『ケイコ 目を澄ませて』で数々の映画賞を受賞し、一躍日本映画界のフロントラインに飛び出した三宅唱監督の最新作となれば、こちらも気負って劇場の椅子に腰掛けずにはいられない。瀬尾まいこの同名小説を原作に三宅が自ら脚色を手掛け、上白石萌音、松村北斗という若手人気スターが主演。劇場はミニシアターから都心は大型シネコンだ。でも安心してほしい。ぐっとメインストリームに近づいた企画でも三宅はなんら気負うことなく、変わらぬ繊細な眼差しと語り口を披露している。
だが、上白石演じる藤沢が自身の境遇を延々とボイスオーバーで語り続ける冒頭にはぎょっとさせられた。『夜明けのすべて』は『ケイコ』ほどストイックに削ぎ落とせていなければ、ステップにも時折、乱れがある。PMS(月経前症候群)によって日常生活を満足に送ることができない藤沢は、やがて東京の下町にある小さな会社に働き口を見つける。風光明媚なものなど何もない。住宅が所狭しとひしめき合う、東京ならではの雑多な町並み。社長の栗田(光石研)をはじめ社員は心優しく、藤沢の病気を受け容れ、彼らは共存している。ここに身を寄せているのは彼女だけではない。社長のとある縁故からやってきた山添(松村)もまたパニック障害を抱え、大企業からドロップアウトしてきた若者だ。三宅は東京の下町に聴覚障害を持つヒロインの孤独を描いた『ケイコ』のように、本作もまた味気ない町並みに登場人物たちの心象を見出す。匿名性が生まれざるを得ない大都市の小さな職場やアパートは、三宅映画に登場する慎ましくも孤独な人間たちの肖像の一部であり、同じ街に暮らす筆者には他人事と思えなかった。
そんな寂しげな下町に夜が訪れると、そこには家々の数だけ灯りがともり、自分だけではない他者の存在が照らされる。『ケイコ』が荒川の架線下に宇宙を見出していたように、『夜明けのすべて』にも星空のごとき深淵がある。次第に距離を縮めていく藤沢と山添に、三宅は日本のメインストリーム映画が大好きな恋愛規範など求めはしない。誰もが他人であるこの街で、しかし誰かは自分の横で瞬く星のような存在かもしれないと気付かせてくれるのだ。
多くの言葉を必要としない人間の繋がりを象徴するのは、偉大なる2人の助演俳優である。山添を献身的に見守り続けてきた上司・辻本は、自らの道を見つけ始めた山添の姿に胸を詰まらせる。栗田との三位一体の関係性はほとんど説明されないが、観る者に語られることのない多くの物語を感じさせるのだ。主演コンビの好演に加え、偉大なる光石研、渋川清彦のパフォーマンスに心揺さぶられたことを特筆しておきたい。
多くの言葉を必要としない人間の繋がりを象徴するのは、偉大なる2人の助演俳優である。山添を献身的に見守り続けてきた上司・辻本は、自らの道を見つけ始めた山添の姿に胸を詰まらせる。栗田との三位一体の関係性はほとんど説明されないが、観る者に語られることのない多くの物語を感じさせるのだ。主演コンビの好演に加え、偉大なる光石研、渋川清彦のパフォーマンスに心揺さぶられたことを特筆しておきたい。
『夜明けのすべて』24・日
監督 三宅唱
出演 上白石萌音、松村北斗、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、りょう、光石研