長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『コリン・イン・ブラック・アンド・ホワイト』

2022-02-21 | 海外ドラマ(こ)

 あなたがアメリカンフットボールに興味がなくても、コリン・キャパニックの名前は聞いたことがあるだろう。2016年8月26日、プレシーズンマッチの試合で国歌斉唱を拒否し、起立しなかったことで物議を呼んだ黒人選手だ。人種差別が横行する国家に敬意を払うことはできないとした彼の抗議は大きな批判に晒されるが、時同じくして激化していったブラック・ライヴズ・マター運動を受けてコミッショナーが擁護を表明し、キャパニックの行動は正当化される事となる。

 そんな彼の半生を振り返る本作は自由闊達な構成に驚かされる1話30分、計6話のTVシリーズだ。キャパニック自らがナビゲーターを務め、再現ドラマやブラックカルチャーの解説とジャンルを縦横無尽に往復していく。製作を務めたのは『ボクらを見る目』のエヴァ・デュヴァネイ。彼女自ら監督を手掛けた第1話は黒人の髪型“コーンロウ”と“THUG”という言葉から白人家庭で養子として育ったキャパニックのアイデンティティを解き明かし、ブラックカルチャーのルーツに迫っていく。その筆致とフットワークはまるで黒人映画の巨匠スパイク・リーを彷彿とさせる。デュヴァネイはアカデミー作品賞候補に挙がったブレイク作『グローリー 明日への行進』以後、Netflixをベースに活動を続けている。彼女もまたスクリーンに登場することなくその才能を進化し続けている重要な現代アメリカ監督の1人と言えるだろう。

 デュヴァネイが監督を務めたのはこの第1話のみで、シリーズは以後もそのスタイルを踏襲し続けるが残念ながらテンションを保つことには成功しておらず、やや教育ドラマのような窮屈さを感じてしまう場面もある。それでもキャパニック同様、野球選手として嘱望されながらアーティストへ転向したロメール・ベアデンを引用するなど島国に暮らす僕らの目を見開かせるような発見に満ちており、何よりキャパニックの父親に扮した偉大なる名優ニック・オファーマンの演技によって、本作は“再現ドラマ”という域を超えて観る者の心を揺さぶるのである。


『コリン・イン・ブラック・アンド・ホワイト』21・米
監督 エヴァ・デュヴァネイ、他
出演 コリン・キャパニック、ジェイデン・マイケル、ニック・オファーマン、メアリー=ルイーズ・パーカー
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『このサイテーな世界の終わり』

2020-08-08 | 海外ドラマ(こ)

 ジェームズは自身をサイコパスと自覚している高校生。いつか人を殺してみたいという願望を秘めており、既に猫では実証済みだ(!)。幼少期に母の自殺を目撃して以来、父親とは完全にディスコミュニケーション状態にある。
 そんな彼が転校生のアリッサに声をかけられる。彼女は母親がクソ野郎と再婚した事で人生に幻滅し、破滅願望を抱いている。ひょんな事から2人は家出をする事になり…。

 『このサイテーな世界の終わり』(原題The End of the F***ing World)はそんな危うい設定から始まるロードムービーだ。第3話、いよいよ事件が起こり、家出は逃避行へと変容していく。2人は決してお目にかかりたくないメンドクサイ若者達だが、続く『ノット・オーケー』を手掛けたジョナサン・エントウィッスルは愛さずにはいられないキュートな人物として描いており、やがてドラマはピュアなラブストーリーへと昇華されていく。

 本作は1話30分弱のフォーマットを活かした語りの巧さが映える。思いがけぬ人物ボニーから始まるシーズン2第1話25分の密度と、シーズン1後のアリッサを描いた第2話の19分は共にモノローグでそれまでを時系列順に見せていくが、密度の濃さは同じでも物語の性格がまるで違うのが面白い。シーズン2はボニーによって異様な緊張感を得ており、本作で数々の賞にノミネートされたナオミ・アッキーの怪演は見所だ。彼女が『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』で元ストームトルーパーを演じていた若手女優と聞いて驚愕。ますます評価が下がるスター・ウォーズEP9よ…。

 シーズン2第7話が傑出していた。人里離れた夜のダイナーを映した映像美はコーエン兄弟作品を思わせ、ユーモアと暴力、そしてヒューマニズムがたった25分の中に混在し、最後には多幸感が広がる。短い尺の中に豊かな広がりを持つ30分ドラマの魅力を再確認させられたシリーズだ。


『このサイテーな世界の終わり』17~19・英
監督 ジョナサン・エントウィッスル
出演 ジェシカ・バーデン、アレックス・ロウザー、ナオミ・アッキー
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『攻殻機動隊SAC_2045』

2020-05-01 | 海外ドラマ(こ)

これがあの“攻殻”なのか?
数々のポップカルチャーに影響を与え、アニメーションの地平を切り拓いてきたSFサイバーパンクの最新作がこんなレベルなのか?

ほとんどプレイステーション3(いや、2か?)のデモムービーレベルの絵であり、それは日中の市街地やモブシーンで際立つ。初めてモーションキャプチャーを導入したにも関わらずアクションシーンでそのフィジカルが生きる事はなく、ペラペラした作画は既に名優の域に達しているオリジナルキャストの重厚な存在感と乖離するばかりだ。見ている間、僕はいったい何度「いい加減にしてくれ」と口にした事か。
 毎度、鳴り物入りで新作を発表しながら世界的なブームには到らない日本発のNetflixオリジナル作品の中で、既に確固たる人気を誇る『攻殻』の最新作は満を持しての本命打だったハズだ。NetflixのバックアップとプロダクションIGのクリエイティブをもってして、なぜこのレベルでのリリースが許されてしまったのか。

 Netflixにおけるアニメーションといえば昨年、『デッドプール』シリーズのティム・ミラー監督とデヴィッド・フィンチャーがタッグを組んだアンソロジー『ラブ、デス&ロボット』も記憶に新しい。最新技術の粋を集めたフォトリアルなCGアニメは世界中の度肝を抜いたが、個人的にはアニメ的意匠を持たないCGアニメにはファーストシーン以降、新鮮さを覚えたことはない。『攻殻』はそんな轍を踏まないと信じていたのだが、こんな世界的最新トレンドすら捉えられないとは…。

 という事であなたが第1話で視聴脱落したとしても責めはしない。
今シーズンはこれまでの1話完結の刑事ドラマスタイルも捨て去っており、Netflixでのビンジウォッチを想定したかのような2部構成の全12話になっている。“草薙素子が人形遣いと会わなかった世界”という前提がある本シリーズながら、前作『2ndGIG』が直接的言及を避けながら押井版へリンクしただけに、本作の整合性を無視できないゴーストも多いだろうが、その辺はまぁカンベンしてやってくれ。

 物語は世界経済が同時デフォルトに陥り、経済循環のための予定された戦争“サスティナブル・ウォー”が行われている2045年だ。格差社会というテーマが世界中の作家にとって避け難いテーマになった昨今、ここでは富裕層が戦争をコントロールし、貧困層が武器を持って労働力として搾取される。非凡な戦闘力を持った少佐達はある種の快楽主義者であり、傭兵稼業で自由気ままに暴れている…というのが前半だ。

 荒牧課長が彼らを放っておかなかったように、ショーランナーである神山監督も『攻殻』に手を付けずにはいられなかった。これまでも薬害エイズ問題や、移民問題、テロに右傾化など様々な社会問題を盛り込んできた彼は今回、混迷する現在の日本社会の“厭な空気”を全部詰め込んでいる。
 謎の高熱発症後、電脳が超高度に発展した“ポスト・ヒューマン”が暗躍し、2045年の日本は戦後復興を謳った「東京2050」を掲げ、アジア難民を不法に帰化させて労働力に当てている。対米従属の政界はついにアメリカから帰化した首相を選び、ネット世界では一般人による炎上という名の公開処刑が横行し…と未来社会は僕らの生きる2020年と何ら変わりない地続きだ。

 白眉はシーズン終盤。事件の容疑者である少年タカシの足跡を追ってトグサが向かう京都の寒村だ。2050年とは思えない、時代考証を無視した寒村の風景も神山の計算のうちだ。少年の記憶を追って辿り着くのは窒息しそうな息苦しさの日本家屋、即物的な大量殺人が繰り広げられる夕暮れの花畑、そして村はずれに住む軍服の男“空挺さん”というデイモン・リンデロフの傑作TVドラマ『ウォッチメン』第6話を彷彿とさせる悪夢的記憶の迷宮であり、津山事件や山口県連続放火殺人事件等の大量殺人事件を連想させる異様さである。シーズン2への壮大なクリフハンガーで終わってしまう本作だが、神山が現代日本の圧倒的閉塞感に挑もうとしている事はわかる。それはまるで社会義憤に駆られ、歴史に残る犯罪を起こした“笑い男”のような無謀な挑戦かも知れない。だが僕らが耳を塞ぎ、目を閉じ、口を閉ざした今、『攻殻』の挑戦は未来を見せてくれるかも知れないのだ。

 シーズン終盤の膨大なレファレンスと畳みかけるサスペンスこそこれぞ『SAC』と膝を打った。あとは絵さえ何とかなれば!シーズン2に期待したい。


『攻殻機動隊SAC_2045』20・日
監督 神山健治、荒牧伸志
出演 田中敦子、阪脩、大塚明夫、山寺宏一、玉川砂記子、林原めぐみ
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『コミンスキー・メソッド』

2019-01-26 | 海外ドラマ(こ)



次から次へとツイストが起こり、クリフハンガーで終わる昨今の海外ドラマに慣れてしまったせいか、『コミンスキー・メソッド』には和まされる。主演はマイケル・ダグラスとアラン・アーキン。共にオスカーを受賞しているハリウッドの名優だ。長年の友人同士に扮した2人が自らの老いや人生にのろのろと向き合っていく1話30分程度のコメディドラマである。

舞台はハリウッド。ダグラス扮する俳優のサンディ・コミンスキーは仕事にあぶれ、今は演技講師として糊口を凌いでいる。アーキン扮するノーマンはそんなサンディを長年支えたエージェントだ。彼の事務所は業界きっての大手へと成長したが、妻の終末医療をきっかけに一線を退いた。

 おっと、またしてもアメリカ芸能界が舞台だ。『マーベラス・ミセス・メイゼル』『バリー』など、芸事をテーマにした作品が続く。ドラマ黄金期の今、ハリウッドが自分たちの身の回りにも普遍的な物語が転がっている事に気付いたのか。本作は人気俳優、有名作品の名前が実名で飛び交い、相次ぐカメオ出演も楽しい。エリオット・グールド(『ロング・グッド・バイ』)が現れては「オレもリーアム・ニーソンみたいにアクションやりたい」と言い出す始末で、さながらハリウッド版『やすらぎの郷』だ。

ドラマの見どころはもちろん長年の悪友に扮したダグラスとアーキンの掛け合いだ。今更、気を使う程の仲でもないが、相手の事は一番良くわかっている。互いを慮る関係性が微笑ましく、実に心地良い。特段大きな事件もなく葬式や家族、健康(ダグラスが延々頻尿に困る)、恋愛に悩みながらのんびりと進んでいく本作は海外ドラマファンの箸休めに丁度いいかもしれない。ゴールデングローブ賞では並み居る強豪を抑えてミュージカル/コメディ部門の作品賞に輝いた。


『コミンスキー・メソッド』18・米
出演 マイケル・ダグラス、アラン・アーキン
※Netflixで独占配信中※

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『ゴッドレス-神の消えた町-』

2018-07-28 | 海外ドラマ(こ)

ハリウッドは今や"TV黄金期”。各配信会社がオリジナル作品を製作し、凌ぎを削る戦国時代だ。人気映画監督たちのTV界流入はもちろん、昨年エミー賞を賑わせたHBO製作『ナイト・オブ・キリング』のスティーブン・ザイリアンのように脚本家として長年活躍してきた人が新たにショーランナーとして作品を発表できる土壌も整ってきた。

 本作の監督・脚本を務めるのも『アウト・オブ・サイト』『マイノリティ・リポート』『ローガン』などを手がけてきた脚本家スコット・フランクだ。往年の名作西部劇を彷彿とさせる本作は彼の最高傑作と言っていい堂々たる仕上がりである。とりわけソダーバーグやスピルバーグの下で第2版監督を務めてきた撮影監督スティーブン・メイズラーのカメラは筆舌し難く、これはスマホやタブレット、TVではなく劇場で堪能したいレベルの映像美である。しばしば"映画級”という宣伝文句が踊るTVドラマ界だが、これほどスクリーンで見たかったと思わせる画作りのドラマはなかった。こんな思いがけない傑作が生まれる事からも如何に現在のTV界が充実しているかわかるハズだ。

物語の舞台は1884年のニューメキシコ、炭鉱事故により男性のほとんどが死んだ町ラ・ベル。そこへ瀕死の重症を負った謎の男ロイ・グッドが現れる。無法者フランク・グリフィンの下で我が子同然に育てられてきた彼は大金を持ち逃げし、半殺しの目に合ったのだ。町の外れに暮らす牧場主アリスによって匿われたロイだが、グリフィンの魔手は迫りつつあった。

定型こそ西部劇のそれだが、時代は"Me too”である。
ロイとグリフィンの対決を主軸にしながら物語を動かすのはラ・ベルの寡婦達だ。『ダウントン・アビー』でお馴染みミシェル・ドッカリー、エミー賞助演女優賞候補に挙がったメリット・ウェバーがウエスタンスタイルに身を包み、ウィンチェスター銃を携える姿はほれぼれする程カッコいい。女手一つで生計を立て、身を守ることができる彼女らにとって男は必ずしも必要な存在ではない。教えを乞い、コミュニティに居場所を見出していく男たちのオールドスタイルな不器用さが対照的だ。ロイ・グッド役の好漢ジャック・オコンネル、トーマス・サングスターや、怪優のイメージが強い保安官役スクート・マクネイリーら男優陣も好演。中でもフランク・グリフィン役ジェフ・ダニエルズの単なる悪漢では終わらない深味は、この名優が新たなキャリアのピークに立った事を知らしめてくれる。

 本作を見てアメリカ文学の巨匠コーマック・マッカーシーの小説を思い出した。マッカーシーは『すべての美しい馬』『越境』『平原の町』の"国境三部作”で近現代のアメリカ西部を舞台にしている。人と馬、親と子、大地と人、そして神と人の在り方を描いた散文詩のような文体はまるで神話のような神秘性があり、それは同時にアメリカが血と暴力で築き上げられた事を看破する。『ゴッドレス』はハリウッドがかつて量産した"ウエスタン”の定型を踏みながら、さらにアメリカを形成した西部開拓史の精神性にまで踏み込んでいるのだ。その抒情性はアメリカの地を踏む者のみならず、遠く海を隔てた僕たちをも魅了するのである。



『ゴッドレス-神の消えた町』17・米
監督 スコット・フランク
出演 ジャック・オコンネル、ジェフ・ダニエルズ、ミシェル・ドッカリー、メリット・ウェバー、スクート・マクネイリー、トーマス・サングスター、他
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