長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

2021-11-27 | 映画レビュー(は)
※このレビューは物語の展開に触れています※

 『ブライト・スター』以来、12年ぶりとなるジェーン・カンピオン監督の最新作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は今年を代表する傑作だ。Netflixからの配信となるが、スマートフォンのディスプレイではもったいない。ニュージーランドの雄大な大地を撮らえたアリ・ウェグナー(『レディ・マクベス』)の素晴らしいカメラ、ジョニー・グリーンウッドの不穏なスコアはスクリーンでこそ良く映える。カンピオン演出に応え、俳優たちも皆オスカー級の名演だ。

 1925年、モンタナ。フィルとジョージのバーバンク兄弟は両親から受け継いだ広大な土地を切り盛りしていた。兄フィルは教養と冷徹さを兼ね備えたカリスマ。一方の弟ジョージは性根が優しく、荒くれ共を束ねるにはどうにも押しが弱い。フィルはそんな愚弟を時に疎ましくすら思っていたが、ある日ジョージが断りもなく宿場の未亡人ローズと再婚したことで、2人の間に亀裂が生じていく。

 これまで女性の秘めたる激情を描いてきたジェーン・カンピオンがここでは男性を、それも決して共感できない人物を主人公に据えている。フィルはジョージを支配下に置こうと徹底的に抑圧し、ローズには憎悪に満ちた嫌がらせを繰り返す。彼は亡き師匠ブロンコ・ヒルを想い続けており、それがマチズモとミソジニーの原点となっているのだ。カンバーバッチは忌まわしい人物にしかしながら目の離せない複雑な求心力を持たせており、カンピオンとの間に生じた均衡と緊張はかつて『ピアノ・レッスン』でホリー・ハンターから感じたものにも近い。フィルを拒絶しても、彼の無様なまでの孤独を否定できるだろうか。しかもカンバーバッチにはカンピオン映画のヒロイン達が見せてきた官能性まで託されているのだ。キャリア最高の名演であり、今年の賞レースを席巻するのは間違いないだろう。

 かつてアン・リーが『ブロークバック・マウンテン』で西部劇を解体したように、ジェーン・カンピオンもアメリカ映画が描いてきた“男らしさ”がミソジニーを助長してきたと看破する。ローズはフィルを評する「恐れることはない。あの男は普通の男よ。他の男と同じ」。そしてコディ・スミット・マクフィー演じるローズの息子ピーターが、古い世代に引導を渡していく。だが映画の幕切れには不穏も漂う。人種や性の対立がなくならない事はもとより、それを第3者が諍いの口実とする今日の醜悪を思えば無理もない。タイトルの『Power of the Dog』とは旧約聖書の詩篇に基づく。「わたしの身を犬どもから救い出してください」。犬とはこの世の悪意であり、それはフィルや僕たちの内にも巣食っている。


『パワー・オブ・ザ・ドッグ』21・米、英、豪、加、新
監督 ジェーン・カンピオン
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、ジェシー・プレモンス、キルスティン・ダンスト、コディ・スミット・マクフィー
※Netflixで独占配信中※

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