長内那由多のMovie Note

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『プロミシング・ヤング・ウーマン』

2021-07-21 | 映画レビュー(ふ)
※このレビューは物語の重要な展開や結末に触れています※

 エメラルド・フェネルの恐るべき長編映画デビュー作『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、僕たちが只スクリーンを傍観する事を許さない強烈な1本だ。主人公キャシーは夜な夜なクラブやバーに出かけては泥酔し、男たちに“お持ち帰り”される。ところがいざ男が事に及ぼうとすると、彼女はドスの効いた声で言う「何やってんだ?」。彼女は一滴も飲んじゃない。酔いつぶれたフリをして、不埒な男たちに制裁を加える復讐者なのだ。

 フェネル自らが手掛けた脚本と、主演キャリー・マリガンによってキャシーは近年稀に見る複雑なキャラクターとなった。彼女は将来有望(=Promising Young Woman)な医学生だったが、幼馴染である親友ニーナがレイプされたことをきっかけに退学。30歳を迎えた今はコーヒーショップでやる気のないアルバイトを続けている。事件は“将来有望”な男子学生の未来を守るために不起訴で終わり、ニーナも自らの命を断ったのだ。

 キャシーの設定年齢は30歳、マリガンは36歳。“薹の立った”感が学生時代で時が止まったキャシーの心象を映す。フェネルがショーランナーを務めたTVシリーズ『キリング・イヴ』では殺し屋ヴィラネルが毎話異なるハイファッションに身を包むが、キャシーは歳不相応で時代遅れな服を着続けている。夜の“衣装”以外に服なんて何年も買ってないし、見た目を気にして外出したこともないのだ。

 最も彼女のキャラクターを不可解にするのはかつての同級生ライアンとの関係だ。再開するやキャシーはライアンのコーヒーに唾を吐きかける。ライアンが事件に距離を置いてきた事への嫌悪か、しかし彼からの度重なるアプローチで2人の関係は交際に発展する。それでもキャシーは行きずりの男達にするのと同様、キスを受け入れなければ身体を許した様子もない。キャシーは本当にライアンを愛していたのだろうか?目の前に現れた時から復讐のターゲットだったのではないか?やがて明らかとなる証拠によって、傍観し、忘却したこの好青年は断罪される事となる。

 フェネルは現代女性が直面するあらゆるイシューを積み上げていくが、映画の真価はキャシーが退場してからの終幕だ。“女だから”とかけられ続けてきたジェンダーバイアスが、死後には“病んでたから”というバイアスに変わる(聞き込みの刑事もその場では同調している)。いったい誰がそんなメンタルに追いやったというのだ。僕たちはキャシーの姿が見えなくなってなお彼女のことを考えずにはいられなくなる。“その場”にいることはおろか、傍観者ですらなかった彼女の自責の念は如何ばかりだったか。彼女が遺したウインクの絵文字が僕には泣き顔に見えてしまった。キャシーは凄惨な復讐の陰で泣いている。本当なら何事もなく、あのまま“Promising Young Woman”でいたかったハズだ。あなたにはあの絵文字がいったい何に見えただろう?


『プロミシング・ヤング・ウーマン』20・米
監督 エメラルド・フェネル
出演 キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー、クランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ、ラヴァーン・コックス、コニー・ブリットン、アルフレッド・モリーナ

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