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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ベイビーガール』

2025-04-06 | 映画レビュー(へ)

 古今東西、セックスを描いた映画は芸術か?ポルノか?という論争にさらされてきた。どうやらハリナ・ライン監督の『ベイビーガール』もこの系譜に連なるようだ。巨大企業のCEOロミーは新しくやってきたインターンの青年サミュエルに見初められ、社会的地位をかなぐり捨てサドマゾ情事に溺れていく。恐れ知らずのニコール・キッドマンに『逆転のトライアングル』『マーダー・イン・ザ・ワールドエンド』と好投の続くハリス・ディキンソンが肉薄し、2人が互いに得体の知れない欲望に衝き動かされていく前半部分は並々ならぬ緊張感に満ちている。ニコールがポルノまがいの喘ぎ声を出すハズもなく、ほとんど唸るようにオーガズムに達してロミーの本能を体現。そんな彼女を性奴隷にするディキンソン演じるサミュエルは、ほとんどサイコパスのような不気味さだ。2人がうら寂れたホテルで初めての調教に及ぶシーンは、観客に火照りよりも薄ら寒さを感じさせる。

 そう、『ベイビーガール』は女性の欲望を赤裸々に描くが、ここには映画館の暗闇で身を捩らせるようなエロチシズムはなく、ハリナ・ラインは時に冷徹なまでの観察に徹している。2020年代における主体的な性欲が社会的地位も家族も維持したまま、プロのサディストに支配される事と捉えているようだが、紋切り型のセックスムービーと化す後半の展開に“ハリウッドスターを擁したポルノ映画”と言われても仕方ないだろう。キッドマンは2024年は映画3本、TVシリーズ3本に出演。年を重ねますますフットワーク軽く、精力的な彼女ならではの1本ではある。


『ベイビーガール』24・米
監督 ハリナ・ライン
出演 ニコール・キッドマン、ハリス・ディキンソン、アントニオ・バンデラス、ソフィー・ワイルド、エスター・マクレガー
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『ペルリンプスと秘密の森』

2024-01-15 | 映画レビュー(へ)
 2013年の傑作アニメ『父を探して』でアカデミー長編アニメーション賞にノミネートされたブラジルの鬼才アレ・アブレウ監督待望の新作。太陽の王国から来た少年クラエと、月の王国からやってきたブルーオ。彼らは巨人の侵攻に脅かされる大森林で、この世のバランスを司ると言われる謎の力“ペルリンプス”を求めて冒険を繰り広げる。

 生まれて間もない男の子の目線から、世界の美しさと残酷さを台詞なしで描いた前作から一転、アブレウは作風をガラリと変え、言葉も明確なストーリーラインも擁してより揺るぎなく、現在(いま)を生きる子どもたちにメッセージを宛てている。根底にあるのはブラジルの自然破壊と右傾化に対する強い憤りだ。少年時代という“季節”の終焉と、熱いテーマ(終盤は『めぐりあい宇宙』のような展開に!)、そしてアンドレ・ホソイとオ・グリーボの神秘的かつ祝祭的なスコアに強く心揺さぶられる傑作である。


『ペルリンプスと秘密の森』22・ブラジル
監督 アレ・アブレウ
出演 ロレンゾ・タランテーリ、ジウリア・ベニッチ、ステーニオ・ガルシア
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『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』『ねずみ捕りの男』『白鳥』『毒』

2023-10-07 | 映画レビュー(へ)

 新作『アステロイド・シティ』が公開されたばかりのウェス・アンダーソンが、今度はNetflixからロアルド・ダール原作の短編4本を連続リリースだ。アンダーソンは2009年にダール原作『父さんギツネバンザイ』をストップモーションアニメ『ファンタスティックMr.FOX』として映画化。アンダーソン映画のトレードマークである、AIまでもが模倣する絵本のような構図と、人を喰ったオフビートなユーモアは多分にダールからの影響も大きく、2021年にNetflixがダールの全作品の映像化権を入手したことに始まる今回の企画は、ウェスにとっても念願だった事だろう。ところがこの奇才、自身の偏愛に創作を任せることなく、ダールと彼亡き現在(いま)を冷静に批評したアンソロジーへと仕上げている。

 第1日目に配信された『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』のみが39分の中編。ウェス・アンダーソンのターニングポイントとなった重要作『グランド・ブタペスト・ホテル』の主演レイフ・ファインズが、ロアルド・ダール役として満を持しての再合流だ。ファインズ演じるダールが語るのはヘンリー・シュガー(ベネディクト・カンバーバッチ)の奇妙な物語で、そのヘンリー・シュガーは書庫から見つけた“目隠ししたまま物を見ることができる男”の話を語り、透視術を持ったインドの隠者ベン・キングズレーは技を習得した経緯をデヴ・パテル演じる医師に語り…と、前作『アステロイド・シティ』以上に何層もの入れ子構造が作られている。演劇に接近していたアンダーソンはさらにその距離を縮め、映画と同等、時にそれ以上に舞台に立つ英国俳優たちを招聘して、これでもかと“ウェス・アンダーソン節”を回させている。中でもモノローグ演劇に映えるカンバーバッチの話術は至芸。背景美術は舞台係が見切れる書き割りになっている凝りようで、アンダーソンが『アステロイド・シティ』からの作風を突き詰めていることがよくわかる。

 2日目以降に配信された『ねずみ捕りの男』『白鳥』『毒』は共に17分。レイフ・ファインズがワームテールならぬ鼠そっくりなねずみ捕り業者に扮した『ねずみ捕りの男』のダークなアイロニーや、ダールが実話にヒントを得てから執筆まで30年を要したという『白鳥』の悲痛さなどは、ダール作品をファミリー映画の“IP”(今年、ティモシー・シャラメ主演で『チャーリーとチョコレート工場』の前日譚『ウォンカ』が公開される)としか理解していない観客を戸惑わせるだろう。なぜアンダーソンは数あるダール作品からこの4作を選んだのか?

 去る2020年、生前ダールが繰り返していた反ユダヤ発言を遺族が公式に謝罪。2021年にはダール作品における差別的な表現を改訂しようという運動が起こる。過去の芸術作品を現代の規範に照らし合わせて検閲する行為の愚かさは言うまでもなく、また作家の人間性から作品自体が過度に貶められるのも行き過ぎたキャンセルカルチャーである。『毒』の不条理な17分の後、毒蛇とは全く異なる次元で人を傷つける“毒”の存在を見れば、ダールを差別主義者の一言で断罪することの無意味さは明らかだ。アンダーソンによる4作はキャンセルカルチャーへの反証、そして2023年におけるロアルド・ダールのリプレゼンテーションである。ウェス・アンダーソン、これは紛れもない巨匠の仕事ではないか。

『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』『ねずみ捕りの男』『白鳥』『毒』23・米
監督 ウェス・アンダーソン
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、レイフ・ファインズ、ベン・キングズレー、デヴ・パテル、ルパート・フレンド
※Netflixで独占配信中※
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『ベイビー・ブローカー』

2022-07-13 | 映画レビュー(へ)
 2018年の『万引き家族』でカンヌ映画祭パルムドールを受賞して以後、精力的に国外へ活動の場を拡げている是枝裕和監督。最新作は世界を席巻する韓国映画界での製作だ。わずかなスタッフを除いてはほぼ単身での渡韓であり、日本にもある“赤ちゃんポスト”を題材にしながら韓国での製作を選んだところに資金面での苦労があった事が推察される。

 冒頭、土砂降りの雨の中、赤子を抱えた若い母親が坂道を上がる『パラサイト』の借景に身を乗り出した。是枝から翌年ポン・ジュノへとカンヌパルムドールは格差社会を撮らえたアジアの名匠によってリレーされ、さながら『ベイビー・ブローカー』は『パラサイト』へのアンサーなのだ。ここでもソン・ガンホが貧困から赤ん坊の人身売買に手を染めるブローカーに扮し、映画の顔となる。本作でポン・ジュノすら渡せなかったカンヌ映画祭男優賞に輝いたガンホは、決して彼の偉大なキャリアのベストワークではないものの、豊かなアンサンブルのキャスト全員に賞を渡せないのなら韓国映画界の誇る名優が代表して受け取るべきだ。彼と共にブローカーを生業とする男を演じたカン・ドンウォンは、『新感染ファイナル・ステージ』で1度見ていた俳優とは気付かなかった。イ・ジウンは時折、カットによっては松岡茉優にそっくりで、『万引き家族』公開時、樹木希林が「監督はホントにあの娘のことが好きなのよ」とバラしていたエピソードが頭をよぎり、微笑ましい。

 しかし言語の違い故か、俳優陣が懸命に演技をしても、是枝監督がこれまで耳を澄ませてきたセリフの音感、グルーヴは再現できておらず、映画が軌道に乗るまで随分と時間がかかる。また、ガンホらを追う刑事のパートにも時間がかけられており、ペ・ドゥナという実力者を配しながらキャラクターの描写は不足している。彼女の終幕での役回りといい、『万引き家族』で不寛容社会の象徴として登場した池脇千鶴の対極として配置された感があるのだが、どうだろう。

 是枝のテーマは一貫しており、ここでも家族の血の繋がりと心の繋がりが対比され、僕たちの暮らす社会の多様性と寛容性が問われる。是枝には老成せず、ケン・ローチのように自身のテーマと社会への批評性を研ぎ澄ましながら、今後も国際的な活躍を期待したい。


『ベイビー・ブローカー』22・韓
監督 是枝裕和
出演 ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
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『ベルファスト』

2022-04-10 | 映画レビュー(へ)

 英国が誇るシェイクスピア俳優、演出家であるケネス・ブラナーが北アイルランドはベルファストでの幼少期を映画化した本作は、アカデミー賞7部門ノミネートをはじめ彼の最高傑作として高い評価を獲得した。2007年の『スルース』以後、ブラナー作品の撮影を手掛けてきたハリス・ザンバーラウコスによる美しい構図のモノクロームと、ヴァン・モリソンによる音楽を得た本作はブラナーの記憶が紡がれる“エッセイ映画”だ。時は北アイルランド紛争が激化する1968年。日々の生活と紛争の暴力に両親は如何にして子供たちを守るかと心を砕くも、9歳の主人公バディの目線はまだ幼い。クラスの女の子に淡い恋心を寄せ、近所のお姉ちゃんとは駄菓子屋で万引きする。おじいちゃんとおばあちゃんはいつも話が楽しく、優しい。なんとも愛らしい子役ジュード・ヒルが無邪気に駆け回る姿は、観る者のいつかの個人史を引き寄せる事だろう。モノクロームのエッセイ映画と言えば、アルフォンソ・キュアロン監督がやはり自身の少年時代を描いた『ROMA』が先行するが、両親に対して冷ややかなキュアロンに対しブラナーは父親役にジェイミー・ドーナン、母親役にカトリーナ・バルフという美男美女を配し、眩いばかりに彼らへの愛を謳っているのが微笑ましい。
 
 そんな少年時代に戦争という暴力が押し寄せてくる。街は破壊され、同じ国の中で異なる宗派が憎み合うよう仕向けられる。日常が変貌していく光景は奇しくも本作の日本公開と時を同じくしたロシアによるウクライナ侵攻を彷彿とさせ、ブラナーの個人史は2022年に同時代性を獲得して静かな迫力を帯びる。近年、『シカゴ7裁判』『ユダ&ブラック・メシア』『セバーグ』『サマー・オブ・ソウル』『スモール・アックス』といった1968〜69年を描く作品が相次ぎ、対立と連帯、政府の腐敗という激動する2020年代の“参照点”とされているのが興味深い。
 
 『ベルファスト』がその普遍性を高めているのはブラナー自らが手掛けた美しいダイアローグにある。アカデミー助演賞にノミネートされたシアラン・ハインズ、ジュディ・デンチらが演じる祖父母の含蓄に富んだ言葉が素晴らしく、中でもデンチによる終幕のセリフは観る者の心を強く揺さぶる。短い出番ではあるものの、デンチは晩年を代表する名演ではないだろうか(ちなみにハインズは69歳、デンチは87歳である)。
 そして“去った者、残った者、命を落とした者たちへ”という献辞に、僕たちは今もなお故郷を追われ、物語になることなく命を奪われていった多くの人々を思わずにはいられないのである。
 

『ベルファスト』21・英
監督 ケネス・ブラナー
出演 ジュード・ヒル、カトリーナ・バルフ、ジェイミー・ドーナン、シアラン・ハインズ、ジュディ・デンチ
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