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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『レイブンズ』

2025-03-28 | 映画レビュー(れ)
 TVシリーズ『将軍』が世界的大ヒットを記録。助演男優賞を獲得したゴールデングローブ賞では喜びを爆発させたスピーチがアワードシーズンの一種のトレンドになるなど、名実ともに“世界のアサノ”に昇り詰めた感のある浅野忠信。狡猾だがどこか憎めない“ファニーサムライ”藪茂役で認知した海外ファンも少なくないだろう。しかし長年、彼を見続けてきた日本の映画ファンにとっては、『レイブンズ』のようなインディペンデント映画で見せる野性味と繊細、孤高こそが本懐として映るハズだ。

 浅野が演じるのは写真家の深瀬昌久。1960〜90年代初頭にかけて多くの作品を発表し、74年にはニューヨーク近代美術館でも紹介されたアーティストである。そんな彼の創作衝動、ミューズとなった妻・洋子との愛憎関係、重度のアルコール依存を時系列順に描く本作は型通りの芸術家評人伝の域を出ていない。『イングランド・イズ・マイン』のマーク・ギル監督は、やはりアル中だった父との確執、代表作『鴉』へと連なる分裂症的なインスピレーションに深瀬の抱いた強迫観念を見出している。俳優にろくろく老けメイクも施せない製作費の苦労は随所から伺い知れるものの、凡百の日本人監督にはないリリカルさが本作にはある。

 いよいよ脂の乗り切った浅野が20〜40代の深瀬を演じるのはさすがに無理があり、彼にとって遅すぎた映画という感慨も募る。しかし、ようやく物語が50代の深瀬を描き始めたところで浅野は“現在”(=いま)の魅力を発揮。アクが抜けた晩年の深瀬に宿る静かなる神秘性もまたこの名優の真骨頂である。深瀬は1992年、転落事故の際に追った脳挫傷のため重度の障害を抱え、二度とカメラを手にすることなく2012年に他界した。


『レイブンズ』24・仏、日、ベルギー、スペイン
監督 マーク・ギル
出演 浅野忠信、瀧内公美、ホセ・ルイス・フェラー、古舘寛治、池松壮亮、高岡早紀
※2025年3月28日(金)ロードショー
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『レッド・ロケット』

2025-03-21 | 映画レビュー(れ)

 ショーン・ベイカーが勇猛果敢なフィルムメイカーであることは今更、言うまでもないが、それにしたって2021年の『レッド・ロケット』は肝が座っている。テキサスの田舎町、長距離バスから1人の男が降り立つ。彼の名はマイキー・セイバー。知る人ぞ知る、いや男なら1度は顔とアレを見ている人気ポルノ男優だ。彼はズンズン歩いていくと、1軒の家に押し入る。疎遠の実家か、昔の女か。顔を出したのは離婚すらしていない“元嫁”にして、幾つものヒット作を共に送り出したポルノ女優レクシーだ。

 ベイカーはマイキー役に本物のポルノ男優サイモン・レックスを起用し、呆れるほど痛快なキャラクターを作り上げた。マイキーは口八丁に手八丁でレクシー家に居座ると、今度は生活費を稼ぐため何とドラッグディーラーへ転身。昔取った杵柄と言うが、そんな程度で務まるのか?もちろん。男も女もユルくしてしまう魔性のチャームであっという間に地域有数の売人に成り上がる。そんなある日、地元のドーナツ屋でバイトする赤毛の美少女、通称ストロベリーに一目惚れ。現役女子高生だろうが関係ない。マイキーの股間と第六感が告げていた。この娘は絶対ポルノスターになる!

 正気か?映画に“正しさ”を求める手合は『レッド・ロケット』に眉をひそめるかも知れないが、だったらディズニー映画でも見ていればいい。ベイカーは度重なる自転車移動でほとんどデタラメと言ってもいいマイキーの無尽蔵のバイタリティ(&下半身の強さ)を表現。映画館で働いていたというテキサスのロリータ、スザンナ・サンの才能に惚れ込んだ衝動も画面からひしひしと伝わってくる。いくらでもマイキーの不道徳さを叩けようものだが、ベイカーは性産業に従事した者がその後のセカンドキャリアもままならない現実から目を背けてはいない。マイキーは「好きなことをやって生きて何が悪い!」と言う。セックスワーカーを描き続けるベイカーが彼らを憐れみの対象とすることなく、さらなるリスペクトを捧げた『アノーラ』でオスカーを制するのはこの3年後のこと。2016年大統領選で「あいつら検閲している!」と吠えるトランプの姿が度々、挿入される理由は言わずもがなだろう。映画は不謹慎なな人物の不道徳な狼藉を見るのもまた楽しみの1つではないか。クライマックスはお得意のオープンエンドで、マイキー・セイバーにストロベリーを夢想させ続ける。おーい、やってるか!


『レッド・ロケット』21・米
監督 ショーン・ベイカー
出演 サイモン・レックス、ブリー・エルロッド、スザンナ・サン
 
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『ザ・レディ・イン・オーケストラ:NYフィルを変えた風』

2025-01-16 | 映画レビュー(れ)
 魅力的な人物を魅力的に撮らえることは劇映画、ドキュメンタリー問わず容易なことではない。モリー・オブライエン監督は自身の叔母であるオリン・オブライエンについて35分のドキュメンタリーを撮った。

 オリンは今年90歳。レナード・バーンスタインに見初められ、NYフィル初の女性奏者となったコントラバスの名手だ。洋服も小物も目の醒めるようなブルーを好み、年齢を感じさせない快活さで日々、後進の育成に励む。子供はおらず、独身。モリーにとっては自立した理想の芸術家だ。

 オリン・オブライエンの両親はサイレントからトーキーにかけて活躍した映画俳優ジョージ・オブライエンとマルゲリーテ・チャーチル。ハリウッドスターの華やかな生活と没落を見たからこそ、オリンは“助演”であるコントラバスに魅せられたという。モリーが抱いた叔母への憧れが伝わってくる好編である。


『ザ・レディ・イン・オーケストラ:NYフィルを変えた風』24・米
監督 モリー・オブライエン
出演 オリン・オブライエン
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『レベル・リッジ』

2025-01-04 | 映画レビュー(れ)

 例年、アワードシーズンに賞狙いの“決め球”をリリースするNetflixが、2024年は『Emilia Perez』『Maria』の配信を北米エリア中心に絞り込み、振り返れば随分と良策に乏しい1年だった。これが2023年の全米俳優組合、脚本家組合のストライキに起因する一過性の事象と思いたいが、現在Netflixはスポーツ中継のライセンス獲得および新たな会員層の発掘に勤しんでいる。映画ファンにとってアートハウス系映画の救世主と信じられてきた同社も元を辿ればレンタルビデオチェーンに前身を持つ。2024年は“普通のハリウッド映画”の供給者としての側面が強かった。

 では膨大なアーカイブに傑作を埋もれさせるわけにはいかない。『ブルー・リベンジ』『グリーンルーム』などを手掛けてきたジェレミー・ソルニエ監督の『レベル・リッジ』は、いよいよ脂の乗った演出手腕で131分、全く緊張感の途絶えることがない会心の1本だ。主演アーロン・ピエールとダビ・ガジェンゴ(『彷徨える河』)のカメラは研ぎ澄まされた肉体の如し。映画の語り口には一切の淀みもない。

 主人公テリーがシェルビー・スプリングスの山道を自転車でひた走る。突然、パトカーに追突され、地面にホールドされる場面にギクリとさせられる。テリーは勾留中の従兄弟を救うべく、保釈金を持って裁判車へ向かう最中だったのだ。しかし警官たちの不当な取り調べによって保釈金は押収され、テリーは執拗な嫌がらせによって町からの退去を強いられる。やがて危害が彼の周辺へ及んだ時、ついに怒りが爆発する。

 元イラク帰還兵が田舎の汚職警官と戦う、という筋立てから当然『ランボー』を彷彿するアクション映画だが、ソルニエは孤高のテリーに悲痛を背負わせるのではなく、むしろ腐敗した公権力との戦いに時代精神を背負わせている。あくまで不殺というテリーのスタンスも、映画を単なる二項対立に終わらせていない。ピエールの清廉な存在感に元名子役アナソフィア・ロブの引き締まったサポートアクト、臆することなく悪役を引き受けるドン・ジョンソンと役者も揃った。文句なしに2024年Netflix映画のベスト1だ。


『レベル・リッジ』24・米
監督 ジェレミー・ソルニエ
出演 アーロン・ピエール、アナソフィア・ロブ、ドン・ジョンソン
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『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』

2023-11-29 | 映画レビュー(れ)

 2018年タイ。少年サッカーチーム13名が折からの豪雨によって洞窟内に閉じ込められた事件は、世界中が固唾を飲んでその経緯を見守った。驚くべき救出作戦の全貌は後にロン・ハワードが『13人の命』としてパニックレスキュー映画に仕上げてもいる。ハワード監督の傑作に先駆けること2021年、エリザベス・チャイ・バサルヘリィとジミー・チン監督による本作は、ニュース映像や当事者たちへのインタビューなどを中心に事件を再現しているが、彼らの2023年作『ナイアド』によって本作が通り一遍の記録映画ではなく、スポーツドキュメンタリーであることが見えてくる。

 13人全員を生還させた救出作戦の立役者は、洞窟探検を専門とするケーブダイバーたちだった。浸水した洞窟は時に身1つ潜らせるのも容易ではなく、明かりは携帯するライトの微かな光のみ。タイ海軍の精鋭ダイバーですら1名が命を落とすほどの難所であり、長年の経験と並外れた精神力を必要とする。とは言え、人命救助は門外漢。映画は多大なプレッシャーに晒されたケーブダイバーの心境に迫ろうとする。監督コンビは『フリーソロ』で970メートル超の断崖絶壁に命綱なしで挑むフリークライマーに肉薄し、『ナイアド』ではフロリダ海峡170キロを泳ぐマラソンスイマーの精神世界を再現しようと試みた。ケーブダイバーにとって洞窟の暗黒は内なる宇宙であり、こだますのは自らの心の反響だ。「マイナースポーツに思わぬ形で注目が集まって良かった」と回想する彼らに、限られたアスリートだけが到達する境地とスポーツの可能性を見るのである。


『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』21・米
監督 エリザベス・チャイ・バサルヘリィ、ジミー・チン
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