映画看板も

通勤時に電車の窓から見える景色の一つに

吉祥寺の映画館がある

パチンコ屋なども入った商業ビルの中に４つの劇場があり

ビルの壁面には上映中の作品の看板がいつも４枚並んでいた

昔ながらの映画館の姿がそこにあったのだが

少し前からその看板が白いままなのである

まさか閉館？

こんな御時世だから映画館も厳しいのかしらと思っていたら

よく見ると「全館上映中」の文字が…

なるほど壁面の看板にかかる費用を節約してるのね

せちがらいわね

最近のシネコンの多くはビルの壁面を看板で飾っていない

ロビーにポスターなどを貼って上映作品を告知するだけだ

観客もそれに慣れてしまっている

そう言えば歌舞伎町の映画街も近隣のシネコンに客を奪われそのほとんどが閉館した

私が映画に夢中になっていた８０年代初頭は

日比谷、渋谷、池袋、上野、浅草と共に

歌舞伎町も映画ファンで溢れていた

それぞれの劇場には競う様に大看板が掲げられていた


時代の流れは早く、かつての風景までも消し去ってしまう

吉祥寺の映画館もそんな風にならないように

何とか持ちこたえて欲しいものだ

最後の挨拶？

まだまだ残暑が厳しい

昨夜も営業開始後すぐに訪れる客もなく

隣の居酒屋の室外機と換気扇から吹き出す温風にさらされながらキャッチをしていた

首には保冷剤を巻いて、うちわでガンガン扇ぎながら立ってる姿は異様だ

こんな蒸し暑い夜に暑苦しいオカマがキャッチしてたら誰も近付かないだろう

しかし後方から男が声をかけて来た

振り向くと懐かしい顔だった

３～４年ぶりに再会した彼は鳶のタツだ

「あら、タツ元気？久々じゃない」

私が名前を覚えていたのが嬉しかったみたいだ

彼が初めて店にやって来たのは５～６年前だった

地元の友達ケンジと一緒だった

よく喋るタツとは違いケンジは口数が少ない

しかしそこが可愛かったのだ

どちらかと言うとナイーブなケンジに私は心惹かれていた

その日はママが出勤していたので店が終わった後、彼等とママと私の４人で

隣の居酒屋へ行ったのを覚えている

「懐かしいわね～」

その後この２人は何度か一緒に遊びに来ていたが、ここ最近はとんとご無沙汰だった

数年ぶりに見るタツは少しオジサンになっていた

そりゃそうだ、１８と１６の息子が居るのだから

職場の話や家族の話などを聞いていたら

その後に来店のオバチャマ２人組と意気投合してカラオケの合いの手を入れたり

随分と気を遣ってくれた


ところでこの店に久々に遊びに来たお客様の中で

その後しばらくしてお亡くなりになるケースが何度かある

お別れの挨拶に来てくれたのだ

そんな事は考えたくはないが私はタツに聞いてみた

「アンタ最近何か気掛かりな事があるんじゃないの？」

少し考えてから首を横に振ったが

弱い所を見せたくなくてそうしたのかもしれない

でも帰りがけにちょっと気になる事を言っていた

明るくなった店の外に彼の背中を見送った後

「これが最後のお別れだなんて言わないでね」と願う私なのだった

自炊に目覚めて

このごろ自炊に目覚めた私

お恥ずかしながら米を研ぐのも面倒臭いと

これまで外食かコンビニなどの弁当で特に不満もなかった

ところがお盆休みに何故か急にタコの酢の物が食べたくなり

ネットで美味しそうなレシピを見つけ

その足でスーパーに走ったが

残念ながらタコは売り切れで隣に並ぶ見切り品のイカを買って帰った

タコで出来るんだからイカでも大丈夫でしょと料理にはその程度の知識しかないのだ

そう言えばイカは昔大根と煮たら美味しかった記憶がある

大根も買っておこうかしら

タコの酢の物はとっくに何処かへ行ってしまっていた

他にブロッコリーや手羽先など普段なら見向きもしない食材を買い込んだ

万一の為、野菜さえあれば簡単に作れる中華惣菜の元もカゴに入れた

早速アパートに戻り蒸し暑い台所に立つ

扇風機を回しながら鶏の煮物とイカとトマトのサラダなどを作ってみた

数十分後、居間のちゃぶ台には３品のおかずが並んだ

やだご飯がないわ

でもおかずの量が多過ぎてご飯なしでも大丈夫そうだ

それに炭水化物は太るし


こうして私の自炊ライフはスタートした

今までなら仕事終わりに店の近所の２４時間営業のとんかつ屋や

吉牛、すき屋などが定番で何か食べて帰っていたが

ここ数日はどんなにお腹が空いてても

帰宅してからご飯を作って食べる習慣がついた

でも気まぐれな私の事だから

すぐに外食＆コンビニ弁当に戻りそう

Ｙちゃんの家庭の事情

昨夜はお店のある町で毎年恒例の阿波踊り大会が開催された

出勤時に駅前のメイン通りでは賑やかな太鼓の音や歓声が響いていた

じっくり見たかったが時間がないので急いで店に向かった

既にヒデミが懇意にしているＫちゃんが来店しており

私はお邪魔にならない様にカウンターの中でメイクをし着替えた

９時になってＫちゃんは吉祥寺の店からの呼び出しでそちらに向かった

入れ替わる様にＹちゃんがＴシャツに短パン姿で現れた

どうやらパチンコの帰りに立ち寄ってくれたらしい

昨夜は大勝ちして息子に野球のグローブを買ってやったらしい

その勢いで今日も行きつけのホールへ行ったらしいが

残念ながらそう都合よく勝てるはずもない

軍資金が底をつく前に当店に足を運んでくれたと言う


Ｙちゃんはケイコちゃんと言う女性の紹介でたまに顔を出してくれていたが

彼の奥さんはその前から何度も当店をご利用いただいている

数ヶ月前にやはりケイコちゃんや他の男性と共にＹちゃんご夫妻も遊びに来てくれた

しかしどうも奥さんの方がＹちゃんに対して刺々しいのだ

天然だが美人で素直なイメージの奥さんが目を吊り上げてダンナを毛嫌いしている

夫婦喧嘩でもしたのかしら？


数日後、今度はＹちゃんが独りで会社帰りに立ち寄ってくれた

「あら珍しいじゃない、独りで見えるなんて…」

「いや、今日は聞いて欲しい事があるんだよ」

いつもはあっけらかんとして体育会系丸出しのＹちゃんが珍しく深刻そうだ

聞くと奥さんがＹちゃんの飲み仲間の一人と浮気をしていると言う

Ｙちゃんは子供に野球を教えていて

其処へ飲み仲間の男性も子供を連れて来ていた

結構イケメンらしい

その男性と奥さんが何度か顔を合わせる内にそう言う関係に発展したらしい

Ｙちゃんは奥さんにも腹が立ったが

飲み仲間だった相手の男性にはもっと腹が立って

何とか逆襲をしてやりたいと思っているらしい

ところで奥さんは浮気相手の女房から呼び出され

罰として丸刈りを命じられたらしい

そう言えば前回来店した際に茶髪のウイッグを被っていたので

ちょっと気にはなっていたのだが…


Ｙちゃんはこんな話誰にも出来ないと独りで悶々としていた

自分の女房の事を知っているオカマなら

聞いてくれるかもしれないと話に来たのだ

この件以来奥さんとの仲は最悪で

家庭内では冷たい風が吹いているらしい

奥さんはＹちゃんに嫌悪感むき出しで

さすがの彼もぶち切れて奥さんのモノを全て外に出し

「この家から出て行け！」と怒鳴ったらしい

すると高校生の息子さんが泣きながら

「何でそんな事するんだよ～」と、お父さんを殴るのだそうだ

「やっぱ男の子はお母さんが好きなのね」

高校生の息子さんがいじらしいではないか


それから一ヶ月ほど経っただろうか

その後はあまりこの続きを話さないＹちゃん

こちらも敢えて聞かない

「やっぱお盆の後は暇か？」

「そうなのよ～、昨日なんて最悪だったわ」

でもこんな日はオトコを求めて彷徨うある女がやって来そうだ

そんな話をしていたら店の電話が鳴った

「その女か？」

受話器を取ると賑やかな女声で

「すいませ～ん、今から９人入れますか～」

例の女ではなかったが昨日の分まで取り返すわよ～と俄然意欲が湧いて来た

「勿論入れるわよ～、因みに女子ばっかり？」

「いいえ男性も何人か居ますよ」

「あらっ嬉しいわァ、冷房効かせてお待ちしてるわね～！！」

Ｙちゃんはやや期待外れだった様だが

一緒に団体さんを歓迎してくれる事に…

賑やかな夜の幕開けだった

お盆休み開けは

お盆休み開けの昨夜は金曜日だと言うのに

店前の通りは閑散としていた

勤め帰りの家路を急ぐ人の姿もまばらだ

お盆休みがまだ終わっていない会社も結構あるのだろう

それにしても蒸し暑い

低温サウナにでも入っている様な感じだ

首には保冷剤を当てているがすぐに生暖かくなりそうだ

休み中には何人かのお客様から電話をいただいた

「え～っ？やってないの？」

電話の向こうでガッカリしている表情が窺い知れる

だからと言ってお盆に営業した事もあるが

思ったほどの集客には繋がらなかった


キャッチ中に近所のママが通りかかった

「ウチは営業してたわよ、特別忙しかったわけではないけどまあまあだったわ」

代休は来週取るらしい

「給料日前の週だから暇でしょ？ちょうど良かったわよ」

確かにそうかもしれない

当店もそうすれば良かったかしら

今更遅いが…


今夜は阿波踊りでメイン通りは大変賑わう

そのおこぼれにありつける事を祈りたい