長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ロード・オブ・ザ・リング 力の指輪』

2023-07-27 | 海外ドラマ(ろ)

 『ベター・コール・ソウル』『キャシアン・アンドー』『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』など、相次いでビッグタイトルの前日譚がリリースされた2022年。ここにAmazonから『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのプリクエル『力の指輪』が加わった。ジェフ・ベゾスが「ウチにも『ゲーム・オブ・スローンズ』みたいなビッグタイトルが欲しい!」と言ったのか定かではないが、実に2億5000万ドルもの巨費をかけて『指輪物語』の映像化権を購入。複数箇所で同時進行するストーリー、特定の主人公がいない群像劇スタイル、大規模な戦闘シーンなど『ゲーム・オブ・スローンズ』の影響が顕著に見られる。

 だがその本質はプロダクションデザインから演出(ここぞという所でスローモーションにエンヤ調の劇伴が流れる)に至るまで、20年前のピーター・ジャクソン版に対する愚鈍なフォロアーだ。当時、映像化不可能と言われた『指輪物語』を3部作同時撮影し、1本あたり3時間という長尺を怒涛の剛腕演出で見せきったピーター・ジャクソンの妄執と完遂力がこのTVシリーズには不足している。プロットを転がすためだけに存在する登場人物は誰1人魅力的に描かれることはなく、“黒人のエルフはおかしい”なんて語るにも値しないクレーム以前の問題である(こんな論争を引き起こしてしまったのは製作陣の脇の甘さとしか言いようがない)。また映像化権を取得できたのは『指輪物語』と『追補編』のみで、ストーリーの大半がオリジナルという本作は言わば巨大な二次創作。ファンに目配せばかりを続けるストーリーテリングはまさに『指輪物語』という巨大な魔力に魅せられたフランチャイズの腐敗だ(これは『スター・ウォーズ』シークエル3部作を見ていた時のフィーリングに近い)。配信当初こそPrime Videoの新たな大ヒット作として持て囃されたものの、その後シーズン1を完走した視聴者が37パーセントに過ぎないことが明らかなったとなっている。

 だが、僅かながらにも見るべき所はある。『セイント・モード』で注目されたモーフィッド・クラークが若き日のガラドリエルに扮し、クラークは後に“ケイト・ブランシェット”へと成長することも頷ける存在感を放っている。サウロンに兄を殺されたガラドリエルは復讐に取り憑かれ、エルフ社会からも煙たがられるはみ出し者だ。そんな彼女がオークにとっての約束の地“モルドール”を目指すアダル(ベンジェン・スタークことジョゼフ・マウルが演じている)と相対する場面は今シーズンの隠れたハイライトである。自分とは異なる意見を持った“邪悪な者”を徹底的に排除しようとするガラドリエルは、キャンセルカルチャーと分断によって生まれた先鋭的リベラリストだ。

 プリクエルに課せられた使命の1つは現在(いま)を描くことでオリジナルを再定義することだろう。少なくともピーター・ジャクソン版には原作未読の僕も虜にする開かれたエンターテイメント性、そして公開当時9.11やイラク戦争と接続する同時代性があった。『指輪物語』という偉大すぎる魔力に屈することなく、2020年代の作品としてオリジナリティを見出してもらいたいところである。


『ロード・オブ・ザ・リング 力の指輪』22・米
監督 J・A・バヨナ、他
出演 モーフィッド・クラーク、ロバート・アラマヨ、ロイド・オーウェン、マックス・ボルドリー、オウェイン・アーサー、マルケラ・カヴェナー、チャーリー・ヴィッカース、ダニエル・ウェイマン
 
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『ロキ』

2021-07-23 | 海外ドラマ(ろ)
※このレビューは物語の重要な展開に触れています※

 今年3本目となるMCUのTVシリーズは雷神ソーの弟、“悪戯の神”ロキが主人公だ。『アベンジャーズ/エンドゲーム』中盤、2012年のNYからインフィニティストーンを奪って逃走した彼のその後が描かれる。巻頭、ロキは言う「私の物語を定めさせん!」。ロキを再定義し、再びMCUに呼び戻す新章の始まりだ。 

 だがこのロキは僕たちが10年間見続けてきたロキではない。僕たちの知るロキは『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』、『マイティ・ソー/バトルロイヤル』(『ラグナロク』にしておけばいいものを…)を経て、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でソーをかばい、あっさりとサノスに殺されてしまったアンチヒーローのロキだ。第1話、異なる時間軸を垣間見たロキは自身に起こり得たもう1つの物語に心動かされる。いやいや、僕たち観客の10年という時間をたった1話に凝縮するナラティヴは、『エンドゲーム』の達成の後でいささか不誠実ではないか?『ロキ』の最大の問題は、『ワンダヴィジョン』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』がワンダやサム、バッキーら映画版の脇役達をTVシリーズのナラティヴで掘り下げたのに対し、厳密には僕たちの愛したロキとは異なる人物が主人公である事だ。

 だから『ロキ』はいつまで経っても感情的沸点に到達しない。ケイト・ヘロン監督の筋運びは覇気に乏しく、アクションも切れ味に乏しい。また、これは日本独自の問題だが、低画質の日本製ディズニープラスでは先のTVシリーズ2作と違ってCG背景が多用される『ロキ』はより貧弱に見えてしまう。

 そしてMCUでおそらく初と言っていいミスキャストである、別次元の“女ロキ”シルヴィ役のソフィア・ディ・マルティーノのカリスマ不足は致命的だ。ロキが自身の内にある女性性と恋に落ちるという、複雑なアイデンティティクライシスはもっと魅力的に掘り下げられるべきだった(ちなみにロキがバイセクシャルを公言したことに反発の声が上がっているが、神話の神がヘテロなワケがない)。
ようやく(わずかに)心を動かされたのは第5話、オールドロキの登場だ。

 次元の間でロキが出会うことになるこの年老いた自分はコミックに準拠した全身タイツにマントという、実写にすると恐ろしくダサい格好で、これを名優リチャード・E・グラントが活き活きと演じている。トム・ヒドルストンはロキの役作りの1つとしてグラントの『ウィズネイルと僕』を挙げており、グラント自身もいつかヒドルストンとの“親子役”を希望していたという。
 このオールドロキは『インフィニティ・ウォー』でサノスに殺されたフリをして実は瓦礫に化けており、その後は姿をくらまして銀河の果てで孤独に暮らしていたという。ところが数十年経った後、ふと兄ソーはどうしたかと思い、星を出たばかりに時空警察によって次元の間へ送られてしまったのだ。そう、彼こそが僕たちの知るロキではないか!


【“映画好き”にとってのMCU】
 “神聖時間軸”について理解できているかどうか怪しいし、ここで詳しく書く気はない。フェーズ4では"マルチバース”がテーマとなるらしく、早くも予想ファンダムは加熱している。
 しかし僕のようなコミックファンではない、“映画好き”のMCUファンにとってMCUの魅力とは豪華なオールスター映画である事だ。クリス・ヘムズワースやエヴァンス、プラットら新進スターの登場はハリウッド映画を見続ける者にとっての醍醐味であり、ロバート・ダウニーJr.やマーク・ラファロといった演技派による活気あふれるアンサンブルにはいつも心躍った。

 一方でスカーレット・ヨハンソンやジェレミー・レナー、ポール・ベタニーといった中堅演技派スターのキャリアを10年以上に渡って拘束し続ける功罪も無視できない。彼らはMCUのヒットによって出演作を選べるスターバリューを得たかも知れないが、役者にはその年齢でしか表現できないものが必ずある。彼らがMCUに出ていなければ、いったいどんなキャリアを積んだのか…これは確かめようのないマルチバースだ。俳優にとっての10年は決して短いものではない。

 この危惧はトム・ヒドルストンにも感じる。2011年『マイティ・ソー』でのブレイク後、英国俳優らしく舞台にも軸足を置き、ナショナル・シアター・ライヴ『コリオレイナス』ではシェイクスピア劇で名演。TVシリーズ『ナイト・マネジャー』で滴り落ちんばかりの色気を放ち、次期007と目されるほどの人気を得た。スターとしての華が増す一方、40歳を迎えた彼にスーパーヒーロー映画とのミスマッチを感じ始めたのは僕だけだろうか?MCUデビュー当時のギラつきはなく、まるで熟練コスプレーヤーのようなくたびれぶりである。今後のキャリアのためにも『インフィニティ・ウォー』で卒業すべきだったのではないか?

 彼を囲んでサッシャ・レイン、ググ・バサ・ロー、ウンミ・モサクら演技巧者が揃ったが、いずれも本来の持ち味を発揮するには至っていない。僕はオーウェン・ウィルソンが出てくるだけで嬉しくなる性格だが、彼1人にアンサンブルの活気を期待するのは酷な話だろう。


【在り続ける者】
 サプライズは最終回に登場する黒幕、“在り続ける者”に分したジョナサン・メジャースだ。彼こそがフェーズ4のメインヴィランと目される征服者カーンの別次元の1人であり、メジャースは『ザ・ファイブ・ブラッズ』『ラヴクラフトカントリー』と話題作の続く旬の俳優ならではの存在感で魅せてくれる。
だが作劇がそれに応えているとは言い難い。在り続ける者の説明ゼリフに費やされるそれからは本作が“自由意志と決定論”についての物語である事がわかるが、この話は近年『ウエストワールド』で既に3シーズンもやり尽くされている。ポップカルチャーの地平を切り開いてきたMCUがこうも明確に後発に回ってしまうというのは、ちょっと寂しい(しかも『ウエストワールド』を超えていない)。

 『ワンダヴィジョン』の最多タイ23部門のエミー賞ノミネートが発表された夜、最終回を迎えた『ロキ』では壮大な“マルチバースウォー”の始まりが高らかに告げられ、僕はいったいどこまで付き合うのかと軽い徒労感を覚えた。そうして『ロキ』はMCUのTVシリーズとして初めてシーズン2への継続をアナウンスし、幕を閉じるのである。


『ロキ』21・米
監督 ケイト・ヘロン
出演 トム・ヒドルストン、ソフィア・ディ・マルティーノ、オーウェン・ウィルソン、ググ・バサ・ロー、ウンミ・モサク、サッシャ・レイン、ジョナサン・メジャース
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『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』

2019-03-29 | 海外ドラマ(ろ)



今日は36歳の誕生日。今さら浮かれるような歳でもないが、友達みんなが集まってバースデーパーティを開いてくれた。ダベって、酒飲んで、ちょっとマリファナを決める。良いも悪いも一通り経験した歳だ。何てことはない。よく知らない男といいカンジになったんで、これから家に“お持ち帰り”だ。パーティー会場を出てふらふら歩けば、そこへ車が突っ込んできて…。

ふと、気付けばパーティー会場のトイレにいる。夢か?ラリってたのか?ともあれデジャブに心ざわついて車は避けたが、今度は下水溝に落ちてしまう。するとまたトイレで気が付いた。あれ、あたし今死んだの??

『ロシアン・ドール』はその魅力を伝えるのが難しい奇妙奇天烈なドラマだ。主人公ナディアは死の無限ループに陥り、何度も36歳の誕生日をやり直す。車は避けれても階段から落ちたり、ガス爆発に巻き込まれたり、路上で凍死したりと思いがけない形で死は何度も襲ってくる。きっかけも原因もさっぱりわからない。ドラマのジャンルもブラックコメディからホラー、ラブストーリーまでコロコロと転調し、さっぱり予想がつかない。

主人公が同じ1日を何度も繰り返すといえば『恋はデジャブ』はじめ数々の名作が頭をよぎるが、いずれもテーマとしているのは”人生の生き直し”だ。ナディアの職業がゲームプログラマーである事に注目して欲しい。彼女は死に直面する度にそれを回避する方法を探し、人生の別ルートを見つけていく。まるでデバック(プログラムのバグを見つけ、修正する作業)のような繰り返しを行っていく中で、彼女もまた人生の意味を見出していくのだ。

製作総指揮と主演を兼任するのはナターシャ・リオン。ガスガスの酒やけボイスは酸いも甘いも知った人生の年輪か、サバサバした歯切れの良さが心地良い。若い頃から活躍してきた彼女も2005年以降は病魔に苦しめられる人生を送ったらしく、”生き直す”というテーマを持った本作にはそんな実体験も反映されているのではないだろうか。変化球のストーリーテリングの後には不思議な多幸感が拡がっていた。

好評を受けてシーズン2の製作が発表された。無限ループの理由は謎のまま、果たしてナディアにはどんな人生のフローチャートが待ち受けているのか?リオンの新たな代表作の誕生である。




『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』19・米
出演 ナターシャ・リオン、チャーリー・バーネット、クロエ・セヴィニー
※Netflixで独占配信中※

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