そこで急遽 鐘中で本面の使用はあきらめて「控エ」の面を掛けることを余儀なくなった ぬえ。でも村上さんの作になるこの「般若」は ぬえも気に入っていますし、また稽古の段階からの長いつきあいの面で本番の舞台を勤められたのだから、良しとすべきなのかもしれませんですね。
終了後の夜 村上さんに電話したところ、後シテが掛けていたのが自分が打った面だということはすぐに気づいたのだそうです。。で、もちろん「事故よ起これ~」と念じていたわけでもなかったそうです。。信じよう。(^_^メ)
ま、実際のところ終演後におずおずと師匠のところへ角の折れた本面の「般若」を持参したところ、「あ、やっぱり折れたか。それ、昔の海外公演の時に角が折れてしまって。。修理はしたんだけどやはり弱かったか」と、きわめて冷静なお答えだったので、地黄はやはり村上さんの呪詛が原因ではなかったらしい。
その後も ぬえは何度か村上さんの面を舞台で使っております。師匠からも次第に信頼を得て、村上さんも上達していかれたと思います。そうして村上さんも ぬえの師家の月例会の番組が発表されると ぬえが舞う曲をチェックされておるらしく、その曲の稽古に入る頃、決まって村上さんからご連絡を頂きます。「今度勤められる○○という曲に使う面を作ってみました。よろしければお稽古の際にでも使ってごらんになりますか?」そうして面を拝見すると、これが毎度、よくまあ、ぬえが描いているイメージを見透かしたような面がそこにはあります。
面は、同じ種類。。名称の面であっても「型」と言っていくつかのタイプに系統が分かれる面もありますし、それ以上に面打ち師の個性によって、同じ種類の面でもかなり印象が異なる面があるのです。演者は演出意図によってそれらの面の中から最もふさわしい面を選ぶので、たとえば ぬえの師家でも「増」の面は30面ほどもあるのではないかしら。あるいはそれ以上の所蔵があるかもしれません。その中からその日の上演意図にもっとも似つかわしい面を選ぶので、ひとつの種類の面を、それ1面だけ所蔵していてもあまり意味がないのです。面を選ぶことは、もっとずっとデリケートな作業なのですよね~
村上さんがどうやって ぬえの意図を察知されるのかはわかりませんが、ぬえのために用意された面は、稽古どころかそのまま舞台にまで ぬえのお供をしてもらうことがしばしばあります。村上さんとはなんだか良い関係をずう~~~っと保ち続けているような気がします。
さて話は戻って『殺生石』。(やっとか。。)
この曲を ぬえが勤めさせて頂くことが決まってすぐ、ぬえは師家の名物面のような存在のこの「野干」を使わせて頂くことを目標にすることにしました。そのような大切な面ですから拝借させて頂けるかどうかは微妙で、さりとて上演の半年も前から師匠にその相談をするのも憚られ。。そのうえこの「野干」は非常に特殊な風貌をもっていますので、通常『殺生石』に使う「小飛出」とくらべての使い勝手もよくわからず。。本当に「野干」を使うことをイメージしながら稽古を進めてよいものかどうか、当時はかなり悩んでおりました。
ところが、そこで思い出したことには、かなり以前になりますが、師匠からの依頼で村上さんはこの「野干」の写シを作っていたのです。それを思い出した ぬえはすぐに村上さんに連絡を取ったところ、案の定、その時の写シは複数打たれてあって、その1面は村上さんのもとに所蔵されているとのこと。早速お願いをして、村上さんから「野干」の写シを拝借することにしました。
この後 ぬえはこの「野干」の写シを使って稽古を進めていきました。やはり「小飛出」とはかなり使い勝手が違いますね。この「野干」を使わせて頂いて稽古できたことで、ようやく『殺生石・白頭』の後シテのイメージが作り上げられてゆきました。
終了後の夜 村上さんに電話したところ、後シテが掛けていたのが自分が打った面だということはすぐに気づいたのだそうです。。で、もちろん「事故よ起これ~」と念じていたわけでもなかったそうです。。信じよう。(^_^メ)
ま、実際のところ終演後におずおずと師匠のところへ角の折れた本面の「般若」を持参したところ、「あ、やっぱり折れたか。それ、昔の海外公演の時に角が折れてしまって。。修理はしたんだけどやはり弱かったか」と、きわめて冷静なお答えだったので、地黄はやはり村上さんの呪詛が原因ではなかったらしい。
その後も ぬえは何度か村上さんの面を舞台で使っております。師匠からも次第に信頼を得て、村上さんも上達していかれたと思います。そうして村上さんも ぬえの師家の月例会の番組が発表されると ぬえが舞う曲をチェックされておるらしく、その曲の稽古に入る頃、決まって村上さんからご連絡を頂きます。「今度勤められる○○という曲に使う面を作ってみました。よろしければお稽古の際にでも使ってごらんになりますか?」そうして面を拝見すると、これが毎度、よくまあ、ぬえが描いているイメージを見透かしたような面がそこにはあります。
面は、同じ種類。。名称の面であっても「型」と言っていくつかのタイプに系統が分かれる面もありますし、それ以上に面打ち師の個性によって、同じ種類の面でもかなり印象が異なる面があるのです。演者は演出意図によってそれらの面の中から最もふさわしい面を選ぶので、たとえば ぬえの師家でも「増」の面は30面ほどもあるのではないかしら。あるいはそれ以上の所蔵があるかもしれません。その中からその日の上演意図にもっとも似つかわしい面を選ぶので、ひとつの種類の面を、それ1面だけ所蔵していてもあまり意味がないのです。面を選ぶことは、もっとずっとデリケートな作業なのですよね~
村上さんがどうやって ぬえの意図を察知されるのかはわかりませんが、ぬえのために用意された面は、稽古どころかそのまま舞台にまで ぬえのお供をしてもらうことがしばしばあります。村上さんとはなんだか良い関係をずう~~~っと保ち続けているような気がします。
さて話は戻って『殺生石』。(やっとか。。)
この曲を ぬえが勤めさせて頂くことが決まってすぐ、ぬえは師家の名物面のような存在のこの「野干」を使わせて頂くことを目標にすることにしました。そのような大切な面ですから拝借させて頂けるかどうかは微妙で、さりとて上演の半年も前から師匠にその相談をするのも憚られ。。そのうえこの「野干」は非常に特殊な風貌をもっていますので、通常『殺生石』に使う「小飛出」とくらべての使い勝手もよくわからず。。本当に「野干」を使うことをイメージしながら稽古を進めてよいものかどうか、当時はかなり悩んでおりました。
ところが、そこで思い出したことには、かなり以前になりますが、師匠からの依頼で村上さんはこの「野干」の写シを作っていたのです。それを思い出した ぬえはすぐに村上さんに連絡を取ったところ、案の定、その時の写シは複数打たれてあって、その1面は村上さんのもとに所蔵されているとのこと。早速お願いをして、村上さんから「野干」の写シを拝借することにしました。
この後 ぬえはこの「野干」の写シを使って稽古を進めていきました。やはり「小飛出」とはかなり使い勝手が違いますね。この「野干」を使わせて頂いて稽古できたことで、ようやく『殺生石・白頭』の後シテのイメージが作り上げられてゆきました。