と見たらよいのか。ともかくもあの紅葉を目にすれば、美しさいうよりかも散りゆく寸前の訴えるような激しさを感じてしまう。
 
 赤羽さん、有難く通信落手しました。そんなふうに受け取ってくれる人が一人でもいれば、有難いことです。かんとさんは、品行方正の見本のような人ですが、さらに日ごろの行いに気を付けて来て雨男を返上していただけたら幸いです。待ってます、クク。
 本日はこの辺で。
 
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     ’21年「秋」(39)

2021年10月21日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

                     Photo by かんと氏
 
 久しぶりに真夜中の2時半、今夜は強い酒を湯で割って飲んでいる。少し前、月明かりに誘われて外に出てみたら初霜が降りていた。西の空に傾きかけた月の光はまだ衰えていなかったが、それに代わって中天にはオリオン座が見えていた。今年もひと冬を、あの星座を眺めながら夜の散歩を繰り返すのだろうか。
 気温は昨夜の段階ですでに零度まで下がっていた。キャンプ場の排水弁を開け、管理棟の台所の水も流しっ放なしにしておいたが、10月はまだ10日もあるというのにこんなことをしたのは過去に記憶がない。
 そういえば、牧を閉じるまでに残り1ヶ月となった。いくら長い秋を望んでみても、季節は確実に過ぎていくようだ。

 午前6時。戸外の2個ある温度計はどれも零下4度を指し、それだけでも充分なのに初霜が今朝の寒さをさらに上塗りしていた。星の消えた空には帯状に幾筋もの雲がたなびき、薄赤色の朝焼けはきょうの好天を約束してくれているのだろうか。
 この寒さのせいだったか珍しく、ついに眠られぬまま夜明けを迎えた。ストーブを点けたというのにまだ背中がすうすうとする。今週末、キャンプの予約が1件だけ入っているが、都会の感覚で来ると酷い目に遭うのではないかと気になる。いざとなれば小屋を利用できるのがここの強みだが、そんなことを知っているのかどうか・・・。
 covid-19のせいで、キャンプの人気が高まっているという報道を何度か目にし、耳にした。随分と贅沢三昧のキャンプ場もあり、サウナ風呂まであると聞いて驚いた。人を呼ぶため、売り上げを上げるために、あの手この手の努力も分からないわけではないが、一過性の人気で終わらなければ良いのだがと思う。

 近年薪ストーブの人気が高まっていると聞く。一冬それを使用するとなれば、すでに薪の準備は当然終えただろう。まだガスなどなかった子供のころは、南裏に薪の山を積んだものだった。大根や、野沢菜などの漬物はどうだろうか。それほど多くはないが、友人知人に干し柿やリンゴを送って貰う手配もしなければならない。
 気象予報士はこの寒さを11月並みだと言っていたが、いつもよりか早い冬を迎えることになるのかはまだ分からないものの、忙しい里の様子を想像しながら、前年の作業日誌などを参考にして残り1ヶ月の予定を立てなければならない。そういう時季が来た。
 本日はこの辺で。
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     ’21年「秋」(38)

2021年10月20日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 すでに昼近くだというのに気温は5度、ここ2,3日の間に山は急に寒くなってきたようだ。ここまで下がると、11月を待たずに水道の心配をしなければならなくなる。

 ススキというのは不思議な植物で、野焼きをしたり、草を刈ったりすればするほどさらに増えるような気がする。追い上げ坂などその典型で、何年か前に野焼きをしてからは、やたらに増えるススキの鋭い葉に牛の乳房を傷付けないようにと、毎年春と秋に草刈りを余儀なくされている。
 きょう、その草刈りをしながらススキの繁茂する原因について改めて考えてみた。そして、はなはだ面白くないが、ススキがあそこまで増えたのはまさしくこの草刈りにあるのだという自分なりの結論に至った。この時季ススキには白い花穂が付いている。草を丁寧に刈ればかるほど、その穂は落下の途中、草に邪魔されずに大地に落ちることができる。ということは、わざわざススキのために草地を整備改良しているようなものだと考えたのだが、さてどうだろうか。
 それに、草を刈る時期も、ススキ穂が秋風にそよぐ今の時季は相応しくないと思った。と言うのも、今春牛の入牧前に刈った草地は比較的ススキの繁茂の程度が抑制されていて、秋になっても白い穂はそれほど生えてこなかった。どうやら、この時季にススキを刈るということは、もしかすれば一生懸命にススキの種撒きをしているのと変わらないかも知れない。
 来春になれば、きょうの草刈りの結果が分かる。春季の草刈りは避けられないだろうが、それでも結果次第では秋の草刈りは控えるべきだということが、きっとハッキリするだろう。
 それにしてもここの牧場も他所の廃止された牧場のように、牛が上がってこなければ早晩ススキの生い茂る草原か、実生から生えた落葉松の林になってしまうだろう。そうなれば、ここの景観も大分変ってしまうというのに・・・、ムーン。

 19日の夜、入笠は激しく雨が降った。ところが北アや中ア、南アや八が岳は雪だったと、里から来た人に教えられた。
 この時季になってもまだ撮影の下見・ロケハンがあって、都会から来たその人は「寒い、寒い」を連発するばかりで、雪を纏った秀麗な富士山を見てもあまり関心を示さなかった。で、少し尖がった。
 本日はこの辺で。
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     ’21年「秋」(37)

2021年10月19日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

           北原のお師匠(左)と「遠照寺」松井住職
 
 昨日は、開創1200年になる名刹「遠照寺」の住職・松井上人とご子息に当る副住職も来訪し、法華道の一部の草刈りをした。発案したのはご存知北原のお師匠で、師と長女のYさん、孫のMさんも加わり、それに不出来な弟子も参加して総勢6名となった。師は監督役ながら、御所平から峠までを立派に往復した。
 いつのことかは知らないが、何でも御所平峠から御所平へ下る法華道が草に覆われてしまっているのを目にし、以来師はそのことをずっと気にしていたらしい。今や御年90歳を超え、さすがの師も以前のように一人だけでは何ともかなわず、荒れるに任せるしかない山道を思い浮かべては一人悶々としていたらしい。
 しかしそれで終わらぬのが師の恐るべき執念で、古道整備の思い昂じた挙句、ついに畏れ多くも松井上人を口説き落してしまったらしい。なぜ遠照寺であり、松井上人かと言えば、これには若干ながら理由がないわけではない。
 まず、遠照寺は法華道と深い縁のある日蓮宗の古刹である。1472年、身延山久遠寺十三世の日朝上人が布教のため伊那谷に入り、遠照寺は同上人により日蓮宗に改宗した。その折、高座岩にて「七日七夜の題目を唱座」したと「芝平誌」伝えられているが、その高座岩のある場所が遠照寺の飛び地であることを発見したのは、法華道の復活に奮闘していた北原のお師匠である。
 この辺りのことは、この独り言でも触れてある。興味があれば、カテゴリー別「法華道と北原師」を読んでいただきたい。
 あの程度の草刈りなら、かつて師がやっていたように、「歩くよりも速く草を刈る」と大法螺を吹いている弟子が一人でやっても大して手はかからなかっただろう。師の懸念の深さに思い至らなかったわが不徳をここで詫びておくしかないが、まあ師としては、あの法華道を何とか後世に残すために、麓にある日蓮宗系列の寺とその檀徒に託したいという思いがあったのだろうと推測している。昨夜「やっと気が晴れた」と、電話を掛けて来た。

 昨日、5人と一緒に軽トラで第1牧区を通ったら、遠く後立山の峰々が冠雪していた。17日に降った雪で、槍や穂高はまだだった。調べてみたらナント昨年も作業日誌に、18日「北ア、中ア、八が岳初冠雪」とあった。これからの高い山は、悪天になれば中高年には相当の危険が伴うことを承知しておくべきだろう。
 
 その作業日誌には同日「草刈り、調教」ともあり、昨年は残留した2頭の和牛がいた。もう「Autumn Leaves」は歌ってやれないけれど、懐かしく思い出した。本日はこの辺で。
 
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     ’21年「秋」(36)

2021年10月18日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など
 先週末、久しぶりに家に帰ったら郵便箱に1冊の本が届いていた。本の題名は「リタイア、そしてアラスカ」、著者は旧知の井上きよし氏。60代にして長年経営していた学習塾をたたみ、一念発起して文字通りアラスカの荒野を目指した。すでにその体験記を私家版「オヤジは荒野を目指す」で著わし、この独り言でも同書の紹介をしたことがある。今回それに手を加え、改めて題名を一新し、「文芸社」から出版したという次第のようだ。


 
 著者との付き合いはここ入笠牧場が縁で、氏の方がかなり古くからここのキャンプ場を利用していたと聞いている。蝶々に詳しく、また渓流釣りを趣味とする都会育ちの自然派と言えば、当たらずとも遠からずではないだろうか。
 同書の内容についてはまだ精読してないのであまり立ち入ることはしない。ただし、この本はいわゆる紀行文の体裁を取りながらもそれだけで終わってはいない。実はもう一つ、この旅での体験に突き動かされた著者ならではの決意、目的が綴られている。
 作家新田次郎には「アラスカ物語」という、異郷の地であるアラスカを舞台に、波乱に満ちた一生を送った日本人、安田恭輔(=フランク安田)を描いた作品がある。アラスカには何度か出掛け、それなりの思入れはあったが、それゆえにと言ったら良いのか、この本のことは知っていたが読んではいなかった。
 井上氏が旅の途中、この本に触発されてフランク安田の眠る地を訪れ、荒れ野に放置された彼の墓に詣で、さらに「朽ち果てた交易所(同書より)」を目にする。そして、逡巡を重ねた末、その修復を決意することになる。そのくだりが「リタイア、そしてアラスカ」には切々と描かれていて、読者の胸に伝わってくるはずだ。
 フランク安田については未読だった新田次郎の「アラスカ物語」を読み、彼の歩んだ数奇とも言える生涯、人となりを詳しく知った。
 
 井上氏はこの交易所を修復するために、「リタイア、そしてアラスカ」を出版するのと前後して「フランク安田交易所保全基金事務局」を立ち上げた。この本を読んでみて関心を持った人、賛同できる人、応援したいと思う人は下記に問い合わせれば、詳しい案内が入手できるはずだ。
   
  〒192-0373東京都八王子市上袖木1122-8、Eメール:ilovewell0323@gmail.com、
  電話:042-677-0994、責任者:井上潔

 牧守を辞めたらもう一度、あの荒涼としたアラスカの原野へ行くことになるのか、本日はこの辺で。
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     ’21年「秋」(35)

2021年10月15日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 コナシに朝日が射し始めた情景、早朝の第3牧区で偶々目にした。撮影の予定が近くであったため、動線を決め、その整備に訪れた後のことだったと思う。今ではなぜこんな写真を撮ったのかよく説明ができないが、しかしそれは、実景とこの写真との間に大きな落差があるからだろう。実際は1枚撮ってみたいような気にさせられたのだから。
 一昨日はひどい天気だった。昨日は少し回復し、きょうは快晴となった。「嘘のように」と言い方があるように、昨日は「渋い」と呟いた周囲の景色が今は「嘘のように」輝いて見える。まだ枯れない牧草の緑と、樹幹が目立つようになった背後の赤茶けた落葉松の林、そして青い空、どこかから鹿の鳴く声や、小鳥の声まで聞こえてくる。まさに絶好の秋日和だ。

 今回の撮影もまだ発表前のため、制作者側との約束により詳細については呟けない。できることと言ったら、せいぜいが撮影状況ぐらいで、と言って、ここでそれを呟いてみても聞くに値するとは思えない。とにかく準備、撮影、撤収に4日をかけ、その間には激しい雨で続けることができるか危ぶむ声も聞くと言った、苦労の多い仕事だった。
 作品化したものはそういうことを語らないが、この仕事の多くは地味で、骨の折れる、長時間に及ぶ肉体労働で、長い時間をかけて機材の撤収が終わった最後の夜、その分かれ際、翌日からはまた別の仕事が入っていると、若い制作担当者は当然のように言っていた。今ごろ彼らはまたどこで、新しい仕事に肉体と神経をすり減らしているのだろう。さんざん吠えたが、最後はいい別れができた。

 裏番長が種平小屋へ行くと言って立ち寄ってくれた。丁度頭を刈るためスポンポンになっていたので、かなり慌てて衣服を着、失礼のない対応をした。実に久しぶりだった。今年の越年には、イッコク番長も一緒に出掛けて来るかも知れない。
 また、彼女と同じく鹿嶺高原から来たという女性の単独者にも会った。このごろ、こういう人を目にするが、女性の単独が流行っているのだろうか。

 これから14日ぶりに家に帰る。里までの山道、少し遠回りしてのんびりと秋を楽しみながら下る。本日はこの辺で。
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     ’21年「秋」(34)

2021年10月14日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 渋い秋、季節がここまで進むとそう言いたくなる。焼合わせのツタウルシの紅葉もそろそろ終わりかなと思いつつ、幾日ぶりかで用事があってその先の池の平(メド淵)まで行ってきた。かなり落葉してしまって、確かに「燃えるような」と言うな時季は過ぎていたが、それでもまだ主役の座を守ろうとしているのか気丈な赤い葉が、霧の立ち込めたあの落葉松の林を飾っていた。
 また途中の座頭の谷では、いち早くツタの「黒紫」色が目立ち、ウルシやハゼも燃え始めていた。モミジとカエデの区別はよく分からないまでも、緑の葉が枝先から少しづつ赤く染まるように、あの人の言葉でなら「匂うように」一歩遅れて色付き始めていた。

 今年も15日から千代田湖・オオダオ(芝平峠)間が通行止めになり、千代田湖からは未舗装の千軒平経由で来るしかない。また、いつも通勤に使っていた荊口、芝平を抜ける山室川沿いの道も、小豆坂トンネルが工事の為通行止めになるらしい。この山道を行くには高遠城直下を右折し、白山トンネルを抜けてまず美和ダム近くの非持に迂回し、それから長谷、山室と来て小豆坂トンネルから来た道と合流することになる。
 こうして文字にしていても混乱するほどだから、果たして他所から来た人が入笠まで安気に秋を楽しみながら来ることができるのだろうか。また、伊那側から入笠へ来るための二つしかない道(現在戸台からは通行止め)を、なぜに今年も、しかもこの時季に、同時に通行止めにしなければならないのか全く理解ができない。
 確かにこれらの林道は10数㌔に及ぶ長さで、行政が予算繰りに苦慮したり、段階的に進めるしかないことは分かる。凍結の時季を避けるために、工事請負業者は少しでも早く工事を始めたいだろう。
 しかし、富士見側は交通規制下に在って通行が制限されている今、これらの工事は一体何のためなのだろうか。行政の思惑は別にあるかも知れないが、取り敢えずは伊那側から入笠へ入山する人たちのためと見ていいだろう。富士見側から比べたら、まだ入山者の数は圧倒的に少なくも、深まる秋を楽しみにして訪れる人たちの中には、この伊那側の経路を利用する人たちもそれなりにいる。
 毎年のことながらあまり無粋なことばかりせずに、もう少しこうした要件も検討した上で、関連する各部署ともよく連携して工事を進めてもらうことはできないだろうか。

 赤羽さん、Ume氏には通信を伝えておきました。喜んでいました。
 入笠牧場の山小屋、キャンプ場は只今営業中です。本日はこの辺で。 


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     ’21年「秋」(33)

2021年10月12日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 赤く色付いたヤマブドウの葉に、小さな鳥がまつわるように飛んでいるのが目に付いた。そばを通り過ぎようとしたら、鳥と見えたのは1本のクモの糸に絡んだコナシの葉で、それが風に吹かれて揺れていたのを見間違えたのだった。最近ではどこへ行ったのか野鳥の声もあまり耳にしない。
 そういえば野鳥ばかりか、鹿の姿も4,5日前からあまり目にしなくなった。日が昇るのが一番早い第2牧区の放牧地には20頭、30頭の群れならいつでもいたが、目にすることがなくなった。囲い罠の入り口には誘引用の塩を置いてあるが、それにも近付いた形跡はない。
 われわれには勘づくことのできない季節の進み方、変化を感じ、あの幾つもの鹿の群れは里へと暮らしの場所を移しつつあるのか、いやそれもだが、囲い罠から逃げていった5頭の鹿が、罠には近付いてはいけないと教えたのだろうか。
 
 とにかく季節は間違いなく進み、秋は深まるばかりである。きょうは悪天の予報だったが、有難いことに外れ、何とか濡れずに撮影は進んでいる。監督からは「本当に美しい景色の中で撮影ができて」と声を掛けられた。晴れている時とは違い、曇り空の方がこの季節らしいしめやかさがある。

 
                                      
 昨日はその撮影が2本重なり、1本はまだ今日も明日も続く。精神的に気を揉むことが多く、それで非常に疲れる。しかしこれ以上愚痴めいた話になるのを抑えて、Ume氏が先日仙丈岳で撮ったこの2枚の山岳写真を紹介し、代わりに多くを語ってもらうことにした。
 
 里にはまだ帰れないが、一段落したら家の様子も見に行かねば。本日はこの辺で。
                                       

                                     
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