長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『夜明けのすべて』

2024-02-15 | 映画レビュー(よ)

 『ケイコ 目を澄ませて』で数々の映画賞を受賞し、一躍日本映画界のフロントラインに飛び出した三宅唱監督の最新作となれば、こちらも気負って劇場の椅子に腰掛けずにはいられない。瀬尾まいこの同名小説を原作に三宅が自ら脚色を手掛け、上白石萌音、松村北斗という若手人気スターが主演。劇場はミニシアターから都心は大型シネコンだ。でも安心してほしい。ぐっとメインストリームに近づいた企画でも三宅はなんら気負うことなく、変わらぬ繊細な眼差しと語り口を披露している。

 だが、上白石演じる藤沢が自身の境遇を延々とボイスオーバーで語り続ける冒頭にはぎょっとさせられた。『夜明けのすべて』は『ケイコ』ほどストイックに削ぎ落とせていなければ、ステップにも時折、乱れがある。PMS(月経前症候群)によって日常生活を満足に送ることができない藤沢は、やがて東京の下町にある小さな会社に働き口を見つける。風光明媚なものなど何もない。住宅が所狭しとひしめき合う、東京ならではの雑多な町並み。社長の栗田(光石研)をはじめ社員は心優しく、藤沢の病気を受け容れ、彼らは共存している。ここに身を寄せているのは彼女だけではない。社長のとある縁故からやってきた山添(松村)もまたパニック障害を抱え、大企業からドロップアウトしてきた若者だ。三宅は東京の下町に聴覚障害を持つヒロインの孤独を描いた『ケイコ』のように、本作もまた味気ない町並みに登場人物たちの心象を見出す。匿名性が生まれざるを得ない大都市の小さな職場やアパートは、三宅映画に登場する慎ましくも孤独な人間たちの肖像の一部であり、同じ街に暮らす筆者には他人事と思えなかった。

 そんな寂しげな下町に夜が訪れると、そこには家々の数だけ灯りがともり、自分だけではない他者の存在が照らされる。『ケイコ』が荒川の架線下に宇宙を見出していたように、『夜明けのすべて』にも星空のごとき深淵がある。次第に距離を縮めていく藤沢と山添に、三宅は日本のメインストリーム映画が大好きな恋愛規範など求めはしない。誰もが他人であるこの街で、しかし誰かは自分の横で瞬く星のような存在かもしれないと気付かせてくれるのだ。

 多くの言葉を必要としない人間の繋がりを象徴するのは、偉大なる2人の助演俳優である。山添を献身的に見守り続けてきた上司・辻本は、自らの道を見つけ始めた山添の姿に胸を詰まらせる。栗田との三位一体の関係性はほとんど説明されないが、観る者に語られることのない多くの物語を感じさせるのだ。主演コンビの好演に加え、偉大なる光石研、渋川清彦のパフォーマンスに心揺さぶられたことを特筆しておきたい。


『夜明けのすべて』24・日
監督 三宅唱
出演 上白石萌音、松村北斗、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、りょう、光石研
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『欲望に溺れて』『TOMORROW パーマネントライフを探して』

2023-12-04 | 映画レビュー(よ)

 2018年の監督第5作『ガルヴェストン』以後、まるで映画作家としての資質を模索するかのようにジャンルを横断し続ける“監督”メラニー・ロラン。それらとは対象的な初期の監督第3、第4作は、自身に物語を近づけたよりパーソナルな作品であることが観て取れる。

 2013年に出産を経たロランは、ネイチャー誌に掲載された“今のライフスタイルを続ければ人類は滅亡する”という論考から子供の未来に強い不安を抱き、俳優仲間のシリル・ディオンと共に「農業」「エネルギー」「経済」「民主主義」「教育」の5つの観点から地球環境の持続可能性について模索する『TOMORROW パーマネントライフを探して』を発表する。なんとも切実で真摯な想いに溢れたドキュメンタリーで、その語り口は理路整然。ロランの才気煥発さが伺い知れる。この主題でランニングタイム120分というのはやや生真面目すぎる気もするが、製作から8年を経た今も十二分に通用する内容だ。第41回セザール賞では見事ドキュメンタリー賞に輝いた。

 2017年の『欲望に溺れて』(原題“Plonger”)では、やはり出産という体験を今度はフィクションとして昇華している。気鋭の写真家パスと、親子ほど年の離れた戦場ジャーナリストのセザールが恋に落ちる。公開から6年を経た現在では口さがなく言われそうな筋立てではあるが、あくまで主人公を中年男性セザールに据えているところにロランの明晰さがある。程なくしてパスは妊娠、出産。セザールは歳を取ってからの子供だけに嬉しそうだが、育児に忙殺されるパスはアーティストとしてのキャリアが閉ざされるのではと不安を抱く。やがて…。マギー・ギレンホールの監督作『ロスト・ドーター』に先駆けること4年前、社会が抱く“母性信仰”をテーマにしながら、それを中年男性の目線から解き明かしていくクレバーな筆致と、常に撮るべきショットを心得たカメラ使いといい、ビデオスルーと安直な邦題が悔やまれる1作だ(U-NEXTのキャプションも全てが間違っている)。若手女優の起用にも定評のあるロラン作品。ここではマリア・バルベルデが真に迫っていたことも特筆しておくべきだろう。最新作『ヴォルーズ』の様子からするとロランは当分、職人監督として腕を磨いていくとみられるが、いずれ円熟期には自身の物語へと還ってくるのではないだろうか。


『TOMORROW パーマネントライフを探して』15・仏
監督 メラニー・ロラン、シリル・ディオン

『欲望に溺れて』17・仏
監督 メラニー・ロラン
出演 ジル・ルルーシュ、マリア・バルベルデ、ノエミ・メルラン
 
 
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『夜明けの夫婦』

2022-07-29 | 映画レビュー(よ)
 山内ケンジ監督による『夜明けの夫婦』は相当な低予算で製作されている事が伺える苦心の1本で、必ずしも監督のヴィジョンを実現できているとは思えない。ワンシーンワンカットのメソッドは低予算ゆえに強いられたものであり、俳優たちの誠意あるアンサンブルによってかろうじて成立したものだ(無益なアドリブが野放しになっている場面も少なくないが)。コロナ終息後という舞台設定や、社会活動家である義母のキャラクターに山内監督の考えも伺い知れるが、夫婦の性愛をテーマにした艶笑劇である本作においてはノイズにも近く、義父が同居する息子の嫁に欲情を募らせる場面には卒倒しそうになった。

 印象深いのはよりささやかな場面だ。韓国にルーツを持つ2人の女性がひっそりと母国の言葉を交わす時、彼女らの抱える“生きづらさ”が浮かび上がる。2022年の上半期は『パチンコ』『TOKYO VICE』といった外から日本を描いた作品が相次ぎ、この国が多くの人種で構成されそこに差別がある事を看破した。ここ日本で製作される作品もそんなモザイクに敏感であるべきだろう。『夜明けの夫婦』は見栄えのしない場面が多いものの、2022年の映画としてかろうじて観るべき所がある。繊細な感情表現を見せる主演の鄭亜美には『ぐるりのこと』の木村多江を彷彿とさせるものがあった。


『夜明けの夫婦』21・日
監督 山内ケンジ
出演 鄭亜美、泉拓磨、石川彰子、岩谷健司
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『47歳 人生のステータス』

2021-05-07 | 映画レビュー(よ)

 巻頭、ベン・スティラー扮するブラッドの鬱々としたナレーションが続く。目をかけてきた部下には仕事を否定され、大学時代の同級生は皆、社会的な成功を収めた。妻は優しいが野心はなく、彼女との結婚生活が人生に対する前向きさを奪ったのかもしれない。47歳、ミッドライフ・クライシスだ。

 人生に惑う男の悲哀を演じさせたらベン・スティラーは天下一品だ。コメディ映画の印象が強いかもしれないが、近年は監督業にも精力的な才人。そして男の弱さを無様に、しかし慈しみを持って演じ続けてきた。ウェス・アンダーソン監督の初期作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のあの可笑しくも哀しいジャージ姿を覚えているだろうか?その後、『人生は最悪だ!』『ヤング・アダルト・ニューヨーク』『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』とノア・バームバック監督作に連続主演。自分が思っていたよりも早く大人になってしまった男の憐れさをなんとも愛おしく演じた。

 本作ではスティラーの円熟を堪能することができる。自分は人生の敗者だと自己憐憫に暮れ、ついには同級生のみならず、若く才能に満ちた息子にすら嫉妬する。しかし彼にはハメを外すだけの度胸もない。スティラーはブラッド役に説得力を持たせる事に成功しており、『ケミカル・ハーツ』『ダッシュ&リリー』と注目作が続く息子役オースティン・アブラムスと素晴らしいアンサンブルを奏でている。

 そんなブラッドを救うのは自身を肯定し、他社と比べ合う有害な男性性を否定することだ。マイク・ホワイト監督による本作は控え目な小品だが、彼が自ら手掛けた脚本は中年の危機をトキシック・マスキュリニティの観点から切り崩しており、なんとも現代的。ブラッド同様、惑い始めていた僕も目から鱗が落ちるような気分だった。

 ブラッド・ピット率いるプランB製作による本作は全米では2017年にリリースされた。近年、日本にはなかなか入ってこないタイプの小品だが、コロナ禍の作品不足を受け、オンライン上映という形式で公開される。これもコロナの副産物だ。


『47歳 人生のステータス』17・米
監督 マイク・ホワイト
出演 ベン・スティラー、オースティン・アブラムス、ジェナ・フィッシャー、マイケル・シーン、ジェマイン・クレメント、ルーク・ウィルソン
※6/11よりMIRAIL(ミレール)、Amazon Prime Video、U-NEXTにてオンライン上映※
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『40歳の解釈 ラダの場合』

2020-10-20 | 映画レビュー(よ)

 やれやれ、もうすぐ40歳だ。“30歳以下の30人”に選ばれ、気鋭の劇作家と目されたのも今は昔。地元で劇作の講義をしているが、生徒には「ヒット作がないくせに」とバカにされている。ブロードウェイを目指して新作を売り込むも、鼻持ちならない白人のジジイに頭を下げなくちゃならない。クソ不味いダイエット飲料は一向に体重が落ちる気配ナシだ。これが40歳、This is 40。

 監督、脚本のラダ・ブランクが実名で演じる自分語りだ。彼女は内に宿った言葉を書き溜め、ラッパー転身を試みる。そうだ、アタシは子供の頃から言葉を操ってきたんじゃないか。だが“ハッスル&フロウ”は起こらない。大失敗をかまし、物笑いの種になった。「アタシはアーティストになりたいの!」

 雑多で愉快、人情味にあふれるNYハーレムを撮らえたモノクロームが80~90年代のアメリカンインディーズ、とりわけスパイク・リー監督の『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』を彷彿とさせる。リーは若いヒロインの自由恋愛を通して時代を先駆けたが、あの彼女がアラフォーになったら?ラダに惚れ込んだトラックメーカーのDは若手ラッパーどもに檄を飛ばす。「オマエらは言葉を並べるだけだ。でも彼女は持ってる。オマエの物語はなんだ!?」。ラダが随分若いDとヤレちゃうのはご愛敬。これも“最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”な映画だ。

 ラダ・ブランクは“持ってる”か?そりゃもちろん。かつて気鋭の若手と目され、大学で教え、スポークンワーズにハマった事もある40手前の僕にはとても他人事とは思えない、ハートに来る映画だったよ!


『40歳の解釈 ラダの場合』20・米
監督・出演 ラダ・ブランク
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