長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『無垢の瞳』

2023-03-31 | 映画レビュー(む)
 『夏をゆく人々』『幸福なラゾロ』で知られるイタリアの俊英アリーチェ・ロルヴァケルの新作短編がなんとディズニープラスからリリースされている。アルフォンソ・キュアロンがプロデューサーを務める本作は、これまでロルヴァケルが見せてきたマジックリアリズムと文明批評の作風から一転、第二次大戦中の孤児院を舞台にいつにない軽やかさだ。惚れぼれするほど美しいフィルム撮影とユーモラスな画面構成はウェス・アンダーソン映画を思わせるものがあり、こんな引き出しもあったのかと驚かされた。

 クリスマスを舞台にしているだけに何か教訓めいた寓話が語られるのかと思えば、本作のスピリットは教訓めいた懲罰を強いようとする大人とファシズム社会の同調圧力に立ち向かう子供たちの“無垢の瞳”だ。厳格なシスターをロルヴァケル映画の常連にして実姉アルバ・ロルヴァケルが人間味豊かに演じていることから見落としがちだが、この38分の珠玉の商品もまたアリーチェ・ロルヴァケルらしい批評性を持った1作である。第95回アカデミー賞では短編映画賞にノミネートされた。


『無垢の瞳』22・米
監督 アリーチェ・ロルヴァケル
出演 アルバ・ロルヴァケル
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『無責任大統領と17人の告発』

2022-07-24 | 映画レビュー(む)

 アメリカのコロナウィルス対策がトランプ政権の失策による“人災”だったと追求するアレックス・ギブニー監督の聡明な本作を見て、これを対岸の火事と思える日本の観客はまずいないだろう。パンデミックの直前に実施されていた疾病対策シミュレーションが反映されなかったのは政権が“予想外”の事態を軽視したからであり、トランプによる“お友だち人事”で組織は正確な意思統一ができず、そしてトランプはまったくもって科学を信じていなかった。オバマ政権時代に備蓄されたN95マスクをはじめとする防護用品は保持期限を過ぎていたために払い下げられており、自給率が皆無に等しいアメリカ国内で枯渇。その確保を無給でボランティアが担っていたという話には目眩すら覚えた。オバマ政権の功績を徹底的に潰そうとしたトランプのエゴが成した事態と言っても過言ではないだろう。マスクメーカーの工場を視察するトランプが、場内にポール・マッカートニーの『死ぬのは奴らだ』を流すシーンには只々、人でなしという言葉しか湧いてこなかった(トランプは政治集会にローリング・ストーンズなど有名アーティストの曲を勝手に使っており、いつも「やめれや」と怒られている)。

 とはいえ、幾度となく失敗しようとも自浄する力を持っているのがアメリカである。時を置かずして本作のような徹底検証、告発が行われ、自省できるところに哀しいかな、本邦との彼我の差を感じずにはいられなかった。


『無責任大統領と17人の告発』20・米
監督 アレックス・ギブニー、オフィーリア・ハルティウニアン、スザンヌ・ヒリンガー
(c) 2020 HUNDRED DAYS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
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『ムーラン』(2020年)

2020-12-28 | 映画レビュー(む)

 2020年、物議を醸した1本と言えるだろう。ディズニーは主力作品として強力な宣伝展開を繰り広げたが、新型コロナウィルスの影響により度重なる公開延期を余儀なくされ、ついには自社の配信サービス“ディズニープラス”での追加課金によるストリーミングに踏み切った。これは既に感染が収束していた中国での劇場公開で損益をカバーできると見込んでの事だったが、しかし結果は2000万ドル強の興収に留まっている。その背景には主演リウ・イーフェイが香港の「逃亡犯条例」に対して肯定的なコメントをしたことや、イスラム教徒への弾圧が続く新疆ウイグル自治区でロケが敢行され、エンドロールで中国政府へスペシャルサンクスが挙げられている事に批判が集まり、中国政府が国内インターネットで本作の情報をシャットアウトしたことが影響していると言われている。

 また、公開の1年以上前から予告編をリリースし、映画館でポップ展開をしながらも配信スルーした事に対して映画館側から強い批判が上がっており、ネットには映画館スタッフが『ムーラン』のポップをめちゃくちゃに破壊する映像まで流れた。ハリウッドではディズニーの行動がいわば口火を切った形で、続いてワーナーブラザースが2021年の劇場公開新作全てを公開日と同日に自社ストリーミングサービス“HBOMax”で配信すると発表。さらなる波紋が広がっている。

 そんな場外乱闘はさておいて、何より深刻なのが本作の致命的なまでのユーモアの欠如、そしてオリジナルで描かれたテーマの読み違いだ。先行した実写映画版『美女と野獣』『アラジン』とは異なり、本作はオリジナル版にあったファンタジー要素をオミットし、史劇として作り直した。ミュージカルもなければエディ・マーフィが快演したドラゴンの妖精ムーシューもなし。なんとも生真面目で堅苦しいアレンジなのだ。女性らしさという性の役割や、父権制度から脱出し、男の物差しで測られることなく自分らしさでヒーローとなるのがオリジナルの精神であり、98年の時点で既に完成された普遍性だったにもかかわらず、2020年版は家の名誉のため国家に忠義を尽くす結末を選ぶ。これでは中国共産党におもね、時代から後退したと言われても仕方ないだろう。映画オリジナルのコン・リー扮する魔女もフェミニズムの文脈から機能しているとは言い難い。近年、腕を上げていたニキ・カーロ監督の演出も冴えない。

 そうそう、ムーランを鍛える将軍役でなんとドニー・イェンが登場。1人だけ格の違う立ち回りで周囲を圧倒している。アンタ1人で敵を倒せるよ!


『ムーラン』20・米
監督 ニキ・カーロ
出演 リウ・イーフェイ、コン・リー、ドニー・イェン、ジェイソン・スコット・リー、ジェット・リー
※ディズニープラスで独占配信中※
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『ムーラン』(1998年)

2020-12-27 | 映画レビュー(む)

 実写リメイク版鑑賞に先立ち見てみたが、なるほど今さら手を加えるまでもない不朽の名作だ。1998年の時点でディズニーがアジアを舞台にしていること、旧来のディズニープリンセスが白馬の王子との結婚をゴールインとしてきた事に対し、ヒロインが自らの手で自分の人生を切り開く姿は断然“現在=いま”である。特に父に代わって士官したムーランが、男達と同じ猛特訓を重ねて“男の物差し”で測られながら、最終的には自分だけの強さと機知で周囲の敬意を勝ち得る展開は重要だ。

 もちろん、現在の映画に慣れた身では98年の本作がややスローで、演出の手際もそんなに良くないと感じるかも知れない。それでもおよそ時代設定を把握していたとは思えないエディ・マーフィの現代的でファンキーなボイスアクトは最高だし(この後、『シュレック』で頂点を極める)、当時の最新技術を駆使した雪山でのシネマティックなバトルシーンはCG全盛の今では作れない気迫に充ちている。

 『美女と野獣』の実写リメイクが成功したことを踏まえると、とても失敗しようがないオリジンに思えるのだが…。


『ムーラン』98・米
監督 バリー・クック、トニー・バンクロフト
出演 ミン・ナ、B・D・ウォン、エディ・マーフィ
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『胸騒ぎのシチリア』

2019-04-02 | 映画レビュー(む)

 

今、享楽のバカンスを描かせたらこの人の右に出る人はいないだろう。『君の名前で僕を呼んで』『サスペリア』と話題作が相次ぐイタリアの鬼才ルカ・グァダニーノ監督だ。本作は1968年のアラン・ドロン主演作『太陽が知っている』のリメイクだが、オリジナルを知らずとも問題はない。シチリアの火山島、隠遁するミュージシャンとその愛人、元恋人とその娘…男と女が4人揃うと穏やかな水面に大きな水しぶきがあがる。陽光と乾いた風の下で香るセクシャルな芳香に身を任せれば良い。

四者四様の色気を持つ役者が揃った。”術後のため声を出せないロックスター”というサイレント芸でティルダ・スウィントンのオルタナティブが際立つ。元恋人役は貴公子然はかくも遠くなったレイフ・ファインズが淫らに演じる。この2人に比べればずっと後輩であるマティアス・スーナールツの色気は少しも引けを取らず、グァダニーノもその肉体に見とれているような撮り方だ。そして最若手となるダコタ・ジョンソンの水も滴るエロチックさが映画を火照らせるが、むしろその真価は終幕にある。役柄が正体を見せた瞬間、スウィントンとの間に起きるスパークは後の『サスペリア』に結実した。

原題は”A Bigger Splash”。真夏の愉悦と不穏が心ざわめかせる本作に、意外や邦題もピタリとフィーリングが合っていた。

『胸騒ぎのシチリア』15・伊、仏

監督 ルカ・グァダニーノ

出演 ティルダ・スウィントン、レイフ・ファインズ、マティアス・スーナールツ、ダコタ・ジョンソン

 
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