ぬえの能楽通信blog

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陸奥への想い…『融』(その8)

2013-09-09 13:51:11 | 能楽
後シテの登場囃子の「出端」は太鼓が入る登場音楽としてはもっとも一般的なもので、急テンポの勇ましい役にも通用するし、反対に荘重にも、静かな登場場面にも用いられ、表現の幅はかなり広い囃子ですね。『融』の後シテは貴公子然として、テンポとしては中間的なものからやや速く、そして上品に打たれます。

後シテ源融の装束は初冠、面=中将または今若、襟=白二、着付=紅入縫箔、指貫、単狩衣または直衣にも、縫入腰帯または白腰帯、融扇または童扇にも、というもの。襟を白二枚というのが本三番目の曲に準じる高貴な役柄を表しています。

面は中将が決マリ…なのですが、じつは中将という面はなかなか名品がない面なのですよね。妙にヤニ下がったような面が多くて…選択は難しいところです。同じようなことは「十六」や「泥眼」にも言えることだと思います。

直衣は狩衣の腰の部分の左右が欄と呼ばれる布でつながった有職装束で、『融』では普通は狩衣を用い、小書がついた場合に直衣を着る事になっています。。とはいえ実際には有職の直衣には袖に括り紐はないようで、袖に露紐のついた能装束の直衣は有職では「小直衣」と呼ばれるもののようです。着付の縫箔は赤地のものを着るのが普通ですが、これは直衣の場合の有職の着付けにも合っているようですね。

狩衣、直衣とも『融』には白地を選ぶことが多いですが、それに合わせて腰帯は赤地を選ぶのが普通です。「曲水の宴」が連想される舞なので、腰帯にも菊の文様や菊水を縫ったものを選ぶことも多いです。

扇はこの曲専用の「融扇」というものがあって、それは妻紅に秋草を描いた扇なのですが、略して秋草のみの扇にも、またこれも「曲水の宴」の連想なのでしょうが、菊水を描いた童扇を使ってもよいことになっています。実際には童扇は童子の役の持つ扇という印象が強いので、あまり好まれませんで、かえって妻紅の扇がもともと三番目能と同じ、女性的な性格を表しているので、鬘扇のうち花の丸など中性的な扇を選ぶこともあります。

「出端」に乗って登場した後シテは舞台に入りシテ柱先でヒラキをして謡い出します。

後シテ「忘れて年を経しものを。又いにしへに帰る波の。満つ塩釜の浦人の。今宵の月を陸奥の。千賀の浦わも遠き世に。その名を残すまうちきみとワキへ向き。融の大臣とは我が事なりとヒラキ。我塩釜の浦に心を寄せと正へ直し。あの籬が島の松蔭にと右ウケ遠くを見。明月に舟を浮べと二足出て拍子踏み。月宮殿の白衣の袖もと正へノリ込拍子。三五夜中の新月の色。千重ふるやと行掛リ。雪を廻らす雲の袖と角へ行き左袖を頭へ返し
地謡「さすや桂の枝々に
と袖を払いながら左へ廻り
シテ「光を花と。散らす粧ひ
大小前にて片左右、正へ出
地謡「ここにも名に立つ白河の波の
とサシ廻シ
シテ「あら面白や曲水の盃
と脇座の方へ出ながら扇開き、シテ柱へ行き左膝ついて水を掬いあげ
地謡「受けたり受けたり遊舞の袖
と両手で扇を持ち正へ出右へノリ、下がりながら扇をたたみ立拝。

これにて『融』の眼目の「早舞」となります。