長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マスターズ・オブ・ザ・エアー』

2024-08-08 | 海外ドラマ(ま)
 『プライベート・ライアン』以後、『バンド・オブ・ブラザース』『ザ・パシフィック』とTVシリーズのフォーマットで第二次大戦を描いてきたスティーヴン・スピルバーグとトム・ハンクス。これまでのHBOからのAppleTV+へとプラットフォームを鞍替えし、第3弾をリリースだ。第二次大戦下、ドイツ本土への空爆を行った“第100爆撃隊”を主人公とする群像劇にオースティン・バトラー、カラム・ターナー、バリー・コーガンら現代ハリウッドのエースパイロット級俳優が揃った。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザ虐殺といった“戦時下”である現在、時に娯楽作として消費されてきたジャンルはいったい何を描くのか?

 ミリタリーオタクでもあるスピルバーグ、ハンクスらしく、これまで映像化される機会の少なかった爆撃機部隊の描写が目を引く。“空飛ぶ要塞”と呼ばれたボーイングB17機は機体各所に銃座を設け、密集陣形を組むことで敵機の攻撃をよせつけない。機には航路を管理する航空士や、米軍の最高機密の1つである精密カメラをコントロールし、ピンポイト爆撃を実行する爆撃士が乗座。任務は各員の連携があって達成される。敵の制空権に入れば激しい対空砲火にさらされるが、被弾の確率は博打もいいところ。真に怖ろしいのは砲火が鳴り止んだ後に襲い来る、ドイツ軍の戦闘機メッサーシュミットだ。当時最速の敵機に第100爆撃機群は成す術もなく集中砲火を浴び、次々と墜落していく。機体が制御を失えばパラシュートで脱出できるものの、降り立つ先は当然ドイツ領土。行く末の運命は捕虜か、運が良くてもレジスタンスに先導された決死の国外脱出しかない。

 ドラマはクレジットの上下に関係なく次々と登場人物が退場し、やがて4人の人物にフォーカスしていく。物語の語り部はアンソニー・ボイルが演じる航空士クロスビー。バッキーことイーガン少佐役でカラム・ターナーがようやく大作に居場所を見出しており、バックことクレブン少佐役のオースティン・バトラーは宇宙の果てだろうが第二次大戦下だろうが惚れ惚れするほど格好いい。後半から登場する凄腕パイロット、ロージーことローゼンタール役のネイト・マンは、今後役に恵まれればスターになるかもしれない注目株だ。

 ドナルド・L・ミラーが従軍兵たちの証言をまとめた原作には明確なストーリーラインがなく、また映像化にあたって何の批評性も持ち込まれてはいないことに驚かされる。シリーズ前半、アメリカよりも早くドイツ軍と戦ってきた英国兵たちは夜間空爆の有効性を説き、主人公たちもそれに頷く描写がある。筆者はてっきり大戦末期に行われたドレスデン大空襲への伏線かと思った。連合国軍によって敢行された無差別爆撃の被害者は数十万人にも及ぶと言われており、戦争終結への寄与を評価する声がある一方、既に大勢が決していた後の空爆は虐殺に過ぎなかったとの批判が強い(この出来事をモチーフとした作品にジョージ・ロイ・ヒル監督の『スローターハウス5』がある)。

 爆撃機部隊を主人公にすることで、民間人の犠牲が大いに想定される“空爆”や軍事行動への批判、それに従事するものたちの倫理的ジレンマに焦点が当たると思われたが、『マスターズ・オブ・ザ・エアー』はそんな現代情勢に何一つ目配せすることなく、第二次大戦勝利に貢献した兵士とアメリカを礼賛して幕を閉じる。だが、筆者が忘れられないのは空襲で焼け出され、家族も何もかも失ってしまった老人の姿だ。どこへ行くのかと尋ねられた老人は一言だけ「パレスチナ」と答える。それを字幕にもせず、聞き取れない言葉として演出してしまう時代錯誤な本作は、いつまで経っても高高度に達することなく、消化不良のまま全9話のフライトを終えてしまうのである。


『マスターズ・オブ・ザ・エアー』24・米
製作 ジョン・オーロフ
監督 キャリー・ジョージ・フクナガ、アンナ・ボーデン、ライアン・フレック、ディー・リース、ティモシー・ヴァン・パタン
出演 オースティン・バトラー、カラム・ターナー、アンソニー・ボイル、ネイト・マン、バリー・コーガン、ベル・パウリー
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『マーダー・イン・ザ・ワールドエンド』

2024-08-07 | 海外ドラマ(ま)

 Netflix史上最強のカルト作とも言われた『The OA』の打ち切りから4年。ブリット・マーリング、ザル・バトマングリによる待望の新作は、彼らの奇想をストリーミングプラットフォームのアルゴリズムに乗せようとする苦心作だ。少女探偵ダービー・ハートはテック企業創業の億万長者に招かれ、アイスランドの人里離れた高級ホテルにやってくる。そこには各界著名人のほか、かつて彼女とコンビを組んでいたアマチュア探偵ビルの姿があり…アガサ・クリスティ風の密室殺人ミステリーと平行して、ドラマはダービーとビルの別離のきっかけとなった過去の殺人事件を描いていく。ジャンル不定の難解さにNetflixすら匙を投げた『The OA』の打ち切りを経た故か、マーリングとバトマングリは一定レベルに作品を留める必要があったのかもしれない。無難が過ぎる語り口は全7話の放映枠すら持て余し気味だ。筆者は途中まで本作が『The OA』のシーズン3と信じてやまなかったくらいである。

 何より困ったのは本筋となる現在パートよりも、回想パートの方がこの上なく魅力的な事である。車、アメリカの乾いた荒野と空、惹かれ合う男女…エマ・コリンにはまるでマーリングが憑依したかのような親和性とポップさがあり、『The OA』の別ユニバースからやってきたようなハリス・ディキンソンとの相性は格別である。マーリング、バトマングリの奇才が思う存分、真価を振るったのがPeakTVであるなら、彼らがその才能を制限された本作は一時代の終焉と言ってもいいだろう。


『マーダー・イン・ザ・ワールドエンド』23・米
製作・監督 ブリット・マーリング、ザル・バトマングリ
出演 エマ・コリン、ブリット・マーリング、ハリス・ディキンソン、アリス・ブラガ、ジョアン・チェン、クライブ・オーウェン
※ディズニープラスで配信中
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『マーダーズ・イン・ビルディング シーズン1』

2023-08-01 | 海外ドラマ(ま)

 TVシリーズ黄金期PeakTVのあまりにも多いラインナップの一角に、“ポッドキャスト原作モノ”というジャンルがある。アメリカでは実録殺人事件を扱ったポッドキャストが人気の様子で(日本では聞いたことがないので、おそらく独自の文化と思われる)、既に連続ドラマとしての体裁を成したそれはTVシリーズへの置き換えも容易だったのだろう。全米脚本家組合、全米俳優組合のストライキによってPeakTVのバブルは完全に弾けたが、おそらくストライキ後にも生き残り続けるジャンルではないだろうか。

 そんなブームを巧みに取り入れたのが本作『マーダーズ・イン・ビルディング』。高級マンション内で起こった殺人事件を、3人の住民がポッドキャスト配信をしながら解明するというコメディシリーズ。ショーランナーも務めるスティーヴ・マーティンが相棒マーティン・ショートを招聘し、老境に至った名コンビの掛け合いが楽しい。ここにセレーナ・ゴメスが合流し、勘の良いコメディ演技と切れ味でおじいちゃん2人を“介護”。3人のアンサンブルが本作の大きな見どころだ。また舞台となる高級マンション“アルコニア”のクラシカルなプロダクションデザインが素晴らしく、殺人犯がいようが住んでみたいと思わせてくれる魅力がある。毎話、登場するゲスト(=住人)の顔ぶれもバラエティに富んだ豪華さで、シーズン1ではエイミー・ライアンのエレガンスに見惚れてしまった。ベスト回は聾者の人物を主人公とした全編サイレント仕様の第7話。ベテランならではのウェルメイドな仕上がりに安心して楽しめるシリーズである。


『マーダーズ・イン・ビルディング』21・米
製作 スティーヴ・マーティン、他
出演 スティーヴ・マーティン、マーティン・ショート、セレーナ・ゴメス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、ティナ・フェイ
※ディズニープラスで配信中※
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『マーベラス・ミセス・メイゼル シーズン4』(寄稿しました)

2022-05-28 | 海外ドラマ(ま)

 リアルサウンドに『マーベラス・ミセス・メイゼル シーズン4』のレビューを寄稿しました。シーズン4がミッジをはじめとしたキャラクター達の“プライドの物語”であることや、インディーズとメインストリームの戦い方、そして実在の芸人レニー・ブルースがこの物語に及ぼした影響について書いています。ぜひ御一読下さい。

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『窓辺の女の向かいの家の女』

2022-05-14 | 海外ドラマ(ま)

 なんとも奇妙なタイトルだが、原題も“The Woman in the House Across the Street from the Girl in the Window”。主人公アナが窓辺から向かいに住む女が殺される場面を目撃する…というヒッチコック風のサスペンスだ。彼女の通報によって警官が駆けつけるも、死体どころか殺人の痕跡すら見当たらない。アナはかつて起きた恐ろしい事件によってアルコールに依存しており、そもそも目撃者として信頼性が怪しいのだ。警察の捜査に納得がいかないアナは、素人探偵よろしく独自に事件の真相へと迫るのだが…。

 ここまで読んでもらえればわかる通り、アナは所謂“信頼できない語り手”であり、彼女の目から見える世界はちょっとおかしい。凄惨なトラウマにも関わらず主演のクリステン・ベルにまったく悲壮感がなく、かといってドラマはコメディにもサスペンスにも振り切らないのだ。この違和感の正体を確かめるべく全8話を付き合ってみれば、これはただただ作劇と演出の不手際ではないか。オチきらないオチにも腰が抜けてしまった。


『窓辺の女の向かいの家の女』22・米
監督 マイケル・レーマン
出演 クリステン・ベル、マイケル・イーリー、トム・ライリー、メアリー・ホーランド、シェリー・ヘニッヒ、キャメロン・ブリットン
※Netflixで配信中※
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