長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『モンタナの目撃者』

2021-09-19 | 映画レビュー(も)

 観客を飽きさせないために次から次へとイベントを起こすMCU映画の後では、テイラー・シェリダン監督の映画は遅すぎるかも知れない。劇中、アンジェリーナ・ジョリー扮する主人公ハンナは高所からロープ1本で飛び降り、映画はその後、何度も手の平のケアをする様子を映し続ける。「小川は河川に、河川は街に通じる」というセリフが物語の重要な道標となるように、小川の水で手を冷やす彼女はここで命を狙われる少年コナーと出会う。ハリウッド映画にはないこの“遅さ”こそ、作家の映画たる所以だ。

 事実、マイケル・コリータの原作小説を脚色した本作は紛れもないテイラー・シェリダン映画になっている。舞台となるモンタナの山中は前作『ウインド・リバー』の舞台から程なく、本作はまるでアイデアノートから採用されなかったネタを集めたような感触がある。大自然は常に公平無私、生き延びられるのは精神的強靭さはもとより、自然への畏怖の心を持った者だけだ。サバイバル教室を経営する保安官役で好漢ジョン・バーンサルが登場し、その妻メディナ・センゴアの配置が実に巧みだ。「こんな場所は嫌いだ」と吐く悪漢相手に彼女も「私もよ」と返し、この身重の妻が望んでこの土地に来たわけではないことが伺える。彼女のサバイバルスキルは大自然に試されたが故の必然だったのだ。

 殺し屋2人組にも従来のハリウッド映画にはないキャラクター性とセリフが与えられており、“小指”ことエイダン・ギレンとニコラス・ホルトが好演。映画では実績が上なホルトよりもギレンの方が断然、格上扱いというのは『ゲーム・オブ・スローンズ』ファンにとって嬉しいところ(おそらくホルトはテイラー・シェリダン映画とあって二つ返事だったのではないか)。残忍な殺し屋でありながら、職業殺し屋とも言うべきくたびれた人間味があり、いい。

 そしてアンジェリーナ・ジョリーである。現在46歳、近年は人道支援活動などによってほとんど聖母のようなパブリックイメージだが、ここではむくつけきの男たちを束ねる消防士役でビッチな面影も見せてくれる。大自然にも拮抗するスターパワーはラストシーンで観客に後光すら錯覚させ、改めてこの類まれな女優のカリスマ性を思い知った。続いて公開されるクロエ・ジャオ監督のMCU映画『エターナルズ』での活躍が楽しみだ。


『モンタナの目撃者』21・米
監督 テイラー・シェリダン
出演 アンジェリーナ・ジョリー、フィン・リトル、エイダン・ギレン、ジョン・バーンサル、メディナ・センゴア、ニコラス・ホルト
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『燃ゆる女の肖像』

2020-12-07 | 映画レビュー(も)

 18世紀フランス。人里離れた孤島に画家マリアンヌがやって来る。修道院から帰省し、結婚の決まった令嬢エロイーズの嫁入り肖像画を描くためだ。

 全編に渡って張り詰めた、しかし心地よい空気が漂う禁欲的な演出だ。納戸を叩く風、はぜる薪の音、打ち寄せる潮騒…劇伴は一切排除され、主な登場人物は3人のみ。屋敷にこだます足音は僕らが知る誰かのものだ。カンヌでは脚本賞に輝いたが、セリフは決して多くない。

 その代わり、クレア・マトンによるデジタル撮影が多くを語る。仕立ての違いまでありありとわかる衣装、年齢も立場も異なる女達の肌質、そしてそこに差す仄かな感情と隠し切れない激情。ぜひ4K撮影のスペックを発揮できる環境で見てほしい。唇と唇を行き交う粘膜まで撮らえた鮮明さに目を見張った。デジタル撮影と史劇がこれほど高い親和性を発揮した映画は稀ではないだろうか。

 そして映画は素晴らしい眼差しをもった主演2女優ノエミ・エルラン、アデル・エネルの視線を交錯させ、恋とインスピレーションは炎を上げていく。女性が抑圧された時代を描く本作は当然、2010年代以後のネオウーマンリヴ映画の文脈で語ることができるが、本作の画期性は男性登場人物を一切描かなかったことだ。エロイーズの怒りは女性性ゆえに背負わされた役割への反発であり、女しか住んでいない島で彼女らは性別を超え、解放されていく。若い女中ソフィの望まぬ妊娠も「産まない」という選択の自由こそが称賛される。絵画完成までのわずか1週間という時間は、かけがえのない楽園のように見えてくるのだ。同性愛の迫害の悲劇性も、男女の二項対立も超えた本作の新しさはMe too以後のフェミニズム映画に一旦のピリオドを打ち、新しい時代をスタートさせている。まったくの偶然だが、2人が海風を避けるために必ずマスクを付けて外出するのも、傑作だけが持ち得た時代精神であろう。

 ゆえに本作は出会いと別れを知る全ての人の心を揺さぶる。抑制された演出は終幕に向け情感を高め、愛しい人の忘れ得ぬ姿を画面に焼き付ける。その鮮烈さ!ヴィヴァルディ『夏』に身を任せるエロイーズを見てほしい。実に感情豊かなアデル・エネルはエロイーズに去来する驚き、感動、怒り、そして拭い去ることのできない永遠の恋慕を同時に表現する。決して報われることがなくとも、想いをは人を支え、人生は続くのである。


『燃ゆる女の肖像』19・仏
監督 セリーヌ・シアマ
出演 ノエミ・エルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ、ヴァレリア・ゴリノ
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『もう終わりにしよう。』

2020-09-10 | 映画レビュー(も)

 主人公は恋人の実家へ向かう車中でふと思う「もう終わりにしよう。」
 演じるジェシー・バックリーのモノローグが延々と続く。この多弁さがチャーリー・カウフマン映画だ。原作はイアン・リードの同名小説でジャンルは“スリラー”に分類されている。ジャンルで映画を見る人には全く理解できない作品かも知れない。

 吹雪の中、車は田舎道を進む。辺りは納屋が点在するのみ。吹雪の間道をドライブした事がある人なら平衡感覚を失う奇妙なトリップの経験があるだろう。デヴィッド・リンチは度々“夜のハイウェイ”というモチーフを用いて深層心理への接続を表したが、『もう終わりにしよう。』の吹雪のドライブも行先は同じである。ジェシー・バックリーの役名が定かではなく、クレジットは“The Young Woman”である事にも注目してもらいたい。

 辿り着いた簡素な農家の周りには風雪で口を開く納屋、羊の死体、豚が腐乱した黒シミという不気味なモチーフが散りばめられており、そこに住むのはトニ・コレットとデヴィッド・シューリスという2大怪優である。明らかにアリ・アスター監督『ヘレディタリー』とノア・ホーリーによるTVシリーズ『ファーゴ』シーズン3の演技メソッドが継承されており、ジェイクの実家が悪夢的記憶の集合体である事がわかる。バックリーはジェイク役ジェシー・プレモンス、コレット、シューリスら3怪優を相手に見事な演技ラリーを繰り広げ、今年最上級のアンサンブルだ。

 映画の大半はジェシー・プレモンスとのドライブシーンで構成されており、『エルカミーノ』を見ていなくても2時間のドライブは緊張感でいっぱいだ。
 その光景を誰かが覗き見ている。何事も成さぬまま年老い、学校の用務員に収まった憐れな老ジェイクだ。彼の“起こり得たかも知れない”という妄想の中を恋人は駆けずり回る。恋人ができて両親に紹介したかもしれない。彼女は美人でアーティスティックで、両親は素敵な恋人だと喜んだかもしれない。2人で車中、知的な会話を楽しんだかもしれない。いや、そもそもあの日、勇気を振り絞って彼女に声をかけ、連絡先を交換して交際に発展したかもしれない。

 人生は「あったかもしれない」美しい瞬間の連続であり、「起こらなかった」事実の物悲しい残骸の山である。この人生に対する諦観と慈しみがカウフマン映画であり、本作は初めて彼の作風と原作が一致した作品ではないだろうか。『もう終わりにしよう。』は見る者を選ぶ厄介な映画だが、僕は抜け出せなくなるほど魅了されてしまった。


『もう終わりにしよう。』20・米
監督 チャーリー・カウフマン
出演 ジェシー・バックリー、ジェシー・プレモンス、トニ・コレット、デヴィッド・シューリス
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『物語る私たち』

2020-05-19 | 映画レビュー(も)

 透明感ある美しさと研ぎ澄まされた知性で女優のみならず監督としても活躍するサラ・ポーリーが自身にまつわる出生の秘密をドキュメンタリー映画にした。長年、家族の間で繰り返されてきたジョーク(「サラだけが家族の誰とも似ていない」)は若くして亡くなった母の過去を解き明かす中で真実味を帯びていく。輝くような明るさで周囲の人々を惹きつけた母には誰も知らない恋の秘密があったのだ。

 プライベートビデオのような質感の再現映像を交えて作られた本作はサラ・ポーリーという作家を読み解く上でも重要な1本だ。まるで老監督のような達観で愛の深淵を描く創造的衝動はどこから湧いてくるのか?妻のアルツハイマー発症により夫が夫婦生活における罪を贖う『アウェイ・フロム・ハー』、夫婦生活の中で虚無に陥った妻の孤独を描く『テイク・ディス・ワルツ』…彼女の描く愛とは常に不完全であり、常に居場所を見出せない者の孤独感に満ちている。

 この感覚はひょっとして母ダイアンと父マイケルの人生から彼女が感じ取ったものではないだろうか?母の秘められた過去を知った時、家族の秘密は語られるべき物語となり、サラはいかる人生の機微も愛するマイケルの豊饒さを知る。だが妻を亡くし、失意の底にいた彼を救ったのもまたサラだったのだ。

 そう語る父のモノローグで幕を引くサラ・ポーリー監督に、これは彼女から父へ宛てた手紙なのではと思えた。本作を経てより深みを増した彼女の次回作が楽しみである。


『物語る私たち』12・加
監督 サラ・ポーリー
 
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『モスダイアリー』

2018-11-04 | 映画レビュー(も)

父の自殺により全寮制寄宿学校に預けられたレベッカ(サラ・ボルジャー)。親友ルーシー(サラ・ガドン)の御陰ですっかり学校生活を楽しんでいたが転入生エネッサの出現により、周囲では謎の事件が相次いでいく…。

メアリー・ハロン監督の2011年作はまるで山岸涼子風の幻想怪奇モノだ。元はホテルだったという女子寄宿舎、謎の転校生と怪事件…とゴシックホラーのキーワードが揃う。エネッサ役リリー・コールの人並外れた容姿が際立ち、サラ・ガドンも完成された美貌で花を添える。レベッカ役ボルジャーは『イン・アメリカ』の子役と聞いてびっくりだ。

 元々、寡作の映画監督であったが、ハロンはこの後『またの名をグレイス』まで6年待つことになる。82分という尺では小品という印象は拭えず、プロットを追うだけの収まりのいい展開がやや物足りない。


『モスダイアリー』11・加、アイルランド
監督 メアリー・ハロン
出演 サラ・ボルジャー、サラ・ガドン、リリー・コール、スコット・スピードマン
 
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