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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『Instruments of a Beating Heart』

2025-02-12 | 映画レビュー(い)
 山崎エマ監督によるドキュメンタリー『小学校 それは小さな社会』の短縮版『Instruments of a Beating Heart』が第97回アカデミー短編ドキュメンタリー賞ノミネートされた。世田谷区の公立小学校に密着した山崎は、そこで間もなく2年生となる女の子アヤメに注目する。新1年生の入学式で行われる器楽演奏に向けてパートのオーディション、合奏練習が行われるのだ。小学1年生の演奏とはいえ、担当教師の指導は熱が入ったもので、生徒の統制も取れている。ところがアヤメは練習不足から合奏中に失敗。皆の前で教師から叱責を受け、大粒の涙をこぼす…。

 日本の小学校に通った経験がある人なら、誰もが覚えのある場面だろう。6年間で徹底的に教え込まれたのは協調と連帯、定められたルールを遵守する集団意識だ。山崎は何時の段階で“日本人らしさ”が育まれたのかという疑問から本作を撮り始めたという。子どもたちの愛らしい姿に頬が綻ぶ中、40歳を過ぎた筆者には合奏担当教師の指導がやけに厳しく映った(ティンパニーを調音する慣れた手つきから、教職課程で音楽を学んだのではなく、学生時代は吹奏楽部だったのではと推察)。自由や失敗が幼少期から執拗に避けられているのも、“日本人”を生み出すこの国の教育の姿ではないだろうか。観客が十人十色の感想を抱くであろうクレバーなドキュメンタリーである。


『Instruments of a Beating Heart』24・日
監督 山崎エマ

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『イベリン 彼が生きた証』

2025-02-11 | 映画レビュー(い)

 マッツ・スティーンは生まれながらデュシェンヌ型ジストロフィーを患い、25歳の若さで生涯を閉じることになる。幼少期から車椅子での生活を余儀なくされ、思春期の大半を自室でのTVゲームに費やした。両親は我が子が友情や恋、社会と関わることなく世を去ったことに打ちひしがれる。ある日、マッツが残したブログパスワードからネット上に訃報を知らせると、驚くことに多くの哀悼メールが送られてきた。マッツはオンラインゲーム上で多くの友人を作り、全く別の人生を歩んでいたのだ。

 世界的な人気オンラインゲーム『ワールド・オブ・ウォークラフト』の世界でマッツは"イベリン”という名前で生きていた。表向きは“私立探偵”を名乗っていたようだが、その実はお悩み相談だったようだ。外の世界を知らないからこそ親身なイベリン=マッツのアドバイスに多くの人が心動かされ、時に大きな人生の転機すら迎えるが、他人との関わりが増えれば当然、肉体を通わせる必要が出てくる。マッツがその心優しさ故に自身の病状を打ち明けるべきか悩んでいく様は切ない。

 本作は『ワールド・オブ・ウォークラフト』に残されたゲームログからマッツの軌跡を解き明かし、両親が折り合いを付けていくドキュメンタリーであるのと同時に、面白いことにSF的な主題もはらんでいる。マッツにとっての"世界”とは何処にあったのか?彼の精神はひょっとするとネットに海に生き続けるのかもしれない。イベリンの名前も刻まれたマッツの墓碑に、人間のアイデンティティについて考えずにはいられなかった。


『イベリン 彼が生きた証』24・ノルウェー
監督 ベンジャミン・リー
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『インサイド・ヘッド2』

2024-08-19 | 映画レビュー(い)

 記録的不入りが嘆かれていた2024年サマーシーズンを救ったのは13才の少女だった。子供の中にある喜び、悲しみ、不安、怒り、嫌悪といった感情を擬人化する独創的なアニメーション『インサイド・ヘッド』の続編だ。前作から9年が経てピクサーが安易なフランチャイズをやるワケがない。より複雑でやっかいな思春期感情の登場に子供の観客は目を見張り、大人は懐かしいやら恥ずかしいやら。劇場は今年一番の大盛りあがりだ。

 13才になったライリーは成績優秀、スポーツ万能、おまけに心優しい少女に育ってくれた。前作を知る僕らはその成長に目を細めてしまうところだが、近年のピクサーは一貫して子を持つ親の視点で描かれ、ヨロコビ達はいわば育ての親そのものである。ある日、感情司令部にシンパイ、イイナー、ハズカシ、ダリィら新たな感情たちが現れ、ヨロコビ達を幽閉してしまう。そう、やっかいな思春期が始まったのだ。周囲の人間関係を気遣う社会性が芽生えれば当然、喜びや怒りといったストレートな感情の発露は抑えられていく。あらゆる事態を想定し、対策を講じるシンパイの参入によって、ライリーは志望校で開催されたアイスホッケーの合宿に挑むのだが…。新ボイスキャストにはマヤ・ホーク、アヨ・エデビリ、アデル・エグザルコプロスら旬の若手女優が出演。フレッシュでファニーな掛け合いを聞かせてくれる。

 2020年代に入り、ピクサーはパンデミックとディズニープラスのローンチに挟まれ多くの作品が劇場公開のチャンスを逸してきた。満を持しての『インサイド・ヘッド2』はピクサーならではの既知をスクリーンに披露してくれている。前作より格段に向上した映像技術による色彩のカーニバルであり、ファミリー映画でありながらメンタルヘルスについての真摯な考察でもある。自分の感情を否定せず、それでいて1つの感情に囚われない心の豊かさとは如何にして得られるのか?大人でさえ容易に答えの出ない問いかけだが、この映画を観終えたお父さんお母さんは子どもの中の“ダリィ”に臆せず、まずは語らってみようじゃないか。


『インサイド・ヘッド2』24・米
監督 ケルシー・マン
出演 エイミー・ポーラー、マヤ・ホーク、ケンジントン・トールマン、ライザ・ラピラ、トニー・ヘイル、ルイス・ブラック、フィリス・スミス、アヨ・エデビリ、アデル・エグザルコプロス、ポール・ウォルター・ハウザー
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『異人たち』

2024-06-15 | 映画レビュー(い)

 2023年に亡くなった脚本家、山田太一の代表作『異人たちとの夏』を『荒野にて』『さざなみ』のアンドリュー・ヘイが現在のロンドンを舞台に脚色、監督した本作は、原作にヘイの作家性が接近、肉薄し、まるで山田と対話するかのような理想的な映像化である。

 ロンドンの中心部、人気のない高層マンションに暮らす脚本家のアダムは、これまでのヘイ作品の主人公と同様、寄る辺のない孤独に苛まれている。アダムの新作のテーマは”両親”。しかし彼らはアダムが12歳の頃、交通事故で他界してしまった。両親の面影を求め、郊外の生家を訪ねるとそこには亡くなった80年代当時の姿のまま、2人が暮らしている。数十年ぶりの再会に喜び合う3人。アダムはゲイである自身のセクシャリティを両親はどう思っていたのか確かめようとしていく。

 1973年生まれ、今年51歳のアンドリュー・ヘイは『異人たちとの夏』を自身の物語に引き寄せた。アダムのもとに転がり込んできた青年ハリーは「ゲイよりもクィアの方が優雅な響きだ」と言うが、エイズ禍と差別の歴史を潜り抜けてきた中年のゲイであるアダムにとって、自身のセクシャリティは世界にとって必ずしも肯定されてきたわけではない。再会した母は数十年越しのカミングアウトに戸惑いを隠せず、父は気づいていたと言う。都会を漂流するかのようなアダムのアパートメントは彼の心象風景であり、情感を湛えたアンドリュー・スコットの演技が素晴らしい。アダムは言う「ゲイだから孤独ってワケじゃない」。これはセルフケアの物語だろう。愛しい人との叶わなかった対話を繰り返すことで、人は普遍の孤独と向き合っていくのだ。

 ハリーに扮したポール・メスカルにまたしてもドキリとさせられた。孤独とアルコールで融解した初登場シーンから実に危うげで、まるで前作『aftersun アフターサン』で演じた若き父親のその後にも見えるのだ。この2作は不思議と共通点が多い。親と子、生者と死者、現世と冥途を繋ぐダンスフロア、そして90年代のブラーと80年代のペット・ショップ・ボーイズ…。ハリーもまた自らのセクシャリティゆえに家族の絆を絶たれた人物であり、アダムの抱擁は恋人のそれであるのと同時に、未だ見ぬ父性の片鱗にも思えた。私たちは皆が異人であり、夜空に輝く星のように孤独である。だが、隣にはいつだって共に輝く誰かの存在があるのだ。私たちは1人ではない。


『異人たち』23・英
監督 アンドリュー・ヘイ
出演 アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイ
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『生きてこそ』

2023-10-12 | 映画レビュー(い)

 雪深い山中に遭難した少女たちのサバイバルを描くホラーTVシリーズ『イエロージャケッツ』の参照元として、1993年の本作を改めて紐解くのも良いかもしれない。1972年、ウルグアイの学生ラグビーチームらを乗せた飛行機がアンデス山脈に墜落。72日間もの遭難生活の末、16人が生還した“ウルグアイ空軍機571便遭難事故”の映画化だ。ピアズ・ポール・リードのドキュメンタリー小説『生存者 アンデス山中の70日』を原作とする本作は、想像を絶する72日間をわずか126分に圧縮。俳優たちのフィジカルもリアリズムに乏しい“ハリウッド映画”かもしれないが、そもそも世の中には物語ることが困難な物語があり、故にこの事件は何度もドキュメンタリー、書籍で語り直されてきたのだろう。2023年には『インポッシブル』でスマトラ沖地震津波を描いたJ・A・バヨナ監督による『雪山の絆』で再度映画化されている。

 しかし、昨今では映画監督よりもプロデューサーとして認知されているフランク・マーシャルの手堅い演出や、カナダ西部コロンビア山脈で行われたロケーションの迫力は代えがたく、力作と言っていい。少年たちの敬虔な信仰心が極限状況下を支え、死者の肉を食べる決断を下したのだと解釈する劇作家ジョン・パトリック・シャンリー(『ダウト あるカトリック学校で』)の脚色は、現在のハリウッドでは到底、企画書に上げることすら叶わないだろう。生還後、彼らが見舞われたバッシングだけでも映画1本分に相当する内容だが、メインストリームの映画が120分で収められていた時代にそれは望みすぎというものだ。

 生存者の1人で若きイーサン・ホークが出演。今やアメリカ映画界を代表する名優となった彼が、ここでは早くもカリスマ性を垣間見せている。盟友リチャード・リンクレイターとのコラボレーション第1作『恋人までの距離』が公開されるのはこの翌年のことだ。


『生きてこそ』93・米
監督 フランク・マーシャル
出演 イーサン・ホーク、ヴィンセント・スパーノ、ジョシュ・ハミルトン、ブルース・サムゼイ
 
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