長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ダッシュ&リリー』

2021-01-27 | 海外ドラマ(た)

果たしてロマンスとはどこから来るのか?
僕らが恋をしているのはその文章の機知から生じた何かで、相手の感触、外見、フィジカルな存在がなくとも強固な想いは生まれ得るのだろうか?『ダッシュ&リリー』はティーン向けのラブコメディかも知れないが全8話中、第6話に至るまで巡り合うことのない2人のソーシャルデトックスな関係性に、間もなく40歳という筆者もロマンスの概念とは何なのかと想いを馳せてしまった。
 
 物語の舞台はクリスマスのNY。ダッシュはカノジョとも別れ、父親は新しい恋人と休暇旅行に出て不在と、クリスマスの空気にうんざりしていた。そんな彼が本屋の書棚に1冊のノートを見つける。それは未だ見ぬ少女が、未だ見ぬ誰かへ宛てた交換日記だった。2人は文章にヒントを忍ばせ、NYのあちこちにノートを置いて交換日記を始めていく。

 スマートフォンがあれば見知らぬ他人とも容易に出会える時代に、若い2人があくまで手書きの交換日記にこだわるストイックな関係性が何とも微笑ましく、時折リチャード・リンクレイターの傑作『恋人たちのディスタンス』(ビフォア・サンライズ)が頭をよぎった。『ケミカル・ハーツ』でも好演したオースティン・エイブラムズ、そして日系ミドリ・フランシスも実に感じが良い。今のご時世に異性愛を前提とした日記の存在はちょっと引っかかるし、リリーの兄がゲイという設定も目配せが過ぎるきらいはあるが、とやかく言うのはよそう。

 本作はコロナ禍の2020年11月にリリースされた。愛しい人と集うという、本来のクリスマスの姿が失われた初めての冬である。プラトニックな関係を続けてきたダッシュとリリーが互いの正体を知った瞬間にギクシャクし始めるのはジャンルの定型だが、本作はそこからの軌道修正にほとんど時間をかけていない。クリスマスのNYを撮らえたカメラはときめくほどに美しく、それはかつてあった文明として郷愁を誘う。『ダッシュ&リリー』はロマンスの生まれない時代に、恋のファンタジーをロマンチックに謳い上げるのである


『ダッシュ&リリー』20・米
監督 ブラッド・シルバーリング、他
出演 オースティン・エイブラムス、ミドリ・フランシス
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『ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤』

2020-07-24 | 海外ドラマ(た)

 2000年代前半は『ハリー・ポッター』シリーズや『ロード・オブ・ザ・リング』3部作の大成功によって空前のファンタジーブームが起こり、多くの小説がシリーズ化を目論んでは消えていった。僕はこのムーブメントに終止符を打ったのが『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズを製作したニューラインによる『ライラの冒険/黄金の羅針盤』だったと思っている。オールスターキャストの鳴り物入りで公開されるも興行、批評共に失敗に終わり、期待されていた続編は製作中止に追い込まれてしまった。また仕上がりとは別に2007年の世界金融危機や、フィリップ・プルマンの原作が非キリスト教的であるとするボイコット運動も原因していたと分析されている。やがてファンタジー映画ブームはYA小説映像化ブームへと変わっていった。

 僕も公開当時、胸躍る気持ちで劇場に足を運び、大きく肩を落として帰ってきた事を覚えている。それがHBOとBBCの共同によるTVドラマシリーズとして復活というのだから、PeakTVかくたるや。かくして10余年の時を経てこの世界を再訪してみれば、TVシリーズのナラティブでしか映像化し得ない、なんとも複雑な作品であった。こんな話だったのか!

 僕達の暮らす世界とは異なる文明が築かれたパラレルワールド。孤児である主人公ライラは嘘が得意で、反抗心に満ちた女の子だ。演じるのは『ローガン』でブレイクしたダフネ・キーン。野性的な目つきで、子役特有の甘っちょろさがない彼女のキャスティングに本作の志向が伺える。大作を牽引できてしまうカリスマ性に今後が楽しみだ。

 ライラは育ての親であるアスリエル卿(すっかり名優の貫禄ジェームズ・マカヴォイ)から託された真理計を読み解く事ができるため、世界を支配する組織“教権”から狙われる事になる。彼女を追うコールター夫人はダースベイダー的悪役であり、演じるルース・ウィルソンは児童小説ファンタジーには十分過ぎる程の演技で子供どころか大人も震え上がらせる。子供が犠牲になる場面も多く、シーズン後半は『ゲーム・オブ・スローンズ』の“壁の向こう”さながらの陰鬱な雪景色だ。
 さらに今回は僕達の暮らす世界に生きる少年ウィルが登場し、後のライラとの運命を予感させる。『ライラの冒険』は2つの世界を結ぶ並行世界SFだったのだ!

 それでも尺が足りない。シーズン1全8話を通してようやく映画版2時間が補完されるに留まっており、ウィルとライラの宿命は唐突なナレーションによって匂わせる程度に終わっている。結果、本筋に絡まないウィルのパートはストーリー展開を鈍重にしている。

 『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズ終盤が予算の都合上、従来の1シーズン10話から6~7話へと変わったのを皮切りに、超大作化が進むTVシリーズの変則編成が増えてきた(HBO最新作『ウエストワールド』シーズン3も全8話)。そのいずれもが語り足りていない。長編小説の映像化に優れたフォーマットとして隆盛してきたのが近年のPeakTVでありながら、超大作映画のような予算規模によって破綻してしまうのは本末転倒ではないか。ひょっとすると、PeakTVは既に斜陽期に入っているのではないか。そんな一抹の不安を『ダーク・マテリアルズ』シーズン2が払拭してくれる事を期待したい。


『ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤』19・英
出演 ダフネ・キーン、ルース・ウィルソン、リン・マヌエル・ミランダ、ジェームズ・マカヴォイ

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『ダーク』

2020-07-23 | 海外ドラマ(た)
※このレビューは物語の重要な展開に触れています※

 Netflixは各国でオリジナルドラマの製作に力を入れており、中でもこのドイツ産ドラマ『ダーク』はスペインの『ペーパー・ハウス』と並ぶ世界的な人気作だ。ドイツの田舎町で起きた少年失踪事件を皮切りに、複雑怪奇なタイムトラベルを描いた本作は多くの熱狂的ファンを生み、考察ファンダムが過熱した。複数の登場人物が入り乱れる群像劇は普段、見慣れないドイツ人キャスト、人名を把握するにも一苦労で、さらには過去、現在、未来と多くの時制がシームレスに描かれるため、時制毎に演じる俳優も異なってくる。これはシーズンを重ねる毎にさらに複雑化し、終盤は人物相関図片手に視聴したファンも多かったのではないだろうか。そういう意味ではブームに乗り遅れてでもシリーズ完結後にビンジしたのは正解だった。

 戦後間もない1953年、東西分裂の1986年などドイツにとって重要な時代を舞台にしながら、歴史的背景やポップカルチャーを一切描いていないのも特徴的で、吹替え音声ならどこの国の作品かもわからないだろう。これもグローバルな人気の要因だろうか。

 『ダーク』の魅力の1つはその複雑なタイムコードにある。タイムトラベルものの常套として過去が現在に影響を及ぼすが、ここではある理由から未来も過去に影響を及ぼす。複雑な時制を整理しながらピースを埋めていく作業は知的好奇心をそそられるし、作り手も視聴者の知性を信頼した演出だ。

そしてこれは時間に囚われた人々の怨念の物語でもある。血縁と禍根を引きずり続ける姿は田舎町特有の呪いだ。中でも少女時代の片想いを引きずり続けるハンナの屈折ぶりが面白い(幼年時代を演じるエラ・リーはゲーム『スター・ウォーズ フォールン・オーダー』のCMに出演。ワールドワイドな活躍を期待したい美少女!)

折り返し地点となるシーズン2第4話でついに登場人物全員がタイムトラベルの存在を知り、物語が本題に入る。しかし“終末の日”6/27にリリースされた最終シーズンはなおもタイムコードの整理に終始した。『ゲーム・オブ・スローンズ』の如く物語はヨナスとマルタに収束していきながら、新登場した並行世界はシーズン1のやり直しに過ぎず、視聴者にとっても無間地獄である。ほとんどの登場人物がさほど描かれる事もないまま劇中の言葉通りピースを埋めるだけの“駒”となっているのも惜しい(マグヌスやフランツィスカはほとんど空気のようだ)。

 連続ドラマのナラティブとは長い時間をかけてキャラクターの人生と伴走する事に醍醐味があったのではないか?辻褄合わせに終始するセミファイナル、全体の半分がナレーションで進行する最終回にここまで緻密な構成を創りながら、語りのペースを誤ったショーランナーへの失望が募った。タイムトラベルや群像劇というスタイルはデイモン・リンデロフの出世作『LOST』を彷彿とさせるが、『ダーク』は理詰めが過ぎる。

 なにより最終回で明かされる無間地獄からの脱出方法に思わず『え、それなの?』と声を出してしまった。
もっとも、それは時間に選ばれなかった者の無意味な呟きかもしれないが。


『ダーク』17~20・独
監督 バラン・ボー・オダー
出演 ルイス・ホフマン、リサ・ヴィカリ、マヤ・ショーネ、オリヴァー・マスッチ、エラ・リー、カルロッタ・フォン・ファルケンヘイン
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『ダーティ・ジョン-秘密と嘘-』

2019-04-14 | 海外ドラマ(た)

 

主人公デボラはインテリアデザイン会社を経営する敏腕デザイナー。結婚には2度失敗したが、3人の子ども達を立派に成人させ、今は出会い系サイトで新しいパートナー探しに余念がない。さすがにどの相手もピンと来ないと感じていたある日、運命の出会いが訪れる。医師を名乗るジョンとたちまち恋に落ち、電撃結婚。幸せな新生活を送り始めるが、ジョンには恐ろしい秘密があった…。

 出会い系サイトで知り合ったばかりの男に自宅まで迎えに来てもらったり、年甲斐もなくラスベガスで電撃結婚(なんて怖ろしい街だ)など、何かと主人公の脇の甘さが気になるが仕方ない。『ダーティ・ジョン』は実際の事件を基にした実録ドラマだ。ジョンは巧妙にデボラに取り入り、家族と分断させ、財産を奪い取ろうとする。彼は各地で暴行や経歴詐称、横領を繰り返してきた凶悪なストーカーだったのだ。

 次から次へと信じがたい事態が起きる中、本作は悪化の原因がデボラの人格を形成した家庭環境にあると注目している。彼女の姉は結婚相手に銃殺されており、それを母は信仰上の信念から"赦し”たのだ。現実はTVドラマで見るような予定調和もお約束の展開もない。恐怖に直面すれば人は驚きすくみ、立ち向かう事もままならないだろう。従来のフィクション作品ではなかなか起こり得ない展開だからこそ「(この災難は)誰にでも降りかかり得るのでは」という得体の知れない怖さを感じた。中盤からデボラ役コニー・ブリットンも目がテンになって右往左往するばかりである。

実際の事件を映像化した作品では近年『アメリカン・クライム・ストーリー』が記憶に新しいが、残念ながら本作にはライアン・マーフィーが見せた同時代性のある解釈、事件の再構築といった作家性は見受けられなかった。ジョン役エリック・バナ、ジュノー・テンプル、ジュリア・ガーナーら実力派キャストと丁寧な演出で牽引する豪華な"再現ドラマ"の域を出ていない。

とはいえ、巷にはこの手の実録犯罪再現ドラマはあふれているワケで、僕も1話40分全8話を一気に見てしまった。野次馬根性を刺激するジャンルであるのも間違いない。


『ダーティ・ジョン-秘密と嘘-』18・米

出演 コニー・ブリットン、エリック・バナ、ジュノー・テンプル、ジュリア・ガーナー

※Netflixで独占配信中※


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