アメリカ大統領が自らの3期目を認める憲法改正を行ったことから内戦が勃発。テキサス、カリフォルニアによる“西部連合”がワシントンDCへ向けて進軍を開始する…アメリカ国民にとって血の気が引くようなタイトル『シビル・ウォー』と題された本作は、監督アレックス・ガーランドが大統領選挙の年に物議を醸す衝撃作だ。だが『エクス・マキナ』『アナイアレイション』『DEVS』『MEN』など、常に理性的な先見性を発揮してきたガーランドがいたずらに扇状的な映画を撮るはずもない。先述した基本設定は劇中ほとんど説明されず、トランプにもバイデンにも見える大統領の党派性も判然としない。そもそも民主、共和の票田であるテキサスとカリフォルニアが同盟を結び、分離独立を目指すことが起こり得るのだろうか?シリコンバレーのPaypalマフィア、ピーター・ティールがトランプ支持者であることを考えると絵空事にも思えないが、アメリカ国外の観客にとって『シビル・ウォー』の対立軸、想定されているシチェーションはやや判然とせず、戸惑うかもしれない。短期的な政治イシューに囚われず、観客の党派性を問わない多義性を持った映画なのだ。
主人公は中立な戦場ジャーナリスト達である。著名な戦場カメラマンのリー、ロイター通信の記者ジョエル、NYタイムズのベテラン記者サミー、そしてカメラマン志望の若者ジェシーを加えた4人は、14ヶ月もの間、会見を行っていない大統領のインタビューを得るべく、NYからDCまでの大陸横断の旅に出る。連なる廃墟のメランコリーがアメリカ崩壊という終末を感じさせるが、より異常さが際立つのは田舎町でTシャツ姿に自動小銃を携えた一般市民の姿だ。選挙集会に銃持参で支持者が現れることも珍しくないアメリカ社会において、彼らが武装の理由を得ている本作はほとんどホラーとして映るだろう。中でも登場時間わずか5分程度のジェシー・プレモンスがアメリカ人の"種類”を問う場面は、『シビル・ウォー』において最も背筋が凍る瞬間の1つだ。その一方、田舎町の少女が平然と「内戦を気にしないようにしている」と言う無関心もまたドキリとさせられる。
眼前の残虐行為になおもシャッターを切り、時に生死を分かつアドレナリンに打ち震えるジャーナリズムについての映画でもある。主人公リーの内に満ちているのはガーランドが描き続けてきた滅びゆく文明へのシニシズムだ。キルステン・ダンストが偉大な名演を見せるリーは、自身を律す厳格なまでの客観性で世界中の紛争地域を取材し、祖国へ警鐘を鳴らし続けてきた。しかし今やアメリカがパレスチナ、アフガン、ウクライナを内包し、それは世界の警察を標榜してきたアメリカの凋落である。
ケイリー・スピーニー扮するジェシーは厭世するにはまだ世界を知らず、無謀だが好奇心に満ち、小柄な体躯にエネルギーが漲る。スピーニーはロブ・ハーディの撮影とこれまで映画では耳にしたことのない銃砲が轟くカオスの中で、映画にエネルギッシュな磁場を構築している。
去る2024年7月、大統領候補ドナルド・トランプが銃撃される事件が発生。その最前列でシャッターを切り、今後の選挙の行方を決めかねない1枚を撮ったのはピューリッツァー賞受賞フォトグラファーのEvon Yuceiだった。『シビル・ウォー』にはガーランドの憂いだけではなく、ジャーナリズムへの畏敬の念が共存しているのである。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』24・米
監督 アレックス・ガーランド
出演 キルステン・ダンスト、ケイリー・スピーニー、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ソノヤ・ミズノ、ニック・オファーマン
※2024年10月4日(金)公開