長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マーダーズ・イン・ビルディング シーズン1』

2023-08-01 | 海外ドラマ(ま)

 TVシリーズ黄金期PeakTVのあまりにも多いラインナップの一角に、“ポッドキャスト原作モノ”というジャンルがある。アメリカでは実録殺人事件を扱ったポッドキャストが人気の様子で(日本では聞いたことがないので、おそらく独自の文化と思われる)、既に連続ドラマとしての体裁を成したそれはTVシリーズへの置き換えも容易だったのだろう。全米脚本家組合、全米俳優組合のストライキによってPeakTVのバブルは完全に弾けたが、おそらくストライキ後にも生き残り続けるジャンルではないだろうか。

 そんなブームを巧みに取り入れたのが本作『マーダーズ・イン・ビルディング』。高級マンション内で起こった殺人事件を、3人の住民がポッドキャスト配信をしながら解明するというコメディシリーズ。ショーランナーも務めるスティーヴ・マーティンが相棒マーティン・ショートを招聘し、老境に至った名コンビの掛け合いが楽しい。ここにセレーナ・ゴメスが合流し、勘の良いコメディ演技と切れ味でおじいちゃん2人を“介護”。3人のアンサンブルが本作の大きな見どころだ。また舞台となる高級マンション“アルコニア”のクラシカルなプロダクションデザインが素晴らしく、殺人犯がいようが住んでみたいと思わせてくれる魅力がある。毎話、登場するゲスト(=住人)の顔ぶれもバラエティに富んだ豪華さで、シーズン1ではエイミー・ライアンのエレガンスに見惚れてしまった。ベスト回は聾者の人物を主人公とした全編サイレント仕様の第7話。ベテランならではのウェルメイドな仕上がりに安心して楽しめるシリーズである。


『マーダーズ・イン・ビルディング』21・米
製作 スティーヴ・マーティン、他
出演 スティーヴ・マーティン、マーティン・ショート、セレーナ・ゴメス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、ティナ・フェイ
※ディズニープラスで配信中※
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『マーベラス・ミセス・メイゼル シーズン4』(寄稿しました)

2022-05-28 | 海外ドラマ(ま)

 リアルサウンドに『マーベラス・ミセス・メイゼル シーズン4』のレビューを寄稿しました。シーズン4がミッジをはじめとしたキャラクター達の“プライドの物語”であることや、インディーズとメインストリームの戦い方、そして実在の芸人レニー・ブルースがこの物語に及ぼした影響について書いています。ぜひ御一読下さい。

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『窓辺の女の向かいの家の女』

2022-05-14 | 海外ドラマ(ま)

 なんとも奇妙なタイトルだが、原題も“The Woman in the House Across the Street from the Girl in the Window”。主人公アナが窓辺から向かいに住む女が殺される場面を目撃する…というヒッチコック風のサスペンスだ。彼女の通報によって警官が駆けつけるも、死体どころか殺人の痕跡すら見当たらない。アナはかつて起きた恐ろしい事件によってアルコールに依存しており、そもそも目撃者として信頼性が怪しいのだ。警察の捜査に納得がいかないアナは、素人探偵よろしく独自に事件の真相へと迫るのだが…。

 ここまで読んでもらえればわかる通り、アナは所謂“信頼できない語り手”であり、彼女の目から見える世界はちょっとおかしい。凄惨なトラウマにも関わらず主演のクリステン・ベルにまったく悲壮感がなく、かといってドラマはコメディにもサスペンスにも振り切らないのだ。この違和感の正体を確かめるべく全8話を付き合ってみれば、これはただただ作劇と演出の不手際ではないか。オチきらないオチにも腰が抜けてしまった。


『窓辺の女の向かいの家の女』22・米
監督 マイケル・レーマン
出演 クリステン・ベル、マイケル・イーリー、トム・ライリー、メアリー・ホーランド、シェリー・ヘニッヒ、キャメロン・ブリットン
※Netflixで配信中※
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『窓際のスパイ』

2022-05-13 | 海外ドラマ(ま)

 ストリーミングサービスでは後発となるAppleTV+がいよいよ攻勢に転じた。この春は『セヴェランス』『パチンコ』『We Crashed』と注目作を相次いでリリース。量で優る他社に対して質で勝負し、話題を席巻している。そのいずれもがビンジウォッチには適さない、やや重量級の作品である中、“箸休め”とも言える娯楽サスペンス『窓際のスパイ』をリリースする所に確かな戦略性と充実がある。

 MI-5の工作員リバーは訓練中の大失敗により、通称“泥沼の家”と呼ばれる別館業務に配置換えされる。いわゆる“窓際”であり、同僚達も様々な事情からここへやってきた落ちこぼれスパイばかりだ。そんな彼ら“Slow Horses”を束ねるのが、やる気のない中間管理職ジャクソン・ラムである。かつて『裏切りのサーカス』で伝説的スパイ、ジョージ・スマイリーを演じたゲイリー・オールドマンが、ここではぐうたらで放屁ばかりし、圧倒的口の悪さで部下をバカにし続けるラムを嬉々として演じているのが可笑しい。これはコメディか?と戸惑っていると、極右メディアの記者が登場し、事態は思わぬ方向へと動き出す。

 スパイものの悪役といえばロシアか中東が相場だったが、ここでは移民排斥を掲げる極右集団が設定されており、これが現在のヨーロッパのリアルな肌感覚なのだろう。本作のリリースと時を同じくしたフランス大統領選挙では極右ルペン候補が現職マクロン大統領に肉薄し、ウクライナ情勢も相まってあわやという空気が流れた。汚名返上と言わんばかりに独断で事件を捜査する“Slow Horses”と、極右集団に誘拐されたイスラム系移民2世の青年が並行し、ユーモラスでいて、しかし笑えない極右集団の愚かさと恐ろしさも時間をかけて描かれている(“愛国心”に対する皮肉が効いている)。

 とは言え、PeakTVにおいてハイコンテクストにはならない“軽さ”が本作の魅力である。毎話クリフハンガーで終わって引きも抜群。毎週決まった曜日にTVドラマを見る楽しさを久々に味わわせてくれた。そしてゲイリー・オールドマンはじめ、ジャック・ロウデン、オリヴィア・クック、クリスティン・スコット・トーマス、サスキア・リーヴスら演技巧者のアンサンブルは本作最大の宝である。シーズン1最終回にはシーズン2の予告編も挿入されており、案の定、どうやら敵はロシアになる様子だ。

『窓際のスパイ』22・英、米
監督 ジェームズ・ホーズ
出演 ゲイリー・オールドマン、ジャック・ロウデン、クリスティン・スコット・トーマス、サスキア・リーヴス、オリヴィア・クック
※AppleTV+で独占配信中※
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『まさに人生は』

2021-11-21 | 海外ドラマ(ま)

 ジュリー・デルピーが『ビフォア・ミッドナイト』以来の“ビフォアシリーズ”最新作に難色を示し、企画が頓挫したという報を聞いた時、僕は心底残念に思った。しかし彼女が初めてショーランナーを務めたNetflixのTVシリーズ『まさに人生は』を見ると納得だ。現在51歳、今の彼女の人生にロマンスや男性は存在していない。もしかすると“ビフォアシリーズ”の新作はもう2度とないとすら思えてしまった。

 舞台はロサンゼルス。4人の女性の“中年の危機”が描かれる。仕事と子育てに追われ、自身のアイデンティティに迷うがただ1つ確実なのは男性が不要であることだ。いくつになっても自分勝手で子供じみた男たちに費やす時間はない。デルピー扮するジュスティーヌは夫に対してほとんど嫌悪のようなものすら覚えている。激しいロマンスで結ばれ、紆余曲折を得ながらパートナーと共に人生を模索…そんな“ビフォアシリーズ”のナラティヴは今の彼女にはないのだ。

 そして今のデルピーは女優ではなく監督、脚本家である事に軸足を置いている。エリザベス・シューら3女優に見せ場を譲っており、自身は気取りなく等身大のオバチャンっぷりを披露。昔の作品しか見ていない人には想像もつかないだろうが、2007年の監督デビュー作『パリ、恋人たちの2日間』以来、下ネタギャグ満載のあけっぴろげさが持ちネタなのだ。

 4人の女性の20年来の友情と連帯にほとんど焦点が当たらず、彼女らの人生が平行線のまま全12話に渡って語られるシーズン構成は冗長で散漫な印象は拭えない。しかしシーズン終幕、アメリカにCovid-19が拡がり始める。いよいよ映画やドラマがコロナショックを取り入れ、ひょっとすると中年の危機にある彼女たちの心象として描かれるのでは…と予感させる終わり方に俄然、シーズン2への興味が募った。

『まさに人生は』21・米、仏
監督 ジュリー・デルピー
出演 ジュリー・デルピー、エリザベス・シュー、サラ・ジョーンズ、アレクシア・ランドー、マチュー・ドゥミ、ジョヴァンニ・リビシ
※Netflixで独占配信中※
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