長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

第94回アカデミー賞予想

2022-03-28 | 賞レース
 例年、オスカーノミネート発表前から本番に向けて段階的に予想を書いていたが、今年はバタバタしていたら既にオスカー本番直前。下馬評もほぼ固まり、あまり面白みがなくなってしまったが、とりあえず記録しておこう。

【助演男優賞】
コディ・スミット=マクフィー『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
トロイ・コッツァー『コーダ あいのうた』
ジェシー・プレモンス『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
シアラン・ハインズ『ベルファスト』

 ノミネート段階で多くの有力俳優が落選した今年の激戦区の1つ。前哨戦前半は子役出身、25歳の若手コディ・スミット=マクフィーの独走状態だった。映画を見ればわかるが、実質上の主役であり、大スターのカンバーバッチ相手に全く引けを取らない存在感。久々に若手俳優がこの部門を制するかと思われた。

 ところが後半戦の重要前哨戦から流れが変わり始める。クリティック・チョイス・アワード、英国アカデミー賞、そして俳優組合賞と相次いでトロイ・コッツァーが受賞する猛追。今や完全に逆転した格好だ。『コーダ』で主人公の聾唖の父親を演じた彼もまた実際の障害者であり、笑わせて泣かせる美味しい役どころ。近年、ハリウッドのメインストリームで聾唖俳優の活躍の場が増えていることも大いに後押しになるだろう。

 ジェシー・プレモンスは今年のサプライズ候補の1人。傑作TVシリーズ『ブレイキング・バッド』ファイナルシーズンに登場するやその怪演で場をさらい、以後クセモノ俳優として名を成してきた。満を持してのオスカーノミネートだが、マクフィーとの票割れが痛い。
 J・K・シモンズは鬼教師を演じた『セッション』で既に助演男優賞のタイトルは獲得済み。以後、顔を名前が一致した映画ファンも多いのでは。『愛すべき夫妻の秘密』では安定のサポーティングアクトぶりである。
 『ベルファスト』のシアラン・ハインズはこれが初ノミネートというのが意外な大ベテラン。本来なら受賞してもおかしくないキャリアだが、今回は3番手というポジションで受賞は難しいだろう。

 本命トロイ・コッツァー、対抗コディ・スミット=マクフィーと読む。

【助演女優賞】
キルステン・ダンスト『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
アーンジャニュー・エリス『ドリームプラン』
ジェシー・バックリー『ロスト・ドーター』
ジュディ・デンチ『ベルファスト』

 こちらも前哨戦前半から多くの名前が挙がっていた混戦部門だが、重要な前哨戦は全て『ウエスト・サイド・ストーリー』のアリアナ・デボーズが制し、勝敗は決した感がある。デボーズ演じるアニータは61年に『ウエスト・サイド物語』でリタ・モレノが演じ、プエルトリコ系俳優として初めてアカデミー助演女優賞に輝いたいわば“儲け役”。今回もその伝統に倣いそうだ。

 個人的には対抗馬に『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のキルステン・ダンストの名前を挙げておきたい。かつて『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』で注目された子役も今や芸歴30年の大ベテラン。これがオスカー初ノミネートというのは遅すぎた感すらある。神経衰弱に陥る母親役の凄味に目を見張らされた。

 大穴はサプライズ候補となった『ロスト・ドーター』のジェシー・バックリーだろう。近年『ジュディ虹の彼方に』『チェルノブイリ』『ワイルド・ローズ』『ファーゴ カンザス・シティ』と話題作に立て続けに出演。いずれもその特徴的な口角はそのままに、あらゆる役柄を演じ分ける個性派女優だ。我が子に愛情を抱けず、苦悩しながらも自分の人生を歩もうとする演技が素晴らしかった。

 2020年のTVシリーズ『ラヴクラフトカントリー』で“時をかける主婦”ヒポリタを演じて大きな注目を集めたベテラン、アーンジャニュー・エリスはいわばオスカー好みの「耐える妻」役。さすがの巧者ぶりでウィル・スミスを支えるも、この顔触れの中では役柄に新味が乏しいか。
 同一作品からカトリーナ・バルフを押さえて候補入したジュディ・デンチは通算8度目のノミネート。98年に『恋におちたシェイクスピア』で同タイトルを受賞済み。デイムの称号を持つ英国演劇界、映画界の重鎮に今更オスカーを渡すようなことはないだろう。

受賞するだろう・・・アリアナ・デボーズ
受賞すべき・・・キルステン・ダンスト
受賞してほしい・・・ジェシー・バックリー


【主演男優賞】
ハヴィエル・バルデム『愛すべき夫妻の秘密』
ベネディクト・カンバーバッチ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
アンドリュー・ガーフィールド『tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』
ウィル・スミス『ドリームプラン』
デンゼル・ワシントン『マクベス』

 スター俳優が揃った今年も最も華やかな部門。とはいえ、前哨戦から既にこの5人に候補は絞られていた感があり、今年最も手薄な部門でもあった。早期の段階から“今年はウィル・スミスの年”と言われており、実際に(今や何の権威もない)ゴールデングローブ賞、クリティック・チョイス・アワード、俳優組合賞と大型前哨戦を制して王手をかけている。
 前半戦こそ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のベネディクト・カンバーバッチが独走していた。近年稀に見る超難役をモノとした彼の演技は受賞にふさわしいが、地元の英国アカデミー賞もウィル・スミスに奪われており、風は完全に止んでしまっている。共感の難しい役柄というのもオスカーではマイナスに働くだろう。

 もしこの2人で票が完全に割れると、アンドリュー・ガーフィールドの可能性も出てくる。2021年は『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』にサプライズ出演、『タミー・フェイの瞳』も実質上の主演であり、『tick, tick...BOOM!』では歌い踊る大活躍だ。彼の朗らかなミュージカル演技に魅了された人は決して少なくないハズだ。

 4度目のノミネートとなったハビエル・バルデムは実質、助演の立場であり、それほど見せ場は多くない。通算9度目のノミネートとなり、今やシドニー・ポワチエすら超えた感のあるデンゼル・ワシントンのシェイクスピア芝居は67歳という年齢が醸し出せる円熟であったが、今回は初受賞がかかる3人に場を譲ってもらおう。

受賞するだろう・・・ウィル・スミス
受賞すべき・・・ベネディクト・カンバーバッチ
ひょっとして・・・アンドリュー・ガーフィールド


【主演女優賞】
クリステン・スチュワート『スペンサー』
ジェシカ・チャステイン『タミー・フェイの瞳』
オリヴィア・コールマン『ロスト・ドーター』
ニコール・キッドマン『愛すべき夫妻の秘密』
ペネロペ・クルス『Parallel Mothers』

 今年最大の激戦区。かつてハリウッドでは“40歳を過ぎると女優の役がなくなる”と言われ、候補5枠が埋まるのか危ぶまれる事がしばしばあった。メリル・ストリープの最多21ノミネート記録はこういった背景に依る所も大きかったように思う。
 だがそれも今は昔。2010年代後半のMe too以後、ハリウッドの構造が変わりつつあり、近年は混戦が相次いでいる。事実、今年のノミネート5人全員が対象作が作品賞候補に挙がっておらず、それだけ女優にとっておいしい役柄が増えていることがわかる。

 前哨戦前半を独走した『スペンサー』のクリステン・スチュワートはなぜか俳優組合賞からも、対象作のいわば“地元”である英国アカデミー賞からも無視されてノミネートが危ぶまれたが、何とか滑り込んだ。批評家人気は今年1番。アイドル的な人気を得てブレイクした彼女も、その後はアート映画への出演でキャリアを積み、フランスのアカデミー賞であるセザール賞ではアメリカ人として初めて助演女優賞を受賞するなど、演技派として成長著しい。今回のオスカーノミネートはアメリカでの時間差の評価とも言えるだろう。

 オスカーレース最終盤でクリティック・チョイス・アワード、俳優組合賞を受賞してやや頭が抜け出したのはジェシカ・チャステインだ。『ヘルプ』『ゼロ・ダーク・サーティ』に続く3度目のノミネート。1970〜1980年代に活躍したキリスト教福音派のTV伝道師タミー・フェイに扮したそれはオスカー好みの大芝居である。個人的には彼女のベストとは思えないし、舞台仕込の繊細な心理演技を得意とする彼女の本領でもないと思う。

 オリヴィア・コールマンは2年連続3度目のノミネートで、内1回は『女王陛下のお気に入り』で主演賞を獲得済みと、今やすっかりアカデミーのお気に入り女優だ。『ロスト・ドーター』では心に傷を抱えた女性を抑制された演技で見せ、名優の本領を発揮。早くも2度めの受賞となってもどこからも文句が出ない名演だった。

 5度目の候補となるニコール・キッドマンはルシール・ボール役できっぷの良い快演ぶりだが、作品が弱すぎる。恩師アルモドバルの最新作で4度目の候補入りとなるペネロペ・クルスの貫禄には惚れ惚れする。今年は夫バルデムもノミネートということで、当日を楽しんでもらいたい。

本命・・・ジェシカ・チャステイン
対抗・・・クリステン・スチュワート、オリヴィア・コールマン
受賞してほしい・・・クリステン・スチュワート


【監督賞】
ジェーン・カンピオン『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
ケネス・ブラナー『ベルファスト』
ポール・トーマス・アンダーソン『リコリス・ピザ』
スティーヴン・スピルバーグ『ウエスト・サイド・ストーリー』

 今年は前哨戦を独走し、監督組合賞はじめ各重要賞をもれなく獲っているジェーン・カンピオンで決まりだろう。93年に『ピアノ・レッスン』でノミネートされた彼女は今回、女性では初となる2度目の監督賞候補。いわば現役女性監督の先駆けとも言えるベテランだ。だが、そんな彼女ですら近年のキャリアは低迷し、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は12年ぶりの新作となった。とかく女性監督は男性監督に比べチャンスが少なく、1本失敗すればその先のキャリアが絶たれるという事もしばしば聞かれる。彼女への票は謂わばハリウッドがこれまで冷遇してきた女性監督たちへの贖罪でもある。

 時勢も味方に付けて十中八九カンピオンで決まりだが、大本命ができると「自分がいれなくても誰かが入れるしなぁ」と天邪鬼が出るのも投票行動であり、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』には作品評価に対する様々な反動が投票期間中に噴出している。また、カンピオンがクリティック・チョイス・アワードでウィリアムズ姉妹を軽んじるような発言を行い、ホワイトフェミニズムと批判を浴びたばかりだ。それでは万が一の大番狂わせは誰か?ケネス・ブラナーやptaが未だ無冠というのも驚きだが、ここで濱口竜介が受賞して座布団が舞ったら今年最大のハイライトじゃないか。


【作品賞】
『ベルファスト』
『コーダ あいのうた』
『ドライブ・マイ・カー』
『ドリームプラン』
『リコリス・ピザ』
『ナイトメア・アリー』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 賞レース開幕当初から独走状態にあったNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』をサンダンス映画祭発の『コーダ』が猛追、ひょっとすると鼻の差で抜き去るかもしれない。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が傑作であることに疑いはないが、見てもらうとわかるようにおよそオスカー向きの作品ではない。多くの行間を読み取ることが必要な“芸術映画”であり、決して居心地の良い作品ではないのだ。
 方や『コーダ』は家族愛と若者の旅立ちを描いた、誰もが好きになる好編。賞レース最終盤、直結率の高い俳優組合賞で作品賞に相当するキャスト賞、製作者組合賞を受賞し、ステータスとしては盤石となった。候補10作品に順位を付けるという、作品賞独自の投票方式も大いに味方に付けるだろう。

本命『コーダ』
対抗『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

下馬評通りならこうなる
作品賞 『コーダ』
監督賞 ジェーン・カンピオン
主演男優賞 ウィル・スミス
主演女優賞 ジェシカ・チャステイン
助演男優賞 トロイ・コッツァー
助演女優賞 アリアナ・デボーズ
脚本賞 『ベルファスト』
(しかしケネス・ブラナー同様、『リコリス・ピザ』のptaも未だ無冠)

脚色賞 『ロスト・ドーター』
 (今年の混戦部門の1つ。どれが獲ってもおかしくない)

編集賞 『tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』
撮影賞 『DUNE』
衣装賞 『クルエラ』
 (もしくは『DUNE』)

メイク・ヘアスタイリング賞 『タミー・フェイの瞳』
視覚効果賞 『DUNE』
録音賞 『DUNE』

作曲賞 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
 (もしくは『ミラベルと魔法だらけの家』)

主題歌賞 「Dos Oruguitas」(『ミラベルと魔法だらけの家』)

長編アニメ賞 『ミラベルと魔法だらけの家』
 (『ミッチェル家とマシンの反乱』のデッドヒートが続いてきたが、ストリーミングで火が付いた『ミラベル』の勢いが凄まじい)

国際長編映画賞 『ドライブ・マイ・カー』
 (『私は最悪。』のサプライズも大いにあり得る)

長編ドキュメンタリー賞 『サマー・オブ・ソウル』
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第93回アカデミー賞予想(受賞予想編)

2021-04-12 | 賞レース
 さぁ、いよいよアカデミー賞へのカウントダウンだ。アメリカでは新型コロナウィルスのワクチン接種が急ピッチで進んでおり、バイデン政権は4月中に全成人への接種を完了すると見込みを発表。映画館も収容人数の制限はかかっているものの、営業を再開した。劇場公開とHBOMaxでの同時配信も注目を集めるワーナーブラザーズは『ゴジラVSコング』をリリースし、週末興行成績は3220万ドルというコロナ禍最高記録をマーク。ようやく映画界に明るい兆しが見え始めた中、アカデミー賞は2会場同時開催で収容人数問題をクリアし、従来通りの式を開催するとして準備を進めている。

 各組合賞の結果も出揃い、いよいよオスカー本番間近である4/12時点の受賞予想である。作品賞候補8作品を中心に、オスカーポテンシャルを解析していきたい。

『マンク』最多10部門ノミネート
(作品・監督・主演男優・助演女優・撮影・美術・衣装デザイン・録音・作曲・メイク)
映画史上最高の傑作『市民ケーン』製作の舞台裏を描いたデヴィッド・フィンチャー監督作。撮影や衣装、美術など1930年代当時のプロダクションデザインを再現した技術的達成が本年度最多ノミネートに結実した。全米の各批評家賞では年間ベスト10に選出され、ゴールデングローブ賞でも最多6部門でノミネートと2020年を代表する1本として数えられているが、どういうわけか“年間ベストワン”と謳う賞は皆無。一筋縄ではいかないハイコンテクストな構成と、“アンチハリウッド”なテーマ性はアカデミー賞からは遠く、改めてフィンチャーの孤高を証明することになるだろう。亡父ジャック・フィンチャーが手掛けた脚本も候補落ちした。


『シカゴ7裁判』6部門ノミネート
(作品・助演男優・脚本・撮影・編集・主題歌)
1968年、シカゴ民主党大会で起きた暴動と、それを扇動したとして告発された政治運動家たち“シカゴ7”の戦いを描く実録法廷ドラマ。豪華オールスターキャストの熱演が光る、ハリウッド伝統の社会派劇だ。名脚本家アーロン・ソーキンは残念ながら監督賞候補を落としたものの、アカデミー作品賞の重要な試金石となる俳優組合賞キャストアンサンブル賞を受賞。投票母数としては最も大きい俳優層に訴え、Netflix初の作品賞獲得を目指す。


『ノマドランド』6部門ノミネート
(作品・監督・主演女優・脚色・編集・撮影)
ヴェネチア映画祭での金獅子賞受賞を皮切りに、全米の批評家賞を独占。米製作者組合賞、監督組合賞も押さえ、盤石の態勢でオスカー本番に挑む今年の本名作だ。ホームレスとなり、車上生活を余儀なくされた高齢女性を通じて現代のアメリカを射抜く。美しく詩情に満ちたアメリカの辺境はジョン・フォードから連なるアメリカ映画の伝統的ランドスケープであり、これを中国系アメリカ人女性監督クロエ・ジャオが継承するという、アメリカ映画史に残る重要なモーメントが近づきつつある。ジャオは作品、監督、脚色、編集の4部門でクレジットされており、これも女性監督による最多記録。その全てを受賞する可能性がある。


(作品・主演男優・助演男優・脚本・編集・録音)
近年、秀作をリリースし続けるAmazonスタジオがついに主要部門ノミネートを達成した。デレク・シアンフランス作品の脚本を手掛けてきたダリウス・マーダーの監督デビューとなる本作は、聴覚を失ったドラマーを描く“難病モノ”でありながら、やがて心の静寂とは何か?という哲学的な問いかけにシフトしていく。主人公の体感を再現したサウンドデザインは本作の真の主役だろう。躍進著しいリズ・アーメッドは本来ならば主演男優賞の最有力候補だが、今年は故チャドウィック・ボーズマンに譲ることになるか。


『ミナリ』6部門ノミネート
(作品・監督・主演男優・助演女優・脚本・作曲)
昨年の覇者『パラサイト』に続いて今年も韓国をテーマとした作品がノミネートされた。とはいえ、こちらは気鋭A24とブラッド・ピット率いるプランBによる純然たるアメリカ映画。1980年代にアメリカへ移住した韓国人一家を描く本作は、移民国家アメリカの原風景を映し出し、人種を超えた支持を獲得している。アジア系を標的とするヘイトクライムが相次ぐ今、ハリウッドが社会的意義を強く意識すれば作品賞の目もあるだろう(オスカーとは時勢も重要なのだ)。


『ファーザー』6部門ノミネート
(作品・主演男優・助演女優・脚色・編集・美術)
監督フローリアン・ゼレールが自らの舞台劇を脚色。アルツハイマーに侵された老父の主観から記憶と現実が描かれていく。昨年の『2人のローマ教皇』に続き、2年連続のノミネートとなったアンソニー・ホプキンスは主演男優賞最高齢83歳の記録を達成。ここにきて『羊たちの沈黙』以来のキャリア最高作という評価を獲得している。


『Judas and the Black Messiah』5部門6ノミネート
(作品・助演男優×2・脚本・撮影・主題歌)
1960年代、ブラックパンサー党のカリスマ的指導者フレッド・ハンプトンと、彼を暗殺すべくFBIから送り込まれた内通者を描く実録ドラマ。オスカーノミネート資格期間が今年2月まで延長されたことを受け、最終投票ギリギリにリリース。2020年は『あの夜、マイアミで』『ザ・ファイブ・ブラッズ』『マ・レイニーのブラックボトム』と黒人映画の豊作年だったが、それらを蹴落として作品賞ノミネートを獲得する快挙となった。ハンプトン役のダニエル・カルーヤは候補入りが有力視されていたが、内通者役ラキース・スタンフィールドのノミネートは本人も驚きだった様子。結果、主役2人が共に“助演”賞候補という珍事に至った。ちなみに同一作品から助演男優賞候補が2人出るのは昨年の『アイリッシュマン』から2年連続。これは76年『ロッキー』、77年『ジュリア』以来の記録らしい。


(作品・監督・主演女優・脚本・編集)
『ザ・クラウン』などで知られる女優エメラルド・フェネルの監督デビュー作。キャリー・マリガンが夜な夜な男達に鉄槌を下すリベンジムービーである本作は、候補作中1番のパンキッシュな映画だろう。全米の批評家賞では先頭走者『ノマドランド』を猛追する人気。作品賞獲得に必要な主要部門(監督・脚本・編集賞)ノミネートをこぼさず達成した。マリガンは出世作となった『17歳の肖像』以来、11年ぶりのノミネートとなり、随分待たされた感がある。


 コロナ禍のハリウッドを支えたNetflixがスタジオ別で最多38部門のノミネートを獲得し、いよいよオスカーを制する…と言いたいところだが、エミー賞でも顕著なように数は獲っても主役になれないのが現在のハリウッドにおけるNetflixへの評価だろう。最多候補は『マンク』だが、本命はよりハリウッドライクな『シカゴ7裁判』であり、必須条件ともいえる監督賞ノミネートこそ落としたものの、絶対的な俳優層からの支持でNetflix初の作品賞を目指す。

 本命『ノマドランド』の唯一の弱点はこの“俳優支持”だ。映画を見るとわかるのだが、俳優は主演のフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンのみ。2人以外は全て本物のノマドが自身を演じている。これこそがクロエ・ジャオ監督独自のメソッドだが、アカデミー会員のほとんどは俳優であり、いったいどこまで支持を得られるのか未知数だ。事実、全米俳優組合賞では作品賞に相当するキャストアンサンブル賞候補を落としている。

 ダークホースには『ミナリ』を挙げよう。全編に張り巡らされた宗教的モチーフと、アメリカの原風景ともいえる移民一家の姿は幅広い層に響くハズだ。昨年の『パラサイト』により韓国映画の土壌が培われていることも心強い現在、全米ではアジア系を標的にしたヘイトクライムが多発しており、そんな最中に本作がオスカーを獲得し、多くの声なきアジア系に光を当てる意義は大きい。

【下馬評通りならこうなる】
作品賞 本命『ノマドランド』
(対抗『シカゴ7裁判』、ダークホース『ミナリ』)

監督賞 クロエ・ジャオ『ノマドランド』
主演男優賞 チャドウィック・ボーズマン『マ・レイニーのブラックボトム』

主演女優賞 キャリー・マリガン『プロミシング・ヤング・ウーマン』
 …但し、前哨戦はゴールデングローブが『The United States VS. Billie Holiday』のアンドラ・デイ、クリティクス・チョイス・アワードがマリガン、俳優組合賞が『マ・レイニーのブラックボトム』ヴィオラ・デイヴィス、そして英国アカデミー賞が『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンドと重要前哨戦全ての結果が割れる大混戦。となると受賞経験者よりマリガンの方が有利、そして票が割れたらアンドラ・デイが有利か?

助演女優賞 ユン・ヨジョン『ミナリ』
対抗 マリア・バカローヴァ『続・ボラット』、大穴 グレン・クローズ『ヒルビリー・エレジー』、アマンダ・セイフライド『マンク』
 作品人気と、俳優組合賞の結果を踏まえればヨジョンで当確だが、既に受賞済みの『ファーザー』オリヴィア・コールマン以外の全員にチャンスがある。前哨戦の批評家人気はまさかのバカローヴァが一番。だが、通算8度目のノミネートとなるグレン・クローズをまたしても手ぶらで帰らせるなんてことが出来るだろうか?(クローズはまさかのラジー賞とのWノミネートである)。票が割れれば作品の良心ともいえるセイフライドにもチャンスがある。

助演男優賞 ダニエル・カルーヤ『Judas and the Black Messiah』
対抗サシャ・バロン・コーエン『シカゴ7裁判』、ポール・レイシー『サウンド・オブ・メタル』
 既にノミネート経験もあり、実力十分の若手カルーヤへ賞をあげることには何の異論もないだろう。2020年は大活躍だったサシャにも資格十分。票が割れれば裁判所の手話通訳士という異色キャリアのレイシーにもチャンスがある。

脚本賞 『プロミシング・ヤング・ウーマン』
対抗『シカゴ7裁判』
 今年は候補5作品が全て作品賞候補という史上初の記録を達成した激戦区。初監督で初候補のフェネルには、監督賞は無理でも脚本賞を…という追い風が吹きそう。

脚色賞 『ノマドランド』
撮影賞 『ノマドランド』

編集賞 『ノマドランド』
対抗『シカゴ7裁判』
作品賞の分水嶺となる重要部門。

美術賞 『マンク』
衣装賞 『マンク』
メイク賞 『マ・レイニーのブラックボトム』

視覚効果賞 『ミッドナイト・スカイ』
対抗 『テネット』
 組合賞は前者が制しているが、ノーランの奮闘を無視するのはあまりに不憫ではないか。

録音賞 『サウンド・オブ・メタル』
作曲賞 『ソウルフル・ワールド』
主題歌賞 『あの夜、マイアミで』
国際長編映画賞 『アナザーラウンド』
長編ドキュメンタリー賞 『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』

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第93回アカデミー賞予想(ノミネート予想編)

2021-03-15 | 賞レース
ホントに開催されるのか?
2020年は新型コロナウィルスによって映画館が閉鎖に追い込まれ、多くのハリウッド映画が公開延期を余儀なくされた。アカデミーは暫定的に配信限定作品も選考対象にすると規約を変更し、授賞式の開催も例年より2か月遅い4月25日に設定。果たして候補5枠は本当に埋まるのか?

 そんなハリウッドの危機を救ったのが2年前、「配信映画は映画ではない」とまで言われた新興Netflixをはじめとするストリーミングサービスである。公開手段を無くしたハリウッドスタジオ各社は、次々とNetflixやAmazonといった配信サービスに作品の配給権を売却。少しでも損失をカバーしようとした。もはや『ROMA』の最多ノミネートに揺れた“Netflix問題”は完全に過去の話である。ハリウッドでは向こう10年で各社が独自のストリーミングサービスを主戦場にするだろうと予測されていたが、コロナショックによって時計の針は一気に進んだ格好だ。そんな業界の過渡期であり、そしてトランプからバイデンへと大統領が変わった2020年を象徴するアメリカ作品とはどれか?今年も主要6部門を中心に見ていきたい。
(★はノミネートの可能性が高い候補)

【助演女優賞】

★ユン・ヨジョン~『ミナリ』
★マリア・バカローヴァ~『続・ボラット』
★オリヴィア・コールマン~『ファーザー』
★グレン・クローズ~『ヒルビリー・エレジー』
・アマンダ・セイフライド~『マンク』
・エレン・バースティン~『私というパズル』
・ヘレナ・ツェンゲル~『この茫漠たる荒野で』
・ジョディ・フォスター~『The Mauritanian』
・オリヴィア・クック~『サウンド・オブ・メタル』

全員にノミネート&受賞のチャンスがある今年の激戦区。
前哨戦となる各批評家賞を席巻したのはまさかの『続・ボラット』マリア・バカローヴァ。時に主演サシャ・バロン・コーエンを凌駕するほどの瞬間風速的笑いと体当たり演技で観客を圧倒した。まったくオスカー向きではないタイプだが、今年のダークホースだ。

 レース後半から勢いを増している『ミナリ』のユン・ヨジョンは韓国映画界を代表する伝説的大女優。対象作は韓国移民を描いたアメリカ製作映画であり、昨年の『パラサイト』旋風でハリウッドに韓国映画の土壌が出来ているのも嬉しい後押しだ。

 作品評価が全く伸びなかった『ヒルビリー・エレジー』のグレン・クローズは重要前哨戦の俳優組合賞候補を獲得し、8度目のオスカーへ挑戦権を獲得した。主人公の祖母に扮した彼女の演技は圧巻で、今度こそ悲願達成を狙う(そして再び『ファーザー』オリヴィア・コールマンが立ち塞がっている)。

 今年はもう1人、大ベテランにオスカーチャンスがある。『私というパズル』で主人公の母親を演じたエレン・バースティンだ。中盤、その正体が露となる圧巻のモノローグはなんと彼女のアドリブだという。大女優の凄みに圧倒された人も多いハズだ。

 近年、『ツイン・ピークスThe Return』『魂のゆくえ』など、良質な作品選びでメキメキと実力を伸ばしてきたアマンダ・セイフライドにいよいよオスカーチャンスが到来。デヴィッド・フィンチャー監督から直々に指名されたという『マンク』で、往年の女優マリオン・デイヴィスをチャーミングに演じ、映画の良心となった。

 かねてから天才子役がノミネートされてきたこの部門。『この茫漠たる荒野で』で、南北戦争期の荒野を旅する少女を演じたヘレナ・ゼンゲルに注目が集まっている。カリスマチックな存在感は主演トム・ハンクスに引けを取らず俳優組合賞、ゴールデングローブ賞にもノミネート。オスカー候補入りの可能性は十分にある。
 
 前哨戦では一切注目されなかったものの、ゴールデングローブ賞を突如受賞したジョディ・フォスターもそういえば子役出身。近年、積極的な映画出演はあまり見られなかったが、対象作『The Mauritanian』は久々に彼女らしい、熱のこもった演技が見られそうだ。

 最後に『サウンド・オブ・メタル』オリヴィア・クックの名前を挙げておこう。前哨戦ではわずかな受賞に留まったが、主演リズ・アーメドの名演は恋人役の彼女あってのもの。終盤30分の壮絶は涙なしでは見られなかった。実は作品毎でガラっと印象が異なる演技派で、将来性という意味でもここでオスカー候補に選んでいいだろう。


【助演男優賞】

・ポール・レイシー~『サウンド・オブ・メタル』
★サシャ・バロン・コーエン~『シカゴ7裁判』
★レスリー・オドム・ジュニア~『あの夜、マイアミで』
★チャドウィック・ボーズマン~『ザ・ファイブ・ブラッズ』
★ダニエル・カルーヤ~『Judas and the Black Messiah』
・ビル・マーレイ~『オン・ザ・ロック』
・ジャレッド・レト~『The Little Things 』

 前哨戦前半から批評家賞で幅広い支持を得てきた『サウンド・オブ・メタル』のポール・レイシーだが、オスカーノミネートの重要な指針である俳優組合賞候補から落選、ゴールデングローブ賞でも無視された。それもそのはず(?)、彼の本業は俳優ではなく、裁判所の手話通訳士なのだ。主人公を導く哲人のような彼の演技は味わい深かったが、業界組合賞でもあるオスカーはこういう“素人”に厳しい。

 ゴールデングローブ賞では主演作『続・ボラット』が作品賞、主演男優賞に輝き、彼ならではのシニカルなスピーチをかましたサシャ・バロン・コーエン。しかしオスカー本戦ではお下品コメディではなく『シカゴ7裁判』でノミネートされるだろう。対象作は名優揃い踏みの演技合戦だが、どうやら候補は彼に絞られてきた感がある。

 3番手は『あの夜、マイアミで』でサム・クックを演じたレスリー・オドム・ジュニア。ミュージカル『ハミルトン』で既にトニーも受賞済み。本作でもその美声を響かせ、観客の涙を振り絞ってくれる。対象作は演技アンサンブルが素晴らしく、キャスト全員に候補入りのチャンスがあると言われてきたが、レスリー・オドム・ジュニアでほぼ決まりの雰囲気だ。

 2020年、惜しくも急逝したチャドウィック・ボーズマンは主演作『マ・レイニーのブラックボトム』と『ザ・ファイブ・ブラッズ』の助演でWノミネートが期待されている。対象作では主人公たちの精神的支柱となる軍曹に扮し、神秘的なカリスマ性を放った。

 『ゲット・アウト』でアカデミー主演男優賞にノミネートされて以後、躍進著しいダニエル・カルーヤは『Judas and the Black Messiah』でゴールデングローブ賞を獲得。『シカゴ7裁判』にも登場したブラックパンサー党のリーダー、フレッド・ハンプトンをド迫力で演じている。

 みんな大好きビル・マーレイにもチャンスがありそうだ。『ロスト・イン・トランスレーション』のソフィア・コッポラ監督と再タッグを組んだ『オン・ザ・ロック』では、ヒロインのダメ親父を快演。僕らが見たかったビル・マーレイ芝居を見せてくれている。

 今年は手薄な部門のため、およそオスカー向きではない『The Little Things 』ジャレッド・レトにもチャンスが出てきた。デンゼル・ワシントン主演のスリラー映画で、レトは連続殺人鬼役。俳優組合賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされ、まさかのオスカーレース参戦である。


【主演男優賞】

★チャドウィック・ボーズマン~『マ・レイニーのブラックボトム』
★リズ・アーメド ~『サウンド・オブ・メタル』
・デルロイ・リンドー~『ザ・ファイブ・ブラッズ』
★アンソニー・ホプキンス~『ファーザー』
★スティーヴン・ユァン~『ミナリ』
・ゲイリー・オールドマン~『マンク』
・キングズリー・ベン・アディル~『あの夜、マイアミで』
・タハール・ラヒム~『The Mauritanian 』

 この部門も最大の注目は故チャドウィック・ボーズマンだ。『マ・レイニーのブラックボトム』では今だからこそ病魔に侵されていたとわかる痩身で鬼気迫る熱演を披露。文句なしにキャリア最高の演技である。彼が受賞しても“追悼票”と揶揄されることはないだろう。

 批評家賞では『サウンド・オブ・メタル』のリズ・アーメドも人気。聴覚を失うドラマーに扮し、とりわけラスト30分は出色。既に『ザ・ナイト・オブ』でエミー賞も受賞している演技派であり、配給のAmazonは作品の好評を受け、1年間作品を寝かせ、満を持してのリリースである。

 同じく批評家賞で高く評価されたのが『ザ・ファイブ・ブラッズ』のベテラン、デルロイ・リンドー。スパイク・リー初期作品の常連であり、映画出演作も数多いが、近年は舞台を中心に活躍していた。その影響もあってか、俳優組合賞では選外。2020年前半リリースというのもマイナス要因になっているか。Netflixも有力作を抱えすぎである。

 御歳82歳の名優アンソニー・ホプキンスが昨年の『2人のローマ教皇』に続いて2年連続ノミネートに挑戦。アルツハイマーに侵される父親を演じた『ファーザー』が絶賛されている。受賞式にはほぼ現れない御大だが、最近はロックダウン生活にメリハリをつけようとピアノ演奏やダンスなど、ユーモラスな動画をSNSにアップしている。

 TVシリーズ『ウォーキング・デッド』で人気のスティーヴン・ユァンは主演作『ミナリ』が絶賛されており、初ノミネートに期待がかかる。本人はアメリカ国籍だが、昨年の『パラサイト』旋風も手伝い“韓国系アメリカ人初のオスカーノミネート”が射程距離に入ってきた。

 既に『ウィンストン・チャーチル』でアカデミー主演男優賞を受賞している名優ゲイリー・オールドマンは、『市民ケーン』を手掛けた脚本家マンキーウィッツを演じた『マンク』で3度目のノミネートを目指す。但し、対象作は“アンチハリウッド”的な側面があり、オスカー向きではないだけに無視される可能性がなくもない。


【主演女優賞】

★フランシス・マクドーマンド~『ノマドランド』
★キャリー・マリガン~『プロミシング・ヤング・ウーマン』
★ヴィオラ・デイヴィス~『マ・レイニーのブラックボトム』
・ヴァネッサ・カービー~『私というパズル』
・アンドラ・デイ~『The United States vs. Billie Holiday 』
・シドニー・フラニガン~『Never Rarely Sometimes Always 』
・ロザムンド・パイク~『I Care a Lot』
・エイミー・アダムス~『ヒルビリー・エレジー』
・ゼンデイヤ~『マルコム&マリー』

 コロナ禍のオスカーには従来、陽の目の当たらなかったような作品にもスポットが当たるのではと期待していたが、さすがにそうはいかなかったようだ。オスカーレースに必要なのは作品の力はもちろん、それ以上に各社のPR力がモノを言うのである。例えばIndiewire誌による年間ベストパフォーマンスに挙げられている『スワロウ』のヘイリー・ベネットや、『kajillionaire』のエヴァン・レイチェル・ウッドは批評家賞でノミネートもされていない。方やコロナ禍で撮影された2人芝居映画『マルコム&マリー』は、普段ならまずお目にかかれないタイプの小品だが、Netflixのワールドリリースによって賞レースではゼンデイヤの名前が急浮上した。また作品評価が伸び切らなかったものの、『I Care a Lot』のロザムンド・パイク、『The United States vs. Billie Holiday 』(Hulu)のアンドラ・デイはそのパフォーマンスが純粋に評価されており、ゴールデングローブ賞をサプライズ受賞して候補枠最後の1つを狙っている。

 賞レースをリードしたのは作品賞の本命『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンド、『プロミシング・ヤング・ウーマン』のキャリー・マリガン、『マ・レイニーのブラックボトム』のヴィオラ・デイヴィスら3人で候補は当確ライン。その後にベネチア映画祭で女優賞を獲得した『私というパズル』のヴァネッサ・カービーが続く。TVシリーズ『ザ・クラウン』のマーガレット王女役で頭角を現し、その後は『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』といったブロックバスターにも連続出演。ハリウッドでの知名度も十分だ。

 ベルリン映画祭銀熊賞獲得の『Never Rarely Sometimes Always 』のシドニー・フラニガンは今年の新人枠。無名の若手女優がノミネートされることも多いカテゴリーであり、コロナ禍だからこそ小品にスポットを当てるべきだろう。

 『ヒルビリー・エレジー』で薬物中毒者に扮したエイミー・アダムスの演技は今回も好評。俳優組合賞にノミネートされ、最後の1枠に滑り込めるか。もっとも伸び切らなかった作品評価を考えると、彼女のオスカー連敗記録を伸ばすだけの気もするのだが…。

【監督賞】

★クロエ・ジャオ~『ノマドランド』
★エメラルド・フェネル~『プロミシング・ヤング・ウーマン』
★レジーナ・キング~『あの夜、マイアミで』
★デヴィッド・フィンチャー~『マンク』
★アーロン・ソーキン~『シカゴ7裁判』
・スパイク・リー~『ザ・ファイブ・ブラッズ』
・リー・アイザック・チョン~『ミナリ』

 昨年、グレタ・ガーウィグが『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を作品賞候補に送り込みながら監督賞で選外となり、改めてハリウッドの男性優位社会が大きく批判された(そもそもハリウッドにおける女性監督の数はとても少ない)。だが今年は大きな転換点となりそうだ。賞レースを牽引する有力作品はいずれも女性監督作。中でも大本命と目される『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督は前哨戦をほぼ完勝しており、今や話題は“アジア系女性監督初のオスカー受賞”に移りつつある。

 さらに『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネル、『あの夜、マイアミで』のレジーナ・キングが後に続いており、女性監督が同時に3人ノミネートされる史上初の快挙が現実味を帯びている。フェネルとキングは俳優兼業、劇場長編初監督というのも面白い共通点だ。今年は彼女ら3人が大いに盛り上げてくれるだろう。

 『シカゴ7裁判』が高く評価された名脚本家アーロン・ソーキンや、イマイチ作品人気が伸び切らないものの、今や巨匠の風格『マンク』のデヴィッド・フィンチャーらは共にNetflixの強力な後押しを受けてノミネート圏内である。

 最後の席を伺うのは一昨年『ブラック・クランズマン』で脚色賞を獲得し、大復活を遂げた巨匠スパイク・リーと、『ミナリ』が大好評の韓国系アメリカ人監督リー・アイザック・チョンだ。スパイク・リーは『ザ・ファイブ・ブラッズ』が昨年前半のリリースで、Netflixが有力作を抱えすぎているためかゴールデングローブ賞候補を落としており、やや息切れ気味。アイザック・チョンはハリウッドを動かすダイバーシティの波も大きく後押しになりそうだ。


【作品賞】

★『ノマドランド』
★『プロミシング・ヤング・ウーマン』
★『ミナリ』
★『シカゴ7裁判』
・『マ・レイニーのブラックボトム』
・『ザ・ファイブ・ブラッズ』
★『マンク』
・『あの夜、マイアミで』
・『サウンド・オブ・メタル』
・『この茫漠たる荒野で』

 何とか有力作が出揃った。今年の注目はなんといってもストリーミング各社の動向だ。ハリウッドを救った彼らがしかるべき評価を受けるべきだろう。Netflixからは『マンク』『シカゴ7裁判』『マ・レイニーのブラックボトム』『ザ・ファイブ・ブラッズ』『この茫漠たる荒野で』に候補入りのチャンスがあり、Amazonからは『サウンド・オブ・メタル』『あの夜、マイアミで』が、そしてディズニープラスの『ソウルフル・ワールド』は久しぶりに長編アニメーション賞とのW候補が狙えそうだ。

 そして監督賞同様、女性監督作品の史上最多ノミネートが期待される。本命クロエ・ジャオ監督『ノマドランド』、エメラルド・フェネル監督『プロミシング・ヤング・ウーマン』、レジーナ・キング監督『あの夜、マイアミで』と実にバラエティ豊かなラインナップとなるだろう。
(むしろ問題はコロナショックによって製作が中断され、本数不足は必至の来年2021年度のオスカーだろう)

※次回の更新は4月、アカデミー賞ノミネート発表後に行う予定です。
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第92回アカデミー賞予想【2/11更新 総括】

2020-02-11 | 賞レース
 演技部門の下馬評は固く、作品賞もおそらく『1917』で決まり、明日の中継は夜の字幕放送でいいか…なんてナメた事を言っていたら歴史的場面を見逃してしまった。韓国映画『パラサイト』がアカデミー史上初、外国語映画として作品賞に輝き、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の最多4部門を制したのだ。

風は吹いていた。本戦直結率の高いアメリカ俳優組合賞では作品賞に相当するキャスト賞を獲得。アカデミー会員で最も投票母数の大きい俳優票が原動力になったのは間違いないだろう。本命視されていた『1917』はプロデューサーが投票する製作者組合賞や、英国会員限定の英国アカデミー賞を制していたが、局地的な勝利だったのかもしれない(ゴールデングローブ賞にいたっては外国人特派員協会主催の賞であり、オスカーとは何の所縁もない)。また、オスカー前日に発表された低予算映画を対象とするインデペンデントスピリット賞では中国系移民たちが主役の『フェアウェル』が作品賞を受賞する番狂わせを演じており、ここにもハリウッドに拡がる多様性の風、アジアン旋風が感じられた。

 多人種で編成されたプレゼンターの顔触れ等ショー全体の進行演出からもそんなアカデミー、ハリウッドの意思表示が伺える。2000年代以後、ハリウッド映画は国内市場だけで製作費の回収が不可能となり、中国市場を中心とした世界マーケティングに大きく依存してきた。国際的に新たな才能を吸収していこうという傾向はより顕著となり、昨年はメキシコ映画『ROMA』が最多候補に。オール黒人映画『ブラックパンサー』が作品賞候補に挙がり、オールアジアン映画『クレイジー・リッチ!』が大ヒットを記録するなど、土壌は変わりつつあった。そんな最中、ハリウッドに現れたのが『パラサイト』だったのだ。アートハウスとメインストリームを横断する本作の破格の面白さにハリウッドが脱帽した格好だ。

 では不作だったのかというとそうではない。2019年のアメリカ映画は大豊作であり、作品賞候補群は興行的にも大ヒット作が並んだ。それでもなおアメリカ映画業界の賞であるオスカーに外国映画『パラサイト』を選んだのは大きな変革の意思表示ではないだろうか。この快挙が今後、外国語映画にも作品賞を争えるという大きな門戸を開いた事で、多くのクリエイター達が発奮する事だろう。

【作品別受賞結果】
『パラサイト』最多4部門
作品、監督、脚本、国際長編映画賞
通訳を介してもなお会場を沸かすポン・ジュノのユーモアと明晰さはさらに多くの映画人の心を捉えたのではないだろうか(通訳さんのレベルも異常に高い)。作品賞のスピーチ「韓国の映画ファンがここまで育ててくれた」には僕たち日本の映画観客も顧みる所は大きい。
 また監督賞受賞の際にスコセッシ監督へリスペクトを表し、会場全体がスコセッシへ向けてスタンディングオベーションを送る場面は感動的だった。スコセッシ自身は渾身作『アイリッシュマン』が10部門で全滅。今なお衰えない巨匠だが世代交代を感じさせた。オスカーを受賞してもなお孤高の“無冠の帝王”である。

『1917』3部門
撮影、視覚効果、録音賞
作品賞の本命と目されたが、技術部門に留まった。最大の功労者である撮影監督ロジャー・ディーキンスは通算15回目のノミネートにして、『ブレードランナー2049』に続く2度目の受賞。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』2部門
助演男優、美術
プロデューサーとして既に作品賞ホルダーであったブラッド・ピットが演技賞で念願の初受賞。授賞式冒頭から今年のハイライトとなった。タランティーノ映画としてはクリストフ・ヴァルツに続く演技賞受賞者である。

『フォードvsフェラーリ』2部門
編集、音響効果賞
配給元の20世紀フォックスがディズニーに吸収され、おそらくろくなキャンペーン体制がなかった事はクリスチャン・ベールの主演男優賞落選からも伺える。受賞者たちの「おそらく20世紀フォックスでの最後の作品となる」「15年間、ジェームズ・マンゴールド監督が名匠へと成長する過程を見られて幸せだった」というコメントが印象的だった。

『ジョーカー』2部門
主演男優、作曲賞
作曲ヒドゥル・グドゥナドッティルはTVドラマ『チェルノブイリ』でも素晴らしいスコアを披露しており、今年はエミー賞も含めて独占した。
ホアキンはゴールデングローブでの泥酔・支離滅裂スピーチ以後、受賞に向けて調整してきたのか強い関心を持っている環境問題はじめ、素晴らしいメッセージを発信した。最後に亡きリヴァーの詩で締めてくれた事に泣いたファンも多いのではないだろうか。

他、『若草物語』(衣装)、『スキャンダル』(メイク)、『ジョジョ・ラビット』(脚色)、『マリッジ・ストーリー』(助演女優)が1部門ずつと分け合った。スタジオ別で最多候補となったNetflixは長編ドキュメンタリー賞他2部門に留まり、壁の高さを改めて実感した。

パフォーマンスでは俳優ウトカルシュ(不勉強なことに初めて彼を知った)のオスカー途中経過復習ラップや、さすがのビリー・アイリッシュによる追悼ソングが良かった。また『キャッツ』に出演したジェームズ・コーデン、レベル・ウィルソンが猫の衣装で「私達は視覚効果の重要性をよくわかっています」と捨て身の視覚効果賞プレゼンターをやったのには笑えた(視覚効果組合は「晴れ舞台で笑いのネタにされた」と遺憾の声明を発表)。
楽しい授賞式でした。来年こそ万難排してライブを見なきゃ!

【受賞予想編↓】
第92回アカデミー賞は例年よりも約1か月早い2月9日に開催される。賞レース期間の長期化がキャンペーン活動の悪質さを招くという懸念から早められたようだ。ここから本番に向けて予想の重要な指針となる各組合賞が矢継ぎ早に発表されるが、オスカー本番までの期間が短いという事は会員の投票意思が固定化せず、翻意もありえるという事だろう。まさにオスカーウォッチャーの腕の見せ所。今年も主要6部門を中心に見ていきたい。

【作品賞】

『ジョーカー』最多11部門候補
(作品、監督、主演男優、脚色、編集、撮影、衣装、音響、音響効果、作曲、メイク)
2019年最大の問題作。DCコミック『バットマン』に登場する悪役ジョーカー誕生秘話を描くスピンオフ…という表向きだが、コミック的要素はほとんどオミットされており、社会の下層に生きる青年が虐げられ、やがて狂気に陥っていく様が『タクシードライバー』や『ネットワーク』など70年代映画を彷彿させる筆致で描かれていく。ベネチア映画祭ではアメコミ史上初の金獅子賞を受賞。興行面でも世界的大ヒットを記録した。

『アイリッシュマン』9部門10候補
(作品、監督、助演男優×2、脚色、視覚効果、撮影、編集、美術、衣装)
巨匠マーティン・スコセッシ監督が長年温めてきた企画を配信大手Netflixが1億5千万ドル以上の巨額を費やして完成させた一大ギャングサーガ。スコセッシの盟友ロバート・デニーロ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル、そして初参加となるアル・パチーノら“レジェンド級”のキャストが豪華結集し、まさに集大成的傑作となった。

『1917 命をかけた伝令』10部門候補
(作品、監督、脚本、視覚効果、メイク、撮影、美術、作曲、音響、音響効果)
『アメリカン・ビューティー』『007/スカイフォール』の名匠サム・メンデス監督による戦争映画。戦場を駆け抜ける伝令の姿を全編1カットで描くという驚異的撮影を名撮影監督ロジャー・ディーキンスが手掛けた。賞レースに照準を合わせたプロモーションが功を奏し、ゴールデングローブ賞での作品賞獲得後、全米で大ヒットを記録中。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』10部門候補
(作品、監督、脚本、主演男優、助演男優、撮影、美術、衣装、音響、音響効果)
1960年代終わり、マンソンファミリーによるシャロン・テート殺害事件を描くクエンティン・タランティーノ監督作。レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピットの豪華2大スターが共演し、全米サマーシーズンに大ヒットを記録した。当時のハリウッドを再現したプロダクションデザインに郷愁を呼び起こされるアカデミー会員も多いのでは。

『パラサイト 半地下の家族』6部門候補
(作品、監督、編集、脚本、美術、国際長編映画)
韓国の鬼才ポン・ジュノ監督が格差社会を描いたコメディホラー。既にカンヌ映画祭で最高賞パルムドールを獲得、全米の批評家賞でも作品賞を席巻した今年のダークホースだ。韓国映画としても初のノミネートとなる国際長編映画賞(旧外国語映画賞)の獲得はほぼ確実。全米では外国語映画の興行収入記録を塗り替える熱狂的ヒットを記録している。

『マリッジ・ストーリー』6部門候補
(作品、主演女優、主演男優、助演女優、脚本、作曲)
Netflixの今年もう1本の勝負作。今や名監督となったノア・バームバック監督が自身の離婚体験を基にした本作は“2019年の『クレイマー・クレイマー』”との賞賛を得た。残念ながらバームバックの監督賞候補は漏れてしまったが、ノリに乗っている主演2人、そしてアカデミー副会長の助演ローラ・ダーンら俳優陣のアンサンブルは最大の投票母数である俳優層に訴えるのでは。

『ジョジョ・ラビット』6部門候補
(作品、脚色、編集、美術、衣装、助演女優)
『マイティ・ソー/バトルロイヤル』を大ヒットさせた個性派タイカ・ワイティティ監督作。第2次大戦ドイツ、ヒトラーユーゲントの少年にはイマジナリーフレンドのヒトラーが見えて…というトンデモない内容ながら、昨年の覇者『グリーン・ブック』に続いてトロント映画祭観客賞を受賞。好感度では今年ピカイチ。

『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語 』6部門候補
(作品、主演女優、助演女優、脚色、衣装、作曲)
『レディ・バード』でアカデミー監督賞にノミネートされたグレタ・ガーウィグ監督作。残念ながら監督賞候補から漏れた事で、さっそく男性ばかりのノミネートが批判の的になっている。シアーシャ・ローナンはじめ豪華女優陣のアンサンブルも好評。女性会員票の受け皿となるか。※なお本稿では以下『若草物語』と表記する。

『フォードVSフェラーリ』4部門候補
(作品、編集、音響、音響効果)
前作『ローガン』でアカデミー脚色賞候補にあがった名匠ジェームズ・マンゴールド監督作。1960年代のフォードとフェラーリの技術対立、ル・マンレースでの決戦を描く。レース映画は当たりにくい、というジンクスを翻す大ヒットを記録。残念ながら作品賞争いには程遠い位置だが、映画技術の粋を集めた音響、音響効果賞でトップを演じられるかもしれない。

【予想】
豊作と言われた2019年を象徴するラインナップだ。最多11候補の『ジョーカー』を筆頭に10部門で3作品、その次が6部門で4作品が拮抗というのは記憶にない大激戦である(これは『ジュリア』『愛と喝采の日々』が11部門、『スター・ウォーズ』が10部門で候補に挙がった1978年まで遡るという)。このどれもが興行的にも成功を収めているというのだから言う事なしではないか。

今年、予想を最も難しくしているのが前哨戦となる各批評家賞で一番人気となった韓国映画『パラサイト』の存在だ。既にカンヌ映画祭パルムドール受賞という箔は付いていたものの、ここまで全米の批評家賞を圧倒するとは思わなかった。ポン・ジュノ監督も各メディアに次々と顔を出す精力的なキャンペーンを展開し、その知的でユーモラスな人柄が話題となっている(英語を話さず、優秀な通訳を連れてのプロモーションはやはり同じスタイルで話題を呼んだ“こんまり”を思い出した)。本来ならば外国語映画はここまで評価されてもあくまで“外様”扱いとされる所だが、既にポン・ジュノはハリウッドで『スノー・ピアサー』『オクジャ』というオールスター映画を撮っており、地盤がある。さらに昨年、おなじく外国語映画『ROMA』が最多候補に挙がった事で外国語映画の地位も切り拓かれた(故の“外国語”映画賞から“国際長編映画賞”への改称だろう)。作品賞争いに必須となる編集賞、脚本賞でノミネートされているのも心強い。その完成度から受賞を応援したくなる映画なのだ。

この予想が成立するのも他作品には受賞の強みに対して“アカデミー賞らしくない”という不安要素も多数あるからだ。
大ヒット作『ジョーカー』は暴力的で、R指定。そしてついつい忘れがちだがアメコミ映画である。昨年『ブラックパンサー』が作品賞候補に挙がってようやく壁は崩されたが、作品賞獲得までの道程は容易くない。全米の批評家では賛否両論で割れた。作品賞は候補作に順位を付けて投票し、上位数パーセントの得票率である作品が受賞するという特殊な形を取っているため、多くの人が「1位」投票するとは考えにくい。

大ヒット作が多いという事は劇場にかからないNetflix映画は不利になる。やはり昨年の『ROMA』のおかげで門戸が開かれたものの、同時に“Netflix映画は映画なのか?”という困った議論も広がってしまった。『アイリッシュマン』は受賞すべき傑作であり、マーティン・スコセッシが『ディパーテッド』ではなく正当に賞を受け取るべき作品だ。しかし哀しいかな、そんな作品を製作できたのはハリウッドではなくNetflixだったのである。同社は今年スタジオ別で最多となる24候補を獲得。エミー賞などを見る限りでは本命を絞り込めずに主要部門を逃す傾向があり、ゴールデングローブ賞でも惨敗を喫している。さらなる強力キャンペーンを仕掛けてくる事だろう。

これら上記3作品は必須条件となる編集賞、脚本賞、監督賞ノミネートを獲得している事から先頭集団と言える。だがこれら不安要素もあるとなれば、昨年『グリーンブック』が監督賞ノミネートなしで受賞したデータも重要視すべきだろう。共に大ヒットを記録している『1917』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』も勝算は十分だ。前者はオスカー直結率の高い製作者組合賞を受賞、後者は古き良きハリウッドを再現し、幅広い層にアピールするのではないだろうか。

受賞するだろう~『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
受賞すべき~『アイリッシュマン』
受賞してほしい~『パラサイト』

【監督賞】

ポン・ジュノ~『パラサイト 半地下の家族』
初ノミネート
『殺人の追憶』『グエムル』『母なる証明』など数々の傑作を手掛けてきた韓国映画界の鬼才。13年には『スノーピアサー』、17年にはNetflix映画『オクジャ』でハリウッドにも進出済み。韓国人としてのオスカー候補はもちろん初、アジア人としても史上4人目の監督賞候補となった。全米の批評家賞では作品賞、監督賞を独占する快進撃。

サム・メンデス~『1917 命をかけた伝令』
2回目のノミネート
監督デビュー作『アメリカン・ビューティー』でいきなりアカデミー賞を席巻した英国が誇る名演出家。既に演劇で成功を収めていたが、映画界進出後も『ロード・オブ・パーディション』『レボリューショナリー・ロード』『007/スカイフォール』など名作を手掛けてきた。今回は監督賞ほか、プロデューサーとして作品賞、脚本賞のトリプルノミネートを達成している。

トッド・フィリップス~『ジョーカー』
初ノミネート
『ハングオーバー!』シリーズなどを手掛けてきたコメディ映画の名手がDCコミックの悪役ジョーカーを主人公にしたスピンオフで圧倒的なイメージチェンジ。70~80年代の映画を思わせる見事なルックは最多ノミネートに結実した。世界興収は10億ドルを超える驚異的メガヒット。今年は作品賞、脚色賞との3部門ノミネートとなった。

マーティン・スコセッシ~『アイリッシュマン』
9回目のノミネート
アメリカ映画界が誇る巨匠。07年の『ディパーテッド』で念願の作品賞、監督賞を獲得しているが、今回の『アイリッシュマン』こそ賞に相応しい大傑作と思っている映画ファンも多いのではないだろうか。老いてもなおNetflixなど新たな技術を取り入れていく現在進行形の姿勢こそ巨匠たる所以だろう。今年は作品賞とのWノミネートである。

クエンティン・タランティーノ~『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
3回目のノミネート
今や名匠の域となったアメリカ映画界屈指の人気監督。既に脚本賞では2度受賞済み。今年も作品、脚本と合わせて3部門ノミネートとなっている。ノスタルジックな作品ながら、ディカプリオ、ブラッド・ピットら2大スターの力を借りて映画も大ヒットとなった。

【予想】
前哨戦実績ではポン・ジュノがリード。それをサム・メンデスが猛追している。従来ならば作品賞を占う分水嶺となる部門だが、今年は割れるのでは。ここ10年、監督賞は『ラ・ラ・ランド』のデミアン・チャゼル以外はイニャリトゥ、ギレルモ・デルトロ、アルフォンソ・キュアロンらメキシコ勢が独占している事から、外国監督にも広く門戸が開かれている印象。『パラサイト』は作品賞がダメでも監督賞を取れる勝機がある。

受賞するだろう~ポン・ジュノ
受賞すべき~マーティン・スコセッシ
受賞してほしい~ポン・ジュノ

【主演男優賞】

アントニオ・バンデラス~『Pain and Glory』
初ノミネート
スペイン出身。同郷の名匠ペドロ・アルモドバルに見出され、スターダムを駆け上がりハリウッドへ進出。『デスペラード』などアクション映画で人気を博すも、メラニー・グリフィスとの離婚劇やB級映画への出演を経て近年はキャリアを持ち崩していた。アルモドバル『Pain and Glory』は監督の分身とも言える主人公を演じてカンヌ映画祭男優賞を受賞。キャリア復活となった。

レオナルド・ディカプリオ~『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
6回目のノミネート
今や押しも押されぬアメリカ映画界の名優の1人。長年、“無冠の帝王”と呼ばれてきたが2015年『レヴェナント 蘇りし者』で念願の主演賞を獲得。以後、休業状態にあったが復帰後早々にノミネートとなった。珍しくコメディ演技を見せているのも魅力。今回は相棒ブラピの引き立て役で終わるだろう。

アダム・ドライヴァー~『マリッジ・ストーリー』
2回目のノミネート
メジャーからインディーまで、アメリカ映画界の名匠に愛される個性派俳優。今年だけでも『ザ・レポート』『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』『ザ・デッド・ドント・ダイ』といった全く異なる作品に出演する八面六臂の大活躍。昨年の『ブラック・クランズマン』での助演賞候補に続く2年連続ノミネートとなった。前哨戦となる各批評家賞ではトップの勝率、初のオスカー獲りに挑む。

ホアキン・フェニックス~『ジョーカー』
4回目のノミネート
アメリカ映画界屈指の演技派俳優。08年『ダークナイト』でヒース・レジャーが演じ死後、アカデミー賞を受賞したジョーカー役に挑み、圧倒的な怪演を見せつけた。アカデミー賞はじめ賞レース嫌いとしても有名で、先頃のゴールデングローブ賞では酔いどれたスピーチが話題に。その変人ぶりを厭わない票が入るか否か…。

ジョナサン・プライス~『2人のローマ教皇』
初ノミネート
御年71歳、英国映画界を代表する名優の1人。95年の『キャリントン』でカンヌ映画祭男優賞を獲得、ハリウッド映画でも脇を固めるバイプレーヤーとして重宝されている。近年は人気TVドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のハイスパロウ役でもおなじみ。対象作は昨年末にリリースされたが、主要3部門にノミネートされる人気ぶり。

【予想】
作品人気も手伝って賞レース前半戦ではアダム・ドライヴァーが批評家賞を快走。大ヒットを記録し、オスカーを期待されていた『ジョーカー』ホアキン・フェニックスは一向に名前を呼ばれず出遅れた感があった。ようやくゴールデングローブ賞を獲得、作品も最多ノミネートを獲得した事で並んだ感がある。今年はこの2人の一騎打ちだ。

受賞するだろう~ホアキン・フェニックス
受賞すべき~ホアキン・フェニックス
受賞してほしい~ホアキン・フェニックス

【主演女優賞】

スカーレット・ヨハンソン~『マリッジ・ストーリー』
初ノミネート
子役としてキャリアをスタート、『ゴーストワールド』や『バーバー』など作家映画で頭角を現し、近年はアベンジャーズの一員として活躍。『ロスト・イン・トランスレーション』や『マッチポイント』でオスカーチャンスがあったが尽く無視されてきた。その甲斐あってか、今年は本作と『ジョジョ・ラビット』の助演で史上8人目となるWノミネートを達成する快挙となった。

シンシア・エリヴォ~『ハリエット』
初ノミネート
既にエミー賞、グラミー賞、トニー賞を受賞済み。オスカーを含めた“EGOT”を目指す。19世紀の奴隷解放家にして女性解放家、さらには米の新しい紙幣にも印刷される事が決まっているハリエット・タブマンに扮する。演技賞では今年唯一の有色人種になってしまった事も話題に。自ら歌う主題歌もノミネートされた。

シアーシャ・ローナン~『若草物語』
4回目のノミネート
弱冠25歳にして4度目となる若き演技派。原作『若草物語』は94年にも映画化され、同じ役柄でウィノナ・ライダーが主演賞候補に挙がっている。監督グレタ・ガーウィグとはやはりオスカー候補に挙がった『レディ・バード』との連続タッグ。前哨戦では出遅れたが、映画は現在スマッシュヒットを記録中。

シャーリーズ・セロン~『スキャンダル』
3回目のノミネート
03年『モンスター』で主演賞受賞済み、05年『スタンドアップ』で再度ノミネートされる。『マッドマックス:怒りのデス・ロード』ではノミネートまであと一息だった。キャリア初期こそ肩に力が入り過ぎている感もあったが、近年は大女優らしい思い切りの良いパフォーマンスでアクション、コメディ、ドラマとジャンル問わずの大活躍ぶり。

レネー・ゼルウィガー~『ジュディ 虹の彼方に』
4回目のノミネート
01年『ブリジット・ジョーンズの日記』、02年『シカゴ』で主演賞に連続ノミネート。3度目の正直となった03年『コールド・マウンテン』で念願の助演女優賞を獲得。以後、キャリアが低迷したが、薬物に苦しむ晩年のジュディ・ガーランドに扮した本作で大復活。今年の本命候補。

【予想】
実は前哨戦となる各批評家賞で1番人気だったのは『アス』のルピタ・ニョンゴだった。昨年『ヘレディタリー』のトニ・コレットがやはり同じパターンで落選しており、まだまだオスカーにおけるホラー映画の壁は厚い事が明らかになった。
という事でニョンゴの落選でホッとしているのはゼルウィガーだろう。キャリア復活となる本作での熱演は2度目の受賞も射程圏内だ。
同じくニョンゴの落選でチャンスが増したのはWノミネートのスカーレット・ヨハンソンだ。今年はマーベル卒業作となる単独主演作『ブラック・ウィドウ』も控えており、演技、興行面でもトップクラスの人気である彼女を手ぶらで帰すワケにはいかない。Wノミネートによる票割れは気がかりだが、ゼルウィガーは既にタイトル獲得済みというのもプラスに働くかもしれない。

受賞するだろう~レネー・ゼルウィガー
受賞すべき~スカーレット・ヨハンソン
受賞してほしい~スカーレット・ヨハンソン

【助演男優賞】

ブラッド・ピット~『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
4回目のノミネート
既にプロデューサーとして『それでも夜は明ける』で作品賞を受賞済み。近年は映画製作者としても辣腕を振るうハリウッドを代表する大スターへと成長した。今回は2度目のタッグとなるタランティーノ監督作で主人公ディカプリオを守護神のように守り続けるスタントマンを好演し、キャリア史上最高のカッコよさを見せつけた。

トム・ハンクス~『A Beautiful day in the Neighborhood』
6回目のノミネート
近年も『キャプテン・フィリップス』『ブリッジ・オブ・スパイ』『ペンタゴン・ペーパーズ』『ハドソン川の奇跡』等で名演を披露してきたが、意外や00年『キャスト・アウェイ』以来20年ぶりのノミネート。昨年『天才作家の罪と罰』で賞レースを賑わしたマリヘル・ヘラー監督作でフレッド・ロジャースに扮する。

アンソニー・ホプキンス~『2人のローマ教皇』
5回目のノミネート
言わずと知れた映画史上最高の悪役ハンニバル・レクターを演じた『羊たちの沈黙』でアカデミー主演男優賞を受賞した名優。98年の『アミスタッド』以来22年ぶりのノミネートとなった。近年もTVドラマ『ウエストワールド』でエミー賞にノミネートされるなど精力的に活躍中。本作では前ローマ教皇ベネディクト16世に扮した。

アル・パチーノ~『アイリッシュマン』
9回目のノミネート
アメリカ映画界を代表するレジェンドの1人。盟友マーティン・スコセッシ監督との初タッグ作で、謎の失踪を遂げた全米トラック運転手組合長ジミー・ホッファに扮し、変わらぬエネルギッシュな演技を披露した。8度目の正直で念願の初受賞となった『セント・オブ・ウーマン』以来27年ぶりのノミネートとなった。

ジョーペシ~『アイリッシュマン』
3回目のノミネート
マーティン・スコセッシ映画の常連として『レイジング・ブル』『カジノ』に出演。91年『グッドフェローズ』で助演男優賞を受賞して以来、29年ぶりのノミネートとなった。引退からの復帰となった本作では往年のキレやすく、暴力的な男から一転、静かな凄味でマフィアのボスを演じ、老境の貫禄を見せつけた。

【予想】
今年は既にブラッド・ピットで決まりの部門。最高のもうけ役であり、前哨戦となる各批評家賞も独占。対抗馬は既にオスカー受賞済みのレジェンド級の名優ばかり。演技賞では未だ無冠のブラピが受賞する条件が揃った。
あえて対抗馬を挙げるとすれば引退を撤回して出演し、往年とは全く異なる演技の凄味を見せたジョー・ペシだろう。『アイリッシュマン』は10部門ノミネートながら本命候補にはつけない立ち位置。作品支持票を集めやすいのは彼かも知れない。

受賞するだろう~ブラッド・ピット
受賞すべき~ブラッド・ピット
受賞してほしい~ブラッド・ピット

【助演女優賞】

フローレンス・ピュー~『若草物語』
初ノミネート
英国出身。2016年の『Lady Macbeth』で頭角を現し、2018年はパク・チャヌク監督、ジョン・ルカレ原作のドラマ『リトル・ドラマー・ガール』で主演に抜擢。2019年は『ファイティング・ファミリー』『ミッドサマー』と主演作が相次いだ。今年公開のマーベル映画『ブラック・ウィドウ』にも出演するなど、絶好調の新進スターである。

キャシー・ベイツ~『リチャード・ジュエル』
4回目のノミネート
90年に『ミザリー』でアカデミー主演女優賞を獲得。その後『パーフェクト・カップル』『アバウト・シュミット』で助演候補に挙がった名女優。近年は『アメリカン・ホラー・ストーリー』などTVシリーズにも精力的に出演。今回はイーストウッド監督作で主人公の冤罪を信じる母親に扮した。

ローラ・ダーン~『マリッジ・ストーリー』
3回目のノミネート
ダイアン・ラッド、ブルース・ダーンの娘として子役からキャリアをスタート。デヴィッド・リンチ映画や『ジュラシック・パーク』シリーズなど幅広い作品で活躍し、一昨年前はTVドラマ『ビッグ・リトル・ライズ』での怪演で賞レースを席巻した。2017年は『ツイン・ピークス』『スター・ウォーズ』にも出演し、キャリア全盛期と言える活躍ぶりである。アカデミー協会の副会長も務めた。

スカーレット・ヨハンソン~『ジョジョ・ラビット』
2回目のノミネート
今年、主演『マリッジ・ストーリー』とのWノミネートを達成した人気女優。対象作では主人公の母親役を演じた。

マーゴット・ロビー~『スキャンダル』
2回目のノミネート
3月には当たり役ハーレー・クインを再演する『Birds of pray』が待機中の人気女優。トーニャ・ハーディングを演じた『アイ、トーニャ』でオスカー主演賞に初ノミネート。エリザベス1世に扮した史劇『ふたりの女王』も好評を博した。今年は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で作品の魂ともいえるシャロン・テートにも扮し、合わせ技が使える。

【予想】
前哨戦実績、キャリアの充実度からローラ・ダーンが受賞タイミング。 但し、新進の若手がかっさらっていく部門でもある。飛ぶ鳥を落とす勢いのフローレンス・ピューは対象作のオスカーチャンスが限られているのも追い風になるか。マーゴット・ロビーは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』票も期待できる。ベテランVS勢いのある若手女優2人の対決になるだろう。

受賞するだろう~ローラ・ダーン
受賞すべき~ローラ・ダーン
受賞してほしい~ローラ・ダーン
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第91回アカデミー賞予想

2019-02-06 | 賞レース

(2/6更新 受賞予想編)
去る1月22日に今年のアカデミー賞候補が発表された。主要6部門を中心に受賞予想をしていきたい。

【作品賞】
『ROMA』最多10部門候補(作品、監督、主演女優、助演女優、脚本、撮影、美術、録音、音響効果、外国語映画)
『ゼロ・グラビティ』でオスカー監督賞はじめ8部門を制したアルフォンソ・キュアロン監督の最新作。1970年代、監督の自宅に来ていたお手伝いの女性をモデルに、激動のメキシコを美しいモノクロ映像で淡々と描写していく。動画配信サービスNetflixが製作、劇場公開のない配信限定スタイルでリリースされた。本作の最多ノミネートは“劇場公開のない映画が果たして映画なのか”という論争に終止符を打つことになりそうだ。外国語映画が作品賞を受賞すれば史上初の快挙となる。

『女王陛下のお気に入り』9部門10候補(作品、監督、主演女優、助演女優×2、脚本、撮影、編集、美術、衣装)
18世紀イギリス、アン女王と彼女を取り巻く女官達の権力闘争を描く。『籠の中の乙女』『ロブスター』でもアカデミー賞にノミネートされたギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督がメガホンを取り、オリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズら主演3女優が揃ってノミネートされた。3度の受賞歴を誇る巨匠サンディ・パウエルの時代考証を度外視したパンクな衣装デザインはオスカー最有力だろう。

『アリー/スター誕生』8部門(作品、主演男優、主演女優、助演男優、脚色、撮影、録音、主題歌)
これまで3度作られてきた古典恋愛映画のリメイク。人気俳優ブラッドリー・クーパーが師匠格クリント・イーストウッドより企画を引き継ぎ、監督デビューを飾った。主演に人気歌手レディー・ガガを迎え興行収入、サントラ共に大ヒットを記録。クーパーの演出手腕も絶賛されたがまさかの監督賞候補落ちとなり、今年最大のサプライズとなった。作品賞争いからは大きく後退、主題歌賞以外に望みがないように見えるが…。

『バイス』8部門(作品、監督、主演男優、助演女優、助演男優、脚本、編集、メイク)
ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニーを描くポリティカルドラマ。『マネー・ショート』でオスカー5部門候補に挙がったアダム・マッケイ監督の最新作だ。批評は伸び切らなかったものの、またしても驚異の肉体改造を披露するクリスチャン・ベール、ついに6度目の候補となったエイミー・アダムス、昨年の『スリー・ビルボード』に続く2年連続候補サム・ロックウェルらキャストアンサンブルが好評、最も投票分母の多い俳優票を狙う。

『ブラックパンサー』7部門(作品、美術、衣装デザイン、録音、音響効果、作曲、主題歌)
歴代興行収入記録を更新する大ヒットを記録した上半期最大の話題作。オール黒人キャスト、黒人監督による娯楽映画のニュースタンダードとして批評家からも大絶賛されその結果、作品賞枠拡大のきっかけとなった『ダークナイト』の悲劇から10年、ついにアメコミ映画史上初の作品賞ノミネートを勝ち取った。当初は「ノミネートにこそ意義がある」と泡沫候補的な観測だったが、オスカー直結率の高い俳優組合賞では作品賞に相当するキャストアンサンブル賞を受賞。本命争いに食い込んだ。

『ブラック・クランズマン』6部門(作品、監督、助演男優、脚色、編集、作曲)
70年代に白人至上主義団体KKKに潜入捜査した黒人刑事を描くクライムドラマ。カンヌ映画祭では最高賞の次点にあたるグランプリを受賞、監督スパイク・リーの復活作として賞賛を浴び、全米興行でもスマッシュヒットを記録した。90年代初頭に鮮烈なブレイクを果たしたリーだが意外や監督賞は初ノミネート。各部門、勝機は薄いが巨匠リーがどう評価されるのかが分かれ目になるだろう。

『グリーンブック』5部門(作品、主演男優、助演男優、脚本、編集)
オスカー登竜門ともいえるトロント映画祭で下馬評を翻して観客賞を受賞、一躍オスカーレースの先頭集団に加わった。公民権運動前のアメリカ南部を舞台に黒人ピアニストと白人運転手の友情を描いた本作は万人受けする"フィール・グッドムービー”として人気を集めるが、事実と違うという指摘や監督ピーター・ファレリーの過去のセクハラ問題、そしてあくまで白人目線の人種問題映画であるという批評など猛烈なネガティブキャンペーンに晒されている。ゴールデングローブ賞のミュージカル/コメディ部門作品賞、オスカー直結率の高い製作者組合賞を受賞して本来ならば最有力候補と言える所だが、イマイチ人気が伸び切っていない印象だ。

『ボヘミアン・ラプソディ』5部門(作品、主演男優、編集、録音、音響効果)
人気ロックバンドQUEENのボーカル、フレディ・マーキュリーを描いた音楽伝記映画。撮影中の監督更迭劇、批評家からの酷評などネガティブな要素を跳ね除け、世界中で大ヒットを記録。ゴールデングローブ賞ではラミ・マレックの主演男優賞のみならず、作品賞まで獲得する大番狂わせを演じた。老若男女、世界規模のQUEEN人気あってこそのノミネートと言えるだろう。

※予想※
金でオスカーを買ったとまで言われたワインスタイン・カンパニーの消滅後、賞レースは群雄割拠の戦国時代になった感がある。ここ数年、大量受賞間違い無しの大本命作は現れず、候補作が賞を分け合う接戦続きだ。今年は作品賞受賞の指針となる前哨戦の結果が全て割れ、全く先が読めない大混戦となっている。ゴールデングローブ賞は『グリーンブック』と『ボヘミアン・ラプソディ』が、放送映画批評家協会賞は『ROMA』が受賞した。

最大の指針となる俳優組合賞キャスト部門にノミネートされたのは上記のうち『ボヘミアン・ラプソディ』『ブラック・クランズマン』『ブラックパンサー』の3作品。過去25年間で同賞にノミネートされずオスカーを獲ったのは95年『ブレイブハート』と昨年の『シェイプ・オブ・ウォーター』だけという鉄板データを参考にすると受賞作『ブラックパンサー』が最有力となるが、果たしてどうだろうか。

というのも作品賞受賞には監督賞、編集賞、脚本賞のノミネートが必須という見えない条件がある。今年、これを満たしているのは作品賞レースでは後続の『女王陛下のお気に入り』と『ブラック・クランズマン』『バイス』だけなのである。今更この2本で争われるとは思えない。
となると、今年は"上記3賞いずれかのノミネートが欠けた作品賞受賞”という例外的データの方が重要視されるかもしれない。いや、そもそもデータすら当てにならないのか。『ROMA』『ブラックパンサー』『グリーンブック』の有力作3本はいずれもウィークポイントも抱えている。

『グリーンブック』は監督賞ノミネートこそ落としたものの編集、脚本がノミネートされており、幅広い層に好かれるフィールグッドムービーだ。その一方、“白人目線の人種問題映画”という批判があり、多様性を訴え、トランプ政権へのカウンターともなる『ブラックパンサー』と比べると時勢の力は借りれないかもしれない。もちろん、国境問題で揺れるメキシコ映画『ROMA』に票を投じることも同様の意義があるだろう。編集賞候補を落としたがキュアロンの監督賞は固く、最多ノミネートの力も大きい。但し、ハリウッドとは全く無縁の“外国語映画”であり、劇場公開のない“Netflix映画”である。外国語映画賞でお茶を濁される可能性は否定できない(そのため、日本の『万引き家族』には全くチャンスがなくなる)。

・本命~『ROMA』
・対抗~『グリーンブック』
・取るべき~『ROMA』


【監督賞】
アルフォンソ・キュアロン『ROMA』
今や現役最高と言っても過言ではないメキシコの名匠。前作『ゼロ・グラビティ』はオスカーでは監督賞はじめ8部門を獲得。続く本作はパーソナルな小品ながら、ベネチア映画祭金獅子賞を皮切りに賞レースを席巻した。今回は製作、撮影、脚本も兼任。単独で4部門にノミネートされる快挙を成し遂げた。

ヨルゴス・ランティモス『女王陛下のお気に入り』
『籠の中の乙女』でアカデミー外国語映画賞候補に挙がり、一躍頭角を現したギリシャの鬼才。ブラックユーモアが込められた独自の作風は新作を発表する度にカンヌ、ベネチアといった国際映画祭で注目を浴び、ついに満を持してのオスカー最多ノミネートとなった。『ロブスター』でも脚本賞候補に上がっており、下地は十分だ。

アダム・マッケイ『バイス』
ウィル・フェレル主演のバカ映画でメガホンを取ってきた職人監督のイメージが強かったが、『アザー・ガイズ』から社会情勢を皮肉った作風が顕になり、リーマンショックを扱った前作『マネー・ショート』でオスカー主要5部門候補に結実、社会派コメディ監督の地位を確立させた。キャストアンサンブルの采配も巧みで、今回は演技賞候補に3人も送り出している。

スパイク・リー『ブラック・クランズマン』
常に論争を巻き起こすような強烈なメッセージ性の作品を発表し続けてきた黒人映画の先駆的巨匠。89年の『ドゥ・ザ・ライト・シング』は圧倒的評価を得ながらアカデミー賞では脚本賞候補のみに留まり、92年は渾身作『マルコムX』がやはり無視されるなど、アカデミーの人種差別的な歴史と戦い続けてきた人物である。既に名誉賞を受賞しており、今回初の監督賞候補となった。

パヴェウ・パブリコフスキ『COLD WAR』
2013年『イーダ』でアカデミー外国語映画賞を受賞したポーランドの新鋭。本作は1950年代、冷戦下のポーランドを舞台にしたラブストーリーで、カンヌ映画祭では既に監督賞を受賞している。今回は監督賞のみならず外国語映画賞、撮影賞にもノミネートされた。美しいモノクロ映像と、同郷の巨匠アンジェイ・ワイダを彷彿とさせる国家の歴史を織り込んだ重厚な作風が特徴だ。

※予想※
既にアルフォンソ・キュアロンの独走状態にあり、ちょっとやそっとでこの下馬評はひっくり返らない雰囲気だ。あえて弱点を挙げるとすれば『ゼロ・グラビティ』で受賞して間もないこと、ここ数年間でキュアロン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロのメキシコ系監督3人でオスカーを独占していること、そしてやはり外国語映画であることがネックになるかもしれない。逆に『ROMA』はここを落とすと作品賞受賞はまず無理だろう。


【主演男優賞】
ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』
これまで演技賞ノミネート3回の常連。今回は製作者として作品・脚本・主演男優賞のトリプルノミネートとなった。初監督とは思えない素晴らしい手腕を発揮し、監督組合賞にもノミネートされたがまさかの落選。だが、おかげで票割れの心配がなくなった。

ラミ・マレック『ボヘミアン・ラプソディ』
TVシリーズ『Mr・ロボット』でエミー賞も受賞済みだが、映画では初主演。世界的人気ロックバンドQUEENボーカリスト、フレディ・マーキュリーに扮し、まるで本人が憑依したかのような大熱演で爆発的ヒットに貢献した。その演技は当初、ノミネートはまず無理と言われていた作品自体もオスカー候補に押上た程だ。ゴールデングローブ賞では下馬評を翻して主演男優賞を獲得。大番狂わせと報じられたがその後、オスカー直結の俳優組合賞も獲得して堂々の本命候補に上り詰めた。

クリスチャン・ベール『バイス』
未だ極度の肉体改造"デ・ニーロ・アプローチ”で役作りを続ける米映画界きっての鬼役者。既に『ザ・ファイター』で助演男優賞を受賞済み、通算4度目のノミネートとなった。今回はジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニーに変身、その役者根性を見せつけた。本作でゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞を受賞している。

ウィレム・デフォー『永遠の門 ゴッホの見た未来』
悪役、善人、キリスト、吸血鬼、アメコミキャラクターetc.ありとあらゆる役柄をこなすアメリカ映画界きっての性格俳優。喫驚な役が多い印象だが、近年は年齢を重ねて渋味を増しており、昨年は『フロリダ・プロジェクト』でオスカー助演男優賞にノミネートされた。本作では画家ゴッホに扮し、ベネチア映画祭で男優賞を受賞。功労票が入ってもおかしくないダークホースだ。

ヴィゴ・モーテンセン『グリーンブック』
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで大ブレイク後も出演料を度外視してデヴィッド・クローネンバーグ監督作へ連続出演するなど、独自の作品選びを続ける個性派俳優。そのアーティスティックなスタンスが多くの同業者から尊敬を集め、これまでも『イースタン・プロミス』『はじまりへの旅』で主演男優賞に2度ノミネートされた。

※予想※
人気俳優が揃った今年の激戦区。前哨戦を独走した『魂のゆくえ』イーサン・ホークの不在によりレースが振り出しに戻った中、下馬評ではノミネート止まりの泡沫扱いだったラミ・マレックがゴールデングローブ賞、俳優組合賞を獲得して一歩リードした。クリスチャン・ベールは既に受賞済みであること、ヴィゴ・モーテンセンは対象作の人気がマハーシャラ・アリに移っている事が弱点になるだろう。

一方、通算4度目の演技賞ノミネートとなったブラッドリー・クーパーは監督賞候補を逃したため、これで票割れの心配がなくなった。『アリー/スター誕生』は主題歌賞以外、全滅の可能性も高く、彼を手ぶらで帰らせるワケにはいかないという心理が働けば…。前哨戦でほぼ指名なしだったウィレム・デフォーは唯一功労票を集められるダークホースと言っていいだろう。

・本命~クリスチャン・ベール対ラミ・マレック
・対抗~ブラッドリー・クーパー
・大穴~ウィレム・デフォー


【主演女優賞】
オリヴィア・コールマン『女王陛下のお気に入り』
昨年はドラマ『ナイト・マネージャー』でゴールデン・グローブ助演女優賞を受賞。本来、助演で輝く名バイプレーヤーだが、本作ではアン女王に扮し、ベネチア映画祭はじめ各主演女優賞を席巻。サスペンスも史劇もなんでもござれだが、この人のコメディセンスは殺傷力抜群だ。

レディー・ガガ『アリー/スター誕生』
世界的人気を誇るポップシンガー。映画本格出演となる本作では自身のキャリアを彷彿とさせる主人公に扮し、素顔を晒して熱演。実はアクターズスタジオでも学んだ事があり、女優としての実力も十分だ。オスカー前哨戦では放送映画批評家協会賞で本命グレン・クローズと同点受賞。オスカーは過去にベッド・ミドラーやシェールなど歌手出身俳優に寛容な歴史が有り、3番手として逆転を狙う。

グレン・クローズ『天才作家の妻』
オスカーノミネート歴7回、米映画界を代表する名女優。前哨戦では遅れを取っていたが、ゴールデングローブ賞で下馬評を覆して逆転受賞。本人も驚きの受賞だったが、そこでの名スピーチを皮切りに一気に流れが変わった感。放送映画批評家協会賞、俳優組合賞も獲得、いよいよ無冠の帝王の称号を返上する時が近づいた。

ヤリッツァ・アパリシオ『ROMA』
オーディションを経て『ROMA』が映画初出演となったシンデレラガール。メキシコ系としてもアカデミー史上初の主演女優賞ノミネートとなった。今年のオスカーはとりわけグローバリズム重視。彼女のような新人がかっさらうサプライズはこれまでにもあっただけに、ダークホースとして侮れない。

メリッサ・マッカーシー『Can You Ever Forgive Me?』
2011年に大ヒットしたコメディ映画『ブライズ・メイズ』でアカデミー助演女優賞にノミネート。以後、単独主演で大ヒットを飛ばせるコメディスター女優へと成長した。今回は文書偽造詐欺を働いた実在の作家に扮し、お笑いを封印。新境地開拓となった。

※予想※
当初『スター誕生』のガガ、『女王陛下のお気に入り』のコールマン、『へレディタリー』のトニ・コレットで批評家賞は争われたが、ホラー映画というジャンルが祟ってかコレットが落選。ゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞、俳優組合賞の重要前哨戦を押さえたグレン・クローズへと風向きが完全に変わった。大女優への称賛も手伝って、受賞は確実と言っていいだろう。

・本命~グレン・クローズ
・対抗~オリヴィア・コールマン、レディー・ガガ


【助演男優賞】
マハーシャラ・アリ『グリーンブック』
ドラマ『ハウス・オブ・カード』で頭角を現し、2016年『ムーンライト』でアカデミー助演男優賞を受賞。ヤクザから軍人、政治家と変幻自在ながらどこかインテリジェンスと色気を感じさせる演技派だ。2度目のオスカー受賞となれば黒人俳優としてデンゼル・ワシントンに並ぶ快挙となる。

リチャード・E・グラント『Can You Ever Forgive Me?』
カルト的人気を誇る1987年作『ウィズネイルと僕』でデビュー後、国籍・バジェット問わず活動を続けるベテラン俳優。今回は主人公の唯一の理解者となる男を演じ、批評家賞を独占した。

アダム・ドライヴァー『ブラック・クランズマン』
『スター・ウォーズ』新シリーズのカイロ・レンでおなじみ。ギリアム、バームバック、ソダーバーグ、ニコルズ、コーエン兄弟、ジャームッシュそしてスコセッシまでありとあらゆる作家監督に愛される個性派俳優だ。当然、スパイク・リーの目にも止まり今回の初ノミネートとなった。ここで受賞はなくともこれから何度も候補に挙がるだろう。

サム・エリオット『アリー/スター誕生』
御年71歳の大ベテランが意外や初ノミネート。ブラッドリー・クーパーの名演出を受けてキャリア最高とも言える名演を披露した。出番はかなり短いが、主演二人を見守る守護精霊のような役柄で深い印象を残す。功労票を集めるのは彼だろう。

サム・ロックウェル『バイス』
昨年、『スリー・ビルボード』で同部門を制した名バイプレーヤー。今回はジョージ・W・ブッシュ元大統領に扮するチャレンジで、その巧さを見せつけた。前哨戦ではほとんど名前が挙がらなかったが、有力候補だったティモシー・シャラメ、マイケル・B・ジョーダンら若手を下してさっそく受賞俳優のバリューを見せつけた。

※予想※
こちらも大勢が決してきた。当初は英国のベテラン、リチャード・E・グラントが批評家賞を独走したがゴールデングローブ賞をマハーシャラ・アリが受賞し、流れを一気に引き寄せた。『グリーンブック』の支持票が彼に代表されて集中しているのも強みになるだろう。

もちろん、ウィークポイントもある。一昨年前に『ムーンライト』で受賞したばかり。『グリーンブック』人気が果たして高いのか、低いのかもイマイチ読み切れない。ただグラントは功労票という意味合いではサム・エリオットと票を奪い合ってしまうのではないか。
かつてベン・アフレックが監督賞候補から落選したことをきっかけに『アルゴ』が作品賞を獲る、という現象が起きたが、ブラッドリー・クーパーの監督賞落選がサム・エリオットの支持票増加につながるか。深読みし過ぎかも知れないが、番狂わせがあるとすればグラントよりもエリオットかも知れない。

・本命~マハーシャラ・アリ
・対抗~リチャード・E・グラント
・大穴~サム・エリオット


【助演女優賞】
エマ・ストーン『女王陛下のお気に入り』
『バードマン』で助演女優賞に初ノミネート、続く『ラ・ラ・ランド』で早くも主演女優賞を獲得。オスカー受賞後も守りに入ることなく、『バトル・オブ・セクシーズ』など意欲的な作品選びが続くハリウッドきってのトップ女優へと成長した。本作では女王陛下に取り入ろうとする女中をヌードも辞さず熱演。今年はドラマ『マニアック』にも主演し俳優組合賞ではWノミネートと絶好調だ。

レイチェル・ワイズ『女王陛下のお気に入り』
2005年『ナイロビの蜂』でアカデミー助演女優賞を受賞、以後国際的な活躍の続く英国女優。ヨルゴス・ランティモス監督とは『ロブスター』に続く再タッグとなった。作品を見ればわかるが、実質上エマ・ストーンとのW主演で票割れは必至。主演も出来る人なので、檜舞台に上がるのはまた今度になるだろう。

レジーナ・キング『ビール・ストリートの恋人たち』
『アメリカン・クライム』『運命の7秒』でエミー賞を受賞しており、ベテランと言っても過言ではないだろう。『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督作では主人公の母親に扮し、批評家賞を独占した。肝心要の俳優組合賞で候補落ちしたのが気がかりだ…。

エイミー・アダムス『バイス』
今年はドラマ『シャープ・オブジェクト』にも主演、各賞では本作とWノミネートが続き絶好調。多彩な演技力、果敢な作品選択眼とハリウッド現役最高の演技派スターと言っていいだろう。名バイプレーヤーのイメージが強かったが『アメリカン・ハッスル』『メッセージ』を得て主演女優としての貫禄も増した。通算6度目のノミネートだが、今年もまだ本命とは言えず…。

マリーナ・デ・タビラ『ROMA』
Netflixは『ROMA』のオスカー獲得のために賞レース史上最大の2000万ドルを投じたと言われているが、その最大の成果が彼女のオスカーノミネートではないだろうか。実質5人目の席が空いていた不作の部門ではあったが、彼女の候補入りを予想できた人はいなかった。アメリカでは全く無名、というのが逆に強みになるかもしれない。

※予想※
前哨戦を独走したレジーナ・キングだが、肝心要の俳優組合賞のノミネートを落としてしまい、本当に受賞大本命なのかイマイチ確証が持てない。そんなキング不在の組合賞を制したのがオスカーで候補落ちしたエミリー・ブラント(『クワイエット・プレイス』)だからなおさら判断材料がない状態だ。当初ノミネート有力だったブラントが落選したことからも鑑みると、かなりの票割れが起きているのではないか。下馬評で全く名前が上がらなかったマリーナ・デ・タビラのノミネートはその最もたる結果だろう。6度目のノミネートとなるアダムスも本来ならキングの対抗馬と目されても良い実績だけに(ファンとしては主演で取って欲しい人だが)、どんな番狂わせが起きてもおかしくない部門だ。

・本命~レジーナ・キング
・対抗~エイミー・アダムス
・大穴~マリーナ・デ・タビラ



今年もやります、アカデミー賞予想。各批評家協会賞が発表され、オスカー直結率の高い重要前哨戦(ゴールデングローブ賞、俳優組合賞)の候補が出揃った1/4時点でのノミネート予想。

【作品賞候補予想】

ノミネート確実
・『ROMA』
・『アリー/スター誕生』
・『女王陛下のお気に入り』
・『ボヘミアン・ラプソディ』
・『ブラック・クランズマン』
・『グリーンブック』

ノミネートされるべき
・『ブラックパンサー』
・『クレイジー・リッチ!』

ノミネート有力
・『ビール・ストリートの恋人たち』

今年は不作なのか、作品賞候補10枠が埋まらない。上記有力候補群に加えて『ムーンライト』でオスカーを制したバリー・ジェンキンス監督作『ビール・ストリートの恋人たち』や、A24製作の青春コメディ『Eighth Grade』ら高評価を受けた小品群にも滑り込む余地があるだろう。ゴールデングローブ賞で最多ノミネートを獲得して名を上げた『バイス』だが、公開後の批評は期待ほど伸びなかった。幸い俳優陣のアンサンブルが好評を受けているので、この期に乗じて俳優票を大きく取り込みたいところだ。10枠に拡がった事で評価の伴わない作品が泡沫候補として挙がる事はしばしば批判の的だが、製作会社には大きなチャンスである。

『ブラックパンサー』はゴールデングローブ賞、ブロードキャスト批評家協会賞、俳優組合賞といった重要賞のノミネートを漏れなく獲得し、いよいよアメコミ映画悲願の作品賞ノミネートが見えてきた。これは作品評価、興行成績の後ろ盾がありながらノミネートを落とした2008年の『ダークナイト』とは背景が異なる。『ブラックパンサー』をノミネートする事は白人偏重ノミネート“ホワイトオスカー”問題、昨年の“Me too”問題などを経てハリウッドが自らの多様性を実証する重要なチャンスなのだ。創設10年を迎えたマーヴェルスタジオにとっても重要な節目となるだろう。
『ブラックパンサー』が評価されるなら、アジア系に大きく門戸を開いた『クレイジー・リッチ!』もノミネートされて然るべきだ。批評、興行共に資格十分、俳優組合賞でのキャスト賞ノミネートは大きな追い風である。

批評家賞での一番人気は『ROMA』だが外国語映画、全編白黒、スター不在とアカデミー作品賞には残念ながら程遠いポテンシャル。よって重要前哨戦の結果が発表されるまでは本命不在、本当の戦いはこれからだ。

【監督賞候補予想】

ノミネート確実
・アルフォンソ・キュアロン『ROMA』
・ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』
・ヨルゴス・ランティモス『女王陛下のお気に入り』
・スパイク・リー『ブラック・クランズマン』

ノミネートされるべき
・ピーター・ファレリー『グリーンブック』

ノミネート有力
・アダム・マッケイ『バイス』

作品賞ノミネート確実の上位4名は安泰、最後の1枠を巡る争いになるだろう。ピーター・ファレリーはこれまで弟ボビーと一緒に『メリーに首ったけ』などを作ってきたコメディ監督。対象作となる『グリーンブック』は人種問題を扱いながら間口の広い作風がウケてトロント映画祭で観客賞を受賞した。『マネー・ショート』で既にノミネート経験のある『バイス』のアダム・マッケイ監督もコメディ出身。コメディ監督2人の対決になるだろう。

前哨戦一番人気はやはり『ROMA』のアルフォンソ・キュアロンだが、『ゼロ・グラビティ』で既に受賞済み。これまでも俳優監督を優遇してきたオスカーが『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパーをどう評価するのかが見所になるだろう。

【主演男優賞候補予想】

ノミネート確実
・ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』
・ラミ・マレック『ボヘミアン・ラプソディ』
・ヴィゴ・モーテンセン『グリーンブック』
・クリスチャン・ベール『バイス』

ノミネートされるべき
・イーサン・ホーク『First Reformed』

ノミネート有力
・ジョン・デビッド・ワシントン『ブラック・クランズマン』

前哨戦一番人気は『First Reformed』のイーサン・ホークだがゴールデングローブ賞、俳優組合賞と重要前哨戦のノミネートを軒並み落としてしまって未だ安泰とは言えず。対象作は上半期公開のインディーズ映画、まだまだ作品の知名度が不足しているのかも知れない。ノミネートされれば通算3度目の演技賞候補(『ビフォアシリーズ』で脚色賞候補に挙がった事がある)なだけに、キャリア最大のオスカーチャンスになるかも知れない。

仮にホークが候補落ちすればレースは振出に戻る。父デンゼルに次いで巨匠スパイク・リー監督作でブレイクしたジョン・デビッド・ワシントンのブレイクスルーも大いにあり得るだろう。対象作が作品賞や監督賞など主要部門のノミネートが固いことも追い風になりそうだ。

【主演女優賞候補予想】

ノミネート確実
・レディー・ガガ『アリー/スター誕生』
・オリヴィア・コールマン『女王陛下のお気に入り』
・エミリー・ブラント『メリー・ポピンズ リターンズ』

ノミネート有力
・メリッサ・マッカーシー『can you ever forgiveme?』
・グレン・クローズ『天才作家の妻』

ノミネートされるべき
・トニ・コレット『へレディタリー/継承』
・エルシー・フィッシャー『Eighth Grade』

今年最大の激戦区。賞レース開始前から無冠の女王グレン・クロースの受賞が期待されていたが、作品評価が不発。より評価の高い主演作を得た女優達がどんどん追い抜いている状況だ。
一番人気はベネチア映画祭で女優賞も受賞したイギリスのベテラン、オリヴィア・コールマン。昨年はTVドラマ『ナイト・マネジャー』でゴールデングローブ賞を受賞するなどキャリア絶好調だ。
そのすぐ後ろを走るのが素顔を晒して役者としての実力を証明したレディー・ガガだ。オスカーはこれまでも歌手兼俳優に寛容。大ヒットも後押しして受賞ポテンシャルは十分だ。
3番手は今年大活躍のエミリー・ブラントを挙げておこう。実現不可能と言われた『メリー・ポピンズ』続編でジュリー・アンドリュースの当たり役を演じ、うるさ型の批評家を黙らせてみせた。上半期に公開された『クワイエット・プレイス』の大ヒットもプラス材料になるだろう。キャリア、実力共に申し分なし、先の本命2人を逆転するポテンシャルもタイミングもバッチリと見た。

最後の2枠は前述のクローズか、それともシリアス演技で新境地を開拓したメリッサ・マッカーシーか。いやいや、ここではトニ・コレットの名前を挙げておこう。前哨戦ではコールマン、ガガに次ぐ3番人気、ジャンル映画に寛容な昨今の風潮からすればホラー映画『ヘレディタリー』で見せた神経症演技は充分に可能性がある。俳優組合賞候補を落としたのは痛いが、サプライズを期待したい。

【助演男優賞候補予想】

ノミネート確実
・リチャード・E・グラント『can you ever forgiveme?』
・マハーシャラ・アリ『グリーンブック』
・アダム・ドライヴァー『ブラック・クランズマン』
・ティモシー・シャラメ『ビューティフル・ボーイ』

ノミネートされるべき
・マイケル・B・ジョーダン『ブラックパンサー』
・サム・エリオット『アリー/スター誕生』

ノミネート有力
・ティモシー・シャラメ『ビューティフル・ボーイ』

既にリチャード・E・グラントが独走態勢に入っており、各賞候補の顔触れも固まってきたが作品評価の伸び切らなかったティモシー・シャラメや、出番が短すぎるサム・エリオットはまだ安泰と言えないかもしれない。大穴として作品賞候補も確実視となった『ブラックパンサー』の敵役マイケル・B・ジョーダンを挙げておこう。主演作『クリード2』も大ヒットを記録、最旬俳優にご褒美があってもいいタイミングだ。

【助演女優賞候補予想】

ノミネート確実
・エマ・ストーン『女王陛下のお気に入り』
・レイチェル・ワイズ『女王陛下のお気に入り』
・エイミー・アダムス『バイス』

ノミネートされるべき
・レジーナ・キング『ビール・ストリートの恋人たち』

ノミネート有力
・マーゴット・ロビー『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
・エミリー・ブラント『クワイエット・プレイス』


今年、最も手薄な部門だ。前哨戦は『ビール・ストリートの恋人たち』のレジーナ・キングが独走したが、どういうワケか最重要の俳優組合賞で候補落ちした。彼女が本戦ノミネートを落とせばこのレースも振り出しだ。
エマ・ストーン、エイミー・アダムスは共に俳優組合賞でTV部門とのWノミネートを達成。現在ハリウッドで最も勢いのある女優と言っていいだろう。本戦ノミネートも確実だ。
実は『ナイロビの蜂』以来、候補歴のないレイチェル・ワイズもライバルの少なさに救われて票割れの心配はなさそうだ。

最後の枠には誰が滑り込むか。昨年の『アイ、トーニャ』に続き好調マーゴット・ロビーの可能性は高いが、俳優組合賞では『クワイエット・プレイス』のエミリー・ブラントが『メリー・ポピンズ リターンズ』とのWノミネートを達成している。今の彼女の勢いなら本戦でもありえない事ではない。
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