長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ツイン・ピークス The Return』

2018-08-31 | 海外ドラマ(つ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 【25年後に会いましょう】
25年前、赤いカーテンの部屋でローラ・パーマーが言ったセリフだ。そして主人公クーパー捜査官は悪霊キラー・ボブに身体を乗っ取られ、ドラマは終わった。大旋風を巻き起こしたTVシリーズ『ツイン・ピークス』の最終回だった。世界中が呆気に取られた。

あれから25年を経て、監督デヴィッド・リンチは本当に続編『ツイン・ピークスThe Return』を作った。世界中がビックリした。あのセリフ、行き当たりばったりじゃなかったのか!

 『ツイン・ピークス』が米ドラマ界に及ぼした影響、功績は計り知れない。詳述は他に譲るが、最近でも『ファーゴ3』で主人公が迷い込む異空間のようなボウリング場にリーランド・パーマーことレイ・ワイズが現れた(同じくノア・ホーリー製作
『レギオン』もデヴィッド・リンチの影響が色濃い)。ネット配信ドラマの勃興により表現の幅が広がった米TV界だが、このシリーズなくしてあり得なかったのである。

だが、"ピークTV”と言われる今日においてもシリーズ再開の道のりは決して容易ではなかった。製作のShowtimeはリンチの提示した予算に慄き、交渉は決裂。一時はリンチ抜きの続編製作プランがメディアを駆け巡った。それを聞いたファンのみならずキャスト、スタッフ陣が一斉にボイコットを表明。かくしてShowtimeはリンチの要求を承認。リンチ本人が最終編集権を得て、全18話の監督をするに至ったのである。

もちろん不安はあった。最後の劇場長編『インランド・エンパイア』からは10年以上が経過している。主演のカイル・マクラクランはじめキャストの大半は既にキャリアのピークを過ぎた"過去の人”であり、鬼籍に入ってしまった人も多い。果たして『ツイン・ピークス』はあの得難い魅力を今も持っているのか?25年ぶりの続編に注目が集まった。


【リンチの新境地】
最新シリーズは何と全世界規模で物語が進行する。第1話、"NY”のテロップと共に現れた夜景に驚かされた。リンチが活気あふれる大都市の夜景をそれはそれは美しく撮っているのである。しかもデジタル撮影特有のクリアで無味乾燥な色味ではなく、夜の闇がねっとりと、深く深く"黒い”のだ。今回、個人的に一番心配していたのがデジタル撮影とリンチの親和性だった。ほとんど自主制作だった『インランド・エンパイア』のデジタル映像はリンチ映画がフィルムでなし得てきた魔力を再現するには至らず、“安かった”。
ところが今回は前述の夜の闇も、ブラックロッヂが潜む森の木陰も黒く、深く、不穏で蠱惑的なのである。赤の間の床は25年間、黒と白のツートンと思われてきたが今回、赤茶と白のツートンである事も明らかになった。リンチが手にしたこの新たな映像表現だけでもファンは必見だ。


白眉は第8話だ。
物語は突然、1945年のニューメキシコへ飛ぶ。ここで人類初の核実験が行われたのだ。ペンデレツキ作曲『広島の犠牲者に捧げる哀歌』を背景にキノコ雲へ迫っていく映像とノイズの洪水はやがてキラー・ボブ誕生とローラ・パーマーの因果を解き明かしていく(ように見える。セリフが一切ないので感じて解釈するしかない)。だが、リンチの悪夢はそんな限定的な箱庭に留まらない。薄汚れた男たち(黒塗りのホームレスはリンチ作品における恐怖の象徴だ)が「火をくれ」と言いながらさまよい歩き、ラジオを通じて呪詛の言葉を撒き散らす。その言葉を聞いた者たちはたちまち意識を失い、眠りにつく。そして眠る乙女の口に蛙と虫の亜種のような悪魔が潜り込んでいく…。50年代に憧れ、50年代で時間の止まった男デヴィッド・リンチはかつて『ブルーベルベット』で健全なサバービアの裏に恐ろしい暴力の世界を見出していた。いわばアメリカの"悪”の誕生を何と原爆に見出しているのである。ツイン・ピークスに留まらず、アメリカ近代史をも総括したこのエピソードは前衛的かつ神話的奥行きを持った大傑作エピソードとなった。


今シーズンのもう1つの特徴は“歩み”の遅さだ。聞けば18時間に及ぶ完成品を1時間毎で区切って計18話というフォーマットを作ったという。そのため、昨今の海外ドラマ特有のツイストやクリフハンガーがなく、ろくろく物語が展開しないエピソードもある。各話の最後にはリンチ縁の豪華ミュージシャン陣のライブ演奏が挿入され、それをバックにクレジットが流れるという何とも悠長な"お約束”まである。俳優陣は(老人ばかりなので)セリフ回しも遅く、時には登場人物たちが見つめ合っているだけのシーンもある。これは御年72歳のデヴィッド・リンチの身体感覚、美的センスなのかもしれない。

一方で、結末へ向かうストーリーテリングには確信的な力強さも感じる。驚くべき事に今シーズンは"わかりやすい”。これは昨今のドラマ界がより複雑で新しいストーリーテリングを模索しており、僕らが新しい表現に慣れたせいかも知れないが、リンチと製作・脚本のマーク・フロストは25年かけて伏線の回収を進め、不可解な謎の全てに答えを提示している。そこにはツイン・ピークスと、そしてローラ・パーマーへの強い想いがある。

↑リンチ組のツートップはやはりこの2人、カイル・マクラクランとローラ・ダーン。今回、リンチも役者として出ずっぱりだ。


【ローラ・パーマーを想って】
シーズン2終了後、満を持して公開された劇場版『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』はローラが父リーランドに惨殺されるまでを描いた陰鬱な作品で、真相解明を期待していた観客からは総スカンにあい、批評家からも酷評された。リンチはドラマ版にあったユーモアを捨て、リアルな暴力描写でローラの犠牲に真摯に向き合っており、彼のフィルモグラフィでは異端に映る。

新シーズンの目的はこのローラの救済にあるのではないか。
第17話、キラー・ボブを倒し、大団円を迎えたと思いきや暗転、クーパーの顔がオーバーラップした不思議な場面が続く。
クーパーはグレートノーザンホテルの部屋を抜け、暗い森へ出る。そこは1989年、ローラがジェームズと別れ、レオ達と合流するあの場所だ。クーパーは彼女に手を差し出す。

「どこへ行くの?」

「家へ帰ろう」

そうしてローラは手を引かれていく。翌朝、湖畔に少女の死体は上がらない。ローラは死なずに済んだのだ。リンチは25年間ずっとツイン・ピークスのこと、この世の全ての悪を受け止めたローラのことを想っていたのだ。

…と書けば単純だが、最終回第18話は手の平を返した理解不能の怪作になっている。
クーパーと生き延びたローラは一体どこに行ってしまったのか?キーワードの1つは“夢”だろう。第14話、リンチ自ら演じるゴードンは夢の中で会ったモニカ・ベルッチ(本人!)と夢について話したと語る。その時、ベルッチに言われたのが「ではこの夢を見ているのは誰?」という問いかけだ。夢を見ているのはクーパーだろうか。ローラだろうか。それともデヴィッド・リンチだろうか?第18話は延々と夜道のドライブシーンが続く。漆黒の夜のハイウェイはリンチ映画に度々登場するモチーフであり、「登場人物、そして観客が深層心理へ降りていく道のり」だと言う。ダイアン(ローラ・ダーン)と夜道を走ったクーパーは、朝を迎えるとリチャードに変わっている。そしてリチャードがローラ・パーマーと夜道を走って辿り着いた先は…。

あまりに確信的なストーリーテリングに大団円を期待してしまったが、デヴィッド・リンチ、やはり謎は謎のままにじれったいほど不可思議なエンディングを用意してくれた。闇の帝王、健在である。

『ツイン・ピークス The Return』17・米
監督 デヴィッド・リンチ
出演 カイル・マクラクラン、ローラ・ダーン、ナオミ・ワッツ
 
コメント (2)
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