雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のエッセイ「股旅演歌」 一本刀土俵入り

2016-07-21 | エッセイ
 「一本刀土俵入り」は、長谷川伸の同名戯曲をモチーフに作られた「股旅演歌」である。

 舞台は常陸の国(茨城県)取手宿(水戸街道の江戸寄り千住の宿から五番目の宿)の水茶屋、安孫子屋の二階の欄干に凭れかかって宿場女郎のお蔦が酒の酔いを醒ましていると、土地の嫌われ者、船戸の弥八が通行人に絡み暴れまわっている。そこへフラフラッと通りかかった少年が、頭突で弥八を追っ払う。お蔦が少年に声を掛けると、自分は上野の国(こうずけのくに)駒形村の出で、江戸で相撲の取的(とりてき)駒形茂兵衛の名で修行をしていたが、親方に「見込みがない」と見切りをつけられて、一旦は国へ帰されたものの身寄りもなく実家も焼けて無くなっていた。
 もう一度江戸へ戻り、親方に頼み込んで命がけで横綱を目指して修行を続けさせてもらおうとここまで来たが、持っていた僅かな銭を使い果たし、空腹で倒れそうだと打ち明ける。
 
   「取的さん、ちょっとお待ちよ」
 そういうと、お蔦は奥へ消え、やがて腰帯に財布と櫛(くし)、簪(かんざし)、笄(こうがい)を結んで二階から下ろし「これをやるから持ってお行き」と激励とともに持たせてやる。
   「さっきのヤツが仕返しにやてくるだろう。それまでに腹ごしらえをしておおきよ」

 それから十年、取手の宿をお蔦の消息を尋ねてまわる旅鴉が居た。横綱になる夢に破れ、博徒に身を窶した駒形茂兵衛だった。
 
 やっと突き止めてお蔦の住いに逢いにきたが、お蔦は所帯を持っており、夫辰三郎は、いかさま博打がばれて土地のやくざ波一里儀十(なみいちり ぎじゅう)親分に命を狙われ、妻のお蔦も脅されていた。駒形茂兵衛はお蔦に、あとは自分に任せて逃げろと金を与えるが、お蔦はこの親切な男がいったい誰なのか思い出せない。

   「お蔦さん、十年前に必ず横綱におなりと財布と櫛、簪、笄を恵んでもらった駒形茂兵衛でござんす」
 
 親子三人逃げて行く後姿に、「姐さんに横綱の土俵入りを視て貰うことが出来なかったが、これがしがねえやくざ駒形茂兵衛の一本刀土俵入りで、せめてもの恩返しの真似事でござんす」


最新の画像もっと見る