長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『私がやりました』

2023-10-15 | 映画レビュー(わ)
 今年だけでも日本劇場公開作が3本という多作ぶりのフランソワ・オゾン監督。デビュー当初こそゲイである自身のセクシャリティと、日本では所謂“オシャレ映画”に分類されてしまうカラフルな画面作りに、たっぷりの毒気を盛り込む作風で注目を集めたが、今やヒューマンドラマ、実録モノ、サスペンス等々あらゆるジャンルを手掛ける名匠となった感がある。最新作『私がやりました』は代表作『スイミング・プール』よろしくプールサイドから幕を開けるが、同じサスペンスでもこちらは愉快なサスペンスコメディだ。

 女優志望のマドレーヌと駆け出し弁護士のポーリーヌ。若さと美貌があってもいかんせん金がない2人は、パリのオンボロアパートでルームシェアをしている。今日も今日とて大家に家賃を取り立てられる有様だ。そんなある日、マドレーヌに大物演劇プロデューサー殺害の容疑がかけられる。ハーヴェイ・ワインスタイン事件よろしくあわやという事態に追い詰められていたマドレーヌだが、それでも殺しはやっていない。2人は殺人犯を騙ると世間の注目を集め、一躍時の人となるのだが…。

 オゾンらしく二転三転、いや四転五転と捻りの効いたサスペンスだ。1935年を舞台に#Me tooを描いたフェミニズム映画とも見えるが、角度を変えればラディカルな社会運動、大衆心理への皮肉とも見て取れる。マドレーヌへ寄せるポーリーヌの献身は同性愛的な好意にも見え、それは中盤から登場するイザベル・ユペールによってオゾン映画ならではのクィアネスを強めていく。マドレーヌ役ナディア・テレキスウィッツ、ポーリーヌ役レベッカ・マルデールはとびきりチャーミング。デプレシャンの『いつわり』で短い出番ながら印象を残したマルデールはさっそくオゾン映画の主演を射止めた。大根役者すぎてトーキーに移行できなかった元サイレント女優のユペールは余裕綽々で、若手2人を前に大芝居で笑わせてくれる。

 豪華なプロダクションデザインに笑いとサスペンス、程よい色気が詰まって上映時間はたったの103分。ツイストの効かせ過ぎで些か着地点が見えなくなったが、“大衆映画”はこれくらいの塩梅が丁度良いのかもしれない。オゾン、随分毒気が薄れたものの、ウェルメイドな匠の仕上がりである。


『私がやりました』23・仏
監督 フランソワ・オゾン
出演 ナディア・テレスキウィッツ、レベッカ・マルデール、イザベル・ユペール、ファブリス・ルキーニ、ダニー・ブーン
2023年11月3日(金・祝)よりTOHOシネマズシャンテ他全国順次ロードショー
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『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』

2023-10-12 | 映画レビュー(わ)

 日本では4作品ぶりの劇場公開となったアルノー・デプレシャン監督。かつて“トリュフォーの再来”とまで謳われた俊英も今や62歳。軽やかさや奔放さは鳴りを潜め、『ルーベ、嘆きの光』『いつわり』の精細を欠いた語り口に、このまま作家主義の老匠に収まるのか…と思われが、新作『ブラザー&シスター』はすこぶる活気に満ちている。人物ににじり寄るカメラ、淡白とも言える編集のリズムは近年のアメリカ映画を思わせ、あらゆる映画を見て、あらゆるジャンルを網羅しようとするデプレシャンならではの筆致である。

 冒頭、6才の息子を亡くしたルイの悲嘆から映画は始まる。犬猿の仲である姉アリスは弔問に訪れるも、玄関に上がることすら許されない。廊下の暗闇で涙するマリオン・コティヤールの横顔を収めた瞬間、映画の成功は約束されたようなものだ。デプレシャンのみならず、あらゆる映画作家に「いつまでも撮っていたい」と言わしめるコティヤールは1度だって観客を失望させた事はないが、これほど長いキャリアにおいてテンションを保ち続けている俳優はそう多くないだろう。笑顔で「憎らしい」と弟に宣言し、人生の危機に心引き裂かれる彼女の神経症演技は、現役最高の風格である。

 時は流れ現在、田舎道を車で走る両親が事故に巻き込まれる。2人の目前を蛇行しながら迫る車影はほとんどホラー映画のような怖さで、ジャンルのミクスチャーであるデプレシャン節が効いている。親の危篤を受けて姉弟は再会を迫られるが、この期に及んでも互いを避け、鉢合わせることのないよう見舞いに通おうとする。デプレシャンは何度も過去と現在を往復しながら2人の憎しみの源流を辿るが、真相はアリスの口から語られてもなお曖昧だ。自分の庇護から離れた弟が許せなかったのか?いや、にわかに信じ難い理由は彼女の後付に過ぎないだろう。デプレシャンは肉親だけが抱き得る根拠のない憎しみに目を凝らし、肉親だけが成し得る和解の姿を捉えようとする。終幕の近親相姦的な密着さは姉と弟という関係性ゆえか。ドラマチックなダイアログと過剰なまでの怒りの発露が、人間の言葉にはできない感情を描出することに成功している。

 そしてデプレシャンは女優の監督である。思い返せば出世作『そして僕は恋をする』に端役で出演していたのがコティヤールだった。本作では彼女を囲んでルイのパートナー役にゴルシフテ・ファラハニが出演。ジャームッシュ映画(『パターソン』)からアクション(『タイラー・レイク』シリーズ)、デプレシャン映画まで幅広い作品で活躍する才媛である。アリスを慕って現れる移民ルチアに扮したのはコスミナ・ストラタン。クリスティアン・ムンジウ監督の『汚れなき祈り』でカンヌ映画祭女優賞を受賞したルーマニアの実力派だ。ルチアにもたらされる救済は映画冒頭、両親が救おうとした交通事故の少女に重ねられている。苛烈な争いの続く本作のささやかな癒やしであった。


『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』22・仏
監督 アルノー・デプレシャン
出演 マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、コスミナ・ストラタン、パトリック・ティムシット
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『私、オルガ・ヘプナロヴァー』

2023-04-19 | 映画レビュー(わ)

 アメリカ映画史における重要な1本、1970年のバーバラ・ロウデン監督作『WANDA』から、カルト映画と言っても差し支えない2017年のエストニア産ダークファンタジー『ノベンバー』など、所謂“発掘良品”を相次いで公開している新興配給会社クレプスキュールフィルム。思わず手に取って帰りたくなるフライヤーデザインをはじめとした広告美術のハイセンスぶりも目を引く同社の最新作は、2016年のチェコ他合作映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』だ。23歳で絞首刑となった“チェコスロバキア最後の女性死刑囚”オルガ・ヘプナロヴァーが如何にして犯行に及んだのかを描く本作は、ベルリン国際映画祭のパノラマ部門オープニングに選ばれ、本国チェコアカデミー賞では主演のミハリナ・オルシャニスカが主演女優賞に輝いた。7年前の旧作ではあるものの、閉塞した社会主義国家で起きたこの事件から今日の日本が省みるべきものは多い。

 “プラハの春”から間もない1973年7月10日、オルガ・ヘプナロヴァーは路面電車を待つ群衆にトラックで突っ込み、8人を轢き殺した。彼女は中産階級の家に生まれ、両親からの無視と虐待、そしてレズビアンである出自によって孤立を深めていた。主演のミハリナ・オルシャニスカのパフォーマンスは鮮烈だ。背を丸め、始終タバコをふかし、ボブカットの下から世界を羨むように見上げては睨みつける。「私、オルガ・ヘプナロヴァーはお前たちに死刑を宣告する」と独白する犯行声明文の再現シーンといい、一世一代のパフォーマンスだ(オルシャニスカは現在、俳優から作家活動に軸を移しているようである)。自身をソシオパスと言うオルガは果たして怖ろしいシリアルキラーなのか?撮影アダム・スコラの冷徹なモノクロームが浮かび上がらせるのは、オルガもまた若さゆえに繊細で傷つきやすく、そして私達と何ら変わりない卑小な自尊心の持ち主であることだ。彼女は精神病棟での過酷なイジメを耐え抜くと、実家からの独り立ちを決意。掘っ立て小屋のような部屋で暮らし、運転手として生計を立て始める。相変わらず頑なではあるが、恋人もできた。むさぼるような愛撫1つを取っても彼女が愛に飢え、他者を求める強い情動を持っていることは明らかで、セックスシーンは濃密だ。そんな彼女が思い込みの強さと不器用さから恋人に捨てられ、世を恨んでいく孤独は痛ましくさえもある。この世界に自分の居場所なんて何処にもないと1度でも感じたことのある人なら、彼女を断罪することはできないだろう。

 しかし、賢明な監督トマーシュ・バインレブとペトル・カズダは観客の安易な感情移入を許すことなく、収監後のオルガの哀れな末路まで目を逸らさない。大量殺人を犯し、死刑になる“社会的自殺”を目論んだ彼女は刑執行の瞬間まで平静を保ったとも取り乱して命乞いをしたとも言われている。彼女の死によって社会は何が変わったのだろうか?オルガの死後も実家には冷たい空気が流れ続け、チェコスロバキアが民主化に成功したのはここからさらに先の1989年のことである。


『私、オルガ・ヘプナロヴァー』16・チェコ、ポーランド、スロバキア、仏
監督 トマーシュ・バインレブ、ペトル・カズダ
4月29日シアター・イメージフォーラム他、公開
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『別れる決心』

2023-04-11 | 映画レビュー(わ)

 男は刑事で、女は容疑者。女の夫が岩山から滑落死する。取調室に呼び出された女ソレはふとした拍子にふっと吹き出す。彼女は中国からの移民で、なんだか言い回しが面白かっただけと言う。刑事ヘギュンは物憂げで美しい未亡人ソレに恋をする。夫に所持品と同様イニシャルを彫られた彼女には殺す動機があったようにも見えるが、アリバイは完璧だ。ヘギュンはそれでも尾行を続ける。窓越しに彼女の唇を読む。アイスを食べて、寝落ちする様を見つめる。ソレはそんなヘギュンの視線に気付いている。彼女は願をかけた「あの刑事さんの心が欲しいの」。

 強烈なバイオレンスとセックス、幻惑的な美術、オペラ的とも言える過剰な演出で数々の傑作を放ってきた鬼才パク・チャヌク監督も59歳。新作『別れる決心』はこれらトレードマークを封印し、男女の謎めいたロマンスを豊富なニュアンスで描いてまさに巨匠と呼ぶに相応しい流麗な筆致だ。視線、吐息、指先…あらゆる仕草に愛の気配が宿り、それでいて人を喰ったユーモアも健在。取調室で恋におちた2人はなんと特上の出前寿司を注文し、食べ終えると甲斐甲斐しくも食卓となった取調机を共に片付けるのだ。この一連のシークエンスだけで2人が互いを意識し、息を合わせ始めている事がわかる。

 流れるようなカメラワークと、脚本チョン・ソギョンによる文学的なダイアログに目が眩むと、果たして眼前の光景が恋の妄想か現実かも観客には判断できなくなるが、往々にして恋の駆け引きとは当人同士にしか意味を持たない行為であり、プロットで映画を見る観客は一度、頭を切り換えた方が良いだろう。『別れる決心』は所謂ファムファタールものの変形で、ソレを演じるタン・ウェイはデビュー作『ラスト、コーション』でトニー・レオンを籠絡してから15年、本作で再び伝説を残した。ヘギュン役のパク・ヘイルはなんと『殺人の追憶』で容疑者を演じ、『グエムル』ではソン・ガンホにドロップキックをかましていた初期ポン・ジュノ映画の顔。こんな不惑の色気を湛えていようとは。

 『別れる決心』はロマンス映画である。事件と謎は相手への尽きせぬ想いであり、ソレにとって未解決事件であり続けることが誇り高い名刑事ヘギュンの心をいつまでも捉え続ける術だ。心に晴らせぬ“未解決事件”を抱いた経験のある中年観客なら、茫漠たる浜辺に置き去りにされるヘギュン同様、映画館から帰ってこれなくなるだろう。本作の主題歌とも言うべきチョン・フンヒによる歌謡曲『霧』がエンドロールではデュエット版で流れる。これは、あなたとわたしの映画だ。


『別れる決心』22・韓国
監督 パク・チャヌク
出演 パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンビョ
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『わたしは最悪。』

2022-09-11 | 映画レビュー(わ)

 ユリヤは医大生。でも、学校生活がどうにもピンと来ない。遺体の解剖を見てもふぅん、こんなものか。いや、私は人間の体内を見たいんじゃなくて、精神を見たいんだと心理学へ乗り換え。ところがひょんな事から写真に手を出してフォトグラファーを目指してみたり、何やら書き溜めてみたり。気付けば30歳目前。チャーミングなユリヤは当然モテる。衝動と欲望のままに恋人も変わり、結婚や子供を持つというヴィジョンも定まらないままここまで漂泊してしまった。そんな彼女を指して原題“The Worst Person in the World”とは辛辣が過ぎるが、しかしユリアはあっけらかんとしている。チャーミングな主演レナーテ・レインスベの細長い手足が、オスロの街に良く映える。

 とうに若者と呼べる歳ではない男のモラトリアムを描いた作品はこれまでも作られてきたが、主人公が女性となるとなかなか類似の映画が思いつかない。2020年代に入ってようやく父権社会の規範から外れた、自由気まま(そしてちょっとフーテン気質)な女性を軽やかに描くラブコメディの登場だ。脚本も手掛けるヨアキム・トリアー監督はそんな彼女を露悪的に描くことなく、その筆致は洗練。自分の本当の気持ちに気付いたヒロインが現実から脱するシーンで、映画にはファンタスティックな輝きが射し込む。

 なりたかった自分になる事もできず、他者と心の底から愛し合うこともなく、私は世界で最悪な女なのか?いいや、人と人が関わる以上、そこには必ず何かが生まれ、他人に及ぼした影響なんて自分は知る由もない。いつか誰かに「君は最高だ」と言われたら、人生まんざらでもないじゃないか。私はこのままでいいのだ。


『わたしは最悪。』21・ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、仏
監督 ヨアキム・トリアー
出演 レナーテ・レインスベ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム
 
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