長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『オザークへようこそ シーズン4』

2022-07-26 | 海外ドラマ(お)

 いくらなんでもこれは分が悪いだろう。メキシコカルテルの資金洗浄に手を染めた一家の地獄巡りを描く本作は、先行する傑作『ブレイキング・バッド』の後継者と目されてきたものの、同時期にリリースされた『ブレイキング・バッド』前日譚『ベター・コール・ソウル』の類まれな完成度を前に、只々作劇の不手際を曝す事となってしまった。これで“アルバカーキサーガ”がいなければ評価も少しは異なったのかも知れないが、前後編2部作という勿体ぶった構成の最終シーズン4はまるで夜逃げでもするかのようにプロットを畳むばかりで、キャラクターアークには何1つ注目されていない。プロットを転がすためだけに新しいキャラクターが投入され、その最も効果的な役割は死ぬ事だけだ。“シリーズ終盤に登場するカルテル幹部”という、『ベター・コール・ソウル』のラロ・サラマンカと全く同じ立ち位置のキャラクター造形1つを取っても、本作の不足は明白である。
シーズン終盤はアマンダ・マルサリス監督が孤軍奮闘するものの、今や看板監督と言ってもいいジェイソン・ベイトマンは最終話までメガホンを取ることはなく、彼演じる主人公マーティ・バードの見せ場もほとんど他に譲って何とも気のない仕事ぶりだ。

 それでも本シリーズが一定の功績を遺したことは書き記しておきたい。瀕死状態のシーズン4を救っているのはオザークのジェシー・ピンクマンことルース・ラングモアに扮したジュリア・ガーナーだ。第7話、ジェシーよろしく“面倒な犬”と化したガーナーは鬼気迫るパフォーマンスを見せ、続く第8話はシーズンベストの傑作回である。NaSの『N.Y. State Of Mind』の一節“The Cousin of Death”をタイトルとするこのエピソードで、従兄弟を殺され、復讐の鬼と化したルースがターゲットに迫る様は本シリーズの真骨頂とも言うべき神経衰弱ギリギリのサスペンスだ。彼女がラップの愛聴者というキャラクター設定も効いており、本作の真のギャングスタはルースである。ガーナーは3度目のエミー賞も受賞圏内、この才能を発掘しただけでも『オザークへようこそ』には価値があった。ここでシリーズが終了するのはガーナーにとってある意味、良かったのかも知れない。

 今年のエミー賞ではローラ・リニーが主演女優賞、ジェイソン・ベイトマンが監督賞にノミネートされている。名女優にオザーク地方のマクベス夫人とも言うべき上質な役柄を4シーズンに渡って用意した功績は大いに評価すべきだ。シーズン4Part1ではゲスト監督にロビン・ライトが登板。主演作『ハウス・オブ・カード』同様、夫婦という共犯関係を描いた本作で同世代のリニーを後方支援している。本作でスリラー監督としての才能を開花させたベイトマンは最終回のみを担当。シーズンを救うには遅きに失した。
 またエミー賞ではゲスト男優賞にトム・ペルフリーがノミネートされている。シーズン3の立役者でありながら選外となった彼への同情ノミネートはアカデミーの不明もいいところで、『オザークへようこそ』の失墜は彼を早々に退場させてしまった事に他ならない。

 本作が初登場したのはドナルド・トランプが大統領に就任した2017年だった。資金洗浄のためボストンからオザーク地方へと移住し、地域産業を搾取していくマーティと、彼を翻弄する凶悪な地元マフィアの戦いは都市と地方、リベラルと保守、そして貧富の格差という2010年代後半に噴出したアメリカの分断と混沌を象徴するものだった。時勢を得た本作はしかしながら、マーティ一家同様に物語の出口を見失ってしまったのである。 


『オザークへようこそ シーズン4』22・米
製作 ビル・ドゥビューク、他
出演 ジェイソン・ベイトマン、ローラ・リニー、ジュリア・ガーナー、ソフィア・ハブリッツ、スカイラー・ゲルトナー
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『オビ=ワン・ケノービ』(寄稿しました)

2022-07-09 | 海外ドラマ(お)

 リアルサウンドにディズニープラスで配信中のTVシリーズ『オビ=ワン・ケノービ』のレビューを寄稿しました。『シスの復讐』から10年後を舞台に、オビ=ワン・ケノービが新たなる冒険に旅立つスター・ウォーズ最新作です。見るべき所は多い作品ですが、スター・ウォーズファンゆえの愛憎か、かなり厳し目の批評をしています。ぜひ御一読ください。

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『オザークへようこそ シーズン3』

2020-04-02 | 海外ドラマ(お)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 麻薬カルテルの資金洗浄に手を染めてしまった一家の地獄巡りを描く本作は前シーズンで主演のローラ・リニー以下、女たちのハードボイルドな犯罪ドラマへと変貌し、先行する同ジャンル作品『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』等との差別化が見られてきた。

 今シーズンではそれが一層、押し進められ女性キャラクター達に大きな見せ場が用意されている。リニー扮するウェンディは自分の能力を発揮できるドラッグビジネスに居場所を見出し、今にも「I am the danger」と言い出しかねない程の暴走ぶりだ。がらっぱちな田舎訛りが心地良いジュリア・ガーナー演じるルースは恋に落ち、新たな一面を見せていく。前シーズンで初登場したカルテルの弁護士ヘレン(ジャネット・マクティア)も出番を増し、渋い存在感でドラマを引き締める。力を削がれたとはいえ、地元オザークの麻薬王ジェイコブの妻ダーリーン(リサ・エメリー怪演)も無視できない。
 彼女らに囲まれると主人公マーティ(ジェイソン・ベイトマン)は無個性で魅力に乏しく、ウェンディには無能と蔑まれ、カルテルからは解雇(抹殺)寸前。ろくろく見せ場もない有様だ。

 『オザークへようこそ』は圧倒的にユーモアに乏しいが(ダニー・トレホの首を亀が運んでくるようなシーンはない)、アドレナリンを欲している人には打ってつけだろう。今回も10話をビンジさせるだけの胆力あるサスペンス演出であり、特に冒頭2話を手掛ける主演・監督兼任ジェイソン・ベイトマンは熟練の手管である。画面を寒々しいブルーでコーディネートし、足し引きの計算されたサスペンスには思わず身を乗り出してしまう。特に今シーズンのMVPとも言えるトム・ペルフリーが初登場する第2話のアヴァンタイトルは素晴らしい。前シーズンでは『ゲーム・オブ・スローンズ』を制してエミー賞で監督賞も受賞し、まさかの監督として脂がのってきた。

 そう、今回の目玉はトム・ペルフリーだ。ウェンディの弟ベンに扮し、第2話からオザークに現れる彼が徐々にサスペンスの中心となっていく。正義感が強く、荒くれ者のルースを口説く肝の据わった好漢だが、精神疾患を抱えており、姉夫婦の裏の顔を知った事からそのバランスを欠いていく。ペルフリーはベンを魅力的な人物として演じており、そんな彼が居場所を無くしていく終盤の姿は痛ましい(マイケル・ファスベンダーを思わせる力演)。この制御不能な人物の存在が理詰めで物語を進めていく本作において最大の不確定要素となり、その緊張感は登場人物全員が奈落に直面する第8話でピークに達する。

 それゆえに彼を退場させてから残り2話のスタミナ不足が目立った。特に重要な心理描写が展開する第9話は『ベター・コール・ソウル』最新シーズンが配信されている今、かなり物足りなく感じる。物語が振り出しに戻ってしまったかのようなクライマックスには食傷感も覚えてしまった。製作陣はペルフリー退場のタイミングを見誤ったのではないか。

 現在、『ウエストワールド』のシーズン3がこれまでと全く違うルックで登場し、『ウォッチメン』が毎話新たな次元へと誘うストーリーテリングで視聴者を魅了してフィナーレを迎えた。そして『ベター・コール・ソウル』がそのグレードを高め続ける中で、ファンの期待するものをそのまま提供し続けるドラマは古いのではないだろうか。『オザークへようこそ』には素晴らしい演技とサスペンスがあるが、ポスト『ブレイキング・バッド』としてはその差が開いてしまった感は否めない。


『オザークへようこそ』20・米
製作 ビル・ドゥビューク
出演 ジェイソン・ベイトマン、ローラ・リニー、ジュリア・ガーナー、ジャネット・マクティア、トム・ペルフリー、リサ・エメリー
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『The OA シーズン2』

2019-05-05 | 海外ドラマ(お)

※シーズン1のレビューはこちら※

※このレビューは物語の結末に触れています※

ピークTVの昨今、ドラマの製作本数は年々増加傾向にあり、続編製作のスピードも早くなっている。TVシリーズはさらに進化し、時勢を捉えたテーマを見出す事はもちろん、従来にない独自のストーリーテリングの模索に突入した。『ウエストワールド』『レギオン』、『ファーゴ』『アトランタ』など野心的な作品の数々がTVShowの地平を切り拓いているのがここ数年の動向だ。

 
『The OA』は前シーズンから約3年の時を経てもなお開拓者達の遥か先頭に立つ孤高の存在である事を証明した。ショーランナーであり、主演も務めるブリット・マーリングの"常軌を逸した”と形容しても過言ではない物語を信じて一級のスタッフ、キャストが作り上げた宇宙は狂気的迫力で僕らを圧倒し、惹きつけ、そして全く未知の領域へと誘うのである。

僕は連続ドラマ続編へ求める物の1つに慣れ親しんだ世界観の再現があると考えているが、『The OA』はそんな安穏としたレベルに留まったりしない。シーズン1の郊外からシーズン2はサンフランシスコへと舞台が変わり、未来都市を映すかのように画面のルックも異なる。シーズン2からは『ゴッドレス』の名手スティーヴン・メイズラーが撮影を担当、その芸域の広さを見せつけている。
 
さらに主人公OA(マーリング)は第1話も40分を過ぎる辺りまで姿を現さない。物語をひっぱるのは私立探偵カリムなる新しい登場人物で、ストーリーテリングはさながらフィルムノワール調だ。そして前シーズンで僕らと共にOAの物語に心奪われた少年達は第3話まで姿も見えない。いったいシーズン1は何だったのか、呆気に取られるばかりだ。
 
【ブリット・マーリングというオルタナティヴ】
本作のカルト的人気、そしてブリット・マーリングのカリスマを裏付けるように今シーズンでは多くの豪華ゲストが登板している。キャストではゼンデイヤ、『フロリダ・プロジェクト』のブリア・ヴァネイトに加え、前シーズンOA時にはブレイク直前だった『ナイト・オブ・キリング』のリズ・アーメッドも再登板。日本からは尾崎英二郎が意外なボイスアクトを披露しているのも必聴だ。スタッフ陣では前述のメイズラー、そして『さざなみ』『荒野にて』のアンドリュー・ヘイ監督が2エピソードを担当している。
 
メインストーリーが異次元の法則を解き明かす事に費やされている一方、現実世界に取り残された少年達を描くのがヘイだ。OA亡き後、信じる心を試された彼らの旅路は集団自殺の道行きである事も意味する。何ら迷いもなく歩みを進める彼らの刹那的な姿は今シーズン最も心を動かされるパートとなった。
 
【アンナとプレーリー、ふたりのOA】
これだけ複雑な構成では影響を受けているであろう作品の名前を1つ1つ挙げる事も難しいが、重要な引用元であろうこの作品には触れておきたい。
第4話、ハップのもとに次元移動の秘密を知り、自由に行き来する能力を持った謎の女性が現れる。自ら“異次元の旅行者”と名乗る彼女を演じるのはイレーヌ・ジャコブ。90年代初頭、ポーランドの巨匠クシシュトフ・キシェロフスキに見出され、『トリコロール/赤の愛』等に主演したフランス女優だ。”異次元の旅行者”は言う「別の次元で私は女優だった」。
 
そこで僕の脳裏によぎったのが同じくキシェロフスキ監督作『ふたりのベロニカ』だ。この作品でジャコブはパリとポーランドに住む全く同じ容姿を持つベロニクとベロニカを演じている。
『ふたりのベロニカ』はポーランドに住むソプラノ歌手のベロニカが突如心臓発作で命を落とし、その存在を知る由もなかったパリのベロニクが激しい喪失感に見舞われる。そして彼女の周囲では不思議なことが起こり始め…という物語だ。
既にシーズン2を見終えている人ならブリット・マーリングが『ふたりのベロニカ』から多大な影響を受けている事がわかるだろう。『ふたりのベロニカ』は一連のキシェロフスキ監督作同様、運命についての物語であり、根源には多言宇宙論がある。マーリングのリリカルなSFは多分にキシェロフスキの影響下にあったのだ(『ふたりのベロニカ』と『The OA』は平行世界上に存在するユニバース!)。シーズン終盤はマーリングがアンナとプレーリーという”ふたりのOA”を演じている。
 
【ブリット・マーリングを信じよ】
シーズン2のクライマックスはいわゆる”夢オチ”と大差ない、下手すれば非難轟々も有りうる展開ではないだろか。平行宇宙のどこかでOAはブリット・マーリングという名の女優であり、ハップもといジェイソン・アイザックスと結婚していて、『The OA』というドラマを撮影しているのだ!
前シーズンとは違う、明らかにシリーズ継続を意識したクリフハンガーに果たしてこの奇想が天才か、それともフロックかと期待と不安が入り交じる。いや、僕らもOAを、マーリングを信じて舞うべきなのだ。

『The OA シーズン2』19・米
監督 ザル・バトマングリ、アンドリュー・ヘイ
出演 ブリット・マーリング、ジェイソン・アイザックス、エモリー・コーエン、パトリック・ギブソン、フィリス・スミス
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『The OA』

2019-03-24 | 海外ドラマ(お)

※シーズン2のレビューはこちら※



初見の印象だけでレビューするのは危険と思い、そのまま3年間も寝かせてしまった。今回、シーズン2のオンエアに先駆けて復習の意味で再見したのだが、未だピークTVにおいて孤高の異色作であると再確認した次第だ。監督はザル・バトマングリ、脚本・主演はブリット・マーリング。環境テロ組織へ潜入するサスペンス映画『ザ・イースト』のコンビである。

数年間、行方不明だったプレーリー(ブリット・マーリング)が保護される所からドラマは始まる。失踪前、全盲だった彼女は何故か視力が回復していた。やがて彼女は5人の少年達を集め出生から失踪、そして現在に至るまでを語り明かしていく。ロシア新興財閥の娘として育った幼少期、バス転落事故による臨死体験と失明、そして失踪…プレーリーは臨死体験を研究する狂気の科学者ハップによって拉致監禁され、彼の元には同じような境遇を持つ4人の仲間が未だ囚われたままだと言う。彼らを救うためには臨死体験で授かった「5つの動作」からなる呪文のような行為で異次元の扉を開く必要があるのだ。

正気か?
ほとんど奇想と言っていいレベルである。一体どうやったらこんな物語を思いつくのか。だが劇中の少年達同様、どこへ導かれているのか見当もつかない謎めいた語り口に魅せられ、僕らもビンジ(一気見)してしまう。この"語り”こそが本作の生命線だ。ストーリーテリングを優先して全8話の放映時間は30〜70分とバラバラ。1話1時間という放映枠がないNetflixだからこそ余計なサブプロットを排除し、語りに必要な時間だけを確保する事ができるのだ。

同時に大きな違和感にも気付くだろう。果たしてプレーリーの物語は真実なのか?彼女のひとり語り以外に回想シーンを裏付ける人物は出てこない。彼女は所謂"信頼できない語り手”ではないのか?シーズン後半、少年達もこの疑惑に突き当たる。


 『The OA』は信念の物語だ。強い信念は狂気と紙一重であり、身を投げ打った者だけが新たな次元に到達できる。オルタナ女優ブリット・マーリングの超然とした存在感は僕らを引き込み、そして終幕、呼び覚まされた心が奇跡を呼ぶ。再見してもなお、このクライマックスに僕は放心状態になってしまった。いったい、これは何なのだ?2016年のシーズン1オンエア以後、『ウエストワールド』
『レギオン』『ファーゴ3』など既存のストーリーテリングにとらわれない、斬新な話術の作品が相次いだが『The OA』は未だ他の追随を許さない異能を堅持している。シーズン2でさらなる高みに達するのか、要注目だ。


『The OA』2016・米
監督 ザル・バトマングリ
出演 ブリット・マーリング、エモリー・コーエン、ジェイソン・アイザック
※Netflixで独占配信中※

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