長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『関心領域』

2024-06-30 | 映画レビュー(か)

 異色の宇宙人侵略映画『アンダー・ザ・スキン』から10年、ジョナサン・グレイザーが帰ってきた。最新作『関心領域』は2023年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得。アカデミー賞では作品賞はじめ5部門にノミネートされ、2部門に輝いた。その国際長編映画賞受賞スピーチで、グレイザーはイスラエルによるパレスチナ侵攻と、ハリウッドの新イスラエル姿勢を真正面から批判。『関心領域』のポストクレジットシーンとも言うべき決定的瞬間であった。

 示唆に富んだタイトルであり、観客にも自身の関心領域を幾重も拡大することが求められる映画だ。第2次大戦下、アウシュビッツ強制収容所の真隣りに暮らす所長ルドルフ・ヘスと家族の日常を盗み見るかのような本作には、観客を怠惰にさせる安易な説明は一切登場しない。カメラは各部屋の一点に置かれ(グレイザーの名を一躍知らしめたのがジャミロクワイ“ヴァーチャル・インサニティ”のPVだった)、私たちは所長夫人ヘートヴィヒの着る毛皮がどこから来たのか、邸宅内で空気のように扱われる家政婦たちが何者なのか、なぜ川底から白骨が出てきたのかと自身の知識と想像力を試される。全てのディテールは耳を澄ませば明白だ。鳴り響く重低音のノイズは人間を効率的に焼き尽くすためにフル稼働する焼却炉で、その向こうでは時折、悲鳴や銃声がこだましている。

 グレイザーは巻頭、何も映らない画面にノイズだけを鳴らし続け、この映画の真の主役が音であることを観客に意識付ける。『関心領域』に唯一足りないものがあるとすれば、それは煙の匂いだろう。娘を訪ねやってきた母は美しい庭園でしきりに咳込み、明らかな異臭に怪訝な表情を浮かべ、一晩で逃げるように立ち去った。母の置き手紙をヘートヴィヒは唾棄するかのように破り捨てる。カンヌ映画祭で本作を押さえ、最高賞パルムドールに輝いた『落下の解剖学』では作家を演じているザンドラ・ヒュラーが、ここでは一転して品位の欠片もない人物に扮している。ヘートヴィヒの威圧的な歩き方1つを見ても、如何にナチスの権力性を自己同一化しているかは明らかだろう。

 ナチスや大量虐殺を支持してきたのは私たちと変わらぬ凡庸な一般市民であり、巧みに自身の関心領域を使い分け、時に利益を享受してきたのである。グレイザーは暗視カメラなど現代的技法を使うことはもちろん、ルドルフ・ヘスに現在のアウシュビッツ資料館を幻視させ、過去の事件を地続きにする。しかし悲しいかな、今なお壁の向こうでは殺戮が行われ、私たちは関心領域を狭める自らの暴力性を意識せずにはいられないのである。


『関心領域』23・米、英、ポーランド
監督 ジョナサン・グレイザー
出演 クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
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『かくしごと』

2024-06-24 | 映画レビュー(か)
 絵本作家の千紗子は長年、絶縁状態にあった父がアルツハイマーに冒されたことを知り帰郷する。父はすでに我が娘もわからなく、やり場のない怒りを抱えた千紗子の介護は芳しくない。そんなある日、彼女は事故で記憶を失くした少年を保護。自分の子と偽り、共同生活を始めるのだが…。

 北國浩二の小説『嘘』を『生きているだけで愛』の監督関根光才が自ら脚色した本作は、原作のトーンを捉え切れているとは言い難い。文学調の書き言葉を役者に喋らせるだけのメソッドが確立されておらず、特異なシチェーションにリアリティを持たせることに失敗している。関根の演出、脚本の不手際を父親役の奥田瑛二、医師役の酒向芳ら偉大なる名優たちの自然主義的演技が救っていることが唯一の慰めだろう。


『かくしごと』24・日
監督 関根光才
出演 杏、奥田瑛二、中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、奥田瑛二
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『彼方に』

2024-02-02 | 映画レビュー(か)
 第96回アカデミー短編映画賞ノミネート作。例年、若手監督の登竜門とも目されてきた部門であり、受賞をきっかけに長編デビューする作家も少なかったが、今年はロングリストの段階でペドロ・アルモドバル『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』、本戦ではウェス・アンダーソン『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』ら巨匠の名前が並ぶ異例の年である。

 突然の凶行に家族を奪われた男の彷徨を描く本作は、大きなキャンパスにも映えそうな主題を取り扱っており、プロデュースを兼任する主演デヴィッド・オイェロウォも名演だ。しかしミサン・ハリマン監督のストーリーテリングは18分という短編にはやや字余りな印象で、撮影、編集を含め“素描”という感は拭えない。部門の意味合いから考えれば不釣り合いではあるが、受賞はアンダーソンだろう。

『彼方に』23・英
監督 ミサン・ハリマン
出演 デヴィッド・オイェロウォ
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『怪物』

2023-06-17 | 映画レビュー(か)

 本作のカンヌでの受賞を発端とした“ネタバレ”騒動を少しでも耳にしているなら、後は一切の情報を遮断してまずは劇場に足を運んでほしい。名手・坂元裕二がカンヌ映画祭脚本賞を受賞した本作は、3つの視点から核心部分の外縁を周到に描き出し、私達の生きる社会構造とそれを形成する私達の“無自覚さ”を浮き彫りにする。カンヌ映画祭コンペティション部門に選出されていることからもグローバルな訴求力を持った映画であることは明らかだが、パルムドール受賞作『万引き家族』が日本社会の不寛容さを描いていたように、『怪物』の目線もまずは日本を描写し、日本の観客に届けることにある。

 とある田舎町。シングルマザーは1人息子が学校の教師から虐待を受けていると確信し、抗議に向かう。最近、孫を不慮の事故で亡くしたという校長は抜け殻のような状態で、謝罪の言葉はまるで壊れたロボットのようだ。校長は部下たちの指示を受けながら文章を棒読みする。坂元脚本に触発されてか、是枝は矢継ぎ早にディテールを積み重ね、相変わらず素晴らしいリアリズムの安藤サクラと、徹底的に演出意図を体現する田中裕子(これを怪演と評するのはあまりに稚拙で、名優の名優たる仕事ぶりである)を“坂元裕二”という1つのメソッドの中に共存させている。続く第2幕は坂元脚本の勝手を知った永山瑛太演じる教師の目線から物語が語り直され、やがて私達がいったい何を取り囲んでいるのか明らかとなっていく。脚本構造の巧みさはアスガー・ファルハディの映画を彷彿とさせ、キャンペーンが機能すればアカデミー賞ノミネートも十分に有り得るのではないか。

 しかし、いくら日本が同性婚すら認めない周回遅れの国とはいえ、“社会的不平等に晒される可哀想な存在”という、2010年代後半以後避けられてきたナラティヴは図式的すぎる。劇中の学校組織に「社会が変わってしまう」と同性婚を忌避する政権与党の姿が投影されているのは明らかで、問題の本質から程遠い侃々諤々を繰り返し、「知らなくてゴメンね」と言う無様な大人たちは私達の姿でもある。是枝も坂元も本作を「特定の誰かではなく、何処かにいる子供たちに宛てた」という主旨の発言をしているが、ならば子どもたちのためにも批評で終わらず、その先に対して問いかけるポジティブな結末を用意できなかったのか。社会を構成し、少なくともマジョリティに属しながらあまりに無力な自分に終映後、暗澹たる気持ちを抱いた一方、この映画のストーリーテリングが大人の独善ではないのかという想いは日増しに強まるのである。

 
『怪物』23・日
監督 是枝裕和
出演 安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、田中裕子
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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』

2023-06-11 | 映画レビュー(か)

 紆余曲折を経てようやく公開された『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の第3弾は、MCUフェーズ4の不振を完全払拭するとまではいかないが、少なくとも監督ジェームズ・ガンの勇退(栄転?)には十分な成果と言えそうだ。全米興行成績は初登場1位の1億1400万ドルをマーク、批評家からも概ね好評。けして筋運びがスムーズとは言えないが(重要ではあるものの、ロケットの過去が何度も回想される展開は映画の速度に寄与していない。何せ149分もある!)、ガーディアンズのメンバーを愛している観客なら苦にならないだろう。ジェームズ・ガンは過去のツイートを発端としたキャンセル騒動をきっかけにディズニーを更迭されて以後、ライバルDCへと移籍。そこでほとんど白紙委任のような高待遇で『ザ・スーサイド・スクワッド』、TVシリーズ『ピースメイカー』の快作2本を手掛け、ついにはDC映画の最高責任者に就任した。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』はそんなガンによる“DC経由のMCU映画”になっているのが特徴だ。巨大宇宙生物の内部を使った宇宙基地に、残忍な改造手術を施された動物たち…これまでのディズニーにはないグロテスクなビジュアルに加え、アクションシーンもDCの数倍希釈とはいえ、いつになくバイオレント。腑抜けた『ソー ラブ&サンダー』『アントマン&ワスプ クアントマニア』をものの見事に蹴散らしている。

 キャストアンサンブルはガンへの信頼からさらなる充実ぶりだ。作品を重ねる毎に芝居感が冴えていくデイヴ・バウティスタとポム・クレメンティーフの掛け合いに、とにかく怒りっぽいカレン・ギランが加わると可笑しくてしょうがない。 ブラッドリー・クーパーに声を演らせるなら当然、ロケットにはこれくらいの過去を背負わせて欲しいところで(おまけに歌まで唱っている。そうこなくっちゃ!)、もちろんクリス・プラットも楽しげでいい。感心したのは別ユニバースから来たガモーラの扱いで、ジェームズ・ガンは無理に過去作との繋がりを作っていない。TVシリーズ『ロキ』はこれまで私たちにとって何の由縁もない別バースのロキにドラマを持たせて無理に観客を引きつけようとしていた。“VOLUME3”のガモーラは姿形こそ同じでも中身は全くの別人。ピーター・クイルが“昔のカノジョ”そっくりな彼女に同じロマンスを求めるのはお門違いで、ゾーイ・サルダナも別の個性で演じている。新ガモーラはガーディアンズではなく、あのスタローン軍団に合流したのだから、それはそれで幸せだろう。この他、新規キャラクターのウォーロック役で曲者ウィル・ポールターが参入。『ミッドサマー』等の怪演のイメージから一転、おバカ芝居を楽しげに演じてキュート。『ザ・スーサイド・スクワッド』でブレイクしたダニエラ・メルシオール、『ピースメイカー』からジェニファー・ホランド(ガンの奥さん!)、チュクウディ・イウジも合流しており、やはりガン経由でDCの風が入っている。

 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』はMCUにおける1つの節目どころか、下手をすると“マトモの楽しめた最後のMCU映画”になりかねない。そしてここがDC映画へ移籍したジェームズ・ガンの新たなキャリアの始まりだ。スターロードがガモーラにウィンクする。「オレ達、最高だったろ?」その通り!


『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』23・米
監督 ジェームズ・ガン
出演 クリス・プラット、ゾーイ・サルダナ、デイヴ・バウティスタ、カレン・ギラン、ポム・クレメンティーフ、ヴィン・ディーゼル、ブラッドリー・クーパー、ショーン・ガン、チュクウディ・イウジ、ウィル・ポールター、エリザベス・デビッキ、マリア・バカローバ、ジェニファー・ホランド、ダニエラ・メルシオール、シルベスター・スタローン
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