入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’18年「冬」 (31)

2018年12月11日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

   冬ごもりするつもりでいても、上との縁がなかなか切れない。炬燵から這い出し、背中をすぼめ、冷え切った車内で車を動かすのはそれなりの決断力が要る。きょうは午後になって天気は下り坂に向かい、夜は雨がふるようだ。そうなると入笠は、雪になるかも分からない。明後日は、天気さえ良ければ星の狩人が最低でも1名は来る。かんと氏である。もし今夜雪になっても、これまで12月中に伊那側より車で上がれなかったことはないから、まず大丈夫だろう。      芝平の数少ない住人の中には冬の間、どこか別の場所で暮らす人もいるようだが、それでもあの廃村に住み着いた10人にも満たない人たちがあそこで冬を越す。元住人の話を聞けば、とにかく寒いと言う。そうだろう、気温はここらよりもさらに低く、川は凍り、山は眠る。雪はいつまでも残り、さらに今では点在する廃屋が侘しさをより募らせる。本当に住めば都だったか分からないが、それでも芝平の歴史は古く、人々の営みの歴史は数百年を優に遡ることができる。きっと「都」だったのだろう。今となっては、どういう事情からあんな辺鄙な土地に人が住み着いたのかもう分からないが、そういうこともあって余計に関心を、土地にも、人にもずっと感じてきた。 今、F氏から預かった黒部の戦後間もないころの「伊藤正一写真集 源流の記録」を眺めていても、そこに写っている人々に親近感を覚える。特に、野生の人たちの中に女性が一人、両手を腰に当て堂々と立っている姿を目にすれば、できればその写真の中に入っていき、どんな事情があってそこにいるのかと尋ねてみたくなる。彼女が美人かどうかは分からないが、多分そうだろう。笑っているように見える。生きていれば90歳ぐらいだろうが、三俣小屋との関係や、どういう人生だったかを聞いてみたい。      自分の裡にある、平凡で変哲もない感覚を超えた人たちのことをあれこれと想像して、冬ごもりの無聊を癒している。芝平のかつての住人も、黒部の「山賊」と呼ばれた人々も、もちろん一緒にはしないが、幾冊かの面白い本にも負けないという気がする。  そういうわけで「冬の営業案内」をご覧ください(下線部を左クリックしてください)。予約は早めに頂ければさいわいです。

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     ’18年「冬」 (30)

2018年12月10日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 白神山地が世界遺産に登録された際、一般の人の立ち入りできない森がかなりあると知り、軽い反撥を覚えた。それよりももっと昔、中アの千畳敷にロープウェイが開設されて間もないころ行ってみたら、登山道以外には立ち入るなと拡声器を通して注意する大きな声が、終日圏谷に響き渡り辟易した。
 あまりに単純過ぎたと今は恥じるが、自然と人の間に高い塀を設けて規制するのには反対だった。今でもそういう気持ちがないわけではないが、牧場の管理を任されるようになって、大分その考えが変わった。野放図を宗旨とするような者でも、少しは学習し、保護ということの重要さを経験の中で痛感した。自然にとって人間は、大切な家屋の土台を齧るシロアリのようなもので、それと比べったら鹿など可愛いものだと分かった。
 昨日は主に第1牧区のことを例として呟いたが、第3牧区、第4牧区そして国有林の中にある第5牧区も人間天国化の前に、今ある自然環境を守る、という大前提で考えていくべきだと強く思う。さもなければ、どこにでもある、ありきたりな観光地ができ、早晩廃れていくだけだろう。別荘地、スキー場、温泉地と、例ならあちこちにある。
 活性化、振興、開発、さんざんと聞いてきた。実際に成功している観光地もあるようだが、それを良いことにびっくりするような宿泊費に値上げした所もあると聞くと呆れる。観光は産業と呼ばれるくらいだから、経済と不可分な関係にあることは理解する。しかし、後者が勝ち過ぎるのは考え物だ、違和感を覚える。富士山も上高地も夜空も誰かの所有物ではない。にもかかわらず限られた人たちだけが利権を手にし、観光地化を進め、お題目だけは地域振興ではとても賛成できない。
 観光振興策についてはいろいろな考えや目的はあろうが、開発する側でなく、あくまで自然を守る側に今後も立っていきたい。それで言いそびれたが、共用林野の第5牧区は、JA上伊那から管理の手が離れたら、ぜひ、伊那市が借り上げるなどして管理を続けていってほしいと願っている。その理由はまだここでは内緒にしておくが、知っている人は知っている。
 どのように牧場内に人を受け入れるか、具体的な考えや方法については今後も、折に触れ呟いていくつもりだ。
 
 昨日牧場へ行ったら、昼でもマイナス5度だった。今週末はふたご座流星群がやって来る。金曜が最大級だとか、星の狩人たちは集まれ。
 
 Fさん「源流の記憶」と心尽くしの品、拝受しました。お礼の言葉もありません。感想は越年の夜の話題にしましょう。O里さん、それは残念至極です。かんとさん、了解しました。

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     ’18年「冬」 (29)

2018年12月09日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 管理棟の前を北に向かう作業道がある。キャンプ場のトイレを右手に見てさらに進むとゲートがあり、現在はこれより奥には一般の人は立ち入ることはできない。この作業道は、御所平よりもさらに奥の山林伐採やその木材運搬に使われたと聞いているが、途中大きく2回ほど曲がりながら第1牧区へと通じ、終わっている。
 この第1牧区も、第3牧区と同様に中ア、御嶽、乗鞍、そして北アと続く山並みが一望できる。セガンティーニの数々の牧場の絵にも負けないような"天空の園"が待っていて、しかも牧柵からあまり遠くない位置に展望に持って来いの小高い丘がある。標高1千807メートルの三角点がそこには埋められている。この丘の周辺を、一般に開放したらどうかという提案である。丘は大きく木の柵で囲い、第2牧区の「岩のある台地」から吊り橋を設け、人はそこを通て行くことになる。
 これは、長年胸に温めていた案で、前にも呟いたことがあるが、吊り橋なら風景をあまり汚さないこと、それにもし牛がいても邪魔にはならない、費用的にもそれほどとは思えず、話題性もある。またここへ至る作業道の他に、手ごろな近道を用意することもできる。

 以上は一例に過ぎない。実現するかしないかも分からないが、こういうふうに牧場を残して人の天国化に移行させていく方法はまだまだある。

  急用が出来、きょうはここまでで中断します。

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     ’18年「冬」(28)

2018年12月08日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 2年後には牧場は大きな転機を迎えることになると思う。それに関して土地の所有者である伊那市と、現在も牧場として管理運営を続けているJA上伊那との間でどんな話し合いが行われているのか定かではない。行われていないかも知れない。牧場管理人でしかない立場で、アレコレここで独り言ちてみたとて仕方ないと分かるが、一方それでも衰退していく牧場を見続けてきた者としては、これまで考えてきたことを呟いておきたいという気持がある。それを、「思い入れ」と言ってもいい。

 遠くない将来、牧場は牛の天国から人の天国に変わると思われる。問題はその変化の仕方である。50年後の森林を考える伊那市だから、同じように入笠の将来についても性急にならず、長い時間の中で捉えていって欲しいと願っている。幸い牧場は牧区と言って区画化されているから、人間のための天国化を牧区ごとに、段階的に進めることを考えてみるのもいいと思う。
 その線で進めると、入笠牧場には7牧区ある。第1から第4までの4牧区は伊那市の所有地ながら、他の3牧区は国有林で、「共用林野」に位置付けされている。伊那市が所有する草地面積は大雑把であるが約100ヘクタール、森林も含めれば150から200ヘクタールくらいになる。この中に森や林、渓流もある。
 今年は入牧頭数が少なく、放牧は第1牧区のみで終わった。昨年は雄牛(種牛)がいたため、第1と第4の両牧区を使ったが、頭数的には2,30頭だった。第1に至る途中の第2牧区は地形的にも牛の管理が難しく、放牧地としてはできたら使いたくない牧区である。入笠山と対置して、大沢山を中心にした第3牧区は最も広い牧区になるが、ここ1,2年は使っていない。CM撮影などに使われる「貴婦人の丘」はこの牧区に属している。入笠山登山口にも近いといった地の利もある。
 ではまずその第3牧区を、と考えるかも知れないが、ここの牧区の人間天国化は簡単にはいかない。晴れていれば中ア、北アを一望にできる素晴らしい放牧地だが、ここに人を受け入れるにはその前に、牧区の特徴をしっかりと把握した上でないと、取り返しのつかないことになる。一大名所になることは間違いないから、じっくりと時間をかけ、相当の準備や、管理方法をしっかりと検討する必要がある。また、いずれは夕日の名所とするにしても、できればしばらくは、「貴婦人の丘」は屋外スタジオ的な目的に特化しておきたい。入ってくる撮影料が捨てがたいからである。
 その前に、まずは第1牧区を牛と人の天国として併用することができる案がある。(つづく)

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     ’18年「冬」 (27)

2018年12月06日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 きょうの写真、右から道路に覆い被さるように伸びたミズナラの太い枝、いつも通るたびに伐り落としてしまおうと思いつつ、今もこうして長い枝を張るに任せている。伐るには、樹幹から伸び出した枝の位置が微妙で、足場を作るのも厄介で工夫が要る。伐れば当然路上に落下するから、その配慮も必要となる。また見ようによったら、敢えて伐るまでのことはないと迷ったりもする。特に今のように葉を付けていない時には。
 チェーンソーを扱う仕事や、一人でやらなければならない枝打ちは、時にかなりの危険を伴う。そんなこんなで、まるでこっちの躊躇しているのを見透かし、挑発でもするかのように見えるこの枝は、実に悩ましい相手だ。
 
 先日のOtsuki氏の夕焼けの写真を目にした人の中には、腕の疼く人がたくさんいたと思う。いても不思議ではない、あれだけの美しい場所だから。ただあそこは牧場の一部であるから、当然、許可なく立ち入ることはできない。それについて不満をこぼす人もいた。揉めたこともある。それでも、牧場には戦前から続いてきた長い歴史があり、その役割があるのだから、安易に引くわけにはいかない。現在、牧場の管理運営しているのは「上伊那農業協同組合(JA上伊那)」で、2006年にかつての地主であった高遠町は伊那市と合併としたため、以後土地の所有者は同市に移った。
 ここでも何度も呟いているが、近年牛の入牧頭数が激減し、県下の三大公共牧場の一つに数えられていた入笠牧場は、大きな曲がり角に立っている。そうした中で、多くの考えや企画は生煮えでしかないが、この機会を捉えて観光地開発を目論む人たちがいる。一度そういう会議に出席させてもらったこともあるが、ただ失望して帰ってきた。あまりにも現地の状況を知らないまま、机上の夢物語を言い散らかすだけで終わってしまったからだ。
 確かに入笠は、有力な観光資源になりうる。それは誰よりも強く感じている。またそうでなければ、CMや映画の撮影地として使われることもないだろう。問題は、あれだけの自然環境を守りつつ、どうやったら訪れた人たちに「今ある感動や、喜び」を味わってもらえるようにするかということだ。2頭を追うのだ。もちろん、簡単なことではない。それでも、商業主義に堕した、ありきたりな観光地になぞはして欲しくないと、切に思う。人工物が自然と融和するには時間を要し、それが荒廃する時間は早い。(つづく)

 O里さん、喜んで承知しました。なお、来牧に際しては事前に連絡をください。待ってます。

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     ’18年「冬」 (26)

2018年12月06日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 里にいると、さすがに呟くことに戸惑いを覚える。意欲が落ちる。もっとも、新聞も週刊誌も月刊誌も一応目を通すから、巷のことに関してなら呟くどころか、吠えたくなることも多々ある。ただし、政治経済については主義主張いろいろの人がいるだろうし、この独り言の趣旨から離れ過ぎるから措く。
 
 そこでまずITとかいう最近の通信機器、こうして世話になってているが日々翻弄され、その不満ならどのくらいでも言える。これほど使用者の血圧を上げてしまう商品があるだろうか。車を買ったら、ハンドルとブレーキペダルは自分で作って装着しろ、というようなもので、売る側も、何だかたくさんの書類を押し付けることに精一杯、必死なだけ。質問しても返ってくる説明では、日進月歩の商品の知識などにとても追い付けているとは思えない。「オペレーターのサービス向上のために録音云々」だと、電電公社時代の残滓をしっかりと残した残党が、サービス向上などと言えばその偽善性を嗤うワ。先日買ったiPhone XS、今膨大な紙の束を改めて見ればガラスフイルムが驚きの3千300円だと。「アンナモノが?」だ。買って1年少々のこのPCも充電できなくなって、どこかの部品とバッテリー交換を強いられ大枚を払わされた。しかしこれは、使用者でなく、製作者側の問題ではないのか。きょうも手を焼かされているけど。
「いいかなと思います」、「大事かなと思います」と、やたら「かなかな」が付き、断定を避ける昨今の風潮も気にい入らない。「大事だと思う」と何故言えない。最近では、政治家までが口にするから嘆かわしいばかりだ。ついでに片仮名言葉がやたら使われるのも面白くない。IT業界がその代表だが、Be動詞の活用もろくに知らない厚塗りまでが、「コラボ」だ「フェスタ」だと得意気に言うな。
 もう止めるが、自分の連れ合いを呼ぶのにも「オクさん」だと。「カミさん」もどうかと思うが、亭主はいつから奉公人になってしまったのかい。堂々と「妻」と呼び「女房」と囁き、「家内」とかしこまればいいじゃないか・・・。駄目? フムー。
 以上、本日は牧場の管理人ではなく、冬ごもりを始めた因業オヤジの呟きでした。

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     ’18年「冬」 (25)

2018年12月05日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など






 第2検査場のコナシの大木が倒れているのがずっと気になっていた。密生していた葉が散ってからでなければ、ジャングルの中に入っていくようなものだと控えていたが、その時期も過ぎ、このままにしておいたら木は死んでいないから来年にはまた葉が生えてきてしまう。今やっておかなければ1年先送りとなるがそれも面白くない。それに、伐った木は一冬の間に枯れてあとの作業が楽になる。ちょうどチェーンソーの歯を新品に替えたばかりだからと、それで上に行ってきた。もう、あの検査場を実際に使用することはないと思いつつ。
 行く前に山奥氏に電話した。氏も前から挑戦したい大木があるとかで、時間があればついでにそっちもやっつけてしまおうと思ったからだが、9回呼んでも出ないので電話を切った。と、すぐに折り返しの電話が入り、すぐに切るなと文句が始まった。で、言ってやった。「9回鳴らしても出なければ、普通この世界ではだれでも電話を切る。おたくさまは一体どこの世界のお人か」と。宇宙人でもあるまいに。

 まあ、いつものやり取りで、夜になったら電話が入った。何でも8時間もかけて大木を処理し、その後風呂を沸かすのが面倒なので水風呂に入り、サッパリしたところで酒を飲んでるところだと大ご機嫌だった。親切な人で、ドラム缶の蓋をたがねで切っておいたから都合の良いときに取りにこいとか、こういう方面に疎いことを知っていてよく面倒を見てくれる。有難い人が山奥に棲んでいて本当に助かる。本日のご無礼はここで詫びておこう。「XXXXX」。

 帰り、諏訪神社の前で義弟の車に乗った北原のお師匠にも会った。入笠が、師のことを呼ぶらしい。

 赤羽さん、松前漬けの季節が来ましてかね。伊勢で伊勢エビ釣りをしない人と、東京で東京ラーメンを食さない人と、どっちの比率が高いかなど・・・、海老の方ですか。何でも知っている山奥氏に今度尋ねてみます。好みなら、ラーメンに軍配ですけれど。お師匠と同姓のひろみさま、そう言っていただけると励みになります。お子さまたちもここのことを覚えていてくれて嬉しい限りです。また通信ください。

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     ’18年「冬」 (24)

2018年12月04日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

 
 この時季、朝は暗いうちに起きて、夜は暗くなってから帰ってくる。片道38キロ、約1時間15分の通勤時間をかけて通った牧場の仕事だが、昨日でひと段落した。不思議な偶然と言うべきか、納金のために立ち寄った東部支所に併設された葬儀場で、その日、前任者のMさんの葬儀が執り行われることを知った。確か80歳で牧場を去り、それから12年、90歳を超えていたはずだ。あの人にとって、牧場を辞めてからの歳月は長かったのか短かったのか、いずれは辿る同じ道だけに感慨深くそんなことを考え、黙礼した。

 冬ごもり初日。実はやれやれといった安堵感なぞない。それよりも、人気のない管理棟や山小屋、さらには牧場の風景がやたらに浮かんできて落ち着かない。もう少しすれば里の生活にも慣れるだろうが、今は百姓が漁船にでも乗せられたような心境だ。5か月の"籠り"の間に読もうと用意した本なら充分あるし、フラフラとどこかへ何日かの旅をするだけの用意もしてある。ところがそういうことを考えても、いまひとつ気が乗ってこない。サイベリアはおろか地蔵峠を越えて秋葉神社へ参詣することすらも、天竺のように遠い。
 それともう一つ、この独り言だが、もう散々なほど呟いた。昨夜の夢では、正にそれを誰かにたしなめられたくらいで、日々の恥多き饒舌は眠っていても絶えず気になっていたようだ。以前にそんなことをある人に相談したら、入笠の伊那側からの情報発信はあまりに細いから、中断せずに続けろと言われた。加えて昨日、御料林の石票に触れて、それを教えてくれた神足勝記の研究者O里さんからも即通信が届き、読んでくれているとあった。
 そんなわけで、呟きは寝言にかわるかも知れないし、情報と言っても雨が降ったとか、雪が降ったとか相も変らぬ徒し事ながら、続けていきたいと思っている。入笠へも、芝平や山室川の谷を通り、できるだけ行くようにしたい。

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     ’18年「冬」 (23)

2018年12月03日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 我慢にがまんを重ねていた空が、遂に泣き出した。と、思っていたら青空が見えてきた。おかしな空模様だ。それほど悪天にはならないだろうとは予想して、上がってきた。電牧の冬対策を終えて、とにかくも牧場のことは一段落したかった。
 
 牛がいた時にはそれほどでもなかった第1牧区には、驚くほどの鹿の落とし物が目に付いた。8千ボルト前後の高圧電流を流していてもあの有様では、鹿に対する怒りとともに徒労感も湧く。管理する者にしたら、電牧の立ち上げや冬支度はそれほどの負担ではないが、保守には手がかかる。電牧下の草刈り、通電状態の点検、倒木の処理等々だが、その中でも草刈りは特に悩ましい。テイ沢と同じように、闘う主たる相手はクマササで、ここでも植生を変えようと奮闘してきたつもりだが、道遠しの感は続く。
 ところで、電牧の効果が全くないとは思わない。鹿も、藪やクマササの中に自分たちが作った歩きやすい獣道を利用するが、歩きやすさからすれば、きれいに草刈りされている電牧の周囲が一番だろう。しかし、そこには足跡も落とし物もない。牧場に侵入する全ての鹿が8千ボルトの高電圧に感電してるとも思わないが、電牧の恐ろしさは(方法は分からないが)、充分に伝わっているように思える。それでも空腹を前にしては、背に腹は代えられないということか。



 電牧の近くで古い石票が目に留まった。「御料林」と呼ばれ、現在は国有林になっているが、かつては皇室の所有地であることを示すために設置された石の標識である。この石票を目にして、御料林の歴史に詳しいO里氏のことを思い出した。氏は実地調査のため、戸台からここまで20キロ以上を徒歩でやってきた。研究熱心な一念の人。

 S藤さん、通信拝読。冬のここも気に入っていただき喜んでいます。また是非お出かけください。K山さん、越年の予約しかと受けました。もっと日が迫ってきた段階で、こちらからも連絡します。

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     ’18年「冬」 (22)

2018年12月02日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Otsuki氏
 昼頃まではこれ以上ない好天だったが、午後になって冬の寒さが牙をむき出しそうな懸念がある。実はきょうが前から呟いてきたCM撮影の本番で、始まるのは昼ごろになると思う。昨日、種々の準備や試験は済んでいる。「一人で主演を張れるような女優、男優」も来るらしいが、そういうことは全くの門外漢で呟きようもない。また、いつものように守秘義務に縛られるため、ここで詳細を語ることはご法度となっている。ただ、大きな仕事であることは分かる。
 一つ面白いことを言えば、彼ら彼女らの出演の準備や後のことは、この山小屋並びに管理棟の10畳2室が使われる。「時代遅れ」などと言ってはいるがそれなりに小屋も管理棟も、健気な働きをしてくれている。前回の映画の撮影では、管理棟内にある風呂まで沸かし女優2名、その後に湯を入れ替えて男優1名も入浴し、喜ばれた。当牧場や山小屋の知られざる魅力、実力、まだまだ。
 ともかくこの後のことは追って呟くことにして、独り言はしばらく中断。





 そしてすべてが無事に終わった。まきばに夜が訪れ、人は去って、静寂がかえってきた。いつまでも虚脱感に浸ってばかりいないで帰ろう。近日中にやり残しの電牧を落とせば、それで今年の牧場の予定していた仕事は終わる。
 
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