長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アナザーラウンド』

2021-09-24 | 映画レビュー(あ)

 血中アルコール濃度を一定値に保つ続ければ気持ちがおおらかになって仕事の効率も上がるのでは?酒飲みなら1度は考え、もしくは実践する者もいるであろうこの酔狂な仮説を実証すべく、しがない中年男4人が呑んで飲んでのみまくるコメディだ。

 マッツ・ミケルセンが演じるマーティンは不惑を迎え、かつての活力は今やなく、授業は教科書を朗読するだけのダメ教師。ところが血中アルコール濃度を0.05%に維持し始めると話術に冴えが出て、生徒のウケもいいではないか。彼はもともと研究職を目指していた知性の人であり、往々にしてこういう人は適度なアルコールが入ると面白いもんである。長年、ディスコミュニケーション状態だった妻や息子たちとの関係も良好となり、路頭に迷っていたマーティンの人生が再び輝き出す。しかし血中アルコール濃度を保ち続けるような飲み方をしていれば当然、心身に不調を来すワケで事態は予想通りの方向へ…。

 そもそもデンマークは16歳から飲酒ができる国で、日本人とは遺伝子的にアルコールに対する耐性がまるで違うのだという。それでも酒飲みあるあるな笑いがくすぐったい映画だ。僕も気づけばよくわからない傷を負うほど飲み歩くことがあり、場内からは同様に“イケる口”の人々の何とも言えない笑い声が聞こえてきた。『偽りなき者』『遥か群衆を離れて』など、今やデンマークを代表する名匠となったトマス・ヴィンターベア監督は軽やかな演出を見せ、マッツら熟練俳優たちから愉快なアンサンブルを引き出している。ついに泥酔が極まった彼らの“酔ってる本人の中では論理的”な醜態ぶりはとても演技とは思えない壮絶だ。憂いを帯びたマッツの目が多くを物語ることは言うまでもなく、人生に不安を抱えた彼の瞳からツツーと涙がこぼれ落ちる様は美しい。その目で「オレも飲みたい」と見せる酒飲み特有のジト目はおかしいったらない。

 ヴィンターベアは失敗や挫折、とりかえしのつかない喪失も人生なのだと肯定する。本作のアイデアを持ち寄り、出演も予定されていた愛娘イーダは本作の撮影開始直後、交通事故によってこの世を去ったのだという。それにも関わらず葬式で終わる本作の祝祭感はなんだ。カタルシスたっぷりの酔いどれマッツの舞を見よ。酒は悪ではない。ヴィンターベアは悲劇すらも受け入れ、酒の本来の存在意義である“祝杯”を上げて映画を締めくくる。人生は続く。さぁ、もう一杯いこうじゃないか。


『アナザーラウンド』20・デンマーク
監督 トマス・ヴィンターベア
出演 マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ、マリア・ボネヴィー

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