goo blog サービス終了のお知らせ 

長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『かくしごと』

2024-06-24 | 映画レビュー(か)
 絵本作家の千紗子は長年、絶縁状態にあった父がアルツハイマーに冒されたことを知り帰郷する。父はすでに我が娘もわからなく、やり場のない怒りを抱えた千紗子の介護は芳しくない。そんなある日、彼女は事故で記憶を失くした少年を保護。自分の子と偽り、共同生活を始めるのだが…。

 北國浩二の小説『嘘』を『生きているだけで愛』の監督関根光才が自ら脚色した本作は、原作のトーンを捉え切れているとは言い難い。文学調の書き言葉を役者に喋らせるだけのメソッドが確立されておらず、特異なシチェーションにリアリティを持たせることに失敗している。関根の演出、脚本の不手際を父親役の奥田瑛二、医師役の酒向芳ら偉大なる名優たちの自然主義的演技が救っていることが唯一の慰めだろう。


『かくしごと』24・日
監督 関根光才
出演 杏、奥田瑛二、中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、奥田瑛二
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『彼方に』

2024-02-02 | 映画レビュー(か)
 第96回アカデミー短編映画賞ノミネート作。例年、若手監督の登竜門とも目されてきた部門であり、受賞をきっかけに長編デビューする作家も少なかったが、今年はロングリストの段階でペドロ・アルモドバル『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』、本戦ではウェス・アンダーソン『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』ら巨匠の名前が並ぶ異例の年である。

 突然の凶行に家族を奪われた男の彷徨を描く本作は、大きなキャンパスにも映えそうな主題を取り扱っており、プロデュースを兼任する主演デヴィッド・オイェロウォも名演だ。しかしミサン・ハリマン監督のストーリーテリングは18分という短編にはやや字余りな印象で、撮影、編集を含め“素描”という感は拭えない。部門の意味合いから考えれば不釣り合いではあるが、受賞はアンダーソンだろう。

『彼方に』23・英
監督 ミサン・ハリマン
出演 デヴィッド・オイェロウォ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『怪物』

2023-06-17 | 映画レビュー(か)

 本作のカンヌでの受賞を発端とした“ネタバレ”騒動を少しでも耳にしているなら、後は一切の情報を遮断してまずは劇場に足を運んでほしい。名手・坂元裕二がカンヌ映画祭脚本賞を受賞した本作は、3つの視点から核心部分の外縁を周到に描き出し、私達の生きる社会構造とそれを形成する私達の“無自覚さ”を浮き彫りにする。カンヌ映画祭コンペティション部門に選出されていることからもグローバルな訴求力を持った映画であることは明らかだが、パルムドール受賞作『万引き家族』が日本社会の不寛容さを描いていたように、『怪物』の目線もまずは日本を描写し、日本の観客に届けることにある。

 とある田舎町。シングルマザーは1人息子が学校の教師から虐待を受けていると確信し、抗議に向かう。最近、孫を不慮の事故で亡くしたという校長は抜け殻のような状態で、謝罪の言葉はまるで壊れたロボットのようだ。校長は部下たちの指示を受けながら文章を棒読みする。坂元脚本に触発されてか、是枝は矢継ぎ早にディテールを積み重ね、相変わらず素晴らしいリアリズムの安藤サクラと、徹底的に演出意図を体現する田中裕子(これを怪演と評するのはあまりに稚拙で、名優の名優たる仕事ぶりである)を“坂元裕二”という1つのメソッドの中に共存させている。続く第2幕は坂元脚本の勝手を知った永山瑛太演じる教師の目線から物語が語り直され、やがて私達がいったい何を取り囲んでいるのか明らかとなっていく。脚本構造の巧みさはアスガー・ファルハディの映画を彷彿とさせ、キャンペーンが機能すればアカデミー賞ノミネートも十分に有り得るのではないか。

 しかし、いくら日本が同性婚すら認めない周回遅れの国とはいえ、“社会的不平等に晒される可哀想な存在”という、2010年代後半以後避けられてきたナラティヴは図式的すぎる。劇中の学校組織に「社会が変わってしまう」と同性婚を忌避する政権与党の姿が投影されているのは明らかで、問題の本質から程遠い侃々諤々を繰り返し、「知らなくてゴメンね」と言う無様な大人たちは私達の姿でもある。是枝も坂元も本作を「特定の誰かではなく、何処かにいる子供たちに宛てた」という主旨の発言をしているが、ならば子どもたちのためにも批評で終わらず、その先に対して問いかけるポジティブな結末を用意できなかったのか。社会を構成し、少なくともマジョリティに属しながらあまりに無力な自分に終映後、暗澹たる気持ちを抱いた一方、この映画のストーリーテリングが大人の独善ではないのかという想いは日増しに強まるのである。

 
『怪物』23・日
監督 是枝裕和
出演 安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、田中裕子
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』

2023-06-11 | 映画レビュー(か)

 紆余曲折を経てようやく公開された『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の第3弾は、MCUフェーズ4の不振を完全払拭するとまではいかないが、少なくとも監督ジェームズ・ガンの勇退(栄転?)には十分な成果と言えそうだ。全米興行成績は初登場1位の1億1400万ドルをマーク、批評家からも概ね好評。けして筋運びがスムーズとは言えないが(重要ではあるものの、ロケットの過去が何度も回想される展開は映画の速度に寄与していない。何せ149分もある!)、ガーディアンズのメンバーを愛している観客なら苦にならないだろう。ジェームズ・ガンは過去のツイートを発端としたキャンセル騒動をきっかけにディズニーを更迭されて以後、ライバルDCへと移籍。そこでほとんど白紙委任のような高待遇で『ザ・スーサイド・スクワッド』、TVシリーズ『ピースメイカー』の快作2本を手掛け、ついにはDC映画の最高責任者に就任した。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』はそんなガンによる“DC経由のMCU映画”になっているのが特徴だ。巨大宇宙生物の内部を使った宇宙基地に、残忍な改造手術を施された動物たち…これまでのディズニーにはないグロテスクなビジュアルに加え、アクションシーンもDCの数倍希釈とはいえ、いつになくバイオレント。腑抜けた『ソー ラブ&サンダー』『アントマン&ワスプ クアントマニア』をものの見事に蹴散らしている。

 キャストアンサンブルはガンへの信頼からさらなる充実ぶりだ。作品を重ねる毎に芝居感が冴えていくデイヴ・バウティスタとポム・クレメンティーフの掛け合いに、とにかく怒りっぽいカレン・ギランが加わると可笑しくてしょうがない。 ブラッドリー・クーパーに声を演らせるなら当然、ロケットにはこれくらいの過去を背負わせて欲しいところで(おまけに歌まで唱っている。そうこなくっちゃ!)、もちろんクリス・プラットも楽しげでいい。感心したのは別ユニバースから来たガモーラの扱いで、ジェームズ・ガンは無理に過去作との繋がりを作っていない。TVシリーズ『ロキ』はこれまで私たちにとって何の由縁もない別バースのロキにドラマを持たせて無理に観客を引きつけようとしていた。“VOLUME3”のガモーラは姿形こそ同じでも中身は全くの別人。ピーター・クイルが“昔のカノジョ”そっくりな彼女に同じロマンスを求めるのはお門違いで、ゾーイ・サルダナも別の個性で演じている。新ガモーラはガーディアンズではなく、あのスタローン軍団に合流したのだから、それはそれで幸せだろう。この他、新規キャラクターのウォーロック役で曲者ウィル・ポールターが参入。『ミッドサマー』等の怪演のイメージから一転、おバカ芝居を楽しげに演じてキュート。『ザ・スーサイド・スクワッド』でブレイクしたダニエラ・メルシオール、『ピースメイカー』からジェニファー・ホランド(ガンの奥さん!)、チュクウディ・イウジも合流しており、やはりガン経由でDCの風が入っている。

 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』はMCUにおける1つの節目どころか、下手をすると“マトモの楽しめた最後のMCU映画”になりかねない。そしてここがDC映画へ移籍したジェームズ・ガンの新たなキャリアの始まりだ。スターロードがガモーラにウィンクする。「オレ達、最高だったろ?」その通り!


『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME3』23・米
監督 ジェームズ・ガン
出演 クリス・プラット、ゾーイ・サルダナ、デイヴ・バウティスタ、カレン・ギラン、ポム・クレメンティーフ、ヴィン・ディーゼル、ブラッドリー・クーパー、ショーン・ガン、チュクウディ・イウジ、ウィル・ポールター、エリザベス・デビッキ、マリア・バカローバ、ジェニファー・ホランド、ダニエラ・メルシオール、シルベスター・スタローン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ガールフッド』

2022-10-29 | 映画レビュー(か)

 『燃ゆる女の肖像』でフランスを代表する映画作家の1人となったセリーヌ・シアマ監督の第3作は、今でこそ見直されるべき所の多い聡明な1本だ。

 巻頭から物語世界を構築するシアマの“耳の良さ”を堪能することができる。主人公マリエメはアメフト部に所属する中学生。彼女らの溌剌とした部活動が終わり、お喋りに花が咲く下校道はやがて自宅のある公営団地に差し掛かると途端に静かになる。敷地には行き場のない少年たちがたむろし、マリエメらにしつこく声をかけ絡む。ここは移民にルーツを持つ者達が多く住む犯罪多発地域で、後にラ・ジリが『レ・ミゼラブル』で、ロマン・ガヴラスが『アテナ』の舞台とするフランス格差社会の象徴ともいうべき場所だ。マリエメの家族に父親の姿はなく、母は一昼夜働き続け、引きこもりの兄が暴力を振るう。年の離れた2人の妹にとってマリエメは母親同然の存在だ。マリエメは成績の不振から高校進学の道を閉ざされ、それをきっかけに不良グループと遊び始めるのだが…。

 2018年の大規模デモ“イエローベスト運動”に先駆けること4年、移民にルーツを持つ者達の鬱屈と女性性への抑圧を描いた本作はシアマ流のブラックムービーでもあり、後の男性監督達がアクション映画として彼らの怒りを描いたのに対し、少女の性的アイデンティティの目覚めを込めたのが彼女ならではだ。マリエメは男たちとは違い、火を放つことなく負のスパイラルと化した団地から抜け出し、決して振り返る事もない。これはかつてカソヴィッツが『憎しみ』で始め、『レ・ミゼラブル』『アテナ』に至るまで見過ごされてきた視点ではないだろうか。『秘密の森の、その向こう』や脚本作『ぼくの名前はズッキーニ』など、常に子供だけが持ち得る視線の高さに希望と可能性を見出すのがシアマである。


『ガールフッド』14・仏
監督 セリーヌ・シアマ
出演 カリジャ・トゥーレ、アサ・シラ、リンジー・カラモー、マリエトゥ・トゥーレ、イドリッサ・ディアパテ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする