ぬえの能楽通信blog

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根津美術館で―虎屋の雛人形と雛道具―展

2006-03-08 03:48:50 | 日本文化
この記事は ふゆさんがミクシイに書かれた日記を読んで、せっかくの機会だから、と思ってこのブログでもご紹介させて頂きます。情報さんくす>ふゆ

根津美術館で『雛祭り ―虎屋の雛人形と雛道具―』と題された展覧会が開催されています(4/9まで)。虎屋さんの雛人形の豪華さは有名で、画像は美術館のサイトでも一部見ることが出来ます。

根津美術館~展覧会のご案内

ここで能に関係する点と言ったら、ふゆさんも指摘されていましたが「五人囃子」についてでしょう。

もともと雛人形というのは天皇家の婚礼を模したもので、「お内裏さま」という名前がすでにそれを表しているし、その「お内裏さま」かぶっている冠の「纓(えい)」が多く垂直に立ち上がっている「立纓(りゅうえい)」である事も、これが天皇である事を意味しています。

纓をつけた冠は能でも「初冠(ういかむり)」という名で『井筒』『杜若』『融』『玄象』『須磨源氏』などのシテや『花筐』の子方にも広く使われる公家の男子を表す冠で、能では纓は後ろに垂れ下がった「垂纓(すいえい)」か、纓を丸めた形の「巻纓(けんえい)」の二種が使われます。前者は文官の用で、後者は武官の用、と有職で定められていたもので、武官が「巻纓」なのは近衛兵として警護するときに、有事の際には纓が邪魔にならないようにまとめておいたのでしょう。さらに武官は「老懸(おいかけ)」と称する馬の毛で作った扇状のものを両頬に着けます。雛人形では下段の「随身」が武官の姿ですね。在原業平は武官だったので、能の『井筒』や『杜若』で業平の形見の冠として巻纓・老懸を着用するのはこういう理由からです。

さて天皇は文官と同じ垂纓を着用していたものが、江戸期には文官とは別格にするためだったのでしょう、天皇だけは「立纓」を着用するようになりました。雛人形の「お内裏さま」はまさにこれなのですが、実際には天皇も以前の通り「垂纓」を着る場合もあって、雛人形でも「垂纓」のものも多いのです。

こうして見ると、雛人形は最上段に新郎・新婦がぼんぼりを従えて座し、すぐ下にはそれにかしずいてお酌をしたり世話をする「三人官女」がいて、その下には典礼音楽を奏する「五人囃子」、さらに嫁入り道具の数々がそれに続き、下段には婚礼の御殿の外で警備をする「随身」、部屋に運び込めない大きな嫁入り道具~箪笥とか鏡台、さらにはそれを運んだ牛車が庭前に控えている。。という図式が見えてきます。女の子が生まれた際に雛人形をあつらえて飾るのは「幸せな結婚」を祈念する両親の気持ちの表れなんでしょうね。

で、「五人囃子」なんですが、この虎屋所蔵の雛人形では雅楽を奏する伶人の姿です。笙・篳篥・龍笛の三管に鞨鼓・楽太鼓を入れて五人。上記の通り宮廷の婚礼なのだから、これが本来の形なのですが、近来 我々が普通に頭に思い描くのは打楽器を持った「五人囃子」の面々でしょう。これは能の囃子方の姿で、笛・小鼓・大鼓・太鼓の四人に、楽器を持たずに扇を構えている人がひとり。。これは謡を謡っているのです。江戸期以後、能が幕府の式楽となってから、雛人形もその影響を受けて変わっていったのでしょう(仄聞するところでは関西では雅楽の五人囃子の方がいまでもポピュラーだとか。。ホントですか?)。

虎屋さんは羊羹で有名な和菓子の老舗で、この豪華な雛人形を所蔵しているのですが、なんでも長らく一族に女の子が生まれなかった、とかで飾る機会がなくお蔵にしまわれたままの状態だったのが、それではもったいないので数年前に赤坂の本店で展示された事がありました。今回の根津美術館での展示は、それらの機運が高まって実現したのでしょうか。いずれにせよタイムリーな企画ではあるし、眼福まちがいない展示なので、ご都合のつく方はぜひ観覧をお勧めします。

ところで雛人形について、別の考察があります。これも面白いのでちょっとご紹介。

元来、人形というのは すなわち「ひとがた」で、人間の身代わりとして災難を一身に引き受けるもの、という考えがあります。「流し雛」なんてのはその好例で、「災いの神」を「神送り」する神事だった、というのです。この習慣と豪華な雛人形とは、ちょっと結びつかないよなあ、なんて ぬえは考えていたんですが、それについて ぬえに教えてくれた方がありまして。いわく「雛人形も節句が済んだらすぐに仕舞わないと嫁に行きそびれる、なんて言うでしょう?」。。つまりしまう事がすなわち川などに「流す」事に通底するんだという。。雛人形ももとは立ち雛や紙雛だったらしく、廃棄される事が前提だったらしい。なんだか恐ろしい。。

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