雑文の旅

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猫爺のエッセイ「辞世の時」 第一回 宮沢賢治

2014-01-06 | エッセイ
 宮沢賢治晩年の詩である。 タイトルは「眼にて云ふ」 語っている相手は花巻病院長「佐藤隆房」氏である。 口内でがぶがぶ血がでているのは壊血病で歯齦出血を起こした時のことで、医師が散々手を尽くしたが止まらず、最後に烙白金(ジアテルミー)で腫瘍を灼いて治療した。

   だめでせう  とまりませんな
   がぶがぶ湧いてゐるですからな
   ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
   そこらは青くしんしんとして
   どうも間もなく死にさうです

   けれどもなんといゝ風でせう
   もう清明が近いので
   あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
   きれいな風が来るですな
   もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
   秋草のやうな波をたて
   焼痕のある藺草のむしろも青いです
   あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
   黒いフロックコートを召して
   こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
   これで死んでもまづは文句もありません

   血がでてゐるにかゝはらず
   こんなにのんきで苦しくないのは
   魂魄なかばからだをはなれたのですかな
   たゞどうも血のために
   それを云へないがひどいです
   あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
   わたくしから見えるのは
   やっぱりきれいな青ぞらと
   すきとほった風ばかりです。

 賢治は、「魂魄なかばからだをはなれた」と書いている。 これは賢治の臨死体験と言えそうだ。 魂魄の魂は、たましいのこと。 魄は白骨、即ち屍のことであり、魂魄(こんぱく)は幽霊のことである。
 こののち、賢治は急性肺炎で亡くなっている。 父と信仰について語り、弟に笑いかけ、母の手から水を受け取って飲みほし、自分で体を拭き、「あゝいい気持ちだ」とつぶやいて、体を拭いた布をポロリと落として息を引き取った。 享年37才の若さであった。

       (原稿用紙3枚)

第一回 宮沢賢治
第二回 斉藤茂吉
第三回 松尾芭蕉
第四回 大津皇子
第五回 井原西鶴
第六回 親鸞上人
第七回 滝沢馬琴
第八回 楠木正行
第九回 種田山頭火
第十回 夏目漱石
第十一回 十返舎一九
第十二回 正岡子規
第十三回 浅野内匠頭
第十四回 平敦盛
第十五回 良寛禅師


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