雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のエッセイ「辞世の時」 第十回 夏目漱石

2014-01-17 | エッセイ
 夏目漱石は、43歳の時に、療養先で800gの吐血をしている。 これは胃潰瘍であったが、貧血の為に意識を失い、30分間、瞳孔は開き、脈拍は無く、顔色は蒼白だった。 
漱石が、強いて右に寝返りを打ち、金盥(かなだらい)の中の自分が吐いた鮮血を確認した彼にすれば5~6秒間の連続した動作であったが、妻に、「そうではありません、寝返りを打って意識がなくなり、30分後に気が付いたもので、その30分間は、死んでいました」と、聞かされて吃驚(びっくり)する。 漱石は、死とは斯様(かよう)にも果敢(はか)ないものかと思った。

   ◆饅頭に 礼拝(らいはい)すれば 晴れて秋

 辞世の句ではないが、漱石はこの句を詠んだ24日後に亡くなっている。

 以前から文通をしていた富澤敬道(24歳)と鬼村元成(21歳)という雲水(うんすい=修行僧)が、神戸から上京してきた。 漱石は、自宅に泊め、東京や日光を見物をさせ、二人は一週間ほど滞在して帰っていった。
 漱石の妻鏡子が「どこででもご飯の時には手を合わせて礼拝します、食べ物の文句はないし、何を出しても気持ちよくどっさり食べると言うふうなので、その偽りのない、あけすけとした、しかし単純の内(うち)に礼儀と感謝の念のこもっているのが、いたく夏目を感心させた…」と、語っている。 
 その貧しい雲水から、お礼にと送ってきた安物の饅頭に、漱石は頭を下げて礼拝したいような心境になったのだ。 

 やがてまた大吐血した漱石は、枕元の娘に「泣いてもいいよ」と言い、顔を拭いて貰った看護婦に「ありがとう」と、言って息を引き取った。  享年49歳であった。

        (原稿用紙3枚)

第一回 宮沢賢治
第二回 斉藤茂吉
第三回 松尾芭蕉
第四回 大津皇子
第五回 井原西鶴
第六回 親鸞上人
第七回 滝沢馬琴
第八回 楠木正行
第九回 種田山頭火
第十回 夏目漱石
第十一回 十返舎一九
第十二回 正岡子規
第十三回 浅野内匠頭
第十四回 平敦盛
第十五回 良寛禅師


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