人工知能と人類の頭脳戦と見せながら、実は来るMe tooの先駆けでもあった『エクス・マキナ』や、SFホラーに倦怠した夫婦の再生を描き出した『アナイアレイション』等、小説家・脚本家でもある才人アレックス・ガーランド監督の映画は一見では理解にしにくい重層性と人間社会に対する諦観にも近いシニシズムが込められているわけだが、この最新ホラーも何とも批評家泣かせの作品だ。複雑で難解か?いやいや、考察系YouTuber達は筆を折るがいい。『MEN』は画面に映るあらゆる要素が見たままの意味を持つ直截的な映画だ。
イギリスの片田舎で静養しようとロンドンから主人ハーパーがやってくる。精神的な抑圧を続けてきた夫は別離を切り出した彼女に自殺を仄めかし、「一生罪を背負え」と言って窓から飛び降りた。田舎の静謐で色深い自然(Phantom Flex 4Kカメラの映像美だけでも本作はスクリーンで見る価値がある)が彼女の心を安らげたのも束の間、トンネルの向こう側からこちらを見つめる人影を皮切りに怪異が起こり始める。老いも若きもこの村にいるあらゆる男の顔が全て同じなのだ。少年は要求が通らなければ「クソ女」と罵倒し、牧師は夫の自死はハーパーに責があると攻め、バーで会った酔客は卑猥なジョークを投げかける。男性観客は随分、居心地の悪い想いをさせられるが「自分は違う」だなんて言い訳は一切通用しない。ガーランドは差別化することなく同じ顔の男を並べてトキシックマスキュリニティを突きつける。対するジェシー・バックリーは口角と深まり始めたほうれい線でヒロインの抱える葛藤を表現する個性的なパフォーマンスを見せ、カントリースタイルも凛々しい彼女の被虐美が一級の撮影、プロダクションデザインに映える。立ち位置から所作まで徹底的に振り付けられたMENに男は不快感を、女は恐怖感を抱くといった具合に、作品の受け取り方に性差が起こり得るかもしれない(MEN役ローリー・キニアはよくぞ付き合った)。僕は予告編段階からロマン・ポランスキーの初期傑作『反撥』のような洗練を期待していたのだが、ガーランドの演出は説明し過ぎだ。
男たちの受動的攻撃性がついに形となって襲い来るクライマックスにハーパー共々、僕も呆れ返ってしまい、ダメ押しの“妊婦”にはため息すら漏れた。いかなるMENも子宮を通って現れるというガーランドの冷笑は男女二項対立とキャンセルカルチャーに向けられたものか?すっかり困惑してしまった僕は、しかし2020年の前作『DEVS』を見て本作の評価を改めることになる。その話はまたいずれ。
『MEN 同じ顔の男たち』22・英
監督 アレックス・ガーランド
出演 ジェシー・バックリー、ロリー・キニア、パーパ・エッシードゥ、ゲイル・ランキン